【完】再会した幼馴染オカルトマニアちゃんにお薬飲まされて何やかやあった後の話   作:いらえ丸

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 感想・お気に入り登録など、ありがとうございます。
 誤字報告助かる。ありがとうございます。

 アンケートのご協力ありがとうございました。
 そのようにします。

 あと、本作に猥褻描写はありません。あるのは下ネタです。
 多分、大丈夫なはずです。



 最終的なキリノの手持ちは、
 ハカドッグ
 ムウマージ
 ハバタクカミ
 ゲンガー
 ソウブレイズ
 サーフゴー
 です。 


【キリノ編8】貴女なしじゃ生きていけないとは言わない。きっと生きてける。けれど、貴女なしで生きていきたくない。

 人生の命題とは、幸せになる事である。

 

 かつて、アタシはよりよい人生を送る為に「幸せランキング」なるものを考えた事がある。

 内容は単純。好きな存在といて、好きなゲームをして、好きな映画を観る。だいたいこんな感じだ。

 これは今でも間違ってないと思う。結局のところ、人間というものは瞬間瞬間にしか生きていないのだから、その時々に幸せになれる事をすべきなのだ。

 けれど、これを考えたのは6歳の時分である。今、当時の倍生きたアタシからすると、間違いはないが足りていないと確信できる。

 ようやっと、人生のハウツー本が1ページほど埋まったのだ。

 

 アタシは、大切な存在と一緒にいたい。

 それと同時に、大切な存在には幸せになってほしいのだ。

 そうでないと、アタシが幸せになれないから。

 

 見守るか。誘導するか。諭すのか。

 アタシは、動く。

 大切な存在の幸せの為に。アタシが幸せになる為に。

 

 最近、アタシの浅慮が悲劇を生んだばかりである。

 痛い目を見たばかりだ。余計な事なんてするもんじゃないと、そう言う人もいるだろう。

 だが、アタシは行動を止めない。改善はするが、反省はしない。でなきゃ、何も行動できなくなる。

 

 皆、幸せになってもらう。

 遅きに失する、その前に。

 

 

 

 お祭りの準備だ。

 

 祭りの目玉は、アタシが思う「みんな」の幸せ。

 原動力は愛。目指すべきは、アタシの最高の人生だ。

 

 当然として、他者を巻き込むお祭りに他者の協力は不可欠だ。故に、一部を除く参加者には誠意を持って協力を要請した。

 パパとママ。シンラとアニス、その両親。ヘリアンにも応援要請をして、ロモジちゃんには事前に計画の全貌を明かした。カヤ姉は……なんかバラしそうだったのでやめておいた。

 あとハッサク先生。彼からの支援を得られたのは驚きだった。

 

 今とは別の形だが、前々から準備を進めていた。何があってもいいように、選択肢を増やし続けてきたのだ。

 決行日が決まった。なんて都合がいい。用意していたピースをハメ込んでいく。裏も表も、準備は万全。皆を幸せにする、アタシの独善的横暴行為の始まりだ。

 名付けて、シューティング☆スター大作戦。

 

 かつて、アタシはワンマンプレイをやり過ぎた。

 今回は前のようにはしない。

 

 第一の目標はリュウ兄。

 状況は把握している。シンラ、アニス、ヘリアン経由で裏の事情も知っていた。リュウ兄自身の状態も、無断で調べさせてもらった。急がねば、かなりヤバい事になるかもしれない。

 苦戦するかに思われたこの準備は、存外あっさりカタがついた。対戦プレイより協力プレイ。そういう事だ。

 

 第二に、ロモジちゃんの恋路。

 あの件からしばらく、二人は今度こそ正式に交際を始めたらしい。

 ロモジちゃんは幸せそうにしていた。ロライマ君も幸せそうにしていた。

 けれど、我が親友が愚痴っていたのだ。ABCがまだである、と。

 そして、ロモジちゃんはアタシのシューティング☆スター大作戦に乗ってきた。オヌシも悪よのうである。

 

 第三に、アタシ。

 これは第一と第二が成功すれば自ずと達成されるのでヨシ。

 

 こうして、アタシは意気揚々と実家に帰るのであった。

 エゴと決意と、嫌われる勇気を抱いて。

 

 

 

● 〇 ●

 

 

 

 作戦は成功だ。

 

 時刻は夜。現在、リュウ兄の部屋では、真夜中にも関わらず大運動会が開催されていた。

 今はちょうど協力して大玉転がしと棒倒しをしているところだ。そのうちキョダイマックスマルヤクデ競争に移行するだろう。一度目はシンラだったので、次はアニスかな。

 

 そんな光景を、アタシはドア越しに眺めていた。

 透視で。

 

 まあ、これ以上リュウ兄のダイマックスを眺めていても仕方がない。アタシは透視を止めて、元の視界へと戻した。

 時間は深夜だ。当然、廊下の光源は月明かりだけである。影なる者にとって闇は隣人。アタシは第二の目標の確認の為、足音を立てないよう浮遊して廊下を進んだ。

 

 まず、第一の作戦は成功した。以降は二人の課題。アタシにできるのはここまで。

 シンラとアニスは上手くやってくれました。あとは契約書をぶち込んで試合終了である。おつかれさまでスター。

 

 第二の目標、ロモジちゃんはどうだろうか。

 交際自体は上手くいってるらしいが、割と性欲強めのロモジちゃん曰く、欲求不満らしいのだ。例の秘密兵器を上手く活用できてるといいのだが……。

 

 などと考えていると、廊下の曲がり角に人影があった。

 

「あっちは上手くいったの?」

 

 ヘリアンであった。

 彼女は壁に背を預け、腕組み姿勢で静かに言った。

 

「うん。楽しそうだったよ」

「よく気まずくなんないわね、あんた」

 

 呆れたように、ヘリアンは壁から背を離してふわふわ浮くアタシに相対した。

 浮遊状態で対面すると目線が同じなのでなんか新鮮だ。

 

「まぁね。でも、良かったの? 今からでも参加できるんじゃない?」

「言ったでしょ。あの子にはあたしよりお似合いの娘がいるって、それに、複数プレイなんて絶対イヤよ」

 

 シューティング☆スター大作戦の内容は、ヘリアンにも伝達済みであった。

 作戦開始前、アタシはシンラとアニスに乗っかる形でヘリアンを混ぜ込もうと思ったのだが、当のヘリアンからは拒否されてしまった。

 そうなると、ここでヘリアンとリュウ兄をくっつけるのは難しくなってしまった訳で。

 リュウ兄の篭絡に失敗したら、ヘリアンは他の男とくっつかされるみたいな事を言ってたし、それは嫌であるとも言外に言ってた気がする。

 彼女が実家に呼び出される前に、何か良い案を考えておかないといけないな。

 

「そう。じゃあ、アタシはロモジちゃんの様子見に行くから」

 

 云って、ヘリアンの横を通り過ぎる。

 ワクワクは止められねぇんだ。

 

 やがてロモジロライマペアの部屋の前に辿り着くと、灯りの漏れた中からはくぐもった声が聞こえてきた。ある程度の防音性を持つ部屋なのに、これはお楽しみ間違いなしだ。きっとロモジちゃんの方も成功しているだろう。

 嬉しい気持ちになりつつ、アタシは精神を集中して透視能力を使った。

 使ってしまった。

 

 肉眼よりも鮮明なソレで、ドアの向こうの景色を見た……その時である。

 

「ッ……!?」

 

 咄嗟に、声を上げないよう口元を手で覆った。

 ファインプレイだった。そうでないと、悲鳴を出してしまいそうな光景が広がっていたからだ。

 

 別に、アタシはウブじゃない。ついさっき、兄のお楽しみタイムを見ても体温心拍ともに正常値を保っていたのだ。

 そんなアタシでも、ドアの向こうの二人の行為には動揺を禁じ得なかった。

 動揺しつつ、無意識に正確な情報を得ようと地獄耳も使用した。これまた、してしまった。

 

 バチン、バチンと乾いた音が聞こえてくる。

 いつも落ち着いて、音楽的な声を出しているロライマ君が、どこかのヤンキーみたいな声音でロモジちゃんを罵っていた。

 ロモジちゃんは、親友のアタシでもこれまで聞いた事ないような甲高い声を出していた。痛い痛いと泣き叫んでいた。

 バチン、バチンと、乾いた音が鳴る。リズミカルに、暴力的に。それは、所謂ケツドラムであった。

 アタシ視点、角度的にケツドラマーの顔は見えない。けれど、ドラム本体の状態はチラチラ見えている。ロモジちゃんのお尻は、赤くなっていた。

 

「た、助けなきゃ……!」

 

 クソが! アイツ、まさかDVゲス野郎だとは思ってなかった!

 万死に値するぞクソマント! 脳みそズル出して背骨バキ折ってタマ○ンぶち潰してやる!

 アタシは昔から禁止されている攻撃的な能力を準備しつつ、ドアに手をかけ……。

 

「やめときなさい」

 

 その手を、ヘリアンにつかまれた。

 その勢いで、ほんのわずかにドアが開いた。こうなると、透視なしでも部屋の中が分かる状況だ。二人は気づいていないらしいが、気づかれてもいい。むしろ気づけ、そして暴力を止めろ。

 

「むぐっ……!?」

 

 次いで、ヘリアンはアタシの口を手で覆ってきた。何もしゃべれないし、息苦しい。ついでに羽交い絞めまでされてしまって身動きが取れない。

 

「あら、あの子って結構Sなのね」

 

 ヘリアンはというと、ドアの隙間から覗き見してそんな事を言っている。

 どうでもいいが、アタシは今から奴の蛮行を止めねばならないのだ。フィジカルではどうしようもないが、念動力を遣えばなんて事はない。

 少し乱暴だが、ヘリアンには離れてもらおう。念力アサルトアーマーを使わせてもらう。

 

「落ち着きなさい。あれはDVじゃないわ」

 

 AAの起動準備に気づいてか、ヘリアンはなおもアタシの口を塞ぎながら囁いてきた。

 何を言ってるのか分からなかった。彼氏が彼女の尻を叩きまくっているのだぞ。しかもロモジちゃんのお尻は真っ赤になってる。あれは内出血であり、立派な怪我である。これを暴力と言わず何と言おうか。

 

「ああいうのもあるのよ。ほら、よく見なさい。二人とも悦んでるでしょ?」

 

 そんな訳あるかと思って、もう一度二人の情事を覗き見た。

 べしんべしんと、ハイになってるっぽいロライマ君は今度は恋人の背中を叩き始めた。痛そうだ。

 べしんべしんと、背中を叩かれ始めたロモジちゃんは痛そ……痛そうな声か?

 実際に痛い痛いと言っている。甲高い、悲鳴に聞こえる。けれど、どうにもこうにも喜色を発してる時の声音に近いような……。

 

 いや、聴覚だけで判断してはいけない。

 アタシは声に出せないSOSを拾うべく、能力リソースの多くを使ってロモジちゃんの内心に潜り込むべく精神エネルギーを練り上げた。

 距離は離れてるが、全力を出せば行け……。

 

「ッッッ~~~!?」

 

 接続は、ほんの一瞬であった。

 その一瞬の間に、アタシの脳に膨大な情報が流れ込んできた。

 それも、好意とか嬉しいとか愛とかそういう感情が、ダムの決壊めいてドバドバと。

 

 ついでに、驚くべき真実も知ってしまった。

 秘密兵器のあの薬、ロモジちゃんが飲んだらしい。

 

 え? なんで? 事前の計画ではロライマ君に飲ませて既成事実作るはずだったじゃん。

 なのに、なんで自分で飲んだ? いやいや、ていうかなにこれ? リュウ兄の奴と全然違うのだが。痛いのが嬉しいってどういう感情!?

 

「ん? ちょっと、あんたどうしたの? 冷や汗なんかかいて」

 

 ベッドの上では、親友のロモジちゃんがベシベシぶっ叩かれて喜悦の声を上げていた。

 内心を知ってしまった身としては、その声の意味も容易に察する事ができてしまった。

 要するに二人は、叩いて喜ぶ男と叩かれて喜ぶ女だったという訳だ。

 全くもって、理解できない。

 

「おっと……」

 

 アタシは超能力を維持できず、そのままヘリアンに体重を預けていった。

 超能力は精神エネルギーを使用する。今のアタシの精神は、本来低燃費なはずの浮遊さえ維持できない状態になっていた。

 

「あんた、大丈夫な訳?」

「だ、だいじょうぶ……じゃない……」

 

 実際、大丈夫ではない。今すぐ部屋に戻って眠りたい。

 理解できない感情のオンパレードで、アタシの脳はパンク寸前だ。

 

 ま、まぁ、作戦は成功だ。

 リュウ兄サイドも仲良くやってる。

 ロモジちゃんも楽しく……楽しくやってる。

 何の問題もないはずなのだが……。

 

 心にステロ撒かれた気分である。

 

 帰る前に、今一度ロモジちゃんの方を見た。

 ホントにホントに助けてほしいんなら、そうするのにと思いつつ、そうではないと確信しつつ……。

 そして、目が合った。

 

「あは~♡♡♡♡♡♡♡」

 

 ロモジちゃん、めっちゃ幸せそうだった。

 

 それを見て、アタシの脳みそは、ぐっちゃぐちゃのめっためたになった。

 ダメージの理由は分からなかった。脳を破壊されたというか、脳にサッカーボールキックを食らった気分だった。しかも、ロモジちゃん本人から。

 NTRビデオレター見た男ってこんな気分なのかな。

 

「あ、これ前の奴だ……ごめんヘリアン部屋ま――」

 

 視界がぐにゃる。耳鳴りが聞こえた。息が荒くなって、横隔膜がひくひくしてきた。

 そうして、アタシは意識を手放した。

 

 

 

● 〇 ●

 

 

 

 目を覚ますと、そこは見慣れた我が家の自室であった。

 視界の端の光源を見ると、サイドテーブルの上のタッチライトが点いていた。

 

「あら、起きたのね」

 

 声の方を見ると、勉強机に頬杖ついたヘリアンがいた。

 前にも似たような事があった。以前はロモジちゃんの心を読んで気絶し、今回もロモジちゃんの内心を読んで気絶してしまったのだ。

 内容は、まるで別だが。

 

「運んでくれてありがとう」

「へえ、素直じゃない」

 

 からかうような声音だった。ヘリアンは何が面白いのか僅かに口角を上げており、機嫌が良さそうである。

 

「何か面白い事あった?」

「まぁね。あんたの近くはそれなりに刺激的よ」

 

 言うと、立ち上がったヘリアンは近くまで歩いてきて、ちょうどアタシの太ももくらいの位置でベッドに腰かけた。

 つられて上体を起こすと、横向きのヘリアンとばっちり目が合った。

 

「あ……」

 

 何か言おうとしたのか、ヘリアンは口を開いてから、閉じた。

 言葉が見つからないというか、少し迷っている時の仕草に近い。

 さっきまでの上機嫌はどこへやら、喉に精神的なつっかえができてしまった様だ。

 

「……訊いていい?」

「いいよ」

 

 言ってから、ヘリアンは目を逸らした。

 アタシからは横顔しか見えない構図だ。その眼は半ば閉じられ、僅かな灯りの長い影を見ていた。

 

「あんたって、みんなの幸せの為に、行動したのよね」

「うん、身勝手だけどね」

「独善的だし、押しつけがましいわ」

 

 なおも俯きを深くしたヘリアン。

 何を言いたいのかわからず言葉を待っていると、息を呑んだヘリアンが再び目を合わせて来た。

 

「その、“みんな”には、あたしも含まれてるの?」

「うん。アタシにとっては」

「そう……」

 

 ならさ、と続けたヘリアンの声は夜の静寂の中でなお小さかった。

 

「……ならさ、あたしの幸せも、あんたは身勝手に押し付けてくる訳?」

「うん。ヘリアンが拒まない限りは」

「あぁ……そう」

 

 納得したように、あるいは諦観したように、ヘリアンは重い息を吐いた。

 その内心は分からない。覗こうにも、アタシの精神エネルギーは枯渇状態なので今は読心術を使えない。

 超能力なしじゃあ、少女の心など分かるはずもない。

 

「じゃあさ」

 

 意を決したように立ち上がったヘリアンは、アタシの勉強机の上に置いてあった封筒から一枚の紙を取り出して、それをズイと押し付けてきた。

 

「これにサインして」

「サイン?」

 

 差し出された書類を見ると、それは婚姻届だった。

 婚姻届だった。

 

 婚 姻 届 だ っ た!

 

「んん!?www」

 

 瞬間、アタシの脳に茫漠たる暗黒宇宙空間が広がった。

 ハシゴが外れるとか、会話のドッジボールとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない。パスされたボールが自爆寸前のビリリダマだった気分である。意味不明だ。

 

 見ると、その婚姻届には既にヘリアンの名前が記入されていた。

 ちょこちょこ未記入のところはあるが、何とアタシの父母の名前はパパママの字で書かれていた。

 

「え……?」

 

 え? であった。

 あれ? こんなの、シューティング☆スター大作戦に含まれてないぞ。

 ヘリアンの独断? いやいや、なんでヘリアンがアタシと結婚を? それより、これパパママ了承済みって事なの?

 

「あの、アタシ一応女……」

「知らないの? パルデアじゃ合法よ」

 

 そう言うヘリアンは、腕組みしながらどっかりとベッドに腰を下ろした。さっきまでの緊張状態は解除されたらしい。

 アタシには無関係だと思って、そこらへんは知識に入れていなかった。今度頭に入れとこう。

 

「ていうか、ヘリアンってリュウ兄と結婚したかったんじゃないの?」

「前まではね。まぁ、これは次善策よ」

「次善策?」

 

 訊くと、ヘリアンはふんと鼻息ひとつして、吐き捨てるように云った。

 

「前にも言ったでしょ、失敗したら他の男とくっつくだけって。どんな奴が出てくるか分かんないけど、多分ろくなもんじゃないわ。最悪、どっかのおっさんの愛妾になるかも」

「そんな事……」

「あるのよ、コッチの世界じゃね」

 

 苦笑するヘリアンは、アタシの知らない世界を当然としている風であった。

 しかし、その発言内容には、アタシからも言いたい事があった。

 

「それは、させないよ。ヘリアンもアタシの大事な友達なんだから、何とかする」

「そう、だから何とかして?」

 

 アタシの決断的な発言には、練習したであろう魅力的な流し目が送られてきた。

 弧を描いた唇は、やに魅惑的であった。思わず、見とれてしまうほどに。

 

「あん……ううん、キリノはあたしと結婚するの、嫌?」

「い、嫌というか……そういうの、アタシには理解できない事だから。ヘリアンこそ、好きでもない同性と結婚するの嫌なんじゃない?」

「あたしキリノの事好きよ? 友達としてね」

「うん、まぁ……アタシも」

「じゃあ、そのうち“好き”になれると思うわ」

 

 言うと、ヘリアンはずずいと身を寄せて来た。

 反射的に身を引くと、バランスを崩してバタンと仰向けになってしまった。迫る美貌が真上にあった。

 どん、と。右のこめかみのすぐ横でヘリアンは手を突いた。息がかかる距離にヘリアンの顔があった。床ドンならぬ、ベッドドンをされた状態だ。

 

「なんだっけ……シューティングなんとか作戦、利用させてもらったわ。キリノの両親には話を通してる。全部キリノの意思次第だって、反対も賛成もされなかったわ。サインはもらったけどね」

 

 そのまま、おでことおでこを合わせ、キスする5秒前みたいな状況で囁かれる。

 伝えられたのは、アタシの知らない計画。アタシがリュウ兄に仕掛けた事を、今アタシはヘリアンにされてる訳だ。

 

「一応、あたしの親にも伝えたわ。リュウキの篭絡もほぼ無理だろうって。そしたら、条件付きでOKをもらえたの」

 

 魅惑的な双眸の中に、アタシの虚無の瞳が映っている。ヘリアンが囁く度、自分以外の息が唇を湿らせた。

 なんというか。今のヘリアンは努力に裏打ちされた誘惑技術の自信に満ちていた。アタシが性欲オバケだったら、多分一発でノックアウトされるくらいの、モノホンの技だ。

 

 対し、アタシの心拍数に変化はなかった。動揺も驚愕もしているが、ドキドキはしてなかった。ただ、思考力に相当なデバフがかかっているのは自覚できた。

 これ、アレだ、アタシを動揺させて思考力を奪ってるんだ。知っているのだ、対策できる。魂胆は丸見えだ。そんな適当な交渉術に、このキリノが引っかかる訳……。

 

 ――むにゅん。

 

 手に、柔らかい感触があった。

 見ると、ヘリアンはベッドドンしている逆の手でアタシの手を持って自身の胸へと当てがっていた。

 しかもこれ、ノーブラだ。あの硬い感触のない、パジャマ一枚隔てた感触だ。それだけなのに、威力が高い。

 

「実は、うちって今けっこう没落しかけててね。一族が経営してる会社のいくつかが傾いちゃってるのよ。キリノ、あんたにそれを立て直してほしいの」

 

 むにゅんむにゅんと、アタシの手は主人の意思を無視してヘリアンの夢特性に触れ続けていた。

 伝わってくる、甘く柔らかい手のひら越しの幸せ。暖かくて、安心できるこの感じ。

 

 すごい。

 

「あんた、卒業したらうちの会社に来なさい。能力を示した上でね。それが条件よ」

「あぅ……おっぱい……」

「できるでしょ?」

「おっぱい」

「できるわね?」

「はい」

 

 思考ゼロで返事をしてしまったが、次の瞬間ハッとなって魅惑のおっぱいから手を離した。

 なんてこった。おっぱいに気を取られて、ろくに話を聞いてなかった、なんか経営手伝え的な事言われたと思うけど……。

 

 あ! いやいやいや、それ以前の話である。

 なんかいきなり過ぎて混乱してしまったが、まだアタシの意思は結婚するとかしないとかの段階に入ってない。

 これがヘリアンの考えた次善策だとて、アタシならもっといい案を提示できるはずだ。それこそヘリアンが自由に結婚相手を選べるような未来に導く事だって……。

 

「結婚してくれたら、あたしの胸、好きにしてもいいわよ」

「……マジ?」

 

 あまりにも魅力的な提案だった。

 ノーブラ服越しでさっきの威力なのだ。もし、素肌で触ろうものなら、いったいどれほどの幸福感が味わえるだろう。

 想像するだに恐ろしい。否、想像できないほどの多幸感が待っているに違いない。

 

 いや! いやいやいやいや! 待て!

 まずいぞ、これはまずい。これじゃまるで、アタシが他の有象無象のお下劣マンと同じみたいじゃないか。品性を疑うぞ。

 そんな麻薬的なモンでこのアタシがなびく訳がない。それに、アタシの個人的欲求でヘリアンの自由を奪いたくなどない。

 例えそれが、ヘリアン自身の意思で選んだ道だとしてもだ。

 

 思考1秒、閃いた。ヘリアンの計画を上書きしてやる。

 さっき思いついた事だが、これなら万事丸く収まる。

 

「……見返りなんか、いらないよ」

「どういう意味?」

「おっぱい無しで、ヘリアンの会社に行くよ。それでヘリアンに自由を認めさせる。アタシとの結婚を許したんなら、それもOKなはず。だから……」

「ダメよ」

 

 スッと目を細めたヘリアンの眼光に、アタシの言葉は阻まれてしまった。

 ヘリアンはベッドドンをしていた手をアタシの頬に当てて、目と目を合わせてゆっくりと口を開いた。

 

「言ったでしょ? リュウキにも、キリノにも、恋なんかしてないわ。でも、好きになる事はできるって。お話して、お茶を飲んで、一緒に遊んで……そしたら、“愛”が生まれるの、生まれかけてるの」

 

 言っている意味が、分かる言葉だった。

 それはかつてのアタシが園長先生に教わった事そのままだった。

 アタシとヘリアンの、共通する愛の価値観であった。

 

「自己犠牲なんて、許さないわ」

 

 とても、綺麗な目をしていた。諦観と倦怠に漬かりながら、奥底に小さな火が燃えている。身を焦がす程の熱はないけど、手を暖めるくらいの心地良い熱がそこに在った。

 遮断しているはずの読心術が、向こうの意思力でこじ開けられていた。その瞳を見てられなくて、アタシは彼女の肩を押して身を離した。

 

「うぅ……!」

 

 目を離しても、視られていた。すると、アタシの深層心理からドロリとした感情が漏れ出してくるような錯覚があった。抑え込もうとしたが、それは確かな感覚を伴って抑圧を押し返してきた。

 共通した価値観を持つ者同士だからこそ、あるいは物理的に近づいてきた相手だからこそ、アタシは奥底にあった感情の放射を防ぐ事はできなかった。

 内心、受け止めて欲しがってるのかな、と俯瞰しつつ。

 

「で、でも……アタシ……」

「うん」

 

 家族にさえ、親友にさえ、言った事のない気持ちを。

 ぶちまけないようにする理性は、既に溶け落ちていた。

 

「アタシ……頭、おかしいよ? 性格も悪いし、性根も割と邪悪。身長全然伸びないし、おっぱいも小さい。恋愛なんて、最初のレの字も分からないの。共感性がね、低いの。可哀想と思うのも、上から目線。控えめに言って……クズなの。気に入らない奴は殴りたいし、罵倒したいっていう性癖があるの。倫理の授業が苦痛で、他人を傷つけても罪悪感湧かないの。思いやりが、欠けてるんだ。だから……」

「知ってる。その上で言ってるの」

 

 即座の返事は、アタシの心の隙間にクリーンヒットしてしまった。

 こんな、おかしい。たかだか音の振動程度で、ちょっと肯定された程度で、アタシの脳が変な方向に回転を始めてる。

 心拍数が、上がっていた。

 

「だ、黙れ小娘……! お前にアタシの苦悩が癒せるのか? 人の感情に共感できず、我欲の強さで友を傷つけるのがアタシだ! 異性愛者にもなれず、同性愛者にもなりきれぬ、哀れで醜い、誰よりも自分が可愛いクズがアタシだ! お前にアタシを救えるか?」

「分からないわ。けど、共に生きる事はできる」

「うっ……」

「ふふっ、“ポケモの姫”好きだものね、あんた。前に、一緒に観たじゃない。二人でポップコーン作って、大きなお皿でシェアしたでしょ。覚えてるわ」

 

 途中、恥ずかしくなって映画の台詞で茶化そうとしたが、真正面から返されては強烈カウンターで威力倍増である。

 

「全部、知ってるわ。あんたがクズな事も。あんたの頭がおかしい事も。キリノ、貴女の心が脆い事も。その上で、あたしが決めたの。あんたと一緒にいたいって」

 

 再度、ヘリアンの顔が近づいてくる。

 キスされるかと思って目を閉じると、僅かな吐息が耳元に届いた。

 耳たぶに唇が触れる距離で、ヘリアンはアタシの耳に囁いた。

 

 

 

「ねぇ、あたし達で“恋”をしましょう?」

 

 

 

 それは、かつてヘリアンが願っていた事だ。その、お誘いだ。

 恋をした事がないヘリアンが、一度してみたいと思っていたと。

 マシだと言ったリュウ兄でなく、同じ価値観を持つアタシに、願いの協力を要請してきた。

 

 それは、多分。

 技ではない、ヘリアンなりの、精一杯の誘惑だったのだと思う。

 

 これまで、蓄えてきた技術でリュウ兄を篭絡しようとしていたヘリアンが、ここにきて僅かに喉奥を震わせてアタシに云った言葉がコレであった。

 弱々しくて、不安が混じってて、それでも自信ありげに誘惑してみせる。そういう、いじらしい感情の結晶が、先の言葉だ。

 

 アタシは、それを、可愛いと思った。

 トゥンクと感じるというより、嬉しい気持ちになった。

 媚びマックスで、打算100だ。最愛でなく、次善でアタシを選んできた。人によっては、とても失礼に感じるかもしれない。ヘリアンの事を、悪女と思う人もいるだろう。それで言うなら、アタシのがよっぽど悪女なのだが……。

 

 とにかく、何となく分かった事があった。

 未だ恋だの何だのは分からないが、そのきっかけなら、今さっき感じ取れた。

 

 もっと、この娘と一緒にいたい。

 この人と、恋がしてみたい。

 そう思った。

 

「は……はい」

 

 友の為なら、全力で。

 受け入れてくれる人だから、全霊で。

 アタシは、ヘリアンを好きになろうと思った。

 

 好きになれる確信があった。

 

「そう、よかった」

 

 言って、ヘリアンは上体を起こした。

 ランタンの淡い光に照らされた彼女は、安堵したようにくしゃりと破顔した。お嬢様じゃない笑顔だった。

 

 アタシとヘリアンの間に、それほど多くの積み重ねはない。

 まだ友達だ。気の合う友人で、恋人ですらない。

 

 愛そうと思う、この人を。

 お話をして、お茶をして、一緒に遊んで。

 そのうち、大切な人になって、それからも。

 今日みたいな夜が来る度、嬉しい気持ちになれるように。

 

「じゃあ……これ」

 

 ポンと、どこから取り出したのか、ヘリアンはサイドテーブルに水の入ったペットボトルを置いた。

 なにこれ? と見ていると、ヘリアンは言った。

 

「例のお薬よ、飲んどきなさい。分量はあんたに合わせたわ」

 

 あぁ……うん、ママね。

 いつの間に渡したのか知らないけど、あんた娘にも容赦ないね。

 

 無論、これが両者からの気遣いである事は理解できた。

 まだ、アタシとヘリアンは友達だ。恋人になる前に、婚姻を約束した二人だ。これから互いを絆し合って、いつか愛を結ぶ関係なのだ。

 それで、これは、どうなのだ。早すぎない?

 

「子供はできないけどね。一応、既成事実が欲しいのよ」

「ヘリアンらしい」

 

 けれども、存外アタシの心は乗り気であった。

 リュウ兄に中てられたとか、ましてロモジちゃんに中てられたとかじゃない。

 ごくごく単純に、そうなったら生のおっぱいが揉めるんじゃないかという思惑があった。

 

 ん? いや、待て。

 そもそもアタシのこのおっぱい欲は何に由来した欲望なのだ?

 

 あの夜、ヘリアンの胸を見て思った。すげぇ良い、と。次の日、ロモジちゃんの胸を揉んで思った。勇気が出る、と。

 果たして、これは性欲に繋がるのだろうか。さっきヘリアンの胸を触った時は、思考力にデバフがかかった。魅了されていたし、魅力的だとも思った。しかしそれは、名画や名曲を見聞きした時のソレに近い気がするのだ。

 ていうか、アタシとヘリアンって、できるのか?

 

「ほら、飲みなさい」

 

 ヘリアンは水を差しだしてきた。

 その薬は、男女共に性欲と精力にバフをかけるチートアイテムだ。今になって思うと、アタシに効果があるか怪しいものである。

 それよりも、一応男性への性欲はあるっぽいヘリアンに飲んでもらった方がいい気がする。

 

「アタシはいい。ヘリアンが飲んで」

「飲まないわ。それじゃ意味がないもの」

「意味?」

 

 訊くと、ヘリアンはサイドテーブルに水を戻した。

 

「薬のせいにする気はないの」

 

 なるほど、と思った。

 この選択は、ヘリアンにとってとても大きな決意の表れだったのだ。

 ならば、アタシの答えも同じである。

 

「アタシも言い訳しない」

「気が合うわね。じゃあ、しましょっか」

 

 言って、ヘリアンは着ていたパジャマを豪快に脱ぎ捨てた。

 瞬間、アタシの目の前にはルビーの大地とサファイアの海が広がった。

 

「おぉ……!」

 

 また一段と、アタシの思考力が鈍った気がした。恐らく、ガクッと。

 メロメロ状態のアタシは、吸い寄せられるようにヘリアンの両おっぱいに触れた。

 

 手のひらに伝わる、きめ細やかな肌の感触。

 柔らかく、それでいて弾力のある一対の実り。

 これは、まさに……。

 

「ディアルガとパルキア……!?」

「はあ?」

 

 そう、ヘリアンの胸には、時間と空間の概念が収まっていた。あるいは全、あるいは一。世界の真理であった。

 ひと揉みする度、アタシの脳には人智の及ばぬ啓蒙と超越的示唆が去来していた。プレート? コア? ウルトラホール? 訳の分からないワードが、アタシの頭に突き刺さってくる。

 

「イア……!」

 

 そして、揉みの回数が42回に達した時、それは起こった。

 アタシは、宇宙の始まりを、視た。

 

 手のひらから神経を伝わり、腕から脳、脳から天へとアタシの知覚領域は膨張していった。

 まるで、走馬灯であった。イッシュの英雄伝説。古代のポケモン。空から落ちて来た無限の如き眠り竜。人々の歩み、魔獣使いの戦い、気高き人の意志と、醜い人の争い。人とポケモンの歴史と、未来へ続く愛の道……。

 

 儚くも膨大な奔流が終わると、アタシの知覚は人のソレに戻った。目の前には、“全”があった。

 そうして、アタシは真理を見た。

 

「そうか……宇宙の心は、君だったんだね、ヘリアン」

「何言ってんの?」

 

 されるがままになっていたヘリアンは、アタシの超越的思考を振り払うように両手を取ると、勢いそのまま覆いかぶさってきた。

 遊びは終わり、その瞳には超能力なしでも十分伝わる熱い意思が滾っていた。

 その、これが、性欲なのか?

 

「や……優しくお願いします」

 

 目をそらして言うと、顎を掴まれて無理やり上を向かされた。目が合うと、もう一度彼女の熱がアタシを射抜いた。

 ヘリアンは、やや上気した顔で言う。

 

「安心なさい、知識はあるわ」

 

 そしてそのまま、綺麗な顔が近づいてきた。

 目を瞑ろうとしたが、近づいてくるヘリアンの瞳があまりにも魅力的で、全身が金縛りにあったみたいに固まってしまっていた。

 

 ホントにキスする数秒前。

 一時停止したヘリアンは、にやりと唇を歪ませ、云った。

 

 

 

「舌、出しなさい」

 

 

 

 その夜、アタシは分からされた。




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