【完】再会した幼馴染オカルトマニアちゃんにお薬飲まされて何やかやあった後の話 作:いらえ丸
誤字報告助かってます。皆さまのお陰です。
キリノ編最終回です。
一人称が変わってるのは仕様です。
相変わらず無理矢理進めました。
ご都合主義です。
終わりよければ全てヨシなのだ精神です。
恋や愛を語る際、往々にして人は血の通わぬ一般論に終始するものだ。
例えば、一切の汚れのない神性なものであるとか。あるいは性欲の私的表現であるとか。または単に子孫を残す為だとか。
また、恋については、このように例える者もいるだろう。
恋は、落ちるものであると。
だが、これは間違いだ。
少なくとも、人の恋は落ちるものではない。
まして、愛に溺れるなど。
制御できない感情の嵐。
これを恋というならば、明確に否と言える。
こんな経験はないだろうか。
欲しくてたまらない靴があったとする。寝ても覚めてもその靴の事ばかり考える。それを履いた自分を想像し、休日に散歩する夢など見たりして、その靴を目にする度に心がソワソワする。
ソーシャルゲームで例えてもいいだろう。新規実装のキャラが欲しくて、ガチャを回す。後先考えず財布の紐を緩めまくって、それでも出ないと気が狂いそうになる。
制御できない、欲しいという感情の嵐。
けど、いざ手に入れて見ると、一週間もすればその靴を履くのが普通な事になって、何の感慨も抱かなくなる。ソシャゲのキャラもまた同様に。
あれだけ欲しかった靴に、あれだけ恋焦がれていたキャラに、飽きてしまう。そんな経験。
ちなみに、私にはない。
話を戻そう。
なぜ、それほど焦がれた存在に、あっさり飽きてしまうのか。添い遂げられないのか。
答えは単純。要するに、その制御できない感情の嵐とは支配欲そのものであり、所有した時点で満足して、感情の暴走が収まってしまうからだ。
落ちる恋とは、まさにこれ。所詮、物欲と同じだ。
ならば、人の恋とは何か。真の愛とは何か。
神の愛でもない。性の愛でもない。生物の愛でもない。
真なる人の恋愛、とは何か。
愛とは、人生の主語を“私達”に変換する事だ。
共に育むものであり、一生をかけて努力し続けるものであり、技術と根気を要するものである。つまり、地道な行いの積み重ね。
人生の至上命題とは、幸せになる事。愛は“私”の幸せを、“私達”の幸せに変える事だ。
多くの場合、人は劇的なドラマや情熱的な出会いのお話を見聞きして、これぞ愛だ恋だと思うものだ。
けれど、本当の愛とは築くもの。映画の中の激情でなく、終幕の後の物語こそ愛なのだ。
落ちる恋など、あろうものか。まして、溺れる愛など……。
「あら、おはようキリノ。起きなさい、シャワー浴びるわよ」
「お゛は゛よ゛う゛……」
愛で以て分からされた夜の後、私の声はカスカスに枯れていた。
部屋に防音性があってよかった。
私は、恋に落ちてない。愛に溺れてもいない。
積み重ねの第一歩で、がっつり“メス”にされたのだ。
他ならぬ、私達の片割れに。
シューティング☆スター大作戦の後、アカデミーの授業から退屈が消えた。
無意味に思えた授業に、意味を見出せるようになったのだ。
この先、何の知識が役立つか分からない。
故事成語とか、どっかの地方の神話とか、知らないおっさんの名言っぽい何かとか。
教養とやらを、身につける気になったのだ。
さて、長期休暇である。
私はヘリアンに連れられ、お船に乗って彼女の実家に向かう事になった。
ヘリアンのお家はシンオウ地方はマサゴタウンにあった。
マサゴタウンは潮風の匂いがするところで、テーブルシティはおろかマリナードタウンより遥かに田舎だった。特産物はそれなりにあるみたいだが、なんか地味だ。有名なのはポケモン研究所くらいか。
そんなマサゴの奥の方に、赤レンガ造りの大きな家があった。ヘリアンの実家だ。
家の中は擬ガラル風とでも言おうか、内装といい調度品の配置といい、ガラルっぽい雰囲気に満ちていた。あくまでそれっぽいだけで、がっつりガラルって感じはしない。
「君がキリノか。娘から話は聞いている、座りたまえ」
「はい」
客室に通されてしばらく、ついにヘリアンのパパと対面した。
少し話をして分かったが、ヘリアンパパは「お前が下で、こっちが上」という態度を崩さない人だった。それは元の性格がそうというよりは、後天的に身に着けた技術の様に感じられた。なんか、お嬢様フォルムのヘリアンを見てる気分になったから。
あと、この人、苦労人なんだなと思った。好きにはなれそうにないが、ムカつく人って訳でもない。少なくとも、自分の情緒を正しい道徳だとは思ってなさそうだから、まだ話しやすい。
「うむ、交渉は成立だ。私はすぐに発つ。君もパルデアに帰りたまえ」
「はい」
私とヘリアンの結婚云々についての話し合いは、つつがなく完了した。
ヘリアンパパとのお話は簡便で、無駄がなかった。提示と承認。事実の確認。問題なしとなれば次の話。そこにお互いの感情はなく、無駄なお説教や綺麗な言葉の言い合いなんかがなかった。
話は上手くいったし、用が済んだとなればすぐに帰された。どうやらヘリアンパパは凄く忙しいとの事で、彼は車でどっかに行ってしまった。
「厳しい人だね、自分にも家族にも」
「娘からしちゃクソ親父よ。時代遅れの老害ね」
「すぐ帰るよう言ったのも、お客さん扱いはしないって意図なのかな」
「かもね。けどムカつくでしょ?」
自分に厳しく、家族にも厳しい。傾きかけてる会社を立て直そうと必死で、頼られるのが普通で頼る事ができない。昔気質で、不器用。理想と能力が噛み合っておらず、感情と合理性が食い違っている。ヘリアンパパは、そんなおじさんだった。
変な人だが、尊重しよう。皆、その人の様にしかできないのだ。
アカデミー三年目。
私は来る将来に向けてこれまで興味のなかった学問に手を出す事にした。
経済学とか経営学とか商学とかそこらへん。ヘリアンパパのご要望に応えられるような単位を積極的に取るようにしたのだ。
「どうしたのキリノちゃん、頭から湯気出てるよ?」
「うん、脳のあちこちで玉突き事故が起きてる。とっても辛い」
あと、凄い嫌だったが倫理関連の授業も受ける事にした。
これまで受けてきたのは義務的な普通の授業としての倫理。新しく受けるのは地方ごと、信仰ごとの倫理だ。色んな人がいる事と、色んな考えがある事を学ぶのである。
共感もできない、理解も難しいお勉強は、とにかく苦痛だった。分からない事を勉強させられるのってこんなに苦痛なんだと思い知らされた。
世に勉強嫌いの人がいる訳である。確かに、これは辛い。相変わらず倫理の成績はふにゃふにゃだったが、受けてよかったと思える授業だった。
「お疲れね。ほら、膝枕してあげるから、こっち来なさい」
「うぃ~」
そんな事をしていると、疲れもする。そういう時はヘリアンの母性に癒される。
最近、ヘリアンは家庭科系の授業を積極的に受けてるらしい。栄養学や調理学、家政学など色々と。
これまで、ヘリアンは適当に簡単そうな単位しか取ってなかったらしいのだが、今はガッツリその気だ。
それも、私をサポートする為だというのだから堪らない。愛らしさ倍増である。
「おっぱいはダメよ。午後からも授業でしょ」
「はぁい」
こうして、私とヘリアンは二人の未来の為に歩みを進めていった。
勉強以外にも、まぁ色々と。
授業以外でも、私は色んな知識や経験を取り入れる事にした。
マナーにゴルフにポケモンライド。想像通り、どれも私には適性のない事ばかりだった。努力は続けるが、上手くいかない頑張りはとても疲れる。それでも、こなくそ負けるかと踏ん張った。
実に、私らしくない。
課外授業である。
なのだが、ここにきてなんとヘリアンパパから直々に課題を出されてしまった。
曰く、一族としての体裁のアレコレで私にドラゴンを育ててもらうと。
「最低でも一匹、強いドラゴンを育成してもらう。可能だな?」
「可能です」
なんじゃそれと思ったが、やれと言われりゃやるしかない。
ママからドラメシヤのタマゴを貰い、育てる事にした。前からドラパルトに興味はあったしね。
で、生まれたドラメシヤと共に、ジム巡りめいてパルデアを旅する事にした。他のメンバーのほとんどはママに預けた。
「じゃ、行こっか。ドラメシヤ」
「めしゃ~」
テーブルシティからスタートして、西にぐるり東にぐるり、最後に北のお山でバトルの稽古。
最近勉強漬けだった脳に、久々の旅は良いリフレッシュになったと思う。
やっぱポケモンは良い。
「ドーモ、キリノ=サン、復讐代行屋のメスガキスレイヤーです。対戦よろしくお願いします。ゆけ、グレニンジャ!」
「ゲコッ!」
道中、割と危ない目にも遭った。
一昨年、恨みを買ってしまった人たちからの襲撃を受けたのだ。
で、私は逃げた。戦う事より煽る事より、身の安全を選んだのである。
「これで勝ったと思うなよ……!」
「はい大人しくしてねー」
それからジュンサーさんに通報し、捕まえてもらった。
普通に犯罪だしね。
「ドラパ!」
「おぉ~! 凄いぞぉ! かっこいいぞぉ!」
ナッペ山の一番上に着く頃には、タマゴから育てたドラメシヤは見事ドラパルトへと進化した。
すごいとっくんもフルでやったので、贔屓目抜きにかなり強いと思う。
ずっと旅をしてたから連携も完璧。いい感じだ。
「ハスノ! ハクノ! バトル開始の宣言をしろぉ!」
「「バトル開始ぃ!」」
最後の仕上げにママのドラパルトとバトルさせてみたら、普通に負けた。
ママのドラパルト、ちょっとおかしいと思う。
アカデミーに帰り、ハッサク先生にドラパルトを見せてみたら、「素晴らしい力をお持ちですね」とのお褒めの言葉をもらった。
うん、うちの子は強い。あのドラパルトがおかしいだけだ。
課外授業を終えて、長期休暇がやってきた。
で、ご要望通りバキバキに仕上げたドラパルトをヘリアンパパに見せてあげると、彼は「うむ」と満足そうにうなずいていた。
人間らしい反応だ。
「ルールは3対3。シングル。道具は使用不可。良いな?」
「承りました」
「うむ。出番だ、ガブリアス」
「ドラパルト、お願い」
その後、何故か人気のないところで私とヘリアンパパがバトルする事になった。
あと、そのバトルはこれまた何故かヘリアン兄やヘリアン弟も観戦してた。
せっかくなのでドラパルト中心でバトルして、普通に私が勝った。負けるの分かってたんじゃないかな。そんな気する。
「もう良いのですか?」
「うむ。アレ等では君の相手はできんだろう」
勝ち抜き戦かと思って観戦中の兄弟を見ると、彼らは上流階級らしい無表情になっていた。
内心を読もうかと思ったが、やめておいた。ろくなもんじゃなさそうである。
「ごめんなさいね、キリノ。あのアホ共、女トレーナーは弱いって決めつけてるのよ」
「え、そういう事なの?」
一連の流れ、なんかヘリアンパパっぽくないなぁと思っていたら、どうやらヘリアン一族の男衆による嫌がらせ的な無茶ぶりだったらしい。で、私は見事無茶ぶりを完遂し、力を示せたと……。
ドラゴン使い、変な一族である。
「君の事は周知している。分家の者だが、無礼のない様に」
「承知しました」
それから、ヘリアンパパと一緒に分家の人がやってるという会社に行く事になった。
立て直さなきゃいけない奴だ。
で、実際見てみて分かったのだが、立て直し自体はそんなに難しくないと思った。
切るべきを切り、残すべきを残す。そうすれば万事うまくいく。そういう段階だ。私じゃなくても気づくだろうし、ヘリアンパパが分かってない訳がない。
要するに、全てを救えという訳だ。苦労人らしい、非合理的な理想である。らしいと言えばらしいが、らしくないと言えばらしくない。前の私なら、鼻で笑ってた類のお話である。
「可能だな?」
「可能です」
会社は立て直す。従業員も守る。
両方やらなくちゃあならないってのが、花婿のつらいところだな。
覚悟はいいか? 私はできてる。
長丁場になりそうだが……。
やってやろうじゃんである。
● 〇 ●
時は進んで数年後。
私は、ヘリアンと結婚した。
アカデミーを卒業してから、私は実績作りの為に起業し、一定の成果を収めた。
実績を持った上でヘリアンパパの元に向かい、能力を示した。その後、契約通り件の会社の立て直しに着手し、数年かけて目標を達成した。
かなり苦戦したが、何とか以前と同じくらいの利益を出せるようにして、ようやっと結婚が認められたのだ。
その頃になると、私とヘリアンの間には、確かな愛が築かれていた。
愛する努力の成果だ。互いを絆し合って、互いを大切な存在にしたのだ。
今やヘリアンは私にとって家族と同じくらい大好きな存在になっていた。
「汝、キリノはここにいるヘリアンを妻とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も。これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
女同士の結婚式。
私は新郎の衣装を着て、ヘリアンは純白の花嫁姿をしていた。
相変わらず、私の背は低い。全然伸びなかった。
二人が並ぶと妙な構図になる訳だが、この身長差は二人にとって当たり前の間隔であった。
「汝、ヘリアン、あなたもここにいるキリノを夫とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も。これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
結婚式の最中、意外な事に、ヘリアンパパは静かに涙を流していた。
その姿を、ヘリアン含む家族一同が驚愕して見ていた。
と思っていたら、今度は私のパパも泣きはじめた。
作画崩壊したみたいにガン泣きしているパパは「しょうがないにゃ~」みたいな顔をしたママによしよしされていた。イケメンのパパがそうされてるとそういうプレイみたいで面白かった。
勿論、パパママ以外の家族も出席していて、そこにはリュウ兄の子供たちもいた。
あと、最近忙しい忙しいと嘆いていたカヤ姉も出席してくれた。せっかくの美貌が台無しになるくらい大泣きしてた。
ロモジちゃんとロライマ君も、忙しい身で出席してくれた。
二人もそろそろ結婚するとの事で、その時は私達も祝いに行こうと思う。
二人以外にも、私とヘリアンの知り合いが来てくれた。
ロモジちゃん同様、既に婚約している情報屋ちゃんとオタクくんのカップル。私は初対面のスクール時代のヘリアンの友達。
ギャルじゃなくなってたギャルちゃん。白髪の増えたハッサク先生。何故かワタルさんも。色んな人が来てくれた。
「では、指輪の交換を……」
困難は多かったが、多分今後も困難ばっかだと思うが。
こうして、私とヘリアンの愛は祝福されたのだ。
● 〇 ●
結婚して、しばらく。
義父との約束を果たした私達は、色んな地方を飛び渡っていた。
イッシュにカントーにカロスにアローラ、色んなところに行った。
何の為か。
新婚旅行である。
結婚したし、これからもっと働くぞと意気込んでいた私に対し、ヘリアンパパから直々に、
「いい加減休め」
と言われたのだ。
私はともかく、ヘリアンに迷惑はかけたくない。
ヘリアンも遊びたいだろうし、せっかくだからと色んな所に旅行に行った。
ジョウト地方、エンジュシティ。
そこで、私とヘリアンはゆったりとした時間を過ごしていた。
周囲に人の気配はない。私とヘリアンと、ポケモンだけの空間。
静かな、安らぎのひと時だ。
人の喧噪のない竹林の奥、大きな旅館の小さな離れ。
中庭でポケモンたちを解放し、縁側で二人、ぼーっと過ごす。
意味も理由もない、先の事を何も考えない時間。瞑想とも違う、静寂の愛の時間だ。
傍らにはヘリアンが淹れてくれたお茶と、エンジュ名物のお菓子が置いてあった。
ヘリアンはジョウト・ティーを淹れるのも上手くなっていた。
「どう? 疲れ取れた?」
「うん、自覚はなかったけど、疲れてたみたい。ヘリアンこそ大丈夫?」
「あんたに比べりゃね。ま、嫌じゃなかったし?」
シューティング☆スター大作戦以降、私はずっと突っ走って生きてきた。
生来そんな風ではなかったように思うのだが、ヘリアンとの結婚の為となれば常時100パーの力を出し続けていたような気がする。
卒業後など最たるもので、休日も祝日もなく、私はずっと働いていた。
目標達成マインドは嫌いだと思いつつ、目標達成の為に死に物狂いで働いた。
エンジン全開で、成果と実績を積み上げていたのだ。
そんな私を支えてくれたのが、誰あろうヘリアンであった。
衣食住の全て。朝は精の付く料理を、昼には元気の出るお弁当を、そして夜は胃に優しいご飯を作ってくれた。科学的に、献身的に、私の身体をメンテしてくれていた。
生活拠点を転々とする時期でも、ヘリアンは実家に帰る事なくずっと私の隣にいてくれた。部屋は綺麗で、布団もほかほかで、出かける前にキスで送ってくれる。
暴走する私を、いつも抑えてくれていたのがヘリアンだった。
ヘリアンがいなければ、その様な生活はなかっただろうが。
ヘリアンが愛する努力をしてくれたから、私は死なずにすんでいるとさえ思う。
だから、ではないが。
私も、死ぬまで愛する努力を続けようと思う。
「ねえ、ヘリアン」
「なに?」
けど、ちょっと思う事もあった。
仕方ないし、どうしようもない事だが。
前に、リュウ兄達に会って、思った。
ヘリアンに、私では絶対に叶えてあげられない事があると。
桁とか量じゃない、質のお話だ。
隣で座るヘリアンに、体重を預ける。
そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……ヘリアンってさ、やっぱり子供欲しい?」
「いきなりなによ」
どれだけ私が努力しても、どれだけ私に才能があっても、私はリュウ兄みたいに、妻に子を授ける事ができない。
科学的に可能かどうかではない。社会的に云々でもない。私はリュウ兄の家族を見て、子を授かったシンラとアニスの笑顔を見て、思い知ったのだ。
私にはできない、と。
「だって、リュウ兄のトコ、すごい幸せそうだったじゃん」
「確かにね」
前、ヘリアンが甥っ子を抱っこしてた時、とても安らかな顔をしていたのだ。
お互い、覚悟の上ではあった。話し合いも済んでいる。
だが、夫視点思うところはあるのである。
「あぁ……そうねぇ……」
呟くと、ヘリアンはスッと上体を引いて、預けていた私の頭を自身の膝へと誘導した。
ぼすんと、私の頭がヘリアンの膝の上に乗る。慣れた感触だ。好きな感触だ。
弱った私を慰める、最強の必殺技だ。
そのまま、ヘリアンは私の頭を撫ではじめた。
ゆっくりと、母が子をあやすような仕草で。
「目、閉じなさい」
「うぃ」
「意識して呼吸しなさい」
「うぃ」
「落ち着いて、よく聞きなさい」
「うぃ」
規則的に、頭を撫でながら云う。
風が竹林を揺らす音。中庭で鳴いたポケモンの声が、遠く聞こえた。
「シンラの子供を見て、ママになったアニスを見て……。キリノはさ、妻のあたしをもっと幸せにしたいって思ったんでしょ」
まさにその通りである。
幸せの度合いで敗北感を感じたとかではない。
ただ、どうしようもない事を、はがゆく思ってしまったのだ。
私が、男だったらと。
「あたしはね、これでいいのよ」
細くしなやかな指が、私の髪をすいた。
花婿になる前、バッサリ切ろうとしたら止められた、未だ長いママ譲りの黒髪を。
子ではなく、夫の髪を撫でるように、愛を込めて。
「人生に、強い刺激はいらないわ。程よい刺激で十分。キリノ、あんたといるだけで、あたしは満たされてるわ」
ヘリアンらしい答えであった。
私でも理解できる答えだった。
だから、結婚できたのだと思える答えだった。
やっぱり、疲れていたらしい。
嫁のらしさを見失うなど、花婿失格である。
危うく前と同じミスをするところだった。
ほう・れん・そう、これ大事。
「幸せの形に正解はないの。あたしとキリノ、あたし達の幸せは、これでいいのよ」
言って、ヘリアンはからかうような声音で「それとも」と続けた。
耳元に唇を近づけ、囁いた。
「……もっと刺激が欲しいのかしら?」
「今のままでいいです……」
即答であった。
これ以上の刺激は私の脳がおかしくなってしまう。
私はヘリアンに夜のポケモンバトルで勝った事がないのだ。対面不利で弱点四倍、後攻確定ノーガードなのだ。
勝てる訳ないのである。
「そう」
ヘリアンの息が遠のく。
すると、我が妻はふむと唸って、こう言った。
「でも、チャレンジはあってもいいわよね」
「ヘリアン?」
目を開けて見上げると、そこにはあくタイプめいて微笑む妖妻の笑顔があった。
シンラやアニスはしないであろう類の、幸せの笑みであった。
「ちょっと、試してみたい事があってね」
多分、この嫁には一生勝てないな。
改めて、そう思った。
半径6m以内に、大切なものが全部ある。
それでいいじゃないか。
その夜、私は新たな扉を開いた。
こじ開けられた、のが正しいか。
ともかく、楽しい新婚旅行だった。
感想投げてくれると喜びます。
やろうと思えばデキますよ、は禁句です。
そういう話じゃないので。