【完】再会した幼馴染オカルトマニアちゃんにお薬飲まされて何やかやあった後の話   作:いらえ丸

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 感想・お気に入り登録など、ありがとうございます。

 投稿する前にちょっと加筆しました。
 なのでいつもより少し長めです。

 今回、似たような返しが多いのは仕様です。



暗いのではなく優しいのだ。のろまではなく丁寧なのだ。

 サイトウ。

 

 かくとうポケモンの使い手にして、若くしてガラル空手の神髄を体現せし女傑。

 前にポケモン雑誌で見たが、最近かくとうジムリーダーの資格を得たらしく、マイナーリーグからの昇格を目指して日夜努力しているらしいとのこと。ちなみに、資格取得間もない彼女だが既に多くのファンを獲得しているのだとか。可愛いは正義だからね、正義は強いからね、強いと人気が出るからね。

 

 期待の新人であり、ガラルの有名人であり、かくとう使いの憧れの的。それが彼女だ。

 だが、俺視点で見ると世間とはちょっと違う。どうしても過去の姿が過るのだ。

 俺の記憶にある彼女はもっと小さくて丸っこかったのだが、今目の前にいるサイトウちゃんは如何にもな空手有段者らしく筋張った体つきと如何にもらしい佇まいをしていた。

 

「そうですか、今はフリーランスのポケモンレンジャーを。ガラルには何をしに来られたのですか?」

「久しぶりの帰郷ってのもあるけど、一番はテントとか道具の新調かな。だましだまし使ってはきたけど、さすがにゴルバットの攻撃食らって無事じゃ済まなかったよ」

「ゴルバットですか。貴方のポケモンなら撃退できたのではありませんか?」

「まぁそうなんだけどさ。そいつテンガン山のオヤブンゴルバットだったんだよね。それも群れで襲ってきたんだよ」

「あぁ……それは、かなり厳しそうですね。良い修行にはなりそうですが」

「しかも休憩中の事でさ、疲れてたところに襲ってきたもんだから大変で……」

 

 お昼時、目当ての買い物も終わってぶらぶら故郷を散策していると、俺たちはサイトウちゃんと出会った。

 こうして旧友と再会できると嬉しいものだ。せっかくだしとサイトウちゃんも昼食に誘い、今は個室のレストラン――有名税削減の為である――で共に食事を取っていた。

 

 テーブルを挟み、ご飯を食べながらお話をする。初対面のムクノちゃんもサイトウちゃんとはすぐにお話をできるようになった――昔よりずっとコミュ力が上がっている――のだが、やはり性分と言えようかさっきまでの彼女よりもずっと大人しい。

 

「ところで、話は変わるのですが……」

 

 食器を置き、サイトウちゃんが俺の隣へと視線をやる。

 

「はい?」

 

 視線の先には、姿勢よく座るムクノちゃん。

 食事中、彼女はずっと黙っていた訳ではない。会話にはちょこちょこと混ざってはいたのだ。けれども、どうにも入り切っていないというか。

 

 そりゃ、ちょっと気まずいのは分かる。友達の友達というのは意外と関係性の構築が難しい。しかし、今のムクノちゃんはそれとはちょっと違うような気がするのだ。

 何というのか。例えるなら、縄張りバトル寸前のマンキー? カイロスを前にしたヘラクロス? いや、そんなに攻撃的な雰囲気はない……気がする。

 

「お二人はどのような関係なのでしょうか」

「まあ、と……」

 

 友達だよ。

 

 と返そうとしたが、何故だかそれを言い切る事はできなかった。

 理由はよく分からないが。俺の心は“言いたくない”と反射的に感じていた。

 

 常日頃、俺は素直に生きる事を心がけている。信条に従うなら、素直に言うべきなのだと思う。

 けれど、俺の心にはためらいがあった。心に従うというのなら、そのためらいにこそ素直になるべきだと思う。

 

 普段、俺はこんな事を考えない。お悩み時間なんて5秒で充分だと思っているからだ。

 だからこそ、俺は今、俺自身が生み出した心の間隙に困惑していた。

 

「えーっと、どうされました?」

 

 暫しの沈黙に、首をかしげるサイトウちゃん。

 

 というか、なんでそんなの聞いてくるんかね。

 ばったり会った時は、俺とムクノちゃんは腕を組んでいた。男女の友人同士にしてはガラル的にかなり距離の近い行為だろう。そこを鑑みるに行きつく関係がありそうなものだが、俺の振る舞いやムクノちゃんの態度からは確信を得られなかったのかもしれない。

 なんか気とか遣わせちゃってるのかな。

 

「あー、友達……だよ」

 

 結局、歯切れの悪い返事になってしまった。

 珍しく、俺は俺の中の何にも従わず、流れに従って返事をしてしまった。

 

 サイトウちゃんは、

 

「そうですか」

 

 と言ってから、ティーカップを傾けた。

 

 いや、何だったんだ今の。

 

「それよりっ……」

 

 と、今度はムクノちゃんが口を開いた。

その声色はさっき買い物していた時よりも堅く、上ずっていた。

 

「お二人こそ、どういう関係なのですか?」

 

 あれ? さっき説明しなかったっけ? と思ったが、そういえばムクノちゃんには言ってなかったのを思い出した。

 紹介の際は、単に昔の知り合いとしか言ってなかった気がする。

 

「どういう、とは?」

「そのままの意味です」

 

 心なしか、ムクノちゃんの言葉尻にはトゲがあるように感じられる。

 問われたサイトウちゃんも困惑している様で、俺とムクノちゃんの顔を見比べていた。

 

「ケヤキさんとは昔、ガラル空手の他流試合でご一緒させていただいた仲ですが」

「そうですか」

 

 何だろうか。これまた、妙な雰囲気が流れ始めた。

 

 先ほどまでの和やかな空気は何処へやら、ムクノちゃんを中心としたゴースト的オーラが個室を覆っている様だ。

 

「えーっと、サイトウちゃんはナックルシティじゃない道場に通ってたんだ。で、ガラル空手ってたまに他の道場と一緒に稽古する時があって、その時に知り合ったんだよ」

 

 とりあえず、サイトウちゃんとの関係についてちゃんと説明する事にした。

 どういう間柄か分からない二人に挟まれるのは気まずいだろうし、ムクノちゃん視点でサイトウちゃんがどう見えているかを想像できないほど俺も鈍くはなかった。

 どうあれ、場の雰囲気を悪くはしたくない。

 

「……で、ガラル空手以外の、ポケモンでもたまにバトルし合ったりしてたんだ」

 

 一から十までとはいかなかったが、ちゃんと説明した。しかし、何故だかムクノちゃんの顔からは堅さが消えなかった。

 納得している風にも見えるが、むすっと感はむしろ増している様に見えた。

 

「……一緒に稽古したんですか?」

 

 と、ここでムクノちゃんが訊いてきた。

 見ると、お行儀よく座っているムクノちゃんの膝の上で、彼女の拳がぎゅっと握られていた。

 まるで、必死になって感情を制御しようとしている様に。

 

「そりゃ、まあ空手だし」

「どんな稽古したんですか?」

「どんなったってな、普通の稽古だけど……」

 

 実際、ムクノちゃんが想像しているかもしれないような事は何もないのである。

 それにサイトウちゃんは年下の妹弟子的ポジションであり、ただの可愛い後輩だ。それ以上でも以下でもない。

 

 俺はそんな妹弟子に視線をやった。

 

「どんな……そうですね。型稽古や、組手。キルクスで寒稽古などもしましたね」

「かん……?」

 

 サイトウちゃんに振ると、彼女は顎に手を当てて答えた。

 寒稽古、というワードにはピンと来なかったのか、ムクノちゃんの声に疑問の色が混じる。

 

 対し、俺はその忌まわしい文言にピンと来て、開きたくない記憶の扉を開いてしまった。

 

「あぁ……あったなぁ寒稽古……。アレほんとキツかったよな。なにが悲しくて真冬のキルクス海で型やんなきゃいけねぇんだって思ってたよ」

 

 寒稽古とは、ガラル空手をはじめとする武道におけるトレーニングの一種であり、早朝とか雪中とか寒い所でやる鍛錬の事だ。

 俺の道場などはけっこうなガチ勢で、真冬のキルクスのそれも海で型稽古などをやらされていた。着てる服もただの道着だったから寒いとか冷たいとか通り越して、もう全身が痛かったもんね。そして最終的に痛みさえ消えて無になってた。

 

「ええ。ですが、その後のキルクス温泉は格別でした。英雄の湯は予約でいっぱいで、ポケモンを入れてあげる事はできませんでしたが」

「あったなー。イオニアの飯も美味かったけど、ボブの店のステーキは特に最高だったな」

 

 思い出したくない過去の苦行と、苦行の後の至福の時間。

 あったなそんな事、という懐かしさ。今となっては嫌で仕方がなかった寒稽古も良い思い出に……ならねぇわ。クソだわあんなん二度とやらねぇ。

 

「キルクス温泉? 行ったんですか?」

「まあ、冷えてたからな」

「……私、ケヤキくんと温泉行ってない」

 

 僅かに堅い表情が崩れ、俯き加減でつぶやくムクノちゃん。

 なんだろう、なんか罪悪感湧いてきた。「じゃあこれから行こうぜ」と言うと、それはそれでその気もないのに無責任な提案になりそうで、言い出せない。

 それに、そういう旅人の感性で社会人を振り回すのにこそ罪悪感を感じてしまう。

 

 などと考えていると、サイトウちゃんはデザートのケーキのイチゴを飲み込んでから、懐かしそうに云った。

 

「あの頃の私はまだまだで……お恥ずかしい事に、お風呂上りにはケヤキさんに髪を整えてもらっていましたね」

「えッ……!?」

 

 という発言を聞き、俯いていたムクノちゃんは勢いよく顔を上げて極めて分かりやすい驚愕顔を浮かべた。

 

「髪の毛! 整えてもらったんですか!?」

 

 常になく大声を上げるムクノちゃん。ここが個室レストランで良かったねってくらいには大きな声だった。隣にいた俺の耳にダメージ入ったレベルのバクオングぶりだ。

 まぁ確かに、今の年齢ならちょっと距離が近すぎる行為かもしれないが、なんせ子供の頃だ。あの頃のサイトウちゃんは今より髪長かったし、他人がやった方が手っ取り早かったんだよな。

 それに、年長の俺が年少のサイトウちゃんの世話を焼くのは普通だろう。

 

「つっても梳かしたり結んだりしただけだよ」

「懐かしいですね。イーブイたちの後にやってもらったのでしたね」

 

 サイトウちゃんは当時を思い出しているのか、小さく口角を上げて微笑んだ。

 

「そ、そうですか……。私まだなのに……」

 

 しゅん、と。みずでっぽうを当てられたヒトカゲみたいになったムクノちゃんは、何かを誤魔化すように紅茶を一口飲んだ。

 

「そういえば」

 

 と、今度はサイトウちゃんは砂糖数個入りの紅茶で唇を湿らせると、話題を変えた。

 

「あのイーブイたちは息災ですか?」

 

 ちょっと変な雰囲気になったところで、サイトウちゃんが別の話を振ってくれた。ナイスアシストである。

 

「ああ。今じゃ進化してブラッキーとエーフィになったよ」

「そうですか。貴方のポケモンですから、さぞ強くなっているのでしょうね」

「ブラッキーはな。エーフィはムクノちゃんが持ってる」

「おや、そうでしたか」

 

 さすがはポケモントレーナーというべきか、サイトウちゃんはポケモンの強さに敏感であった。

 これまた俺もフリーランスといえどレンジャーなので、ポケモンの強さに関してはシビアだ。お世辞にもムクノちゃんのエーフィが強いとは言えない。あくまでそれなりだ。

 

「ケヤキくんからもらいました」

 

 一方、ムクノちゃんは淡々と、それでもちょっと強めの語気で言った。

 

「そう、でしたか」

 

 そう返したサイトウちゃんは、「ん?」と首を傾げる。

 何か引っかかる事があったらしい。

 

「お二人はご友人同士、なんですよね?」

「……はい」

 

 流石に嘘はつけないと思ったのか、ムクノちゃんは不承不承と頷いた。

 恋人です! と返さなかったあたり、ちょっと予想外でさえあった。

 

「そうですか」

 

 と、再びサイトウちゃんは頷いて、今度は俺とムクノちゃんの二人を視界に収めた。

 その視線の意味するところは、よく分からない。よくは分からないが、表情は分かる。ほんの少しの納得と、僅かな困惑だ。

 

 サイトウちゃんはもう一度紅茶を飲むと、何気なく口を開いた。

 

「てっきり、お二人はバトルの相手をお探しなのかと」

 

 バトル?

 

 ちょっと予想外なワードが出てきて、俺は何のことかよく理解できなかった。

 

「バトル、なんで?」

「恋人同士で組んでポケモンバトル、というのが最近のガラルトレンドらしいので」

 

 サイトウちゃん、意外とトレンドに詳しいトレーナーだった。

 

「お二人は恋人同士なのかと。ペアルックですし」

 

 あー。

 そいえばそうだった。

 今、二人とも全身暗色だった。

 

 今現在、俺の持ってる服はムクノちゃん宅の洗濯機でグルグルしていて、俺が今着ている服はムクノちゃんから貸与されたゴーストファッションなのだ。そして、ムクノちゃんもまたレディースのゴーストファッション。

 そんな二人が街中で腕組んで歩いてたら、普通にそう思うよね。

 

 なるほど、だから困惑してたのか。納得がいく心地であった。

 流行ってのには疎いのだ。

 

「マルチバトル流行ってるの?」

 

 これ幸いと、俺はポケモンバトルの方に話題を移す事にした。

 見ると、ムクノちゃんは大きな目を丸くして硬直していた。復帰には時間がかかりそうである。

 

「ええ、何やら組んだ二人の愛の証明になるとか何とか」

「はあ。それで分かるのってトレーナーの腕前か、ポケモンの強さだけだと思うけど」

「みんな好きなんですよ、そういうのが」

「そんなもんか」

 

 まぁでも確かに、トレーナー同士の相性如何でマルチバトルの強さは分かるだろう。けれど、だからといって愛の証明にはならないと思うのだが……いや、野暮か。

 それに、他の人が楽しんでるものに他所からケチつける事ほどアホくさい事もない。反省反省。

 

「まぁでも、久々にマルチバトルをやってみたい気持ちはあるかな」

「おや?」

 

 実際、最近は野生ポケモンとのバトルが中心であり、トレーナー戦は御無沙汰なのだ。

 昨日のVSナンパ三人衆はノーカンとして。

 

「ケヤキさんはお仕事でたくさんバトルされているのでは?」

「レンジャーったって、俺は殆ど依頼受けねぇし、基本は野生とのバトル中心かな。トレーナー戦もだいたい密猟者とか小悪党相手だし、歯ごたえのあるトレーナーとは久しくやってないよ」

 

 そんな会話をしていると、ボールの中にいるポケモンが意思表示してきた。「お? 今バトルっつった?」「やるのか? やるのか?」みたいな思念が伝わってくる。

 

 自然、俺はサイトウちゃんに熱い視線を送ってしまうのであった。

 トレーナー同士、目と目が合ったらポケモンバトル。

 俺の感情が伝わったのか、サイトウちゃんはひとつ頷いた。

 のだが……。

 

「……私も、貴方ほどのトレーナーとは是非とも試合をしてみたいのですが、諸事情あって今はバトル用ポケモンを繰り出す事はできないのです。非常に残念ですが、またの機会にしましょう」

「あら」

 

 ジムリーダーというのも大変なお仕事である。

 やはり、俺には無理そうだ。

 

 

 

● 〇 ●

 

 

 

「では、願わくば次はバトルコートでお会いしましょう」

 

 昼食後……。

 

 そう言って、サイトウちゃんはアーマーガアタクシーへと乗り込んでいった。

 俺のいた時代にはそんなに普及していなかったアーマーガアタクシーだが、今では鉄道に次ぐガラルの足になっているらしい。

 時の流れは技術の進歩。こうやって新しい物を見ると、地方によって特色が出るのが面白い。アーマーガアのいない地方ではできない訳だし、今度乗ってみよう。

 

「さて、俺も荷物持ってそろそろ出るよ」

 

 などと言いつつムクノちゃんの方を見ると、なんかしょんぼりピカチュウみたいな表情をして空を見上げていた。

 

「さっきまで、私は冷静さを欠いていました……サイトウさんにもたいへんな失礼を……」

 

 聞いてもいないのに、ムクノちゃんは遠くなっていくアーマーガアタクシーを眺めながら云う。

 その眼には、タクシーに乗っている人への、サイトウちゃんへの申し訳ないという気持ちが揺蕩っていた。

 繊細さんらしい、自分を責める感情が渦巻いている様だった。

 

「私は、将来ケヤキくんがどうなっていたとしても柔軟に対応できるよう準備を整えてきました」

「らしいっすね」

 

 それは今朝聞いた事だ。お金然り、ポケモン然り、加えていつでも旅ができるようにと体力作りやワイルドエリア慣れをしていたらしい。

 正直、困る訳だが、それは既にやっちまった後なのだ。今更言う事じゃない。それに、俺がどうあれムクノちゃんの選択を他人が否定するのはよろしくない。

 

「大変遺憾で不本意極まる想定ですが……その中には、ケヤキくんが他の女性とお付き合いないしは結婚をしている状況も、想定していました」

「言ってたっすね」

「はい、想定も覚悟もしていたつもりなのですが……」

 

 言って、不自然なほど自然な流れで俺の腕を抱きしめるムクノちゃん。

 ぎゅっと、腕に圧がかかる。か細く、弱々しい圧が。

 

「……情けない事に、ケヤキくんが私の知らない女性とお話をしていただけで、私の精神は容易に乱されてしまいました。多少の自覚はありましたが、この歳になって未だにこれほど嫉妬深い人間だったとは……予想外でした」

 

 なんとなくだが、今のムクノちゃんの精神状態は理解できる。

 さっきから彼女の口調が固いのは、気持ちが内側に向いているからなのだろう。幼少の時代と、昨日今日の交流で何となく分かる。

 ムクノちゃんは内と外で心の形……否、硬度を変えているのだ。

 俺に対しては、どこまでも柔らかく。外に向かう時は、しっかり心の殻を作る。旅の中で、そういう人がいるのを知っていた。だから気づけた。

 

 もともと、ムクノちゃんは脆い人だ。

 自信がなく、怖がりで、傷つきやすい性質なのだ。

 そんな彼女が、理由はどうあれ将来の為に行動するのにどれだけの勇気を要した事か。

 俺とて、想像できない訳ではなかった。

 

「それに、サイトウさんの名前、私の時より早く思い出しましたよね?」

「お、おう……」

 

 ぐりんと、ムクノちゃんが首を半回転させてきた。螺旋のキマった目が合うと、やっぱりたじろいでしまう。

 

 言い訳をさせてもらうと、ムクノちゃんはサイトウちゃんよりもビフォーとアフターの差が大きかったので思い出すのに時間がかかったのだ。

 

「……こういう、小さい事を気にしてしまうのを、再会するまでに克服しておきたかったのです。いえ、既に克服しているつもりでした」

 

 視線が外れる。俯いたムクノちゃんは、腰にあるモンスターボールに手を添えていた。

 一番手前の、一番取り出しやすい位置、エーフィの入ったボールだ。多分、そういう時の癖なんだろう。

 

「克服、ねぇ……」

 

 克服。困難を乗り越える事。できない事をできるように努力する事。

 

 ムクノちゃんは、自身の“繊細さ”という性分を弱点とし、それを失くす事を成長と捉えているらしい。

 揺れやすい心を、論理と覚悟で固めてきたのだ。

 

 己を削って、形を整えたのだ。それが成長なのだと、大人になる事なのだと。

 まぁ、多くの人はそう思うのだろう。嫌いな食べ物を克服すれば成長。ドッジボールの恐怖を克服すれば成長。

 大人は、それを褒める。よくできたね、えらいねと言う。できない事を叱責し、できるようになればご褒美を与える。

 どこまでも上から目線で、他人の未来を誘導しようとするのである。

 

「……別によくね、そんなん」

「……え?」

 

 俺は一流のあくタイプ使いである。

 社会正義やら倫理なんぞには全く興味がない。

 

 だからこそ言う、成長なんぞせんでいい。人間には堕落する権利がある。期待に応えた分だけ人は自分を見失う。

 断言する。他人に自分の意見を押し付け、あまつさえコントロールしようとする奴はクソだ。

 そういう社会こそ、醜悪なのだ。

 

「弱点を失くす……って言うけどさ、そんなん他人の顔色伺ってるだけじゃん。面倒じゃん、じゃあしないでいいじゃん、俺は時間の無駄だと思うけど」

 

 多くの人は、俺の考えをロクでなしだと言うだろう。

 俺もそう思う。実際俺はロクでなしで、クズだ。

 だが、俺はそんな俺の生き方を気に入ってる。誰にも何にも言わせない。

 

「ていうか弱点なんて見方次第だろ。ネガティブは慎重さ、センシティブは観察力。その環境で評価されるかされないかの違いでしかない」

 

 悲しい哉、この世は運だ。

 才能は言わずもがな、認め難いが努力に関しても運なのだ。血と知。遺伝子と環境。努力は魔法の杖じゃあないし、実力こそが運である。

 そんなので自分を責めるのなんて、ナンセンスだと俺は思う。

 

「それに、弱点ある奴のが可愛いじゃん。そういう奴のが俺は好きだな」

 

 だから、俺はポケモンが好きなのだ。

 

 強いだけで、恵まれただけで……。

 弱いだけの、恵まれなかっただけの奴を、踏みつけにする。

 だから俺は、社会が嫌いだ。

 

「ケヤキくん……」

「え……あ、何?」

 

 ちょっと嫌な記憶を思い出してしまった。声に反応して、ムクノちゃんを見る。

 ムクノちゃんは、ぎゅっと俺の腕を掻き抱いた。今度はちょっと強めに。

 

「ケヤキくん」

「はい」

 

 名前を呼ばれた。ムクノちゃんはちょっと顔を赤くしていた。

 目を合わせると、今度は視線を逸らされた。

 

「なんだよ」

「い、いえ……何なんでしょう……」

 

 しっかり腕を抱きながら、顔だけはそっぽを向いていた。

 

「い……今、私は感情を制御できない状態にあります。表情を上手く作れません。見ないでください……」

「お、おう」

 

 そう言うなら見ないけども。

 

「とても、恥ずかしいので……」

 

 こういうの、マンガとか小説ではよく読むんだけど。

 耳まで赤くしている人、初めてみた。

 

「ケヤキくん……」

「ん?」

 

 ぎゅうぅぅぅ……と。

 腕に圧がかかる、ちょっと痛いくらいに。

 

「あの……す、好きです……」

 

 目も合わせず、昨夜にも今朝にも何度も聞いた言葉を云ってきた。

 

「あ、えと……好きって言わないと、あ、アウトプットしないと……感情が暴れておかしくなりそうだったので……い、いきなりすみません……」

 

 真っすぐに、という訳ではなかったし、何度も聞いた言葉だし、特別洒落た言い回しでもなかったけど。

 

 うん、まあ……。

 

 サイトウちゃんは可愛い。ムクノちゃんも可愛い。どっちも美少女だから好きだ。俺はそういう奴だ。

 けど、俺がもし……同じように、サイトウちゃんに「好き」と言われたとして……。

 

「ん、ああ……」

 

 俺は、今みたいな感情を抱くのだろうか。

 

 ふと、空を見た。例のアーマーガアタクシーは遥か遠い。

 まだ空を見上げる理由があってよかった。




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