ゆうきのうた 作:勇者ああああ
後から思い返してみれば。リヴェリア・リヨス・アールヴは、あの男のことを仲間として、友として、そしてひょっとすれば異性として、大切に思っていたのだと思う。
第一印象はどうしようもない男だった。いや、彼の良いところに気づかずにいたから、どうしようもないと思いこんでいたというのが正しいか。
出会った当初は彼のことが率直に言って嫌いであった。理由はいくつもあった。
例えばそれは、その軽い態度。箱入りを脱したばかりの彼女にとっては、彼のように気安くパーソナルスペースを詰めてくる人物は、当時種族的に毛嫌いしていたガレスとは違った意味で生理的に不快であった。
例えばそれは、その自信家なところ。特にぱっとしたステイタスも功績もない人間が、堂々と“勇者になる”などと嘯くさまは軽蔑に値した。
例えばそれは、どこかでこちらのことを見下しているようなところ。一番新人のくせして自分がリーダーであることを疑わずにいる態度は癪に障った。
──例えばそれは、いつもダンジョンアタック前の集合に際して、恥ずかしい程大音量で壮大な
総じてロキファミリア4人目の冒険者となったユーキ・カナデは。リヴェリアというハイエルフの女にとっては。軽薄でバカで無能で非常識で気遣いが足りなくて視界に入れるだけでため息や舌打ちが出てしまうような。
ロキが期待していた“潤滑油”には到底なりえないどころか、3つの火種のなかに新たに放り込まれた、今にも爆発する火薬のようなものだった。
◇
聞きなれない管楽器の音色が青空へと吸い込まれていく。そびえたつバベルの塔のてっぺんまでも届いているのではないかと思うほどに、その音色は大きかった。
周りの冒険者たちがいきなりの騒音にビクッと驚いた様子を示したのもつかの間、「ああ、いつものあれね」と言わんばかりに慣れた様子で歩みを再開する。それを横目に、リヴェリアは大きく大きくため息をついた。
「毎度毎度、人の忠告を聞かん奴だ。お前の頭は飾りなのか
「ああ、おっはよー、リヴェリア。今日も綺麗だね、ご機嫌は麗しくないみたいだけど。あと、オレにはユーキっていうちゃんとした名前があるんだから、そっちで呼んでくれないかな、失礼だよ」
「こちらの忠告を聞き入れずに毎朝このわけわからん曲を鳴らすお前の方が失礼だ!」
夜空のような髪をまるでハリネズミのように爆発させたまま、どう見ても寝起きですと言わんばかりの姿で現れた男──いちおうの同ファミリアメンバーであるユーキにリヴェリアは叱責した。
ちなみにその間にも例の曲は鳴り続けている。むしろ入りの部分が終わったからなのか、メロディがより壮大な盛り上がりをみせているような気さえする。
その発生源であるところのユーキはなんら悪びれた様子はなく、むしろそのリズムに乗りに乗って体を揺らしながら、リヴェリアの横に腰かけた。何も言わずリヴェリアはそっと3mほどの間隔をあけた。
「……なーんではなれるの」
「お前がその騒々しい曲を止めないからだ」
「いいじゃないか別に、これのおかげで毎日ちゃんと迷わずみんなが集合出来ているだろ?」
「それを補って余りあるデメリットがあるな、私たちが非常識な集団だとみられるという被害が」
「いまさらあ? オレが入る前から評判最悪だったくせに。お互いに最低限の協力すらできない、なんでパーティーを組んでいるかも分からない一党だってさ」
「そ、それとこれとは別問題だ!」
図星といった風にリヴェリアが髪を振り乱してがなり立てるも、ユーキは相手にせず曲に耳を傾けている。なんならまるで指揮者のようにして指を空中でくねらせている。王族で音楽のたしなみのあるリヴェリアからしても堂に入ったその指揮者の真似事に、感嘆するより先に苛立ちを覚えた。
どう考えたってはた迷惑な行為でしかないくせに、響く曲自体が自分の知る中でも五指に入る良曲であったことも、なんだかリヴェリアにとっては悔しいものであった。
「……全く。フィンのことを旅芸人だかなんだか言っていたが、お前の方がそれにふさわしいんじゃないか?」
「うーん、主人公の職業が
「お前はいつも、訳の分からないことを言うな」
「こっちの話だから分からなくていいよー。あ、そこのお姉さん、おひねりどーも」
誤魔化すように笑うユーキの目の前には幾らかのヴァリス硬貨が投げられている。これでは冒険者ではなく大道芸人だ。この硬貨がその曲の良さに対してか、ユーキの顔面の良さに対してか、どちらの理由で投げられているかは定かではない。しかしながら冒険者たちが多くダンジョンに向かう時間帯に起こる突発的な一人演奏会は、ここひと月ほどでオラリオのちょっとした名物になっていたのであった。
本来秘するべきスキルを惜しげもなく晒す冒険者は多くない。ましてやバベルの目の前という衆人監視の中ではなおさら。そんな風潮でスキルを大道芸替わりにするのはユーキぐらいのものだろう。
そのスキルを、ロキは“ゆうきのうた”と呼んでいた。ユーキという人物の魂に刻まれた、勇気を奮い立たせるに一番ふさわしい曲がスキルとして発現したのだと。当の本人はその“ゆうきのうた”をもっぱら“序曲”と呼んでいたが。
「おお、そこの少年も太っ腹だねえ。やあ、そこのアマゾネスさんもありがとー、この曲は冒険の始まりに相応しいだろう? 君たちのコインは、払った分だけこれからの君たちの勇気に還元されるだろう。じゃあ、今日も頑張って~」
「……そうやって小銭をさもしく稼ぐのはいいが、その前にお前はもっとパーティーに貢献できるようになれ」
「さもしいて。酷い言いぐさだこと。けどまあ、耳が痛い話だねえ」
「事実、お前が加入してから階層は一つとて更新できていない。もう二週は経とうというのにだ。酒場でのあれは大言壮語だったのか?」
「うーん、まあ確かに、自分が思ってたより弱かったのは認めるけども。ただ、どんな勇者も最初は“
「自分の無能を棚に上げるのだけは得意らしいが」
「口が悪いねー、せっかく綺麗な顔してるのにもったいない……ともかく、別にオレ自身が弱くたって、それはいずれ強くなればいい。そしてすぐに強く成れないなら、その不足は誰かと補いあえばいいのさ。勇者は決して、
「つまり、私にあいつらやお前と協力しろと?」
「実際そうしない手はないだろう? ステイタスの伸びが良いのは最初だけ。これからは連携を高めないと到達階層は伸ばせない、ってロキやアドバイザーさんに言われたよね」
「自分より劣る者たちと手を取り合う利点を感じないな」
「まるで自分から進んで
「──なあ!?」
「それともやり方を知らないのかな? 手とり足取り合わせて導いてもらうほうが趣味かい、お姫様? そうでないなら自分で歩み寄る努力をすることだねえ。知っているだろう? 少なくともオレは君以外となら連携できている。そこが君とオレとの格差だ」
「──く……お姫様などど呼ぶな、不愉快だ」
「こうやって実力が下の者から諫められるのが嫌なら、さっさとつまらない意地は捨てなよ。別に友情を育めって言ってるんじゃないだろ? ビジネスライクでもいいから、お互いもっと歩みよろーぜ」
「……びじねすらいく?」
「おっと、また変なこと言っちゃったかな。忘れてくれー」
道に散らばった何枚ものヴァリス硬貨を拾い集めながら、ユーキはおどけたように言った。リヴェリアはそんな彼を横目にため息をついた。フィンとガレスが合流する5分前の出来事だった。
◇
いつも通りの道中。ガレスは戦闘狂じみた動きで周りのことを考えずに突貫して。リヴェリアは避けない方が悪いとでも言いたげに気遣いのない魔法を展開する。フィンはそんな二人をフォローするでもなく離れた場所で槍を振るっているし。ユーキはといえばそんな3人を見てため息を吐いていた。
「勇者パーティーって、もうちょっと人間的にまともなもんだと思っていたけどなあ」
「ぶつぶつうるさいわい小僧、お前もはようモンスターを殺さんか」
「へいへい、いきますよーっと」
ガレスに急かされてユーキはモンスター、新人殺しの異名で知られる怪物キラーアントを片手剣で両断する。もちろんガレスを手伝う形で横に並ぶ──わけではなく、3人から離れた場所に構えて。朝方、ユーキはリヴェリア以外となら連携できているなどと言っていたが、実際のところそれはよほど敵が多い時などの、明らかに個人の手に余る状況に限られるのだった。
4人パーティーがルームに散り散りになって一人でモンスターを屠っている光景は異常だ。しかしこれがロキファミリアにとっての日常光景なのであしからず。なんなら彼らは、それぞれの討伐数を競い合って賭けを行ってすらいる。
負けた者はその日の冒険で消費した消耗品──主にポーションなど──の代金を全員分払う必要がある。そして新加入者があってからの2週間、その賭けに負けているのはもっぱらユーキであった。勇者勇者と嘯く割に、彼の戦闘能力は平均的で、才能も特別ない。当然彼より才能にあふれた先達3人に勝てる道理はなく。敗者確定である。
実のところ朝の“序曲”によるバカ騒ぎには、この賭けの負けを補填するためという一つの理由が存在している。(大きな理由はユーキが怒るリヴェリアの顔を見たがっているからだが)
ともかくとして、こうしていつも通りの冒険を行っていたロキファミリアであったが──ダンジョンというのは残酷だ。
普段と変わらない道中、変わらない戦闘、そこからくる体力や魔力の余裕。
もはやなんの心配もないだろう、と、気が緩む冒険者たちに。
ひっそりと忍び寄り、背に突き立てるようにして牙を剥く。
最初に気づいたのは、今日も結局勝てないからやる気がでないなあ、と手を抜きながらキラーアントを掃討していたユーキであった。
ひやりと、首筋に氷を当てられたかのような感覚を覚えた彼は、なんとはなしに後ろを振り返る。ちょうどそこでは、ハイエルフの魔導士様が有り余る
その頭上に。苔むした岩肌の天蓋に。ぴきりと一つ、亀裂が走った。
「リヴェリア!」
「はッ──!?」
ダンジョンにおいて、壁面や天井が崩壊する原因とは、大きく二つに分けられる。冒険者やモンスターの物理攻撃・魔法などの衝撃によって崩れる時。そしてもう一つは──
──母なるダンジョンが新たな
鼓膜を引き裂くような
ガレスの腕5本を束ねたかというくらい太い前脚の先には、岩くらいならバターのように切ってしまうであろう乳白色の爪がぎらついている。氷を凝縮したような青い瞳からはこちらへの殺意と強者故の余裕があふれている。緑色にきら光るうろこは隙間なく並び、鋼の鎧に包まれたかのような堅牢さをあの巨体にもたらしているであろう。
──それは、初心者用階層において生態系の頂点に立つ
誰もが動けない。インファントドラゴンの
すくなくとも確実なのは。瞬きの間には、天上の岩肌に埋まったあのドラゴンの半身が引き抜かれるということ。
そして、解き放たれたドラゴンはまず、真下にいるリヴェリアを問答無用で、一切の慈悲なく、可能な限り惨たらしく、想像以上に無慈悲な手段で、殺すということだ。
「リヴェリア、手を!」
「──っあ、」
だからこれは、偉大な一歩だった。
4人の中でも最弱と言われたユーキが、最も早く体を動かし、ハイエルフの姫をかばったというのは。
間違いなく、偉大な一歩であった。
◇
誰かに護られることには慣れている。
リヴェリアは王族として、身体も心も、多くの人々に護られてきた。それは彼女にとっては、得難いことであったし、有難いことであったし、窮屈なことであった。
庇護は時として、過保護と表裏一体だ。危険なもの、汚れたものから遠ざけられ続ける人生。そんなものを、リヴェリアはつまらないと思った。
広い世界を見たかった。故郷の森に閉じこもり王族としての何たるかを叩きこまれる日々が苦痛だった。だから、出奔して諸国を漫遊し、いつしかオラリオへと流れついた。
そこは冒険者の街だった。冒険者とは、ダンジョンという未知に挑む者たちの名前だった。誰も解明したことのない、踏破したことのない大地の空洞。リヴェリアはこの街をいつの間にか止まり木にすると決めていた。
その止まり木では出会いがあった。生意気で小賢しいパルゥム、そりが合わない粗暴なドワーフ、セクハラの酷い主神、そして身の丈に合わない夢を謳うヒューマン。決して気分のいい出会いではなかった。むしろ毎日苛立ちっぱなしだ。
それでもきっと、それは運命であったと。ちょっと先の未来、都市内最大派閥の幹部になったリヴェリアは笑顔で回顧した。
この日のことは、間違いなく、リヴェリアという個人にとって、重要な
◇
瞬きを一度するくらいの時間に、様々なことが起こった。極上の得物にかぶりつくのを邪魔建てされたドラゴンは、まずその邪魔者──ユーキをその大木の幹のように太い前脚で弾き飛ばした。当然軽装かつ低ステイタスの冒険者の身体は難なく弾き飛ばされ、その体は水風船のように壁に叩きつけられた瞬間にべちゃりと潰れた。体のそこかしこから血が噴き出し、もはや死一歩手前の様相だった。
続いてリヴェリアが動いた。極限の状態で、彼女はなんとこの土壇場で奇跡的に“平行詠唱”を発動させた。敏捷や耐久のステイタスが低いなかでも持ち前の才を生かしてドラゴンの攻撃を回避し、回復魔法を練り上げた。無事に発動したそれはユーキの元へ届き、彼が死の淵へ歩むのをなんとかとどまらせた。
次にガレスが動いた。今まで動かなかった体を恥じるようにして震わせながら、ドワーフらしい剛腕で
その光景を見て、フィンは思案した。“知恵者”を自称する彼はこの非常事態においてどうするべきかの判断を巡らせた。すなわち“立ち向かう”のか“逃げ出す”のか。その答えは一瞬で決まった。
「──ユーキを置いて逃げよう」
「────」
杖を構えて戦闘態勢をとっていたリヴェリアは、呆けたような顔でフィンを見たあと、その言葉の意味を理解して激昂した。
「乱心したか、臆病者のパルゥムめ!」
「──ああ、なんとでも言え! でもこれは最善の判断だ! 僕たちの中で最も火力の高いガレスの攻撃であのダメージだ。君の魔法ならあるいは鱗を貫く可能性はあるが、詠唱を守ってやれるほどの戦力的余裕はない! じゃあどうする、このまま全員でこのドラゴンに食われて死ぬのか!? そうじゃないだろう!」
「敵わぬことを認めて、潔く退くのも、冒険者として当然の判断。確かにそう、ギルドのアドバイザーは言っておったのう」
「ああ! ユーキを連れてこのドラゴンから逃げるのは無理だ。ならおとりにして逃げる。そうすれば、僕たち3人は、助かる」
「認めるものか、そんなもの。それでおめおめと生き延びるくらいなら、ここで死ね! このドラゴンの餌となればいい!」
「僕には命に代えても成し遂げるべき使命がある。そのために
実のところ、フィンの判断は良心の観点から言えば落第かもしれないが、ファミリアの団長として、パーティーのリーダーとして言えば大正解であった。
駆け出し4人の目の前に上層の階層主とも呼ばれるインファントドラゴン、しかも強化種が現れた。それだけで何もかもを捨てて一斉に逃げ出すべきところである。冒険者とは時に命を省みず冒険をしなければならないときがあるが、その冒険とは絶対に敵わない壁に特攻し玉砕することを言うのではない。
今全員で逃げ出して3人で生き残ったところで、他の冒険者たちやギルドの職員たちは何と言うとお思いだろうか。彼ら3人を“仲間を見捨てた薄情者、非人間”と罵倒する? いいや、それはあり得ない。正解はこう──
──“たった一人で済んだのは、運が良かったな、新人”である。
「言っておくが! 僕はあのまま君が噛まれていても同じ判断を下したし、僕が犠牲となる立場であったとしても、きっと仲間にそうして欲しいと願う! なぜなら、それが冒険者だからだ」
「──それは、しかし、くっ」
口論をしている間にも、インファントドラゴンの猛攻はやまない。防戦に専念するのであれば、あと数分はもつだろう。しかし攻勢に転じたとすれば、勝ち目はないに等しい。
明確な脅威を前にして、内乱じみたこと起こすのは悪手である。何とか時間を繋いでいられるこの数分に、意思統一を行う必要があった。
だが、リヴェリアは自分の命を救ったユーキを犠牲にすることに承服しかねる態度をとっており。
ガレスはなにを考えているのか、ドラゴンの攻撃をさばきながら終始無言であるし。
フィンはどうにかここからユーキ以外の全員を生還させようと必死で撤退を主張している。
この期に及んで、同じ道化師のエンブレムの元に集った三人は、全く歩みがそろっていなかった。
「……リヴェリア、分かってくれ。あとでどんな言葉も制裁も甘んじて受ける。だから従ってくれ。どんなに嫌いあっていても、同じファミリアのメンバーなら、より多くを生きて地上に返す。それが、団長としての務めだからだ」
「────」
リヴェリアは絶対に嫌だった。恩人を見捨て自分はのうのうと生きるなどどいう非道な行為に手を染めるのも。また護られる立場に甘んじたままにダンジョンを去るのも。しかしその考えに、フィンとガレスの二人を巻き込んでみすみす死なせるというのがいかに道理の通らないことかというのもわかっていた。だから、いざとなれば。二人だけを撤退させ、自分だけが残るつもりだった。前衛を失った魔法使いが、どれだけ脆弱かを知っていても。
それをフィンに伝えようとした、刹那。今まで黙り込んでいたガレスが、口を開いた。
「──お前らは、なんでこのオラリオへと来たのじゃったか」
「なんだガレス、いまそんな話に付き合っていられる余裕は──」
「まあ、いいではないか、フィン、
「──ッ、聞いてなかったのかガレス! 僕たちは今から撤退すると言ってるんだ」
「
「~~~~~ッッ、脳みそまで筋肉でできているのか君は! 自分が、何を言っているのか、」
「
「──冒険者である前に……だって?」
ロキファミリアの3人組は、今まで互いのことをこれっぽっちも理解してこなかった。それは彼らが皆才能にあふれる者ばかりで、今までに自分が人より優れているという認識を正してこなかった傲慢が招いたことであり。
そして同時に、彼らが自分自身の種族になによりも誇りを持ち、自分こそが種族の代表であるという自負していたからこそ生じた、種族間の軋轢が招いたことである。
ならば、少なくとも3人にとっては。冒険者として何たるかではなく。自分が、自分の種族として、どのような誇りを胸に生きているかこそが、最も肝要なことなのではないかと。
ガレスは、2人に、そう問うた。
「──私は、旧態依然としたエルフの価値観に嫌気がさして里を飛び出した。誇り高きエルフの王族として、世界中の新しいものを見て、知って、その上で自分が、エルフがこれからどうあるべきかを考えたくて。だから私は、オラリオにきた」
「そうかそうか、お高く留まったと思っていた姫様は、実はお転婆の姫だったわけじゃ。そう思えば、まあ、あれほどまで嫌わずともよかったかのう!」
「……ふん。私も、あのドラゴンを前に一歩も退かぬ誇り高さとその闘志だけは、認めてやってもいい」
「──さて、生意気なパルゥムよ。もしやお前はまだ、儂ら二人に舐められたままの、いけ好かない小人なのかのう?」
インファントドラゴンの前に並び立つ二人の誇り高き冒険者。それを前にして、フィンは拳をきつく握る。理性は訴えている。ここで勝てる可能性など皆無に等しい。立ち向かうなど無謀。無駄死にの極みである。
──だが。
「僕は──僕は!」
例えば仮に、ここで逃げ出したとして。3人で逃げようと提案したことすらも撤回して、一人で逃げて生き延びたとして。フィン・ディムナは胸を張って、夢を叶える事ができるだろうかと。
この身が、パルゥムの象徴たりえる存在に、なることができるだろうかと。フィン・ディムナの心が、雄たけびを上げた。
「──僕は、誇り高きパルゥム! 誰よりも勇気ある一族の一員、僕の望みは──腑抜けた同胞に、もう一度、フィアナと同じような希望を魅せる事!」
「よう吼えた、小人の英雄よ! ならばお主は、どうする! この凶暴な竜を前にして!」
「やってやるさ! ちいさなトカゲの一匹や二匹! 殺して帰る! ユーキも一緒に、4人で帰るぞ!」
冒険者たちの、無謀な冒険が始まった合図であった。
◇
3人の冒険者たちが立ち上がった後ろで、朦朧とした意識の中で、ユーキはその光景を見ていた。足りない血が頭の回転を鈍らせる。いくつもの折れた骨が、立ち上がることを許さない。
ユーキは、しかし、その光景を目に焼き付けていた。確かに尊く、輝かしい、
ならば、と。ユーキは手を伸ばした。この身、立ち上がることができなくても、仲間のために背を押すことくらいはできるだろう。
数多の勇者たちが、その旅路の始まりに聴いた曲を。魂に刻まれた“ゆうきのうた”を。
伝説の始まり、その“序曲”を奏でよう。彼らの旅路が、勇気に満ちたものになりますように。
◇
管楽器による盛大なファンファーレ。
王族たるリヴェリアが、今までに聞いた曲の中でも五指に数えられると認めた素晴らしき曲。
毎朝聞いているであろうそれが、この緊迫した局面において、なぜかこれ以上なく頼もしい。
立ち上がった勇者たち3人、その背後から。“ゆうきのうた”が、響いた。
インファントドラゴンが、その大顎を広げて、大地を揺らすほどの咆哮をする。喉奥からはちりりと火の粉が立ち上り、竜種特有のブレスまでもを吐けることが直感的に感じ取れる。
これで戦力差はさらに開いた。まさに絶望。どうやって勝ち目を拾おうかなんて、考えることすらおこがましい明らかな格の違い。
それでも不思議と、心の奥底から、あたたかな勇気が湧いてくる。絶望に立ち向かう希望の剣。理不尽をはねのける、光の感情が!
3人は通じ合ったように頷き合った。ドラゴンの口から、大砲のようにして煉獄の炎が発射される。
それを開始の合図代わりに、3人は駆けだした。
◇
「まだなんか。まだなんかあ……」
時は深夜、月の光すらない新月の夜。人っ子一人いないバベルのロビー、ダンジョンへ続く大穴を目の前に、ロキはうろうろと落ち着かない様子を見せていた。
ロキがここにいる理由は一つ。いつもは夕方、晩餐の頃には戻ってくる可愛い
ダンジョン内のどこかで動けない状態にあるのだとすれば、命がいつまで続くかも定かではない。今も怪物たちと戦っているのであれば、次の瞬間に死んでもおかしくはない。宿で待っているだけでは嫌な想像ばかりをしてしまい、居ても立っても居られずこんなところに来たというわけである。
「こういうとき、ウチらは無力やなあ。待っとくことしかできん……」
不変の神は、不変の日常に飽いて、その全能を封印して不便を楽しむために地上へと降りた。そんな神々の中には、下界のこどもたちをまるで玩具のように適当に扱う者もいるが──ロキにとっては、4人全員がかけがえのない
今も命の危険に身を置いていると思えば、身が張り裂けるような気持ちになる。不変の神も、心だけはうつろい変化するものだ。その変化が心地よく、痛みを感じるものでもある。
ロキは大穴へ降りていく螺旋階段の一段に腰かけた。眼下に広がる吸い込まれるような深淵の闇に、背筋が寒くなる。冒険者たちはよくこの穴に意気揚々と降りていけるものだ、と感心すら覚えた。
今夜を過ぎても帰ってこないようなら、なけなしの金でギルドに捜索依頼を出そう。最も、そうした依頼で対象が生還した状態で見つかることはほとんどないが──
と、ロキがそんな諦観に飲まれ始めた時である。
「まったく軽すぎるの、ユーキの奴は。こんど鍛えてやらねば」
「あまりやりすぎないようにしなよ、ガレス。君の本気の訓練についてこられるほど、ユーキは精強な人間じゃない」
「まだケガも治らないうちから鍛錬の話か。筋肉信仰者にはついていけんな」
「──おお……おお!」
階下かひそかに聞こえてくる会話に、ロキの顔が喜色に彩られる。思わず立ち上がって、転がるように下へ下へと降りていく。
「なにおう? その筋肉が此度の勝利を引き寄せたのだろう!」
「とどめを刺したのは私の魔法だがな」
「それを上手く指揮して有効なものにしたのは僕だよ」
いつも通り、お互いを罵倒し合うような物騒な会話。だが、確かな信頼と絆がそこには感じられる。
どうやら大きな冒険を乗り越えたのだろうという事を、ロキは直感した。
色々と聞きたいことがある、下界の未知、子供たちの可能性。彼らの足跡、物語を辿るのが神にとっての最高の娯楽なのだから。
──しかし、その前に。まずいうべきことがある。
闇の中から浮かび上がってきた愛しの子供たち。装備はぼろぼろ、露出した肌は泥と血にまみれている。しかし、3人はしっかりと立って歩いている。唯一気を失っているユーキも、五体満足であり、命に係わる様子でもない。
ロキは飛び上がる。抑えきれない衝動に従って、彼らの所へとダイブし、きつく抱擁しながら、大きな声で
「──おかえりぃ!!!」
おお ユーキよ しんでしまうとは なさけない!(死んでない)
ドラクエでも序盤でドラゴンに会ったら全滅確定なところ。
今回は4人生きて(一人は死にかけだけど)帰れたから、ロキファミリアは化け物ってことで。
最後まで読んでくれてありがとう!
需要があったら続くんじゃ。
《スキル》
【
・
・ゆうきをうたう
・聴いた者の勇気を奮い立てる。