ゆうきのうた   作:勇者ああああ

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お待たせしました。お待たせしすぎたのかもしれません。




ハイエルフの“賢者”

 

 

 

インファントドラゴンの一件。あの絶望そのものともいえる冒険を一丸となって乗り越えたロキファミリアの冒険者4人は、ランクアップこそしなかったものの、異例のステイタス成長を見せた。一度の更新でステイタスの数値が合計1000以上伸びたと聞けば、どんな冒険者も口が開いてふさがらないだろう。

 

あの試練を乗り越えてから、4人の仲は加速度的に改善されて、今までの酷い姿の面影もなく、むしろ熟練の冒険者のように連携を見せるようになった。優れた才能を持つ彼らが完ぺきな連携まで覚えてしまっては、到達階層を更新できないはずがない。ロキファミリアは他の追随を許さない破竹の勢いで攻略を進めていった。

 

そして、インファントドラゴンの一件から、およそ一年と半年ほど。ついに4人は同タイミングでのランクアップを果たしたのである。冒険者登録からおよそ2年が経っていた。最速記録(レコード)にこそ届かなかったが、オラリオの歴史上においては上澄みも上澄みの速度でのランクアップであった。

 

ランクアップした本人たちはもちろんの事、主神のロキはことさら喜びをあらわにして、宴を催した。ロキファミリアの面々は自身の努力が実ったことを喜び、それぞれの健闘を称え合い、これからの冒険への意気込みをあらわにしながら、その時間を過ごした。

 

その後は、今までにためた資金でもって5人が暮らすには十分な広さのホームを購入したり、それぞれが専属鍛冶師を見つけて装備を更新したりなどといったイベントが続いた。

 

こうしてダンジョンではなく地上で忙しくするというのは、冒険者にとっては一種の憧れである。それは、日銭を稼ぐのに精一杯の新人から脱して、一人前の存在になったことを意味するからだ。当然、そうした感覚は4人にもあり、彼らは自分を誇らしく思いながらその時間を楽しんでいた。

 

 

──そして、よが あけた!

 

 

 

 

 

 

本日のオラリオの天気は快晴。目を上げれば無限に広がる青空と、そこに吸い込まれるように飛んでいく渡り鳥の群れ。鼻を広げれば眠気を誘う暖かな空気と、からっと乾いた土の匂い。そして、耳をすませば朝日の訪れと共に鳴り響く()()()()()()()()()()。そのどれもが、欠ける事のない平和の証明。今日もまた、オラリオに朝が来る。

 

「【翼を授けよ。果てなき大空を飛ぶ、白き翼を】」

 

琥珀の瞳を朝日にさらして輝かせ、夜空の髪を朝の陽気にたなびかせて、その薄い唇から朗々とした詠唱が響いた。

 

「【ルーラ】」

 

一人の少年が空へと一直線に飛び上がる。目指すは世界で最も高き建造物、オラリオの富と繁栄の象徴、バベルの先端。いつからか、少年にとってはこの場所こそが日課となった演奏会の開催地となっていた。いつだってその音色は、オラリオの冒険者たちを、勇気ある旅路へと送り出す。虚空から響くその曲の演奏者こそが少年──Lv.2冒険者、二つ名『勇奏(ファンファーレ)』を神から授けられた“ユーキ・カナデ”である。

 

新人冒険者にありがちな洗礼、神々の悪ふざけによる命名を回避するという珍しい存在となったユーキを含むロキファミリア4名。そのために奔走していたロキに散々「恩に着ろ」とまさに恩着せがましい態度をとられたのはまだ記憶に新しい。

 

確かに、例えば『勇気百倍(アンパンマン)』とか付けられるよりはマシだな、とユーキ本人としてもロキにある程度の感謝を持ったのは必然であったが、しかし。ひそかに(と本人は思っているが周りにはバレバレ)二つ名に『勇者』を希望していた身としては、なんだかなあと微妙な気分になるユーキなのである。

 

しかもその希望していた名前が仲間の方に配られてしまったというのだからまた複雑だ。とはいえ、小学生のように「これ(勇奏)それ(勇者)、とりかえっこしよーよ」とはいかない問題なのだから、ひとまず諦めるしかない。

 

 

 

──そんなことを考えながらも、ユーキは自身の象徴たる“うた”を奏でることを止めない。当初バベルの広場にだけ届いていたこの音色は、いつしかオラリオ全体へとその効果範囲を伸ばすようになっていた。ユーキはそれを知ってからは、自身がダンジョンアタックをするときはもちろんの事、休日だって毎日同じ時間に“うた”を奏でるようになった。

 

その動機として、目立ちたいという彼生来の気質が大半を占めていたというのは事実だが、それと同時に──

 

「おーい、『勇奏(ファンファーレ)』ー!」

 

下から野太い叫び声。目を凝らしてみれば、いつだったかに一緒に酒場で飲んだ冒険者の男だ。名前も所属ファミリアも知らないが、そのガタイの割に裁縫が得意だと言っていて、それが意外で強く印象に残ったのを覚えている。

 

「やあ! 今日もダンジョンかい? 精が出るね!」

 

「あたぼうよ、今日こそ到達階層の更新をキメてやるさ! お前の演奏を聞くと、頑張ろうって気持ちになってくるよ!」

 

「──そう」

 

がはは、と笑いながら手を振って、その男はバベルの中へと消えていった。今日も彼は、未知のダンジョンへと“冒険”をするだろう。そこにあるのは希望だけではなくて、きっと膝を折りたくなる絶望が当たり前の顔をして蔓延っている。もしそれに彼が出くわしたとして、それを乗り越えたいと思ったとき。少しでもその一助に、自分の“うた”がなるというのなら。

 

そんなこっぱずかしい想いが沸いてきて、ついにやにやとユーキは笑ってしまった。

 

 

 

毎日の演奏会。どんなに天気が悪くても、体調が悪くても、ユーキはLv.2になった日から、それを欠かさず行ってきた。

 

その動機として、目立ちたいという彼生来の気質が大半を占めていたというのは事実だ。

 

しかし、それと同時に──

 

 

 

──まさに“勇者”を自称するものらしく。彼は誰かの笑顔が好きだった。

 

 

 

 

 

 

「今日の稼ぎはなんヴァリス~ 1,2,3,4~」

 

「──はぁ、全く」

 

と、それはそれとして。同時に俗物らしくお金も好きなユーキ。今日も今日とて演奏会に投げられたおひねりをホームのエントランス床にぶちまけては、満面の笑みで数えている。そんな彼にリヴェリアは深くため息をついた。そんなんだから『勇者』の称号を奪われるのだ、とは言わなかった。それを言うのは可哀そうであったし、言っても聞かないだろうなとも思ったからだ。

 

「リヴェリア、ため息をつくと幸せが逃げるって知らないの?」

 

「迷信は信じない質だ」

 

「へー、じゃあ“伝説の~”とか“幻の~”が枕詞についた話を聞いても、ワクワクしないってこと? それはずごく、もったいないなあ」

 

「“伝説”とはそれに足る理由があってこその“伝説”だ。“幻”もな。確固たる理由があれば、自ずと付く類のもので、それに対してなら私は敬意と畏怖を持つだろう」

 

「──はいはい、迷信と真実の違いってことね」

 

「そうだ。眉唾なものを簡単に信じることほど、愚かな行為は無い」

 

今日は休日。フィン・ディムナは山へ芝刈りに、ガレス・ランドロックは川へ洗濯に──というわけではないが、それぞれの用事を済ませるためにホームをあけている。昨日の深酒によって自室で潰れているロキを除いて、このホームにいるのはユーキとリヴェリアの二人だけ。特に用事もないためか、リヴェリアは珍しくもユーキの益体もない話に付き合っていた。

 

「“伝説”はそれに足る理由があってこその“伝説”ねぇ……」

 

リヴェリアの堅物じみた返答に、ユーキは珍しくも真剣な顔で考えるようすをみせた。それは、もう2年近くの付き合いとなるリヴェリアにとっても滅多に見ない、内側に潜ませたユーキの心の発露であった。

 

「──まあ、そうだね。眉唾は眉唾。そう思うべきだっていうのには、うん。オレも賛成かな」

 

粗悪なつくりの1ヴァリス金貨を、剣だこの目立つ冒険者らしい手で弄びながらそう零した横顔が。どうしてか、リヴェリアの頭からその後何年たっても消えなかった程に印象深いものだった。

 

 

 

 

 

 

「──と、いう訳で、いっちょよろしく!」

 

「はあ……」

 

──少し時をさかのぼるとすれば。

 

あのあとなんとなくお互いに話しづらい空気が続いたためか、無言の空間の中。ユーキがおひねりを神妙な顔でカウントし終わったところで、気まずい気分のリヴェリアは自室にそそくさと退散しようとしていたのだが、ユーキがそれを呼び止めた。

 

話を聞けば、なんでも、暇なら魔法の練習に付き合ってほしいとのことだった。ロキファミリア構成員のうち、まともに魔法を使うのはリヴェリアだけ。そういう意味では師事する相手として全く間違ってはいないのだが、あの空気感の中で悪びれもせずに頼みごとをする精神には少々呆れたリヴェリアなのであった。

 

とにもかくにも、魔導士たるリヴェリアとしては教えるならまずは理論からという気持ちだったが、ほかならぬ教育対象のユーキが見た目や態度に似合わず勤勉であったことを思い出した。彼はその適当そうな態度と裏腹に知識の吸収に余念がない人だった。エントランスで様々な本を開いているのをよく見かけるほどに。

 

リヴェリアは訓練を実戦形式に即座に切り替えることにした。そうして二人は訓練にちょうどいい程度の敵がいるダンジョン10階層へと足を運び──ということで最初のセリフに戻るのである。

 

「よろしくと言われてもだ。まずは何を教えて欲しいのかについて詳しく話せ」

 

「おっけー、じゃあ、まずはオレの魔法についておさらいしておこうか。オレの魔法は()()ある。まず一つ目が飛翔魔法こと【ルーラ】だね。ダンジョンでは役に立たないから忘れてください。はい次──」

 

「まてまて、まずそこから気にかかるのだが」

 

まるで触れて欲しくないという心内が透けて見えるような早口で流そうとするユーキに、待ったをかけるリヴェリア。

 

平均的な特徴を持つヒューマン、つまり特に魔法敵性が高い訳でもないのに魔法を一気に2つも発現した時はロキファミリアの全員が驚嘆したものだが、リヴェリアはその魔法のうち1つしか実際に目にしたことがなかった。理由は、ユーキの言ったように一つ目の魔法がダンジョン攻略において()()()()だから。これは、発現した初日に共に試し打ちをしに行ったユーキとフィンが出した結論である。

 

フィンも言うのだから役立たずという評価は正当なものなのだろうが、とはいえ“飛翔魔法”という触れ込みそんなわけがあるか? とリヴェリアはずっと疑問だった。こっちがうんざりするほどキラキラした顔で試し打ちに出発したユーキが、戻ってきた時には露骨にがっかりした様子だったから、触れるのもためらわれて今まであえて触れてこなかったが──せっかくの機会だ、とリヴェリアの中の好奇心がうずいた。

 

「なにが?」

 

「飛翔魔法なのだろう? ダンジョンは狭い場所も多くて自由に飛ぶのは難しいだろうが、とはいえ地表からちょっと浮けるだけでも大きな利を得ると思う。それが、役に立たない? なんの間違いなのかとずっと疑問だったのだ。詳細に話せ」

 

「……えっとー、フィンからもこの魔法は役立たずだって聞いてるはずだよね?」

 

「聞いているが、逆にそれだけしか聞いていない。別にそれで困らないから流していたが、こうして知る機会が訪れたなら知っておきたい。私は実際に自分の眼と耳で見聞きしたことこそを信頼する」

 

「つまり好奇心と? 発動すると痛いから見せたくないです、でいい?」

 

「ダメだ。発動したら死ぬわけでもあるまい。少しの傷くらいなら治してやるし、今日の指導の報酬としてでいいから、見せろ」

 

「それを言われるとなあ、はあ……」

 

渋々といった風にユーキはため息をつくと、精神力(マインド)の練り上げを始める。本職魔導士のリヴェリアからすればまだまだお粗末な精神力(マインド)操作だったが、日ごろから魔法理論の本なんかを読み漁っているだけあって、基本に忠実な悪くはない練り上げだった。

 

「【翼を授けよ。果てなき大空に飛ぶ、白き翼を】」

 

そうして魔法は完成し、ユーキの背中に精神力(マインド)が収束し始める。白い奔流が瞬きの間に翼を形作り、それがばさりとひとつ羽ばたきを見せた直後、

 

「【ルーラ】!!」

 

その叫び声と同時に、ユーキの身体は垂直に高く高く飛び──いやむしろそれは()()と言ってもいいほどの勢いだったが──上がり、そうして当たり前のように、

 

天井にものすごい速さで頭をぶつけた。

 

 

 

 

 

 

ユーキ は てんじょうに あたまを ぶつけた !

 

 

 

 

 

 

「わ、悪かった。まさかあんなことになるとは……」

 

「……ぐすん」

 

頭に大きなたんこぶを作って涙目のユーキに、リヴェリアはいたたまれない気持ちだった。自分の我儘で酷い痛みを味合わせてしまったし、何よりそれをみて「ああ確かに役立たずだ」と即座に考えてしまったことにもなんだか気まずいものを抱いていた。

 

「まあ、わかったと思うけど、【ルーラ】は一度真っすぐ上に飛び上がってから発動する魔法なんだよね。この飛び上がりには一定の高さが必要で、途中に障害物があると──今みたいになる」

 

「ああ。まあ、確かにそういうことならダンジョンでは使わない方がいいかもな……」

 

下には数階層分が貫通した穴が開いている地形があるというらしいから、そういうところであれば役立つかもしれないが、今のロキファミリアにはまだ先の話だ。その時まで残念ながら死蔵することになりそうだ。

「だよねー、はあ、頭ぶつけ損じゃん」

 

「う……いや、実際に見てみてちょっとくらいは助言できるところもあるぞ」

 

「え、そうなの?」

 

「お前は精神力(マインド)を基本に忠実な形でしか使っていないが、込める量を少なくして発動できるようになれば、飛び上がりに必要な高さも低くなり、頭をぶつけなくなるかもしれん。あくまで可能性の話ではあるが──」

 

「なるほど? つまり“メラゾーマ”じゃなくて“メラ”でも火をつけるには十分だって話ね。MP少なく済ませろってことだ」

 

リヴェリアにとって、ユーキのたまに発する言葉には全く意味の見当がつかないものが多くあった。そういう言葉を聞くと、ユーキという少年の過去に対して当然興味が向く。しかし、以前からそうだが、ユーキという少年は自身の過去や故郷について話すことをしないし、聞かれてものらりくらりと躱す癖があった。

 

だからリヴェリアは今回も、彼の言葉に深くは突っ込まなかった。

 

「何を言っているのかは分からんが、納得したならいい。しかし込める魔力を操作するのは魔力暴発(イグニス・ファトゥス)の危険を常に孕むから、気を付けたほうが良いぞ」

 

「……つまり、痛い思いをしないために、痛い思いしながら練習しろって? 気が重い話だね」

 

うへえ、と言いたげなユーキの言葉に「研鑽とはえてしてそういうものだ」と返すリヴェリア。「わかっているけどさぁ」と唇を尖らせているユーキに対し【ルーラ】の魔法をダンジョン内で使えるようになる日はまだまだ先な予感がするリヴェリアであった。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、本題に入ろうか」

 

「ああ」

 

気づけばダンジョンに入って随分な時間が経っていた。このままでは役立たずな魔法について時間を使っただけで日が暮れてしまうだろう。気を取り直して、二人は()()()の魔法の修練に移った。

 

「二つ目の魔法は【フォース】……俗に言う付与魔法(エンチャント)だけど、普通と違うのは付与できる属性が()()()()()、だね」

 

ユーキの二つ目の魔法【フォース】は、彼の言う通り付与魔法(エンチャント)に分類される魔法である。先の【ルーラ】と違い使いやすく、汎用性に優れる良い魔法だ。リヴェリアのように派手で豪快な砲撃じみた魔法ではないが、堅実に自分の有利を築くことができ、小回りが利く。

 

さらに彼の魔法は付与魔法(エンチャント)としては珍しく他人や物にも付与でき、付与された側に負担やデメリットなどが少ない。フィンは戦術に組み込みやすい上にシンプルに強いこの魔法を絶賛していた。リヴェリアもこの魔法には幾度となく助けられてきた。

 

加えて、この魔法にはもう一つ、他にはない特徴がある。リヴェリアはそれこそがユーキの悩みなのだろうと思い至った。

 

「ロキが言っていたな、お前のそれは、()()()()()()だと。複数属性というのがそれか?」

 

「うん、今はまだ『炎』と『氷』だけだけど、多分、これからはもっと増える。それは手札が増えて良いことだけど、その分発動が安定しなくなってる」

 

「全く違う属性を同じ詠唱で操る魔法だったな──つまり精神力(マインド)の操作が上手くいっていないのか?」

 

「そうだね。炎と氷じゃ込める精神力(マインド)の質が全然違って、だからその質を臨機応変に切り替えるのが難しくなってきてる。もう一つ属性が増えたら、戦闘中に魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を起こす可能性もあると思う」

 

「なるほどな」

 

「リヴェリアも炎と氷の魔法を使うだろう? なにかいいアドバイスをもらいたくてね。やっぱり君みたいにもっと魔法に詳しくなるべきなのかな」

 

「そうだな……理論を学ぶべきというのはそうだが、私はやはり、大事なのは『心』のありようだろうと思う」

 

「心?」

 

「ああ。私は魔術師に必要な心を『大木の心』と呼ぶ。いかなる時にも精神を乱さない、大木のような安定と不動。もちろんそれは、私のような後衛魔術師の心得であり、お前のような魔法剣士型の者にそのまま適応されるわけではないが──ん、なんだその顔は?」

 

「あ、いや。リヴェリアは結構な理論派だと思っていたから、一番大事なものが『心』なんて曖昧なものだというのが、何だか意外でさ」

 

惚けた顔をしていたユーキにリヴェリアが問いかけると、ユーキはそんなことを言った。リヴェリアはその返答に、朝にホームのエントランスでした会話を思い出した。

 

「確かに朝もそういうような話はした。しかしこれは決して根拠のない“眉唾”の話ではない。なぜ魔法の発動に必要なチカラが一般に“魔法力”や“魔術力”ではなく“精神力”と呼ばれるのか。私は、その理由こそが、魔法発動にゆるぎない“心”が必要とされるからだと思っている。しかしなにより──」

 

「なにより?」

 

「──私自身が、『大木の心』による魔法能力の向上を実際に肌で感じ、経験してきたから。私は『心』こそが魔法発動において最も大切なものだと考えるし、そう信じている」

 

「“私は実際に自分の眼と耳で見聞きしたことこそを信頼する”だっけ。なるほどねえ……」

 

ユーキはリヴェリアの言葉に対して、何事かを考えているようだった。その横顔は、朝のホーム、エントランスでヴァリス硬貨を数えていたときの彼と似ていた。

 

遠くのもう帰れない場所、なにか特別な夢と希望を夢想し、しかしそこには至れないことを知っているかのような。そんな寂しい表情だ。細められた瞼から覗く琥珀色の瞳が、まるで夕焼けのようで、リヴェリアはそれに寂寥感を覚えた。

 

 

 

「せっかくアドバイスをもらったし、試してみようかな!」

 

「ちょっと試してみよう、で『大木の心』を会得されたとしたら、私の立つ瀬がないがな……」

 

「いやいや、要は、心を安定させろって話でしょ? キミはそれを『大木』をイメージしてやってる訳なんだよね。奇遇なことに、うん、()()()()()()()()

 

「どういうことだ?」

 

「オレにとって、心を安定させるのに最も適したイメージは、キミと同じ『大木』だったってことを、思い出したんだ」

 

そんなことを言いながら、ユーキはマインドの練り上げを始めた。リヴェリアはエルフらしい鋭敏な精神力(マインド)感知能力により、その様子を詳細に把握し──息をのんだ。

 

先ほど見た【ルーラ】発動の時とは比べ物にならないほど、その操作は繊細で、緻密で、静謐だった。まるで凪いだ水面に水滴が一つだけ落ちて波紋が広がるかのような、美しい力の動きだった。

 

「【剣に鋭く、盾に硬く、力よ集え】」

 

「──」

 

リヴェリアはその光景に見惚れた。まるで物語の一項のように、幻想的な、芸術的な、魔法の発動だった。きっとそれは、魔法適性の強いハイエルフであり、同時に卓越した魔術師であるリヴェリアだからこそ感じ取れたことなのだろうけど。

 

「【アイス・フォース】」

 

発動と同時に彼の身体に霜が降りた。ダイヤモンドにも似た輝きの氷がキラキラと光り、彼の髪と合わさってまるで星夜の空のようだった。はあ、と彼が息を吐くと、雲がかかるように白い色が宙を舞った。劇的な魔法発動技術の変化に、リヴェリアは言葉を失った。

 

「──驚いた。私が教えて欲しいくらいの精神力(マインド)操作だった。一体何をイメージした」

 

「『大木』──いいや、『大樹』かな」

 

彼は、焦がれるような表情でそう言った。

 

「ずっと夢見ていた。この世界のどこかには、どんな建物よりも高い大樹(世界樹)があって、その樹のてっぺんにはこの世の何よりも美しい花が咲いているって。そしてその花には──」

 

「……その花には?」

 

「んーん、なんでもない。これこそ眉唾だからね。いや、眉唾どころか(フィクション)だって確定している話で、そんなものがあるなんて誰も、オレだって信じていなかった」

 

でも、とユーキは言った。

 

「オレは、きっと嘘だってわかっていても、その花が欲しかった。それが夢だった。だからきっと──それを想像するだけでも強くなれるんだ」

 

おかしい話だよね、とユーキはリヴェリアの方を見た。リヴェリアは彼が実際のところ何を言いたかったのかは分からなかった。だが、ユーキという少年が誰にも信じられていないような何かを信じていて、それを思えば、先ほどの夢のような魔法を発動できるのだということは理解した。

 

確かに、リヴェリアは根拠のない話が嫌いだ。市井に出回る噂話の類には忌避感すら覚える。だから、ユーキが今のような顔をしているのだと理解していた。

 

しかし。

 

「──それを確かめた者はいるのか?」

 

「え?」

 

「この世に、何よりも高い大樹があって、そこに……()()()()()()美しい花が咲いている。それを、確かめた者がいるのか?」

 

「いいや、いない。けど、そう──それこそ()()のお話だからね。きっと無い可能性の方が高いだろうさ」

 

「私は、自分で見聞きしたものこそを尊ぶ。だから、その話も、自分自身の眼と耳で確かめない限りは()()()()()()()()と考える」

 

リヴェリアは、このとき自分でも自分が何を言いたいのか分からなかった。しかし、数年後にこの場面を回想した彼女は、己がユーキを勿体ないと思ったのだと気づいた。

 

あれほどまでに幻想的で美しい魔法を生み出す彼の心が、無価値なもののはずがないと思った。だから、自分の心を、信じるものを卑下するユーキが悲しかった。

 

「──そう」

 

ユーキはリヴェリアの言葉を聞いて、微笑んだ。ユーキにとってその言葉は、なんだか人肌のようにじんわりと暖かい、安心をもたらすものだった。

 

「オレは、キミのことを“魔法使い”だと思っていたんだけど、違ったね」

 

「ん?」

 

「キミは“賢者”だ。賢き者、それはきっと知識量の話ではなくて、未知に向き合う姿勢なんだと思ったよ」

 

「褒めてくれているのか」

 

「ああ、おめでとう! キミは今から上級職だ!」

 

「なんだそれは、わからない言葉をつかうな」

 

いつも通り適当で明るい様子に戻ったユーキに、リヴェリアは安心して微笑んだ。ユーキは「う、」と思わず声を漏らした。その理由は──それこそ未知のままでいいだろう。

 

 

 

「こ、この世には確かに、まだ未知の場所がいっぱいある! リヴェリアの言うとおり、いつか確かめる時がくるかもしれないね」

 

「ああ。もしかすればそれはダンジョンにあるのかもしれないし、地上のどこかにあるのかもしれないな」

 

「じゃあオレたちはまずは、ダンジョンの完全制覇を目指さなきゃだ」

 

「ああ。もしそれを確かめるまでにお前が寿命で死んでしまっても、安心しろ。私がそれを引き継いでやる──エルフには、時間が多くあるからな」

 

「そうだね。じゃあ、その時はお任せするよ」

 

「言っておくが、寿命以外の死因は認めないからな」

 

「ふふ、そうか。キミは厳しいね(やさしいね)

 

そんなことを言いながら、二人は笑った。もうすぐ陽が沈む、夕方のダンジョンでのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、結局その花とはどういうものなんだ? 知っていないとお前の代わりに探せないだろう」

 

「死んだ人すら蘇らせる花らしいよ」

 

「──! なんとまあ。まさに()()らしい。でもそういうことなら、見つけた暁には死んでしまったお前をその花で叩き起こしてやろうか」

 

「ヒトに無理やり起こされるのは苦手だから、そうならないように自分で見つけるよ」

 

「ふふ、そうしろ……ついでに聞くが、その花について他に何か手がかりはないのか?」

 

「あるよ」

 

「ほう?」

 

「ニワトリとタマゴがね、ケンカしてるんだ」

 

は?

 

「どっちがより偉いかって何年もケンカしてるんだって」

 

は??????

 

 

 

 

 

 






《発展アビリティ》

理力(フォース):E



【ルーラ】

・飛翔転移魔法

・詠唱式【翼を授けよ。果てなき大空に飛ぶ、白き翼を】

 

【フォース】

・属性付与魔法

・発展アビリティ【理力】の成長によって効果追加

・属性複合魔法(炎、氷)

・詠唱式【剣に鋭く、盾に硬く、力よ集え】






【ドラクエ用語コーナー】

・そして よが あけた!
DQシリーズで宿屋に泊まった際に表示されるテキスト。これを見るとおなじみのBGMが頭に流れる人も多いだろう。

ちなみにDQ宿屋といえばの名物テキスト「ゆうべは おたのしみでしたね」がこの小説で表示される予定はない

ないったらない。


・ルーラ
言わずと知れた有名な飛翔(転移?)魔法。屋内で使うと天井に頭をぶつけるのはオリジナル設定ではなくて原作準拠。ナンバリングによっては屋内使用でも頭をぶつけない。

屋内なのにうっかりルーラを使って「○○は てんじょうに あたまを ぶつけた!」と表示されたことが、誰しも一度はあるだろう。

作者はDQ8プレイ時に、これが起こるとキャラクターたちが表情豊かな反応を見せてくれると気づき、わざとやってみたことが何度もある。

ちなみにどのキャラも大体はテキストの通り頭をぶつけるのだが、ゼシカを先頭にしてこれをやるとなぜか横になった姿勢で身体全体を天井にぶつける。そのとき衣装がスカートだと……


・フォース
初登場はDQ9(だと思う)。職業:魔法戦士で取得できるスキルであり、使うだけで付与されたキャラは与ダメージが問答無用で1.1倍になる他、敵の弱点属性のフォースを纏えばさらに火力が上がる。しかも敵の使用する攻撃属性に合わせたフォースを使えばダメージ軽減の効果もあるという、攻守ともに優れたまさにぶっ壊れのスキル。

余談だが、DQ9では魔法戦士に転職するためのクエストとして、『魔結界を貼ったキャラがメタルスライムに3回とどめをさす』という課題を課されるが、メタルスライムに中々出会えない&結界を貼っている間に逃げられるという点から、達成が難しい(というか面倒)で、スルーした人も多いはず。しかし最速で転職して全属性のフォースを習得出来れば、その後の冒険がぐっと楽になるだろう。


・「花」
ネタバレになるので詳細は伏せるが、ユーキが言っているのはDQ4に出てくるとあるイベントアイテムのこと。


・ニワトリとタマゴ
同じくDQ4から。裏ボスとして戦うことになる二人のケンカ自慢のこと。ニワトリが偉いかタマゴが偉いかという議論(というかケンカ)をずっと続けている。実に意味不明な話なのだが、彼らに勝つことによって上記の「花」への道が拓けることになる。彼らが何者なのかは最後までよく分からない。





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