転生者のナビスとそのサーヴァントである
「ようお嬢ちゃん! 久々だな! 元気してたか?」
「ロビンさん! お久しぶりです!」
ロビンは魔法世界で共にトレジャーハンターした仲ののどかに声をかけ、挨拶しに来た。
のどかもまさかロビンが麻帆良に来ているとは思わず、驚いた後にすぐさま笑顔で挨拶を返す。
「でも、どうして
「うちのマスターが麻帆良に行きたいって言うもんですから、ついて来たってだけですわ」
「そうなんですかー」
のどかはロビンがここにいることに疑問を感じそれを聞くと、ロビンは肩をすくめて随分と素直じゃない言い方で説明する。
ロビンの返答にのどかも納得し、なるほどと頷いていた。
「そういえばロビンさんって、麻帆良に来るのは初めてなんですか?」
「随分と長く現界してはいますがねぇ、ここに来るのは何気に初めてになりますか」
「そうだったんですね。では、初めての麻帆良はどうでした? 住んでる身としては悪い場所じゃないと思いますけど……」
次にのどかはロビンが麻帆良に来たことがあるかを聞くと、ロビンもダンナ、前マスターの時からずっと存在していたが、今まで麻帆良に来たことはないと言う。
そもそもロビンは魔法世界から出たことがなく、前マスターの時はオスティアを中心に活動し、今のマスターになってからも魔法世界で自由に行動しており、そこでクレイグと知り合いパーティに入ったと言う経緯がある。
それを聞いたのどかは、ならば麻帆良の住み心地や居心地について聞いてみることに。
「いやー……、街並みも綺麗だし自然も豊かだし色んなものもあるしで、いい場所だとは思いますがねぇ。……ちょいと元気が有り余ってる感じが、少しねぇ?」
「元気なのは、うん……。でも、概ね満足してくれているようでよかったです」
その問いにロビンは、腕を組んでどう答えるかを悩んだ後、街としては快適でよいと思うと答える。
ただ、ここの住人の賑やかさや活気がありすぎるところが、ちょっと自分には合わないかもなあ、とこぼす。
のどかも元気さと聞いて、確かに……、と納得しつつ、それでも特に不自由がなさそうなことに微笑むと、ロビンも釣られてニヤリと笑った。
「あっ、クレイグさんたちは元気にしてますか?」
「いつも通り騒がしくやってると思いますよ? ま、少し前の情報になるんで今はどうかはわかりませんがね?」
「それならよかったです……!」
さらにのどかは魔法世界にいるクレイグたちのことを尋ねた。
麻帆良に帰ってきてから早2か月ほどになり、彼らはどうしているんだろうかと気になったからだ。
それに対してロビンは、まあ変わりなく色んな遺跡やらダンジョンやらに入って笑い合ってるよ、と言う感じで話す。
とは言え、ここへ来る前のことなので、自分が離れた後のことはわからなん、と後付けしておく。
とは言え、彼らもトレジャーハンターとして場を踏んできた人達なので、ロビンが抜けたとしてもうまくやっていくだろうとのどかは思い、安心した様子を見せた。
「まっ、ある程度はここに滞在する予定なんで、今後は我がマスター共々よろしく!」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
ロビンはマスターの意向でまだこの麻帆良に残るということで、のどかに挨拶しに来た訳で。
なのでそのことを今のどかへ言えば、のどかも元気よく返事をして、ペコリと頭を下げてロビンを歓迎するのだった。
…… …… ……
もう12月も下旬となり、2003年ももうすぐ終わりを迎えると言うこの時期に、フェイトと従者たち、それに栞の姉が麻帆良へとやってきていた。
「麻帆良か……」
初めて見る麻帆良の街並みを眺めるフェイトは、ふーん、という様子だ。
また、今回は大人モードでスーツ姿なフェイト。地味に栞の姉より身長が少し低くいのを気にしはじめており、最近はこの姿でいることが増えてきているのだ。
そんなフェイトの隣の栞の姉はそれなりに興味津々な様子であり、転生者ランスローのこと剣と栞はここが麻帆良かぁー、という感じだ。
暦と環はそれよりもフェイトと栞の姉のことにしか関心がないようで、そちらばかりちらちら見ていた。
「特に理由もなく旅行して来いと言って送られたが……」
フェイトはアルカディアの皇帝から、実際は皇帝の分身なのだが、彼から「彼女とちょっと遊んで来れば?」と送り出されると言う経緯があった。
突然の麻帆良旅行にフェイトは困惑したが、今はもう上司となった皇帝の分身に言われちゃ、行かない訳にはいかないと考え、従者たちとやってきたのだ。
「まあ、いいじゃないですか。最近もずっと戦いや仕事ばかりだったんですから」
「そうだね。休暇にはいいかもしれない」
少し不服そうにするフェイトの横で、栞の姉は羽休めにはちょうどいいのでは? と笑顔で話しかけると、フェイトはまあいいか、と思ったようで表情を柔らかくした。
「彼女たちも、こういう場所に慣れていた方がいいだろうしね」
「そうですね」
また、従者の少女たち、特に暦と環は戦場に慣れすぎており、平和をあまり甘受しようと言う気がないのを、フェイトと栞の姉は気になっていた。
なので、これを機にそういうものに触れて、軟化してくれればいいな、と二人は思ったのである。
「とりあえずは、つかの間の休暇を楽しみましょう」
「ふむ……」
それはそれとして、自分たちもこの機会に日頃の疲れを癒しながら、この旅行を堪能しようと栞の姉が言えば、フェイトは何かを考える仕草をする。
「では、はぐれないように手を握らせてもらおうかな」
「あっ……、はっ、はい」
するとフェイトは栞の姉へと手を差し出し、手をつなぐことを提案。
人が多い麻帆良ではぐれたら大変だと言う気配りだが、フェイトとしては何か理由を付けて栞の姉の手を握っておきたいだけである。
栞の姉はちょっと照れながらもフェイトの手を取り、二人はゆったりと麻帆良の街を歩きだしたのだった。
その二人の後ろをついていくようにして歩く、栞とランスロー。
「街の景色自体は、そう珍しくはないですね」
「ふむ、確かにここの建築様式は現代日本とは異なっているみたいですからね」
麻帆良の建築物は基本的にかなり西洋風であり、現代日本とはかけ離れた姿をしている。
だが、魔法世界はそういった場所も多くあり、アルカディア帝国も近い建造物が多くあるためか、むしろ栞は馴染み深さすら感じていた。
ランスローも栞の話を聞いて、なるほど、と頷きながら、ここは他の地域とは違うと語る。
「剣さんは、ここに来たことがあるんですか?」
「いえ、ありませんよ。ただ、”前世”の日本を知っているだけです」
「そうだったんですか」
この日本に詳しそうなランスローに栞はなんで知ってるのかを聞くと、剣は転生者故にと話す。
剣のことランスローは日本にいた前世を持つ転生者なので、そのことはよく覚えていた。
その説明を聞いた栞も、ふむふむと納得した素振りで頷く。
「あの二人は……、フェイト様と姉さんの方が興味あるみたいですね……」
「いいじゃありませんか。人はみな、自分に興味があるものに惹かれるものですよ」
「それはそうですが……」
栞は街の景色や建物の造形などに興味を持ってキョロキョロしていたが、そこで暦と環が眼に入ってきた。
彼女たちはフェイトと栞の姉の仲睦まじい光景を、未だに少し未練がましく思って隠れながら見守っているようだった。
そんな二人にちょっと呆れる栞だが、ランスローはそれが全て悪いことではないとにこやかに語る。
それでもあの二人には、もう少し周りに興味を示してほしいと栞は思って、残念そうな声を出す。
「それに、彼女たちだって、見ているだけで何か行動するようなこともないでしょうから」
「はい……」
ランスローは別に二人の邪魔をしたりする訳ではないのなら、好きにさせてあげようとおだやかな様子を見せ、栞もそれなら、とランスローの言葉に従った。
「いつも戦いに付き合わせてばかりですし、栞殿もこの休みを堪能したらどうでしょうか?」
「まあ、そうですね」
ランスローはよく戦場へとついてきてくれている栞へと労う言葉を優しく言うと、栞も思いのほかランスローの戦いをサポートしてばかりだったのを思い出して小さく頷く。
「剣さんって、まるで保護者みたいですね」
「まあ、転生する前の年齢を加味すると、それなりの年齢になりますからね」
「確かにそうなんでしょうけれど、年齢と言うより性格がそうなのではないかと思うんです」
「そうでしょうか? あまり意識したことがないのですが」
ふと、ランスローの言葉に、栞はランスローの面倒見の良さのことを話し出す。
なんというか父親とは言い難いが、年の離れた兄に近いものを感じていた。
ランスローも転生前の年齢と今の年齢を足せば、結構な歳になると話すが、栞は年齢の高さではなく、そういう性分だと思ってそう話す。
されどランスロー本人は、そういう態度を意識的に行っていた訳ではなくあくまで自然に出たものであり、気にしたことがなかった。
「以前からそう思ってたんですけど、私たちに対してすごく面倒見がいい気がするんです」
「レディをエスコートするのは、紳士として当然の義務ですよ。むしろあなた方のようなレディをエスコートできることは、大変名誉なことです」
「うまいことを言いますね? レディと言うには……、少々お転婆に見えますけれども……」
「ふふ、その年齢なら普通ですよ。それにレディには違いありませんからね」
栞はランスローが自分たちの保護者のような立ち回りをしてくれているのを、前々から見ていた。
率先して盾となったり相談されたら悩んでくれたり、総督府では順番に踊ってくれたりと、もうこれ知り合いのお兄さんじゃないか? というムーブばかりだった。
そんな栞の言葉に、ランスローはなんかキザったらしいことを言い出した。
急にランスローが妙なことを言っても「なんか言ってる」程度にしか思わない栞は、フェイトと姉を隠れながら追跡している従者仲間の二人を見て苦笑する。
ランスローもその二人を見て、元気がいいなあと思いながら、彼女たちも女性なのだから、と微笑んで言葉にしていた。
「そんな風に言われたら、女の子はみんな勘違いしてしまうのではないでしょうか?」
「それは失礼しました。別に口説いている訳ではないのですが……」
「いえ、私は剣さんのことをよく知ってますから、別に気にしませんけれども」
「そうですか? 大変申し訳ない」
なんか話し方が口説き台詞みたいだ、と栞が言うと、ランスローはそういう意味はなかった、と頭を下げて謝る。
ただ栞は落ち込ませる意図はなく、勘違いさせたらよくないと思っただけであり、自分はランスローの性格などを知ってるので、そのぐらいわかっていると話す。
が、やはり気にしたランスローは、もう一度栞へと頭を下げる。
「そんなにかしこまらないでください! 私たちはいいですけど……、見知らぬ人だったら、の話ですよ」
「なるほど……。ですが、流石の私も見知らぬ人にはそういう物言いはしませんよ?」
「それはそうですけど、私たちだって勘違いしそうになるかもしれませんからね?」
とは言え、栞はあくまで冗談であり、そこまで重く受け止められても困るとちょっと焦る。
それでもまあ、知らない人に言ったらマズイのではないかと言うことだった。
ランスローとて赤の他人にこんなことは言わないとはっきり告げると、栞はわかっていると言った後に、自分たちだって引っ掛かりかねないと冗談交じりに話した。
このランスローは貰った特典どおり、見た目こそバーサーカーランスロットの中身とほぼ同じ姿であり、当然顔はイケメン寄りなのだ。
そこにこんなキザったらしい台詞が加われば、破壊力は絶大。知らなきゃマジで胸キュンしかねん性能だ。
「……そうですね。自分の言動には気を使っていますが、以後さらに気を付けさせていただきます」
「そっ、そこまで大げさに捉えなくてもよいんですけど……」
ランスローは栞の忠告を重く受け止め、口は禍の元であると深く胸に刻む。
が、栞とて半分は冗談なので、そんなに自罰的にならなくても、と困惑気味だ。
「いえ、私はこういう性分ですので、そういう話は特に気を付けなければと……」
「真面目ですね……。いいことではあると思いますが……」
「真面目だけが取り柄のような男ですからね」
されどランスローは自分の性格を語りだし、栞が間違ったことを言ってないと言う。
ふとしたことで出た言葉が、相手を惑わすことなどあってはならないのだと。
栞はランスローのそういうところはいい所だと言うが、ちょっと堅物すぎるな、とも思ってたりする。
ランスローも自分にはこれぐらいしかないと言う。皮肉にしか聞こえないが、神から貰った力以外でならば、これしか残ってないと思っているからこそ出た言葉だった。
「しかし、ここは平和でいい。このような平和な場所がいつまでも続けばよいのですが」
「……そうですね。それが一番ですね」
まあ、それよりもこのつかの間の休暇と旅を楽しむべきだと、ランスローは話題を切り替える。
この麻帆良で流れる時間は穏やかで緩やかだ。ランスローはこの穏やかさを心地よく感じ、絶やされなければと語る。
そんなランスローの意見に同意する栞もまた、こういう平穏こそが尊いものだと思うのだった。
…… …… ……
フェイトの後ろをこそこそ追跡していた暦と環だったが、流石にそれじゃここへ来た意味がないと、フェイトとランスローに言いくるめられ、探索ぐらいしたらどうだと勧められ、二人は麻帆良をふらふらしていた。
「それって便利だね」
「うん。尻尾も目立たないし、パンツも履けるし」
「そっちも大変そうだと思ってたけど、頭も重そうだったし、随分とスッキリしたんじゃないかにゃ?」
「特に気にしたことはないけど」
そこで暦は環の肉体変化の指輪のことを話題に出した。
彼女たちは魔法世界の人なので旧世界へと行くのであれば、本来ならば入り込む器が必要なのだが、皇帝らが開発した二つの指輪を両手につけているので、そのまま旧世界へと移動できるようになっていた。
なので、全てがそのまま旧世界へと移動できている訳だが、環は竜族特有の頭の巨大な角と巨大な尻尾があった。
旧世界の麻帆良でもそれは流石に目立ちすぎるので、それを見えなくするためにもう一つ、変化の指輪を皇帝の部下ギガントから貸し与えられたのだ。
その指輪のおかげで巨大な角も尻尾もかなり小さくなっており、ほぼ目立たない姿になっていた。
なので、尻尾が大きすぎてパンツが履けなかった環は、ようやくパンツを履けてそのありがたみを感じていたのである。
暦はいつも環の大きな角を見て重そうだな、と思っていたので、よかったねと言うけど、環は慣れているのでそこはどうでもいいと語った。
「それにしても、ここは平和そのもの」
「争いとは無縁の場所って感じ」
で、この麻帆良をぐるりと見渡せば、争いも何もない街並みに人々の賑わいしか見えない。
環も暦もこの街の安寧を肌で感じながら、自分たちには何故か合わないと感じていた。
「あっ! あなたは確か……」
「ん? 貴様たちは……」
そんな時、近くに知った顔が通りかかった。”原作”ならば同じフェイトの従者であり、”ここでは”熱海龍一郎に拾われた焔であった。
彼女たちはアルカディア帝国で何度か顔を見ており、一応顔見知り程度には知り合いだった。
焔も学校の休日でたまたまふらふらしており、甘いクレープ片手に暇つぶしをしていたところを二人に出会った。
それでとりあえず暦と環は、なんで麻帆良に来たのかを焔に説明。
「なるほど、あのお方からの計らいでここに……」
「自由にしていいってフェイト様から言われたけど、どこで何をしていいのかわからず困っちゃってね」
「そうそう」
皇帝から命じられて、と聞いた焔は、腕を組んでふむふむと納得する。
そこで暦はさらに自分たちの状況を説明し、環も同意して頷く。
「剣さんにも別々に行動するべきだと提案されて……」
「迷った……」
「それはなんというか、災難だったな」
で、ランスローからも固まって探索するより別の方がいいと提案され、その通りにしたら迷子になった、と二人がさらに説明すると、焔もまあ始めてきた人が地図もない麻帆良なんて歩いたら迷うよな、と軽く労う。
「まあ、そう言う事ならば私が案内しようか」
「本当に? 助かるよ!」
「ありがたい」
「気にするな。では行こうか」
そう言う事であれば、と焔は自分が彼女たちを先導すると提案。
暦も環もその気づかいにありがたみを感じて礼をすれば、焔は彼女たちを連れて麻帆良の街を歩きだした。
「ここは本当に穏やかな場所だにゃ」
「本当にそう」
「この国は大抵そうだ」
「ふーん」
麻帆良の街を歩きながら、やはりこの場所は穏やかで何も危険が存在しない、と暦も環も改めて感じた。
焔も麻帆良があるこの国内は基本的に平和であると話し、暦はその言葉に適当な相槌を打つ。
「浮かない顔だな? 悩みごとか?」
「あまりこの街の空気が合わない気がして……」
「平和と言うならばアルカディア帝国とて、そう変わらないのではないか?」
「確かにそうだけど……」
暦や環の反応が著しくないのを感じた焔はどうしたのかと聞くと、暦は優れない表情を見せながらそれを静かに語る。
なんというか、この平和ボケした麻帆良の色が濃すぎるのか、単純になじめないのだ。
ただ、平和と言えば彼女たちがフェイトと共に拠点にしているアルカディア帝国も同じだ。
それを聞くと暦たちも間違ってはいないと言うが、何かどこか違うのだと感じている様子だった。
まあ、アルカディア帝国は危機に瀕した人達や、問題が多かった土地にいた人たちを、多く受け入れて住まわせているところが多い。
ここ数十年の間ずっと平和が続いた国、さらにはこの麻帆良と、アルカディア帝国では空気が違うのも間違ってはいないのである。
「……私も貴様の気持ちはよくわかる。少し前までの私も、同じ悩みを抱えていたからな」
「少し前の?」
「そうだ」
そんな二人の表情を見て察した焔は、以前の自分のことを交えて口を開く。
彼女たち二人は魔法世界で住んでいた場所を失い、フェイトの従者になった。
戦争であれ転生者同士の争いであれ、自分たちがそういう不幸に見舞われたものとしての悩みを抱えているのだ。
それは自分もそうだったと焔が話せば、暦がそれに反応した。
「昔の私も、この場所の能天気さに嫌気がさしていたりした時期があった」
「……」
自分も最初はこの街の空気が合わずにずっと悩んでいたことを、焔は二人柄は語り掛けた。
焔もまた、以前は同じように悩んでいた。
自分は不幸にも住んでいた町を滅ぼされ家族を失ったのに、ここはそんなものなんて無縁で、クラスメイトとなった子たちもそんなことなど微塵に考えていない。
お気楽な連中だとずっと心の奥底で思っていた。こんな連中とは分かり合えないと思っていた。
そのことを焔はゆっくりと話し、二人はそれに静かに耳を傾ける。
「だが、ここでも例の者たちが衝突するのを見て、考えを改めた」
「……! こんな場所でもそんなことが!?」
「あの一度以降は流石になかったが……」
しかし、見てしまった。平和な場所だと思っていたこの場所でさえ、転生者同士が衝突し破壊されかねない光景を。
自分の目に焼き付いた破滅の光景が、この場所ですら起こりうると言う事実を。
自分の考えがいかに偏り狭い世界に生きていたかを、そこで実感したのだと焔は言う。
暦はこの平穏で穏やかな麻帆良ですらも、そのような危険が孕んでいることに驚くが、焔もあれ以降は二度となかったと言葉にする。
そりゃまあ、そんなことが何度もあってたまるか、とも思っている訳だが。
「そこで気付きを得たんだ。この場所こそが私の理想なのではないか、と。誰もが平穏を甘受できる場所、私たちのようなものがいない場所。私たちが目指した場所こそがこういう場所なのではないのか、と……」
そんな事件を目の当たりにし、だからこそこの安寧が尊いと焔は感じた。
それに自分たちのような悲しい子供たちがいない、誰もが笑っていられる世界というものは、こういう場所のことなのだと彼女たちに静かに言い聞かせた。
「…………だけど……」
「一見そう見えるだけで、そうじゃないかもしれない。しかし、ここなら少なくとも争いで私たちのようなものが生まれることはない。それはとてもいいことだと思わないか?」
「…………」
されど未だ納得できない様子の暦に、焔は再び口を開く。
この場所でさえ目に見えない不幸がある可能性は否定できない。
だが、ここでは争いなどで行き場を失った子供たちが出ることは、少なくともないのではないかと。
それに武蔵麻帆良には自分たちのような子供たちを受け入れる養護施設もあり、毎年多額の資金が付与されていると聞く。
なら、何もそこまで気にすることもないのではないか? 悪いことなど何もないんじゃないか? と、焔は二人に優しく語った。
「ここで生活して、少しずつ考えていくのがいいと思うぞ。私もずっと考えてきたことだしな」
「うん……」
「……」
とは言え、すぐに受け入れることも難しいのも焔は知っている。
だからこの麻帆良を色々見て回って、じっくりと悩んで答えを出せばよいと、焔は言いながら二人に微笑めば、暦は小さく返事をし、環も小さく頷いたのだった。
…… …… ……
別の場所でフェイトと栞の姉は、麻帆良の珈琲を飲み歩きをしていた。
「何件か珈琲がある店に入ったが、やはり君の珈琲に勝てる店はなかったね」
「いつもそうしてますけど、そんなに私の珈琲が良いんですか? 特別何かしてる訳でもないんですけど……?」
フェイトは色んな店で珈琲を飲みまくったが、どれもこれも栞の姉が淹れた珈琲には勝てない、と語る。
つまり、栞の姉の珈琲をべた褒めしているのである。好いた女の淹れた珈琲に勝るものなどないのは事実だ。
が、栞の姉とて特別な製法で珈琲を淹れている訳ではない。
なので、専門の店を超えるような味にはならないはずと思い、フェイトにそれを聞く。
「飲みなれている上に、毎日堪能しても飽きない。ある意味特別なことだよ」
「確かに、一日最低でも15杯はお飲みになりますけれども……、そんなに?」
「そんなに、だよ」
その問いにフェイトは当然と言う様子で答えた。
毎日飽きずに飲めるのだから、それこそが特別だと。
が、栞の姉は、なんとフェイトが毎日最低15杯もの珈琲を飲んでいることをつっこんだ。
逆にフェイトはそれぐらい気に入っているのだと、はっきり告げるのである。
「君にとっては特別な製法でなくとも、僕にとっては特別な一杯なんだ」
「そこまで褒められると、なんだかくすぐったいですね……」
「当然のことを言っているだけなんだけどね」
「そう言われると余計にくすぐったくなりますよ!」
「……? そうかい?」
さらにフェイトは栞の姉の珈琲をべた褒めしまくる。褒めて褒めて褒めまくる。
ただまあ、そこまで褒められると流石に照れ臭いと言う素振りで、栞の姉は少し頬を紅潮させていた。
だと言うのに、フェイトはさらに褒め続ける。
そんな風に言われ続けたら、栞の姉も気恥ずかしくてしょうがないと、はっきりとフェイトへ告げるが、フェイトは事実しか並べていないと言う様子で、わからない態度を見せるだけだ。
「こちらに来てしまっては君の珈琲が飲めないと思うと、少し寂しいね」
「いえ、一応道具と材料は持って来てますので、できなくはないですよ?」
「! 本当かい!?」
「そっ、そんなに驚かなくても……!」
「……すまない、つい……気持ちがはやってしまった」
また、フェイトは今一番気がかりなことを、ここで言い出した。
それは旅行先故に、栞の姉が淹れてくれる珈琲が飲めないと言う事だった。
残念そうに話すフェイトに栞の姉は、問題ないと説明する。
こんなこともあろうかと、と、器具や材料も一緒に持ってきていたのである。
フェイトはその言葉に興奮した様子で食い気味に声を出せば、流石の栞の姉も驚いた様子を見せる。
栞の姉を驚かせたことに気が付いたフェイトは、冷静さを取り戻してすぐさま申し訳なさそうに謝罪をする。
「君の珈琲が飲めない日を考えると、心苦しくなるよ」
「もう、大袈裟ですよ?」
「大袈裟なんかではないよ」
さらにフェイトはその珈琲がない日などあれば憂鬱だと言い出すが、栞の姉はそこまで言うほどじゃないと思って、微笑んでいた。
が、フェイトにとってはそれは深刻な問題だったようで、あってはならないと言うではないか。
「もう君の珈琲なしでは生きていけないぐらいだ」
「そうですか……? それは嬉しいんですけども……」
もはや栞の姉の珈琲はフェイトの一部であり、それが消えると言うことは死と同等と言い出した。
されど、その言葉に栞の姉は、ふと思うことがあったのか、少し表情を曇らせる。
「……わかっているよ。言わなくても」
「そう……ですか……」
それは、つまり寿命の問題だった。
フェイトは
片や栞の姉は魔法世界の人であっても、人としての寿命が存在する。
故に、栞の姉はフェイトへ珈琲を永遠に淹れ続けることはできないのである。
フェイトもそのことは理解しており重く受け止めているので、栞の姉の言いたいことがわかってしまった。
また、栞の姉も薄々そのことに気が付いていたようで、顔を俯いて悲しそうな表情を見せていた。
「だけど、君に出会ったことは僕にとって何よりの幸運だから、君がいられる時間を大切に生きるよ」
「……はい。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ……」
だからこそ、この一瞬一瞬を大事にしていきたい、とフェイトは語る。
栞の姉との出会い一緒にいられることこそが、今のフェイトにとって最大の幸福だから。
フェイトの真剣な表情と声に、栞の姉もこの人と長く一緒にいられたら、と思った。
しかし、それは叶わない。いや、皇帝ならできるかもしれない。それでも、栞の姉は人として、生涯を全うするつもりだった。
それが人として当たり前のことだから。妹よりも先に旅立つことが自然だから。
それに、妹を置いて行きたくはないし、妹に置いて行かれたくはないから。
フェイトも栞の姉に永遠の命を与えたいとは思わない。
それを彼女が望んでいないから。望んでいない者に、その先の時間は過ぎたるものだとわかっているから。
故に、彼女が生きるこの時を、この時代を、自分が忘れずに永遠に記憶しておこうと、深く心に刻みつけていく。
そして二人は身を寄せ合いながら、夕焼けに染まってきた麻帆良の街を再び歩き出すのだった。