あらゆるすべてを蹂躙した最強の師団の、一人の軍医のお話。
「塩宮くん。君には内偵をこなしてもらいたい」
『帝国』陸軍総本部。その一室ににて、陸軍幹部の初老の男は、桜髪の女性──塩宮に言い放った。
「『内偵』、ですか…穏やかじゃないですね。私はただの医者ですよ?」
「勿論理解している。だからこそ、君にこの任務を任せたいのだよ」
そう言うと男は、塩宮に書類の束を渡す。
「君には軍医としてその師団に潜入し、彼らの肉体のデータを採ってもらいたい。彼らの、常軌を逸した強さの原因を探るためにね」
「はぁ…そう言えば耳に憶えがありますね。とんでもないバケモノを、寄せて集めた最強の師団があるとか。……私に、彼らの一員になれと?」
「そのとおりだ。よろしく頼む」
あぁ、これ拒否権ねぇな。フレームレスの眼鏡の奥の瞳を僅かに薄めながら、塩宮はそんな事を思った。なるほど、どうやら私はデータ取りも兼ねた体の良い捨て駒にされるらしい。ただの軍医を戦地に投入、イカれてんのか陸軍上層。いや、イカれてるのは世の中か。そら一応剣に心得がないわけではないけれども。
「……わかりました。お引き受けいたします。ただ、任務成功の是非に関してはくれぐれもご容赦を。あくまで私は、諜報員ではなく医者ですので」
はぁ、とため息を一つ吐きながら、塩宮はそう言い、部屋を出る。ここで断れば軍部への反逆で自分の命の灯が潰えるのは決まってしまう。死ぬのが遅いか早いか、それなら遅い方がマシだ。
仕方がない、仕方がない。まぁ、残された余生をせいぜい楽しむことにしよう。せめてデータを一つでも多く取って、せいぜいお国の役にでも立つことにしよう。その方が来世が楽になるだろうから。
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……とか、思ってたんだけど、ねぇ…」
「?何か言った?しおみやさん」
ため息を吐きながら、塩宮は苦笑を浮かべる。同僚の金髪の少女──天宮菜奈に、なんでもないよ、と答えながら、カルテの作成に取り掛かる。
戦地ですぐに死ぬだろう、そうでなくとも、バケモノ達の様々なトラブルに巻き込まれすぐに戦地から外されるだろうと、そんな事を考えていた塩宮だったが、そんなことは決してなく、今も彼女は師団専属軍医兼臨時突撃歩兵として、『帝国』陸軍特別作戦実行部隊、通称『闇鍋師団』で今も働いていた。
想像を逸する事件は確かに多く、胃を痛めることは何度もあったが、しかしそれも思い出話として笑い飛ばせる範疇のもので、本部にいた頃の、欲に塗れた内輪揉めと出世争いの渦の中で味わった胃痛とは、大きく毛色を変えるものだ。
(ま、昔よりは、ずーっと気安くて気軽だよなぁ)
グチグチと恨み節を吐く上司もいなければ、治療に文句を言う荒くれ兵士もいない。まぁ、とんでもない怪我をしてくる人外共や軍医に任せるべきでない突拍子もない作戦をぶん投げてくる鬼畜軍師はちらほらいるが、少なくとも塩宮にとって、今の環境は紛れもなく幸せなものだった。
「塩宮さーん!腕取れちゃったー!くっつけてー!」
「塩さん、今度の作戦について相談があるんだけど」
「るれあー、この毒薬ってどの棚だっけー?」
噂をすればなんとやら、医務室受付から聞こえる、喧しい同僚たちの声。その声にはぁ、とため息を吐きながら、塩宮はやれやれ、と立ち上がった。
「はいはい、お医者さんが今行きますよー!」