「と、いうことで、そろそろ本題に入りますか」
「そうだねー、京ちゃんがなんだかプルプルし始めてるし」
円卓の、壁側の椅子に、私一人。通路に出る側には三人が並んで座っていて、完全に私を囲っている。
「それじゃぁ……第一回! 京ちゃんの新婚生活を詳らかにするよ大会~! ドンドンパフパフ」
「ばっ、馬鹿っ! 声大きいっ!」
鬼無水の声は、かなり静かな喫茶店の店内に存外に響いた気がした。でも、他のお客さんが振り返ることもなかったから、私が気にしすぎだっただけなのだろうか。いやでもやっぱり目立つものは目立つぞ。
「というか、なんでやるにしてもあかりでやらないんだ?」
「それはね、京楓。私のパパにも聞かせたくないからなのだよ」
「あかりじゃなければ予定外に早く一仕事終えたアキラと出くわすこともないし」
「これで誰にも邪魔されずに女子トーク♪」
「つまり私一人への集中砲火を狙ってたってことか~!」
駄目だ、完全に確信犯だ。こんなんで逃げられるわけがない。まぁ逃げたところでしょうがないというのもあるけど。
一応ここまでの経過。暁が先方の都合で急遽休日出勤になって、そしたら琥珀ちゃんが連絡を二人に入れて、河原町とかの方に買い物行くということで一緒に行こうと誘われたから行って。一通り買い物を終えて帰るかと思えば突然祇園の方まで拉致されて今に至る。
そして連れてこられたのは八坂門前の喫茶店だった。喫茶店と言っても、本業は宝石店のようで、入店直後は一体何処へ行くのかと思ったのだけど。二階が落ち着いた純喫茶の佇まいで、成程ここが目的地なのだと理解をした。
「それにしても、観光客が多そうな場所なのに、目立たないからか特別混んでるわけじゃないんだね」
「私とみさきとで見つけたの。あかりを伸ばすための他店調査で」
「まぁそれはそれとして。とりあえず選んでよ。レモンゼリーがお勧めなんだよ、ここ」
催促されてメニューを開けば、成程確かに抹茶系のデザートが多い中さっぱりしたものとしてレモンゼリーが目を引く。そして鬼無水のお勧めなら外しはしないだろう。
「じゃぁ、その鬼無水ご推奨のレモンゼリーで」
「飲み物は普通にブレンドコーヒーでいい?」
「問題ないよ」
「えっと、ブレンドコーヒー四つと、あとレモンゼリー、宇治抹茶プリン、抹茶パフェ、抹茶のブラウニーをそれぞれ一つずつお願いします」
「ええっ!? 勧めておいて食べないの!?」
「だって私たちみんな一回は食べてるから。各々が食べてなくて食べたいのを考えた時にこうなったってだけ。琥珀ちゃんも二回目だしね」
「うん、レモンゼリー、おいしかったけど今日はパフェ」
「私だけ仲間外れか……そうか……」
「その間京ちゃんは暁くんとのデートに現抜かしてたもんねー女三人寂しく女子会だもんねー」
「うっ……その言い方は卑怯だぞ……」
確かに二人して予定が空いた時は事ある毎に何かしらしていたというのはあるけれど。ただ、私からみんなを誘って今日は都合が合わないというのも多かったのも事実だ。だから、この面々全員が揃うことがなくとも、数人とでというのはちょくちょくある。
「だって今私とクレアさんと琥珀ちゃんの三人のグループBOINEがあるから」
「初耳だぞそれは! 除け者は寂しい!」
「流石に何も京ちゃんに確認せずにやってるわけじゃないよ。京ちゃんが暁くん共々予定があるとわかってるような時とか、お二人に聞かせられないような話をする時に使ってるだけ。それ言ったら京ちゃんも含めた女子会用のBOINEあるでしょ? あれに暁くんとかは入ってないでしょ」
「で、今回はその聞かせられない話として計画を練って犯行に及んだと……」
「やだなー、犯行だなんて人聞きの悪い」
「拉致された覚えしかないんだけど……」
そんなドッキリの種明かしをされたところで。確かにここのところ暁とばかりになってたのは申し訳ないのだけれど、こちらにも事情はある。いやまぁ勘案はしてもらってたはずだけど。
「ちなみに暁くんには連絡済でーす」
「いや準備いいな!?」
「うぇーい暁見てるーぅ? キミの愛する奥さんは今―? 私たちのとこにいまーす」
「クレアさん、元ネタがわかるような気はするけどそういう靡き方はしないかな……」
「ということでアイスブレイクはこんなところでと。じゃぁ、今度こそ始めよっか」
「だ、駄目だ駄目だ! 暁の許可も取らずにほいほい話せるかっ!」
「別にそんな根掘り葉掘り聞こうとしてるわけじゃないよー。触りとかその程度のことでいいから」
「それでもっ――」
「正直言うとさ、一番聞きたがってるのは琥珀ちゃんなんだよね?」
「え、琥珀ちゃん?」
「だって、二人とも、籍入れて家出てっちゃったでしょ? だから最近近況全然聞けてなくて、正直寂しかったんだ。それに、京楓の手前、暁と二人きりで会うのは京楓に悪いし」
「い、いや、それくらいは言ってくれれば……みんななら、そりゃ暁とは何かすることもあるだろうし……」
「そういった際に嫉妬深かったのは誰だったっけ?」
「うっ……」
あぁ、もう駄目だ。完全にペースに載せられてるし、逃げ場もない。他のみんなに助けを求めるのは筋違いだし、頼みの暁は仕事中で邪魔できない。
そりゃ、私だって話したいし惚けたい。でも勝手に話すのも申し訳ない。とはいえ、みんなならいいのかな? この面々なら、付き合いも関係も深くて長いから、いいのかな?
ええい、もう。ここまで攻めに攻められたらもうやけくそだ。後で暁には謝っておこう。
「えーい! いくらでも話す! 何から話せばいい!?」
「よっ、待ってました!」
「それじゃぁ、キョウカの料理の話が聞きたい」
それならここ最近の話がある。本当につい数日前の話だ。
「えっと、これはつい先日のことなんだけど――」
「あっちゃぁ……やっちゃったなぁ……」
グリルの火加減を間違えた。焼いてた鮭が割と焦げて、というより真っ黒焦げだ。
最近では暁が遅くに帰ることも多くなったから、料理自体は私がすることの方が多くなっている。暁にはまだ負けるけど、改めて暁に仕込んでもらった料理の腕は、いつかの塩加減を間違えまくったようなものではなくなった。
とはいえ、誰でもミスをする時はする。暁だってご多分に漏れずだけど、やはり私の方が回数も割合も多くて――。
「ただいまー」
あぁっ、暁が帰ってきてしまった……。
「おー、鮭のいい匂……割とあれか?」
「駄目っ、これはっ」
「いやいや旨そうじゃねーか。だいぶ脂が乗ってるだろこれ」
「でも割と焦がしちゃって――」
「もーらいっ」
「あっ、つまみ食いは駄目っ!」
「京楓も中学の時とかよくやってたじゃねーか、俺が唐揚げ作った時とか」
「それは昔の話でしょっ、それにそれは絶対苦いって!」
「んー? そんなことないけどな? これ、表面的には黒っぽくも見えるけど、逆にこれ中身は適度に蒸されてるというか、旨味が凝縮されてるぞ。それに焦げっぽく見えるのは殆ど皮の関係だろ、これ」
もっきゅもっきゅと口が動いて、鮭が暁の喉を通るところまでをつぶさに見てしまった。思わず私も生唾を飲み込んでしまう。
「うん、旨いな。鮭は誰が焼いても旨い」
「……それ、絶対褒めてない」
「いやいやそんなことないって。ほれ、京楓も一口」
そのまま、私が止めさせようとする前に、暁からのあーんで鮭が口の中に放り込まれる。ジュワっと、鮭の脂が舌の上で踊り出した。
「……悔しいけどおいしい」
「いやいや、京楓が焼いたんじゃん、何を悔しがるってんだ」
「暁がやった方が絶対おいしかった」
「もう、そんな拗ねるなって」
「拗ねてないもん」
その時、徐に後ろからふんわりと抱きしめられた。それは優しく、だけど簡単には引き剥がせないぐらいの強さで、あぁ、それだけで私は大切にされているのだなと分かる。
「大学入ってからさ。京楓がまた、今度こそ料理を練習したいって言ってくれて、嬉しかったんだ、本当に」
「そんなの……今度こそ暁ばかりに負担なんてかけられないって、やっと気付いたから、当たり前だよ……」
「それでもだよ。だって俺は、その時までずっと京楓と一緒に肩を並べて料理がしたかったんだから」
「それ、前にも聞いた」
「何回でも話すさ。感謝なんていくらしてもし足りない」
実際、この話は何度目だろう。少なくとも、両手の指では収まらない回数だ。それくらい、このことが暁の口からは漏れている。
最初は素直に返してたけど。でもいつも暁が話すから、最近ははいはいと終わらせてしまっていることが多かった。
でも、今日ぐらいは、また素直に私の気持ちを伝えよう。いつも、この気持ちからは変わってないから。
「うん……私も一緒に立てるようになって、嬉しかったよ」
「――とまぁ、ちょっとしたこと」
「いいよいいよ、そういう話を聞きたかったの!」
ちょっとしたことのつもりだったのだけれど、存外に好評だったらしい。三人共黄色い声を上げて、何やら手を叩くなどしている。
「やっぱり新鮮な恋バナでしか得られない栄養素があるっ!」
「恋バナって……」
「でも強ち間違いでもないんじゃない?」
「それは、まぁ、そうかもだけど……」
まぁ、改めて惚れているというか、惚れ直すことも多いっていうのは嘘ではない。
というか、そう考えると、よくあの双六までそれにすら気付かなかったな私。暁共々気付かないふりをしていただけなのか。双六から還ってきて、そして大学入学が決まってからはもう箍が外れてしまった。そして今となっては止める人は誰もいない。
いや、でも、誰もというのは語弊があるか。そりゃその双六以前の状況を知らないのだから、もしかしたらそれが普通と思っているのかもしれないけれど。
「さて、丁度話してくれてる間に一式来たから、食べよっか」
いつの間にか、ご丁寧に配膳されていて、各々のデザートが所狭しと並んでいた。みんな抹茶系のデザートの中、レモンゼリーだけが透明感のある黄色を以てして少し薄暗い喫茶店の店内に浮かび上がっている。
さて、ご推奨のレモンゼリーは、あ、単体だとそこまで甘くなくて、寧ろ――。
「ん~、酸っぱい! でもおいしい!」
「でしょー。ここの名物なんだよー。これでコーヒーとも合うんだよねー」
確かにくいっとコーヒーを口に含んでみると、成程確かに酸味と苦みが喧嘩をしていない。甘味はゼリーの上のクリームを一舐めすれば丁度いいぐらいだ。
「ふー、コーヒーで一息ついたところでっと……さて!」
あ、今のクレアさんの一言で三人の目の色が変わった。
「で、他には他には?」
「早いって! そんなにその手の話が聞きたいの!?」
「そりゃーそうでしょー。今日は京ちゃんのそういう話を聞きに来たんだから」
「まぁそうかもだけど……そうだなぁ……」
何か話せる内容というと、あ、そうだ。
「暁―、レースしよ、レース」
「いいぞ。スタイルは?」
「勿論真剣勝負!」
それは実家から持ってきたテレビゲームだった。甲羅とかバナナとかをコース上に置いたり投げたりして妨害も出来るレースゲーム。他のゲームをそこまでやらずとも、このシリーズだけは最新作が出る度律儀に買っている。
で、これを真剣勝負でやる時は、ここのとこはずっと敗者は勝者の言うことを一つ聞かなきゃいけないというのがあって、今回もご多分に漏れずそれ。
「今回は何本勝負?」
「ん-、五回!」
「おっとだいぶ本気だな。よし受けて立とう」
所謂罰ゲームの内容は絶対で、倫理的にもまずいことでなければ受け入れるしかない。まぁ夫婦にもなればお互いが駄目なんていうようなものをお願いされることもないんだけど。
ただ、一つ例外はあって、そして今日の私はその例外の日で。
「あっ、だけど、ごめん、今日は、その……」
「あーうん、わかった、勝ってもえっちなお願いはなしってことな」
「うん、ごめんね?」
「意思でどうにかなるもんじゃないから仕方ないだろ。それに俺だっていつもそればっかなつもりはないぞ」
「最近暁が五連勝してて全部そういうお願いだった気がするんだけど?」
「ま、まぁそればっかではないってことで」
「あ、逃げた」
まぁいいや、私が勝ったらそこの追及もしてやろう。これくらいで罰ゲームが追加されることもない。
で、始まってしまえば、とにかく二人して画面に集中するのみ。逐一変わる状況に、それ以外の事なんて気にしていられない。
「うっわ、羽根つき甲羅は反則でしょ!」
「スターで回避しててよく言うな!」
「それが戦略だもんねーって、そこで赤甲羅ぁ!?」
「よっしゃあジャンプ台からの突き落としっ!」
――なんか、今日もあまり勝ててない。私が一勝する毎に暁は二勝するような感じで、気付けば私の二勝四敗と、もう後がない状況になっていた。
なんとかしてここから三連勝しないといけない。でもこの状況では盤外戦を仕掛けてやっとというとこもある。
ええい、かくなる上は。
「暁、ちょっと前空けて」
「前? を空ける? ……って、うわっ」
「へへっ、色仕掛けっ」
「いやそれは卑怯だぞ! それにえっちはなしって言ったのはお前だろ!」
「ふーん、暁の膝の上に座ることだけでえっちなんだー? ふーん?」
「――いいぜ、ボロボロにしてやろうじゃねぇか。前に座ってるからと言って頭で視界塞ぐのは無しだからな」
「そ、そこまでの妨害はしないから」
なんか暁の呼び起こしてはいけないところを起こしてしまったらしい。なんか、この時点で私に気を逸らさしてミスを誘う作戦が裏目に出てる気しかしないけど、やってしまったものはずっとやるしかないし、そもそも私が暁の腕に軽く抱きしめられてるかのようで、私の方が落ち着かなくて――。
で、結局。
「ま、負けた……これで真剣勝負通算六連敗……」
「いやいくら何でも周回遅れは想定外なんだが」
「策士、策に溺れる……っ!」
「さーて大口叩いてこの体たらくかー、さー何にしようかなぁ……?」
「ひっ、ひぃ……!」
私の脇腹近くで暁が手をわしゃわしゃさせているのが見える。くすぐりは本当に駄目で、滅多なことじゃ暁もやらないけど、これはやる気なようにも見える――。
「えっとさ、そのまま180°方向転換出来るか?」
「え? う、うん」
言われた通りに暁の膝の上で半回転して、暁と向き合う。端的に言えば対面座位で、まぁこの格好というのはアレな意味でよくしているけど、でも今はえっちなのは禁止してるわけで――。
「えっ、わわっ!?」
「あー、落ち着く……」
ただ私の事をぎゅっとして、だけどそれ以上の事を起こさない。暁のうなじから暁の匂いがして、心臓がトクンと揺れ動く。
「えっと、暁……?」
「ん-? あー、これが今日の罰ゲームだな」
「え、これだけ?」
「なんだよー、いいじゃねーか、なんかぎゅーってしたかったんだよ今日ずっと。だから飽きるまでこうさせてもらうからな」
「飽きないでしょ、経験則的に」
「そうだなー。まぁ満足するまではこのままでいさせてくれ」
「うっ、でも……」
「でも?」
「これじゃぁ罰ゲームにならない……」
「じゃぁいいじゃん。俺がしたかっただけ。たまたま京楓に取っては罰ゲームになってないだけ」
「そうかもだけど……」
けど、すごい落ち着くのも確かだ。ここが私の居場所なんだって、嫌でも思い知らされちゃうよ。
でも、別の意味でやられっぱなしな感もあって、そっちの方が嫌だな。負けたのは私なんだし、暁に対して何か――。
「……後で罰ゲームは別にちゃんとするから」
「律儀だなぁ……」
「その時のぎゅっとしてくれてたのが、すごく温かかったって話」
「いいねぇ、苦みがあるブラウニーとコーヒーがいい感じに進む話ー」
それ程だろうか。私としては時折ある日常を語って聞かせただけだ。
「琥珀ちゃん、どう? 京楓の話には満足いってる?」
「うーん、近況を聞けるのはいいんだけど、あんまり家出る前と変わり映えしないかなとも思う」
「そんなほいほい変わらないよ! でも家を出る前と変わったことかぁ……何かあるかな……」
「寧ろ日常の二人が聞きたいだけ。そこまで甘くなくていいから」
それこそ家出る前とも変わらないとも思うけども。何か変化あったかな……。
キスがあって、それはそれとして夫婦っぽいようなことを出来てるのは……あれかな。
「これはだいぶ前の、かなり寒かった日のデートの時のことなんだけど……」
「イチャイチャしたい!」
「いや突然宣言されても」
「運動もしたい! というかしなきゃと言われてる!」
「まぁこの状況だとな、京楓も意識的に身体動かした方がいいよな」
「で、これを両立するにはテニスでは駄目です! なので歩き回る感じのデートを所望します!」
「まぁ今テニスは過度な運動すぎて逆にまずいわな。わかった、乗ろう」
と、いうことで、嵐山に来ていた。竹林の道だけではなく、嵐山公園より上、小倉山の方まで来れば、殆ど人は来ない。
この日は、冬本番の冷え込みの日だったから、ただでさえ竹林の道の時点で観光客も少なかったのだけれど、そこから山登りをするだなんて、よくよく考えればだいぶ酔狂だ。
でも、身体を動かせる内に動かしておかないと、何かあってからでは遅い。後々なまりになまってまともに動かせなくなるなんてことがあっては駄目だ。
だから、暁を引っ張ってきて冬の登山、と相成ったのだけれど――。
「今日こんなに寒いと思わなかった! イチャイチャしたいというより暁でぬくぬくしたい!」
「あ、本音が漏れた」
「でも前日比五度も下がるのは流石に一気すぎるでしょ!? ここまでのは想定してないって!」
でもそれは、あくまで市内の気温だから、多分嵐山の更に上がったところはそれよりも気温が下がっているはずだ。空は曇っているし、日差しも期待出来そうにない。
ただ、斜面は山登りをするそれなのだけれど、実際に上る分にはそこまでずっと歩き続ける必要がないのは、だいぶ楽だ。私と暁の体力なら、ハイキングということで押し通すことが出来る。
と、そんなこんなで整備されているかどうかも微妙な登山道を上り、小倉山の山頂に辿り着けば。
「あっ、ほらここ景色いいよ! 立ち木の葉っぱがなくて丁度見下ろせる!」
「枝は多いけど悪くないな。ちょっと記念撮影でもするか」
パシャリとスマホで一枚。今日も暁との思い出がまた一つ記録という形で増やせた。
「じゃぁ下界に戻ろ!」
「いやくっそ早いな!?」
「今日は運動が主目的だから動ける時に動く!」
「そりゃ京楓のこと考えてだけど! でも適度な休憩も必要だから!」
そんなわちゃわちゃしたやり取りをしながら、なんだかんだ人里には早い段階で戻ってきて。で、駅近くのお店でテイクアウトをして、嵐山駅構内にある足湯に二人して浸かっている。
「ふっふー、湯葉と抹茶のミックスソフトー」
「さっきから思ってたんだけど寒い寒い言っててなんでソフトクリーム頼むの!?」
「いーじゃん、甘いものは別腹だしー、それに……」
ぴたりと、暁に再度くっつく。腕も絡めて隙間もなくせば、そこから温もりが広がる。
「こうやってくっついていれば、これくらいが丁度よくなるしね? あ、その豆乳スープ頂戴」
「ほら温かいもの欲しがる!」
「冷たいのと温かいの交互に食べる楽しみがわかってない!」
「いやわかるけどさ! けど今日のソフトクリームは流石に冷たすぎやしないか!?」
「食べてみればわかるでしょ! 寧ろ足湯中ならこっちの方が向いてる! ほらまず一口!」
「……わからされました」
ソフトクリームを持つ私の腕と豆乳スープを持つ暁の腕を絡めさせた上で密着させて座っている。いつもは賑やかな場所だけど、冷え込みが厳しいせいか、ここですら人はまばらだ。だから外でも人目を気にせず暁にくっついていちゃつくことが出来る。
そういえば、そういえば嵐山着いてから暁の腕から全く離れてない気がするな。でも、ずっとくっついていれば温かいし、何より暁は私のだって言外にずっと主張出来ている気がする。
「――ごめんねー……」
「ん、急にどうした?」
「いやさ、なんか今日暁を振り回しっぱなしな気がしてさ」
「いいよ、京楓に振り回されるのは全然迷惑じゃないし、流石にってなったらちゃんと言うさ。寧ろ俺も楽しいし一石二鳥」
「それならいいんだけど……」
「京楓は気にしすぎなんだって。俺は全く気にしないし、寧ろ俺が迷惑かけまくっちゃったから。それくらい笑って許させろって。京楓が迷惑をかけてくるぐらいでトントン」
結局、そこからは暫く無言だった。ただ足がぼんやりと温まり、上半身は冷たい風が吹き抜ける。その落差が激しくて、お湯につかる足と私と暁とでくっついてるところの温かさが存外にその熱を主張する。
お湯の中では、私と暁の片足同士で、踏んだり踏まれたり、それでいて足の指同士を絡め合うような動きをどこからともなくしていた。既にスープもソフトクリームも食べ終わって、ごみは片脇に置いているから、手も指を絡めていて、だから今暁と離れているというようなところがない。
まぁ、この状況を一言で表すとするなら。
「幸せだな……」
「……俺もかな」
「物理的にくっついていれば、実際に温かくなるよねーって」
「ちょっとパフェが甘すぎるぐらいかも……コーヒーコーヒー……」
そんなベタ甘の話だっただろうか。夫婦の日常としてはこんなもんだと思うのだけれど。あ、でも。
「しまった、これ籍入れる直前の話だった」
「でも京楓、暁とだったら別に籍入れてようが入れてなかろうが関係なくない?」
「でも、夫婦の話を聞きたいっていう話だったでしょ、今日は。だったら夫婦になる前の話はお門違いになっちゃう」
「いやそういう意味じゃないんだけど……」
なんでかため息をつかれた。いや、本当に何で?
「キスの話とかはないの?」
「き、キスぅ!?」
「お、琥珀ちゃん攻めるねぇー」
「みんなは私に何を味合わせたいんだっ!」
「うーん、私やみんなが経験した甘酸っぱい思い出、的な?」
「紛い也にも暁がみんな好きだったからねぇ、ここにいる全員」
「みんなアキラとはキスしてるし」
「今は私のだー!」
双六の中でのことは不可抗力だけど! そういう言われ方されるとすっごく悔しい! なんで私だけあの双六でそういうことになれなかったのかって! いや不可抗力だったけど!
「で、他には?」
「琥珀ちゃん……そんな純粋な目で見つめないで……」
純粋というかあれだ、なんか単純に催促されてる。パフェが甘ったるく感じるとも言ってたし、お気に召さなかっただろうか。
「日常と言えば……ある意味日常みたいなもの、ではあるけど……」
「じゃん!」
「お、英彩学院の制服か。突然どうした?」
「いやー、最近『着て』なかったからたまにはと思って」
「確かにそれもそうか。じゃぁ俺も同じように着替えてくる」
なんというか、話が早い。基本的に話し合った上で同じことをしたいと思うから、都度着るものは同じようなものだ。今回は制服。
「お待たせっと。問題なく着れたわ」
「そろそろ生地が痛み始めそうだけど、いつまで着れるかなー」
「まぁ卒業してからの方が長いもんなぁ。あの頃みたく毎日とは言わずとも、寧ろ事ある毎に着るぐらいの方がいいのか、それとも回数減らして延命させた方がいいのか……」
ベッドに二人して腰掛けると、スプリングが音を立てて沈み込む。この制服を着ていた頃は二段ベッドの上下だったから、一つのダブルベッドで制服で座るということなんてなかった。今となっては寧ろラブホのそれっぽい雰囲気さえある。
「というか暁、こうして見ると割と雰囲気変わらない……?」
「失礼な。確かに身長とか全然変わってないけどさ。腹は大誠みたく出てないぞ」
「嘘々。今でも似合うよ。というか改めて見ると全然変わらないね。体型も全然変わってないもんね、本当にあの頃の暁と差し替えても違和感ないと思う」
「そういう京楓もJKで押し通すんじゃなくて普通に混ざれるぞ。違いは……胸があの頃より一回り大きくなったことくらいか」
「えっち」
確かにそうなんだけど。お陰で胸の盛り上がりに引っ張られてお腹が少し出そうだ。
胸が大きくなったのはまぁ色々理由はあるけど。やっぱり暁が事ある毎に優しく触ってくれるのと、それと。
「そういやさ、以前制服USJやったじゃん。あれってまた似たことやるか? みんなで」
「いいね。やれるならやりたいね。それこそみんなとの都合が合えばだけど……」
「最悪二人きりでも、さ。DKJK同士の制服デート、京楓だってやりたがってただろ。勿論みんなで行くのも楽しいけどさ」
そこまで話してから、ふうっと暁がため息をついた。
「正直、今から考えると、なんでもっと早くから付き合ってなかったんだろうって考えることもあってさ。そりゃみんなと一緒にいるのがよかった頃合いだし、みさきの体調が不安定だったってのはあるけどさ。でも付き合ったからと言って崩れるような関係性でもなかったんだし。そう考えると、ただ単に気持ちに気付いてて、でも関係性が壊れるのを恐れてただけだったんじゃないかなって、今にして思うと、ね」
「でも、なるようにしかならなかったし、私はこれでよかったと思うけどね」
「まぁな。でも、学院生の内にもっと色々やりたかったって思いもあるからなぁ。だからやれなかったことでも、後追いで出来ることは可能な限りこなしてきたいとは思うんだ」
それは、ともすれば意味がないことなのかもしれない。その時でないと経験できないことはあって、その時期を過ぎてしまえば、ずっと出来ないことは確かにある。
でも、後追いでもそれが出来るのなら、それはいいことなのかな。私だって、暁ともっと早くと思っていたことがあるのだから、それが追体験出来るだけでもいいのかな。
「ところで……京楓からってことは……『そういうこと』でいいんだよな……?」
「うん……私はそのつもりだったよ……ほら」
暁の腕をつかんで、私の胸を揉ませる。そしてそのまま、スカートの中に手を滑り込まさせた。
「あ、下着付けてねぇな?」
「外す楽しみなくなっちゃった?」
「いーや大丈夫だ。それに、俺だって、ほら」
そのまま、私からも暁にもたれかかる。手を出して、さわさわと暁を撫でるようにして、気分を高めていく。
「あ、暁も履いてない」
「やっぱ考えることは同じだな、俺たち」
その言に無言で頷いて、そのまま熱っぽい暁の唇に飛び込んだ。それに呼応するかのように暁も私の後頭部に腕を回して離さない。
それが数分にも続けば、遅効性の毒を流し込まれたみたいに頭はぼーっとしてきて、そして暁のこと以外何も考えられなくなる。息が苦しくなってきたところで、唇を離すと、お互いの口から零れた唾液が一線、糸を引いて滴り落ちた。
あぁ、早く暁が欲しい。トロンとした目をした暁に、うなされるかのように抱いてもらって、そして暁が快楽に悶える表情を見たい。そしたら私もきっと同じような表情をしているんだ。
暁も同じことを考えていたらいいな。そしたら、お互いに最高に気持ちよくなれるから。
「じゃぁ……いっぱいもらうな……」
「うん……いっぱいちょうだい……」
――夜は始まったばかり。
「宣言通りにさ、その時の暁はねー……?」
「ね、ねぇ……京楓……」
「ん、どうした?」
「ごめん、流石にお腹いっぱい……コーヒーが足りない……」
「京ちゃん……これが『日常』なんだね……」
「レモンゼリーのクリーム抜きもらおうかな……でも今からかぁ……」
いや、でも本当はこっからなのだ。どうやって暁に愛してもらっているか、この時はどうだったか、いつもとの違いは――あ。
「私ったら……何を……!?」
「キョウカが正気に戻った」
夜の事情は赤裸々に話すものではないだろう、普通っ! 暁としてほしいことを話しあってるわけでもないのに! さっきのゲームの罰ゲームだって改めてしたことが暁のものを舐めることとかいうのも絶対言えない!
「ねぇ琥珀ちゃん、二人って前からこうだった……?」
「うーん、そうだね、付き合い始めてからはずっとこう」
「うぐっ」
「というより、双六を上がってからはこの二人ってずっとこうだから、逆にこれ以外の状況を知らないかも、ボク」
「京ちゃーん……それは流石にバカップルすぎない……?」
「そ、そんなことはないぞ!?」
「そうなのかなー……まぁなんだったら縁ちゃんにも聞いてみようかな……」
「いやいやみさき、あの二人は違うベクトルですっ飛んでるから。絶対あてにならないから」
「そう? まぁいいや。とはいえ……あれ? 電話?」
マナーモードにしていたスマホが光りながら震えている。テーブルの上に置かれていたからか、バタバタ言いながら全身でバタついているかのようにも見えた。
その情景に、どうにも既視感を覚える。最近何かあったっけ……いや、そもそも毎日のように見ていた。そりゃ既視感もあって当然だ。
「あ、もしもしー。あ、うん、いるよ? このまま代わった方がいい? かけ直すから伝えて? うん、わかった」
そして、当の電話をしていた当人は、すぐにそれを切って、そのまま私に向かい合った。
「京ちゃん、暁くんから電話かかるから取って」
「暁から? でもなんで私にかけないんだ?」
「暁くんは着信入れたって言ってたよ?」
「えっ!? うわっ、ほんとだ、全然気付いてなかった」
慌ててこちらからかけ直そうとしたけど、それよりも早く暁から私のスマホに着信が入ってしまった。電光石火的な速さに思わずスマホをお手玉してしまいそうになる。
「も、もしもし」
「京楓? 悪い、そっちにかけても出なかったから、一旦みさきにかけさせてもらった。なんかみさきから『京ちゃん借りるね』とだけあったし、今も一緒だろうと思ったんだけど」
「いやごめん、気付かなかった私が悪い。それで、どうしたの? クレアさんも琥珀ちゃんもまだ一緒だけど」
「了解了解。で、やっぱり無理があったみたいでさ、だからある程度片もついたしで早上がりさせてもらえることになった。どこで合流すればいい?」
「わかった。どうする、みんなと一堂に会す?」
「じゃぁ折角だからそうしようか。でも今どこ?」
「八坂神社前の喫茶店だけど……ちょっと迷惑になっちゃいそうかな。あかりならいいと思うよ。ちょっと聞いてみるね」
スマホの通話口を少し下にずらして、三人の方に目線を向ける。電話の内容が気になっていたのか、三つの双眸が全て既に私に向けられていて、瞬間ドキッとした。
「暁がやっぱり仕事出来る状況じゃなかったんだって。だからもう帰るんだってさ。あかりに移動しても大丈夫?」
「東山にはお買い物に来たわけで、それは終わってるからいいけど、二人は?」
「別にここである必要はないかなー」
「ボクも構わないよ」
「じゃぁあかりお借りしますか。――暁ー、大丈夫だって」
「了解。じゃぁ後でな」
通話を切ると、その間におあいその準備をしてもらっていたらしく、既に伝票がテーブルの上に置かれていた。通話を脇で聞いていてなのだろうけど、全く、動きが早い。
「というより、この状況で暁くんもってことは!」
「うん、――も一緒」
「やったぁ! ――ちゃん、今どんな感じ?」
「折角だから会ってから話すよ。その方がいいでしょ」
「パパも――ちゃんなら歓迎って言ってるし、うるさくしちゃってもいいから」
「本当に助かるぅ……」
本当に、みんな優しい。わかってはいたつもりだけど、子供が出来てから、更にみんなの優しさが身に染みるようになってきた。
それにしても、やはり、生後一年にも満たない子供を連れて、託児所があるわけでもない働き口に行くのは無理があったようで。いつもはそういう時は琥珀ちゃんにお願いをしていたのだけれど、この予定があったから琥珀ちゃんにもお願い出来なくて。
元々今日はこの四人で集まる予定があったから、暁に子供をお願いしたのが先だったのだけど。暁が急に仕事を割り振られて、だけど私の集まりを優先してくれちゃったからこういうことになったのであって。
だから、今日は本当に暁には感謝をしなければいけなかった。せめて、伝えるにしても、暁がいい旦那だとわかるようなエピソードを、というつもりだったのだけれど。
――なんだか恩を仇で返してない? 私。うん、今日の夜は暁の言いなりになろう、そうしよう。
「キョウカ、疲れてる?」
「あぁいや、別になんてことないから大丈夫」
「まぁ私たちが引っ張ってきちゃったようなものだし……とりあえずここは三人で割り勘にするから」
「べ、別にそこまでしなくても……」
「はい黙って受け入れる! 琥珀ちゃん、京楓に伝票渡さないようにして!」
「ん、わかった」
「いやそれくらいは普通に払うのに」
「京ちゃんはもうちょっと私たちを頼っていいというか、甘えてくれていいんだって」
「そんなこと出来るかっ! そもそも以前から暁にだけ払わせられないって私と一緒に言ってたじゃないか!」
「じゃあ、最後の方セクハラになってたからあかりでは全員分払ってもらおうかな」
「ええっ!? 突然横から梯子外さないで!?」
「嘘々。まぁ普通にお代を頂くくらいかな。とにかく、私たちが呼び寄せた形だから、今だけは乗って」
「うっ……仕方ないな……」
「京ちゃん、河原町の駅まで歩ける? 歩くの辛いならバスにするけど」
「いや寧ろ少し運動するぐらいで丁度いいんだ。観光客多いから疎水沿いとか回った方が楽だろうけど」
「そうだね、じゃぁみんなでちょっとお散歩だ」
そして四条通りに出れば、案の定観光客を中心に多くの人が行き交っていた。これは早めに抜けないと、必要以上に体力が取られてしまうな。
みんなとの繋がりが出来る前も出来た後も、この辺りの雰囲気は殆ど変わらない。だけど、確かに年月は進んでいて、気付けば私は一児の親だ。
それでも、みんなとの縁は変わらず、いやいい方向に変化しながら今がある。暁と結ばれてからも、祝福してくれて、そして縁が途切れることなくここまで来れたことに、本当に感謝をしなければいけないのだろう。
その時、私宛に電話がかかってきた。発信元は暁だ。
「悪い、確認してなかったんだけど、何かこっちで用意するものとかってあるか?」
「うん、別に直帰してもらって大丈夫だよ。そもそも今日の私は買い物に行ってたんだし、何かあったらその時点で買ってるって」
「それもそうか。じゃぁ気にしないでおく」
「それでいいよー。後、それとなんだけどさ……」
まぁ、縁の形は不定形で。そして今の縁の形は得てして私と暁に優しくない。だから、自分で蒔いた種ではあるかもしれないけど、その尻拭いが私だけでは出来ない状況に今はなってしまっている。
故に、今暁に追加で一言付け加えるとするならば。
「暁、ちょっとこの後覚悟しといて……私も覚悟しとくから」