それからの出来事に、多くを語る意味はない。
本来、何度も同じものを見せられていては感覚が狂うだろう。
……そんな余計なお世話があったのかは定かではないが、それは本当に些細な違いをばら蒔くことで、既視感などを起こさせないようにされていた。
──ゆえに、それを彼は気付かず。
──ゆえに、彼はそれを気付けず。
されど、些細な違和感──既視感と未視感に苛まれながら、それでも彼は
「……ん、ここは?」
彼が目を覚ましたのは、真っ暗な世界の中。
先ほどまであったはずの温もりはなく、また先ほどまで感じていたはずの冷たさもなく。
温度も明かりも、共になにもない世界に放り出された彼は、しかしてこれを夢であると確信していた。
いや、それは眠った時に見るものでも、はたまた人が生きるために抱くものでもない。
敢えてそう、言葉にするのであれば──、
「……白昼夢、か?」
──そう、これは白昼夢。本来彼が見えるはずがなく、触れるはずもなく、世界の狭間に消えていくそれ。
ゆえにこれは、確かに白昼夢としか言い様のないものだった。
まぁ、彼がそこまではっきりと認識できているかは、また別問題なのであるが。
とはいえ、これが白昼夢であるとわかったとして、彼にできることがあるかと言えばノーである。
なにせ、これは彼が見ているものでも、触れているものでもない。たまたまチャンネルが合ってしまったというだけの、まさに泡沫の如き世界。
一度視線を逸らせば二度とピントの合うことのない、まさに一期一会の場所。
ゆえに彼は──
「……なーんもねーでやんの」
ぽつり、と呟いた言葉は闇に消えていく。
なにかに反響するということも、はたまたなにかが視界に写ることもなく。
そこに広がるは、無明の荒野。……いやまぁ、荒野と言い張るには小石すらない、文字通りの真っ平らな世界のようでもあったのだが。
そんな暗闇の中を、彼はあてもなく進んでいく。何故進むのか、などという疑問を抱くことすらせず。ただ、なにかに突き動かされるように。
──そうして、彼はそこへとたどり着いた。
「……ん、良くないものを見てる」
そこに居たのは、複数のモニターのようなものに囲まれ、それを無機質な瞳で見つめている
彼女は突然の闖入者にちらり、と視線を向けると、すぐに興味を失ったように視線を前に戻した。
その様子があまりにもいつも通り過ぎて、彼は小さく苦笑を浮かべながら、彼女の隣に腰を下ろしたのだった。
「……いつも、こんな風に?」
「さぁ?」
「さぁ、って……いや、自分のことだろう?」
「前も言ったけど。本来この行為は時間軸の制約を受けない。……こうして会話できるってこと自体、おかしな話と言えばおかしな話」
話題となるのは、この空間がなんなのか、ということ。
……彼女のそれは、追記だなんだのと
出来上がった動画こそ現実である以上、そこから見えない追記の部分は、どう大きく見繕っても折り畳まれた一秒と一秒の間にしかない。
ゆえに、本来この時間を認知する、ということはできないはず。仮にできたとしても、それはかの青い国民的なロボットの道具で、たまに語られるような話──遠方移動の為の道具が、
つまり、彼もまた彼女の認知から外れた途端、その五体を大気に霧散させるが定め、ということとなる。
にも関わらず。彼がここにいるのは──。
「ちょっとこの短期間であれこれありすぎた。……なんというか、お兄さんの不幸体質を甘く見てた」
「参考までに聞くんだけど、これで何回目?」
「──三万飛んで二百八十一。その時に変にコリジョンした、とかだと思う」
「ふぅん」
──その暗闇の中でずっと藻掻いている彼女を、うっすらとでも知っていたからか。
本来なら反映されるはずのない記憶が、本体に微細ながら蓄積され、それが抑えきれなくなって彼女の側まで流れてきたか。
どちらにせよ、彼にとっては特段気にする話でもない。
こうして暗闇の中で彼女を見付けたのなら、例えそれが消え行く
「──まぁ、いつもありがとうな、マジで」
「……こっちこそ、なんて言ったら貴方は首を傾げるんだろうね」
「ん?」
「んーん、こっちの話。でも、消え行く貴方にだけ見せる特別」
「そっか。……あー、こういうのは今回だけにして欲しいなー」
──彼がするべきことは、彼女への感謝だけなのだろうから。
そんなことを思いながら、記憶の狭間に取り残されることが確定している彼は。
……できれば、彼女に負担を掛けすぎるなよ、俺。
などと、少し殊勝なことを考えて見せるのだった。
「──そんな夢を見たんだけど、どう思う?」
「中二病乙、って言っておいてあげる」
そんな、とある秋の日の夜。
空を翔る流星群を見ながら、彼らは笑いあったのだった。