「蟹が食べたい」<ジュルリ
「これまた唐突になにを言い出すのかこの子は」
そういうのは先に言っておきなさいよ、とか思いながらいそいそと外出の準備をする俺である。……え?なんでコート着てるのかって?そりゃもう、今から蟹を買いに行く準備をだね?
「店に行って買うのも良いけど、自分で捕獲して調理する……ってのもいいと思わない?」
「蟹工船とかには乗らんぞ、言っとくけど」
「……ちぇー」
「いや、乗せるつもりだったんかいっ」
なお、蟹食いたいと言い出した当人であるTASさんは、手ずから蟹を捕まえるつもりだった模様である。……いや、このクソ寒い中、どこまで行く気なのかねこの子は。
まぁともかく、計画段階で頓挫した感のある蟹食べ放題ツアー(※捕獲は自分で)は、既に店に並んでいるものを代用にする方向で、話が纏まったのでありましたとさ。
「なるほど、ですから今日は皆さんに『夕飯食べていきなよー』と声を掛けていらっしゃったのですね?」
「まぁ、端的に言えば今日はTASさんの奢り、ってやつだからねー。ならみんなで食べるのがいいよなぁ、というか」
「うむ、くるしゅうない。よきにはからえ」
「……払うのコイツだから別にこういうこと言うの間違ってないんだろうけど、なーんかむかつくなぁ」
ふんす、と胸を張るTASさんの目の前にある鍋の中には、真っ赤な甲羅と白い身のコントラストが眩しい蟹の足が、その輝きを以て俺達を待ち受けていた。
……シンプルに味噌鍋にしたわけなのだが、素材の味を生かすという意味ではこれ以上のものはないだろうと思われる。
なお、蟹一杯の値段については、極力気にしないことにした。
TASさんの奢りだから(=俺が金を出したわけではない)というのもそうだが、値札を見ていると思わず眩暈がしてきて、のんびり飯を食べてる場合じゃねぇ……っていう気持ちになってくるのが大きかったりする。
まぁ、
ともあれ、普段は夕食前に帰ってしまう他の面々を呼び止め、こうしてみんなで蟹パーティをすることとなったわけだが。
「…………」<モクモク
「…………」<モクモク
「…………」<モグモグ
(……蟹が出されるとみんな静かになる、ってのは本当なんだな)
普段の騒がしさはどこへやら、そこには黙々と蟹の殻を剥き続ける皆の姿が一面に広がっていたのであった。
よく『蟹を食べる時は皆静かになる』と言われるが、まさにその通り。
普段はもう少し悪態とかを飛ばしてきていたりするCHEATちゃんまでもが、今はせっせと蟹足から殻を剥いていく作業に没頭しきっている。
……いやまぁ、そもそもの話をするのであれば、食事中に喋ること自体結構行儀が悪いことなわけで、こうして静かになっているのであれば、それはわりと有難がっておくべきことのような気もするわけなのだが。
また、それとは別にAUTOさんなんかは、その『色んな行動において、最適の行動が取れる』という技能を活かした結果、見事なまでに綺麗に剥かれた蟹の足に、自分のことながらちょっと感動したりしていた。
そんな感じで、剥き方や食べ方こそ多種多様だが、みんながみんな黙々と蟹を食べている姿は、それはそれは不可思議なモノに見えてしまう俺なので……いやちょっと待った。
「TASさん?君は一体なにしているのかな??」
「……?蟹を食べてるんだけど」<モグモグ
「………いや、おかしいとは思ってたんだよ。他の面々がまだ黙々と殻を剥いてる最中なのに、なーんでTASさんは既に口がモゴモゴしてるんだろうなーって。……お前、殻ごと食ってるじゃねぇか!?」
そう、俺が気付いたのはTASさんの異変。
基本的に、蟹の身というのは剥くのに結構時間の掛かるものである。
いやまぁ、単に食べたいと言うだけならば、形とか気にせずほじくりだすだけでも一応食べられなくはないが……さっきのAUTOさんみたく、綺麗に身を取り出せるとちょっと嬉しい……みたいな部分もあってか、大体黙々と殻を剥くことになるわけで。
そういう事情もあり、普通は食べ始めるのにそれなりに時間が掛かる、というのが蟹の特徴なのである。
……ゆえに、他と同タイミングでいただきますをした彼女が、他が殻を剥いている最中に口をモゴモゴさせていたのは、明らかにおかしい状態だったのだ。
で、案の定彼女は弾けた。
面倒臭がった……
「もぐもぐ──ごくん。そう、カルシウムの補給。これは伸びる、縦に」
「やかましいわ!!どっちかって言うとそれ、殻ごと食べれば殻を剥く時間を短縮できるなー、的なやつだろーが!?」
「いやそもそも、口内に傷とかできたりしないのですかそれは……?」
「……ん。噛む時に特殊な噛み方をして、殻を原子レベルに砕いてる」
「なにその無駄な超絶技巧!?」
いやまぁ、別に早く食べた人が蟹を独占する、というわけでもないので、好きに食べればいいとは思うのだが。
……普通食わないものまで食べているのは、流石に見過ごせない俺なのでありましたとさ。