「お兄さんは、北の大地で真っ先に気を付けるべきもの、知ってる?」
「真っ先に気を付けるべきもの……?」
突如発生した雪崩(半ば自業自得)から、命からがら逃げ延びた俺達。
そのために多大な労力を使った(主に俺だけが)せいで、疲労困憊となった(主に)俺(だけ)は近くの洞穴へと逃げ込み、そこで束の間の暖を取っていたのだが……。
そこで隣に座っていたTASさんが、唐突に俺へと一つの質問を投げ掛けてきていたのだった。
……ふむ、北国で気を付けること、ねぇ?
「ええと、代表的なのは熊とか?」
「そう、それ
「そうなん?」
まず真っ先に思い付いたのが、熊による被害。
日本最大の羆被害が起きたのはまさに北国でのことだし、毎年熊の被害で騒ぎになるのも北の方なので、熊は北国にしか生息していないのかと思っていたが……実際には、南の方にも(北のそれとは別種だが)熊自体は生息しているらしい。
まぁ、南も南──九州の辺りにまで行くと、そっちの種類の熊も居なくなってしまうらしいのだが。
で、熊が生息するのに適した木々を含む森林がなくなっているから、というのが彼らが生息数を減らしている大きな理由になるのだという。
「人工林は実を付けない木が多いから、熊達の餌が必然的に減るし。人工林は元々木材として使うための森林だから、木を削り倒したりしてしまう熊は、林業関係の人達からは普通に駆除対象だった」
「なるほど……つまりは人の手の入った森林が少ない北の方が、必然的に彼らの生き残りには適していたと?」
「そういうこと」
まぁ、そういうことらしい。
なので、南の方では別口の害獣……イノシシとかシカの被害の方が多くなっているのだそうだ。まぁ、熊に比べると脅威度が下がるのは確かだし、さもありなん。
「まぁ、最近は北の方にもイノシシが出没してるらしいけど。……ともかく、熊やイノシシが危険、というのは間違いない。でも、それらは見た目からすぐに危険なものであることがわかるから、出会って逃げられるかどうかはともかく……わざわざ危険であると改めて認識する必要があるか、と言われると甚だ疑問」
「……んー、でも最近の人は熊にもイノシシにも会うことないし、意識しようって言うのは間違いでもないんじゃないか?」
「残念だけど、こと一般人という括りにおいて、北国で気を付けるべき相手は彼らじゃない」
「んん……?」
ただ、TASさんが言うところによれば、今現在『注意すべき』と警鐘を鳴らす相手は、彼らのようなわかりやすい脅威ではないとのこと。
……んー、つっても命の危機以上に気にするべきこと、あるかなぁ?
「あ、雪道の安全確認とか?」
「それ
「……そうなの?」
雪に埋もれた溝とかに嵌まる危険性もあるし、と声をあげた俺だが、どうやらこれ
そうなのと頷くTASさんによれば、どうやら日本の北国というのは、海外の人からしてみれば『なんでそんなところに住んでるの?』と首を傾げたくなるような代物、ということになってしまうようだ。
というのも、人口が十万人を越える都市部に限定した『豪雪地帯』ランキングにおいて、日本の北国はそのトップ六くらいまでを普通に独占していたことがあるのだという。
さらには積雪量世界一も人里・及び人の居ない場所でのそれすら日本が記録を持っている……というのだから、如何に日本が雪深い国なのか、よく分かるというものだろう。
一応、もっとも寒い場所……とかの指定だと、流石に海外に軍配が上がるらしいが。
では何故、豪雪地帯ランキングにおいて日本が上位を独占する、なんてことになっているのかと言うと。……ぶっちゃけてしまうと、普通そんなに雪が積もるところに人は住まないから、というところが大きいのだという。
「前提条件に十万人とある通り、それ以下の人口密度のところには、日本の豪雪地帯よりも雪が多く降る、という場所もある。……でも、そういうところの人口っていうのは、一万にも満たないことがざら。……日本でいうところの廃村一歩手前、みたいなところでもなければ越えられない記録なのだから、それと凌ぎを削るような場所に人が集まって生活してる……というのは、大分狂気的なことに見えてこない?」
「若干以上に失礼な物言いな気もするけど……まぁ、確かに」
本来、豪雪地帯にカウントされるような場所では、人が住むことは難しい。村や町の規模でどうにかやっていくのがやっとで、ともすればその場所を離れることを選択する者の方が多い、なんてこともよくあることだろう。
……つまり、そんな廃村になるのが当たり前のような地域で、廃村どころか普通に大都市を築いている、ということ自体がおかしいのである。
まぁ、これも元を正せば日本には平野が少ない、という話に繋がってしまうのだろうが……それはともかく。
確かに、深い雪というのは北国において注意すべきモノの一つである。
が、それもまた端から危険なものと分かっているモノの一つなのだから、この場で改めて注意を促すようなものではない、というのがTASさんの主張なのであった。
……まぁ確かに、さっき雪崩から逃げてきた俺達にはタイムリー過ぎる話だったか。
そんな感じで悉く発言を否定されたため、改めてなにが危険なのか?……ということを考察し直す羽目になった俺なのだが。
……うーん、わからん。
「一般人ほど気を付けるべきもの、なんだろ?……うーん、普通の人が思わずやってしまいそうなこと、ってことか……って、ん?」
一般人が云々と言われているが、正直先の二つについても、そこに住んでいない人ならば普通にやってしまいそうな気がして、これ以外でなにか……と言われると、ちょっと思い付かない俺である。
そうして首を捻るうち──ふと視線の端で、ゆらりと動く雪の積もった枝葉が一つ。
何事か、とそちらを向けば、そこには一匹の子猫の姿があったのであった。