「コンプライアンス、という言葉がある」
「どうしたのTASさん、藪から棒に。コンプライアンスとか、TASさんとは全く縁の無い言葉では?」
「そういう反応は読めていたからスルーするけど……ともあれ、昨今あちこちでコンプライアンスに準拠を、というようなことをよく言われるようになった」
ある昼下がりの午後。
今日も今日とて短縮に余念の無いTASさんが、唐突に思い出したかのように声をあげる。
コンプライアンス──日本語にすると法令遵守、だったか。
とはいえ、現代日本ではもう少し意味が変化しており、『悪いことをするな・見せるな・やらせるな』くらいの用法になっているわけなのだが。
「本来の英語の意味としては『ルールを守る』が近いから、ある意味原点回帰」
「なるほど?……で、唐突にコンプライアンス云々言い出した理由は?」
「無論、私ことTASはコンプライアンス(の裏を掻くことを)を徹底する、という意思表示」
「んー?気のせいかなー?なんか大分ロックな台詞が挟まってなかったかな今?」
「お兄さんの気のせい」
「そっかー」
まぁ、気のせいなわけないんだけどねー。
……とまぁ、初っぱなから爆弾発言をしたTASさんだが、これには理由がある。
本来の意味は法令遵守というのは先述した通りだが、昨今の使われ方はそれよりも
これはつまり、少し前までなあなあで許されていたことが、いつの間にやら許されなくなっていた……みたいなことが頻発する、ということでもある。
「いわゆるお気持ち案件。特に昔の作品に対してあれこれ言うようなのは顕著」
「んー?なんなんだい今日のTASさんは?とにかくなんにでも噛み付く狂犬スタイルなのかい?」
「それ」
「ん?」
「狂犬、というのもコンプライアンス的な話をすると良くない。相手がおかしい・狂っているということを示す
「わー言葉狩りー……」
まぁご覧の通り。
悪いことをするな、が行き過ぎて言葉狩りになってしまう、みたいなことが発生するわけである。
そんな例以外にも、例えば昔話は寓話として『悪いことをしたら痛い目に合う』という形式のものが多いが、その中で『悪いことをした人が死ぬ』みたいなタイプのモノは『やりすぎ』ということで、結末が書き換えられてしまっている……みたいなこともあるのだそうだ。
特に鬼みたいなのが顕著で、成敗されるタイプの話は大体会話で収める、みたいなことになっているのだとか。
「昔話だから大筋が雑な分マシだけど、これが普通の作品にまで波及するととても迷惑」
「あーうん、罪と罰の適切な関係って、有史以来ずっと議論されてるやつだからなぁ」
そういうのは子供向け作品ゆえの設定の雑さゆえ、ある程度は笑い話で済むが。
もしこれが進んで、普通の作品にまでその流れが波及すると、とても面倒臭いことになるだろう。……世の中には文字通り死んでも直らないような思考をした人、というのは幾らでもいるわけなのだし。
「ある意味、幼稚園で園児達が喧嘩した時の仲裁の仕方、みたいなもの。理想論で物事を収めようとしているから、とても
「園児同士の喧嘩の仲裁、ねぇ?」
言外に『そういうことを声高に叫ぶ人は、相手のことを同じ精神年齢だと思ってない』とかなんとか言ってそうなTASさんの主張に、思わず眉をちょっと顰めつつ。
よくよく見れば眉がちょっと逆ハの字──要するに今の彼女はわりと不機嫌な状態だと言うことに気付いた俺は、多分そんな感じの人にぐちぐち言われたんだろうなぁ、と妙に納得してしまうのだった。
「ということは、今回の主張は『この作品はフィクションです、実在の団体・個人・宗教などとはまったくもって関係ございません』ってこと?」
「
「なんだその似非英語」
まぁ、ここまで語られれば流石の俺も、彼女の発言の意図に気付くというもの。
恐らくは今までのあれやこれや・神をも恐れぬ数々の所業に今更ながら後ろめたさを感じ、しかしてそれを告解することもできず、ならばと開き直ったのだと思っていたのだが、それはあっさりと否定されることに。……気のせいじゃなきゃ『なに言ってるのこの人』みたいな視線になってない?
いやでも、
ゆえに俺は、努めて冷静な態度を保ちつつ、彼女に続きの言葉を促すのだった。
「……私たちはこれまで、色んなことをしてきた。
「……気のせいじゃなければ、ルビがおかしなことになってない?」
「……そんな日々を繰り返すうち、私は思った」
(無視された!?)
そうして紡がれたのは、今まで俺達が積み重ねてきた旅路。
思えば色々あったなぁ、と懐かしくなると同時、「あれ?なんか俺の扱い酷くない?」的な感情が沸いてくるというか。
いやまぁ、それこそ今更、というやつなのだが。
ともあれ、語られる旅路の中で、俺の扱いが宜しくないのは間違いなく。
だがしかし、それがさっきまでの話とどう繋がる……って、は!?
「──そこで私はこう思った。懸命などこか遠くから見ている視聴者の方々に、今のうちに弁明しておかなければならないと」
「いや待って!なんか嫌な予感がするんだけど!?」
「待たない。──お兄さんはフィクションです。実在の団体・個人・宗教などとは全く一切欠片ほども関係ございませんので、安心して彼の行く末をお楽しみください」
「俺の人権ゼロ宣言だった!!?」
いや、俺はここにいるからね!?
そんな俺の主張は、耳をふさいで聞こえぬのポーズをしたTASさんには受け取って貰えなかったのであった。……人権侵害ー!!