「で、今度はそっちの番」
「へ?」
「……最初、お兄さんはなにかを聞きたそうにしていた。それはなに?」
「……あ、ああ。そういえば」
少し彼女についての理解を深めた俺は、そこで彼女から問い掛けられたことで、ようやくこの話は俺から始めたものだった、ということを思い出す。
そうだったそうだった、そういえばふと気になったことがあったから、それを彼女に尋ねようとしていたのだった。
途中で衝撃的な事実が幾つもあったものだから、聞こうとしていたことがすっかり頭から抜け落ちてしまっていた、うっかりうっかり。
「……お兄さんがいつも通りなのは、それこそいつも通りだから置いておいて。それで、なにを聞きたかったの?」
「ああ、ごめんごめん。……って言っても、そんなに重要なことじゃないんだけど──」
話が脇道に逸れるのは、貴方の悪い癖──。
そんなTASさんからのツッコミに苦笑を浮かべつつ、改めて問い掛けたのはとても単純な一問。
修行とは言うものの、AUTOさんとの戦いは本当に君の糧になっているのか、というものであった。
「──うん?」
「いや、一応『楽勝に見えるけど綱渡り』『私が三歩進めば、彼女も二歩進む』とかって風に、全然楽勝ってわけじゃない、って話は聞いてるけど……その苦労を表には出さないじゃん、TASさんって」
確かに、言葉の上では苦戦している、ということは聞いている。
けれどこちらにはその姿は全く見えてこない。息を切らすわけでも、頭痛を訴えるわけでもない。
戦いの後の彼女は、常に変わらぬ泰然自若、まるで戦いの虚しさを訴えるが如き『静』の構えであることがほとんど。
……要するに、大変さが伝わってこないのである。
「……ええと、お兄さんは私が未来視系技能を持ってる、って風に思ってたんだよね?」
「ん?……ええと、そういやそんなことも言ったっけ?」
そんなこちらの疑問に対し、彼女から返ってきたのは本当に困惑した表情。……大きく顔の崩れるような感情表現をすることの少ない彼女からしてみれば、とんと見たことのないようなその姿に、こちらもようやく互いの認識がずれていることに気が付いてくる。
そうして次に彼女が口に出したのは、こっちが彼女の能力について、あたりを付けていたということ。……リアルでTASめいたことをしようと思うのであれば、まず必須となるだろう未来視能力。
それを言及した彼女は、『そこまで気付いていて何故?』とでも言いたげな眼差しをこちらに向けてくるが──正直わからん。
「ええ……」
唖然というかげんなりというか、ともかくそんな感じの落胆混じりの視線を向けてくる彼女に、慌てて弁明を重ねる俺。
「いやだって、未来視って結局
それは、未来視というものについての、一般的なイメージ。
未来とは絶えず変化を続けるモノであり、過去・現在の視点からそれを見る時、基本的には確率というものに大きく左右されるモノとなる。
──
それこそが未来視によって得られる未来の正体であり、そしてそれは容易く変化するモノでもある。
例えば、これから宝くじを購入する予定があるとして。
未来視で『買っても当たらない』という未来を認識した場合、そこで買うことを止めてしまう……ということは普通に起こり得る事態だろう。
だが、正確には『くじを買うタイミングがずれれば、当たりを引ける』状態だったのならば、どうだろう?
自分が買ったあとに誰かが宝くじを買って、その人が当選者になる……というのが、先程の未来の正確な形だったとすれば。
未来視というのは、その範囲・性能如何によっては、幾らでも結果が変わっていくものである。
この例の場合なら、最初に未来視をした時点での未来は、
つまり、未来視そのものに未来を固定するような機能が附随していない限り、未来視とはどこまで行っても指標程度にしかならないのである。
未来を見たという事象
そこまで考えてから、TASというものについて思考を移してみると──TASというものの大前提として、『未来を見ても未来は変化しない』というものがある。
噛み砕いて言えば、クイックセーブ&ロードを駆使して特定の行動を行う前に立ち戻ったとしても、基本的には起こることそのものは変わらない……ということになるか。
さっきの例だとちょっと誤解を招くので、別の例を挙げると……ジャンプした時に偶然鳥にぶつかる確率、みたいな感じか。
現実においては、例え未来を見て行動を変えたとしても、相手側も生き物である以上は、こちらの選択に対して更に行動を変えてくる、という可能性は普通に存在している。
この例の場合で言うなら──ジャンプして鳥にぶつかるためには、相手が避けないようにしなければならない、ということになるだろう。
未来を見て、相手が避けた方向に飛んだとしても──その選択によって鳥の避ける方向が更に変わる、というのは普通に起こることだろう。
単純に言うのであれば、自分が右か左に飛ぶのに対し、相手もまた左か右に避ける選択肢があり、結果として起こり得る光景は四パターン──こちらの左右それぞれの跳躍に対し、ぶつかる・ぶつからないの形にわかれる、といった感じになるか。
対し、TASの主戦場であるゲームの中の場合、鳥の飛行の仕方はこちらがどちらに飛ぶかを問わず、常に一定である。
要するに、ぶつかるか・ぶつからないかの二択しかないのだ。
無論、ゲームによっては現実と同じような選択肢の増加を伴うこともあるが……概ね、相手の行動は相手の思考ルーチンによって決まっていて、こちらの行動によって大きく変化することはない、というのが基本となる。
だからこそ、TASはギリギリで相手の攻撃を躱して、返す刀で大ダメージを与えたりすることができるわけだ。
相手が攻撃をしてくる動線が変化しない以上、それにギリギリ掠めるように自分の体を動かせばいいのだから。
そういう意味で──一般的な未来視が、TASっぽい動きをするのに大して役に立たない、というのは理解できると思う。
未来を見れば未来が変わるのだから──先のギリギリ躱してカウンターというのも、常に未来が見続けられたとしても難しくなってくる。
少なくとも、相手もこちらの動きに合わせて動きを変えてくる以上、全くの無傷というのは難しい話になるだろう。
「……答え、言ってる」
「へ?」
そこまで語り終えて、彼女から返ってきたのは盛大なため息。
とことん呆れたような視線をこちらに向けてくる彼女は、その表情を維持したまま、こちらに衝撃の事実を伝えてくるのであった。
「だから、それが正解。──私の持っている未来視は、それができるモノだってこと」
「……はい?」