うちの同居人はTASさんである。   作:アークフィア

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春は遠く、とても遠く

「……そういえば、そろそろ四月だねぇ」

「む。もうそんな時期」

 

 

 すっかり空気も温かくなり、そろそろ桜が花開きそうなほどに麗らかな陽気の午後。

 部屋の掃除をしながらそう呟けば、窓際で読書をしていたTASさんは、本を閉じながら億劫そうに声を挙げたのだった。

 ……ふむ?TASさんって春が嫌い、とかあったっけ?

 

 

「……なんでそう思ったの?」

「え?いやほら、そもそもTASさんが億劫そう、って時点でわりとレアと言うか。……ところで、そう聞き返してくるってことは、やっぱり春が嫌い……とか?ほら、花粉が嫌ー、みたいな?」

「……春が嫌いってわけじゃない。単に()()()()()億劫なだけ」

「時期……?」

 

 

 思わず問い掛ければ、彼女から返ってきたのは怪訝そうな眼差し。……何故気付いたんだとでも言いたげな様子だが、そりゃまぁ結構長く一緒に居るんだからそりゃそうだろうというか。

 

 そんな俺の言葉に彼女はため息を一つ吐いて、億劫なのは春という季節ではなく、このタイミングそのものが億劫なのだ……と、よく分からないことを述べるのであった。

 

 

「……それはどう違うんで?」

「春、という季節そのものが嫌いだとすると、それが影響する範囲はとても広くなる。お花見・団子・花粉・命の芽吹き……、そういった『春に纏わるなにもかも』に対しての悪感情、ということになってしまう」

「……あー、なるほど?」

「だから、春という全体が億劫なんじゃなく、この時期に存在するとある行事だけが億劫、ということになる」

 

 

 ふむ、どうやら言葉の示す括りが広すぎる、ということだったようだ。……細かいツッコミだなぁと思わなくもないが、そもそもTASさん的には細かいとこに拘ってこそ、みたいな部分もあるので譲れないのだろう。無差別攻略(auy%)完全攻略(100%)は分けて然るべきというか。

 

 ということはつまり、彼女が『やりたくなーい』って感じになる行事が、春には最低一つあるってことになるわけで。

 ……はて、彼女が嫌がりそうなものってなにかあっただろうか?と首を捻る俺に、彼女は淡々とその行事の名前を告げたのであった。

 

 

「……『終業式』とか『卒業式』。あれはとても億劫」

「…………んん?」

 

 

 

・A・

 

 

 

「ええと……要するに年度終わりってこと?年の終わりじゃなく?」

 

 

 彼女の口から零れた言葉を、思わず聞き返してしまう俺である。

 それは何故かと言えば、『区切り』として見れば大晦日とかの方が重要そうに感じられるから。……そっちに関しては特に反応もせず、普通に過ごしていた辺りに疑問を感じたというわけである。

 

 

「なにも不思議なことはない。確かに年の瀬は重要だけど、様々な面において年度末の方が色々影響がある」

「あー……まぁ仕事とか学校とか、そっから新しい年度になるってことを考えると、確かに年度末の方が重要性は高いか……」

 

 

 なお、TASさんは至って真面目な顔で、大抵の物事において年度末の方が重要性が高い、と声を返してきたのだが。

 ……まぁ、言われてみれば確かに、というやつである。そうなるとなんで年末と年度末がずれてるのか、みたいな疑問も出てきたりするが……一先ず置いといて。

 

 

「要するに、年度の区切りだから億劫、ってこと?」

「そう。()()()()()()()()()()()()()()()から、来年度のことを思うととても憂鬱」

「……目標?」

 

 

 再び、何故彼女がこの時期を億劫な気持ちで過ごすのか、ということを尋ねてみた結果、出てきたのは目標未達という言葉。……一年を通してなにか目標を立てていたが、それが達成できなかった……ということになるのだろうが、そもそも彼女、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……んん?」

「どしたのお兄さん?」

「……いや、よく考えたら俺達って()()()()()()()()()()?」

「………………」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()俺は、そこで初めておかしなことに気付いてしまう。

 そう、去年の三月より前の事が、どうにも朧気なのである。

 それはそう、下手をすると俺が今まで歩いてきた道筋、その全てがあやふやになっているかのような──。

 そしてそれゆえに、そもそもTASさんともどこで・どうやって出会ったのかが、パッと出てこない。……というか、下手をすると自分の両親の顔すら出てこない。

 

 これはどうしたことか。まさかなにかしらの精神攻撃を受けている……!?

 そんな風に挙動不審になる俺に、TASさんはこう告げて来るのであった。

 

 

「──ついに気付いてしまったんだね、お兄さん」

「……TASさん、まさか君は……」

「そう、お兄さんは忘れてしまっている。色々なことを、私が何故早さに拘るのかを」

 

 

 その異様な圧力に、思わず後退りをする俺と、そんな俺の様子など知ったことかとばかりに、こちらに踏み込んでくるTASさん。

 ……よもや、TASさんが俺の記憶を?……などと生唾を飲み込む俺の前で、彼女は無機質なその瞳をこちらに向けながら、この疑問の答えを述べるのであった。

 

 

「そう、それはお兄さんが忘れっぽいから……」

「……おぉぃ???」

「?大丈夫、斜め四十五度からチョップすれば治る」

「マジで言ってたこの子!?いやちょっま、やめてやめて死ぬ!俺の脳細胞が死ぬ!!」

「大丈夫、そこら辺はちゃんと調節してる」

 

 

 そう、俺がボケているだけだと。

 ───んなバカな!!??

 

 なお数分後、TASさんの施術によりあっさり色々思い出したため、本当に俺がボケていただけだということがわかりましたが問題しかありません()。

 

 

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