「失礼します……と、今日は大人しい日なのですね、彼女」
「雨の日に騒ぐにしても、やることのバリエーションってそう多くないからね」
「……それ、暗にバリエーションさえあれば騒ぐと仰ってませんこと?」
別の日。
梅雨は変わらず続いているわけだが、今日のTASさんは大人しい文学少女の気分なようで。
窓際で雨音をBGMにして手元の本を捲る姿は、なるほど物静かな文学少女として完璧な画……と言って間違いない姿だと言えるだろう。
まぁ、実際には口を開けばわりと騒がしいし、なんなら凄まじく行動的・活動的な質なので、現在のちょっと神秘的ですらある空気を自分から壊滅させていくスタイルだったりするのだが。
ともかく。こうして静かに本を読んでいる分には、こちらとしても余計な心労を受けずに済むのでありがたい……というのも確かな話。
ただずっとこのままだと、そのうちこっちの調子が狂ってくるので、あくまでも梅雨時期だけの限定バージョンとして扱っておきたいところでもあったりする。
……まぁ、常日頃彼女に振り回されるタイプの人でないのなら、単にこの空気感に身を任せるのもありかもしれないが。
「……私、時々貴方様のスタンスがわからなくなる時がありますわ」
「俺はTASさんが楽しいのならそれでいいよ派だけど?いやまぁ、迷惑掛けられっぱなしなのは御免だけど」
「矛盾していませんか、それ……?」
まぁ、小難しい話はそこまでにしておくとして。
AUTOさんが来たということは、そろそろ夕食の準備が必要なタイミング、ということでもある。
なので、俺としてはこのまままっすぐ台所に向かいたいところなのだけれど……。
「……マグロが食べたい」<ジュルリ
「彼女、なにか言い出しましたけれど……」
「多分マグロの話でも見てたんだな……」
「マグロの話とは……?」
タイミングというものは重なるもの。
ゆえに、TASさんが本を閉じて視線を上に向けるのも、また既定路線と言うやつなのであった。
「そういうわけなので、今日はマグロ釣りにやって来ました」
「なにがそういうわけなのかわからないのですが???」
と、言うわけで。
TASさんのリクエストに答え、マグロ一本釣りにやって来た俺達である。
当の本人は「わーぱちぱち」などと拍手をしているが、実際には彼女がメインウェポンなので是非に頑張って頂きたい。
いやまぁ、AUTOさんも本人のスペック上、両翼を担うだけのステータスはあると思うのだが。
「ええと……?」
「なにせ今回狙うマグロ──カジキマグロは、噂によると人の乗る船にわざわざ突撃をかましてくるくらいに、攻撃性の高い魚として有名だからね!あと丁度今頃が旬だよ!」
「なにを考えてますの?!もう一度言いますけど、なにを考えてますの貴方?!」
まぁ、実際には速度が出すぎて急には止まれないだけ、みたいな予測もあるらしいが。
高速フェリーの時速がおよそ六十六キロなのに対し、世界一速く泳ぐとされるバショウカジキの泳ぐ速度が百二十五キロだというのだから、そりゃそういう論説が出てくるのも仕方のない話である。
ともかく、マグロの一本釣りと言えばカジキ……というわけで、ミサイルの如く突っ込んでくるこのマグロを釣り上げるのが今回の目的なわけだが。
気を抜くと普通に死亡事故が起きる可能性のあるヤバい魚なので、今回俺は後方待機……正確には船内にて待機である。
釈然としない様子で巨大な釣竿の前に陣取るAUTOさんと、その横で謎のステップを刻むTASさん。
……なるほど、既に釣りという戦いは始まっている、ということらしい。
「えっ、あ、調整しましたわね!?今の間に!?」
「大物が二匹釣れる。今日はマグロパーティ」<ジュルリ
「頭の中が既にマグロで一杯に!?」
なお、そのあと宣言通り二匹の大物を釣り上げました。
「流石に捌けないから、適当に部位を貰ってきたんだよ」
「なるほど、その結果がこれってことか……なぁ、これ何時から行って何時頃帰って来たんだ?」
「ええと……四時頃に出て五時頃に戻ってきた感じ?」
「絶対漁師のおっちゃん目が点だったろそれ……」
おお、よくご存じで。
暗くなる前の夕方時に唐突にやって来て『カジキ釣らせてください』などと宣った謎の余所者を、訝しみつつも船に乗せてくれたおっちゃんには感謝が尽きないが……その辺りの『受け入れてくれるかどうか』の部分も既にTASさんに操作されていた、というのは可哀想だと思わないでもない。
……そのお詫びとしてある程度身を分けて貰った以外は、ほぼ丸々カジキを渡した形になるわけだが……よもやこんな短時間に釣れるとは思っていなかっただろう、ということは想像だに難くない。
頻りに「……?……??」と首を傾げるおっちゃんが、次の日以降寝込まないことを祈る他ない俺である。
まぁ、それはそれとしてこっちはマグロカツとか刺身とかステーキとか、ひたすらマグロ三昧を楽しむ姿勢なのだが。
一口マグロを食べては満足そうに頷くTASさんを見て、なんだか久しぶりに普通の()一日だったなぁ、と思う俺なのであった。
なお、貰ったマグロは結構多めだったため、しばらくマグロの日が続いたことは言うまでもない。