スニーキング中なのに、周囲から生暖かい視線を向けられている件について。
……いやまぁ、変態扱いされて通報されるよりは遥かにマシなんだけど、それはそれとしてこの視線の中をコートを着て歩くのは拷問みたいなものというか。
季節が夏なのにコートを着ている、という時点で好奇の視線は避けられないのだから、そういう意味ではありがたいとしか言えないのも確かなのだけれど。
……え?夏なのに暑くないのか、だって?
「……これはどういうアレなので?」
「扱いとしては、見た目のグラフィックだけ適用されてる感じ。実際の着用判定は八百屋の進藤さんが受け持ってる」
「進藤さんis誰???」
ご覧の通り、TASさんのグリッチによって、寧ろ影が出来てる分快適かも知れなかったりする。
……コートの中を普通に風が通っていく、というのは意味が分からないが、これがなければ目の前のTASさんもゆでダコと化していたかもしれないので必須、というか。
なお、コートを着ている不審者であることには間違いはないので、CHEATちゃんからはかなーり離れた位置から後を尾行させて貰っている。
見付かったらゲームオーバーだからね、仕方ないね。……お陰でなに喋ってんのかも全然聞こえなくなったんですけどね!
「唇を読むのがオススメ」
「さらっと読唇術勧めるのやめない?」
「むぅ、お兄さんはわがまま。仕方ないから、そこのボタン押して」
「はい?ボタン?……ってうわ、なんでこんなところにボタンが!?」
相手の声が聞こえないということは、相手がこちらを認識しているかどうかもわからない、ということ。
……いやまぁ、ライブ中継ならスマホで動画見れば良いじゃん、という話なのだが……ほらその、ギガがなくてですね……?
なので、相手の動画を見て現状確認、というのは最後の手段。
できれば選びたくない選択肢なので、なにかないのかとTASさんに尋ねてみたわけだけれど……いやその、確かに単なる技術ではあるんだろうけど、それを咄嗟に俺にヤれ、っていうのは無理でしかないわけでですね???
そんな風に弁明すれば、次に彼女から指示されたのは『ボタンを押して』という、とても抽象的なこと。
……ボタン?服の?
なんて風にコートをさらっと眺めた俺は、その一部──具体的には襟の辺りに、なんだか明らかに異質なボタンが縫い付けられていることに気が付くのだった。
……いやホントになんだこれ!?
一度気付いてしまえば、なんでさっきまで無視してたんだ俺?となるような、明らかに目立つそのボタン。
外見的には自爆とかしそうな感じなので、できれば押したくはないのだが……ええと、押さなきゃダメ?……ダメ?そう……。
やだなーこわいなー、的な震えを抑えつつ、ええいままよとボタンを押し込む。……なんか典型的な
意外と勢いが良くてビクッ、と震えつつ、改めて出てきたものを確かめると……。
「……なんで有線式イヤホン……?」
「チャンネル調節で色々聞けるようになってる」
「わぁ尾行用」
それは、一組のイヤホン。
有線で繋がれたそれは、襟からぷらんぷらんと下にぶら下がっている。……なにこのビックリドッキリな感じのツール……。
なにも追っかける方までレトロ感醸し出さなくても、と首を傾げつつ、片方をTASさんに渡して自身も残った方を耳に装着してみると。
『……ザザッ……ぅそう、最近負けっぱなしでねー。なんというかこう、取っ掛かりが欲しいと言うか?』
「おお、ラジオみたいな音質だけどちゃんと聞こえる……」
「そしてお兄さんの怪しさもアップ」
「なんでわざわざ忘れていたことを思い出させるのキミ?」
そこから聞こえてくるのは、遥か前方を進むCHEATちゃんが、視聴者達に向けて話している言葉。
……原理はわからないが、ともかくこれで相手の動向を探る準備は整った、というわけである。
「……じゃあ気を取り直して、尾行作戦再始動だ!」
「おー。……あっ、歩くスピードは私に合わせて」
「ん、確かにこの格好だと歩き辛いか。りょうかぬぉぅ!?」
「逆。ちょっとペースを上げる」
「いやちょっまっ、無理!TASさんの速度にこの格好で付いていくのは無理だって!!?」
なお、そうして準備が整った途端に、TASさんが全力を出し始めたため俺が酷いことになった、というのは言うまでもないことだったりする。
……え?具体的には?ではここから
「ここは下だと無理だから上」
「落ちるように上っていくのやめて!?」
「左右に逃げるけど、タイミングよく避けないと相手の索敵範囲に入るから注意」
「ぎゃー!!車がかすった!!電信柱が迫ってくる!?……ってぐえー!?」
「大きい声出しすぎ。ちょっと黙って」
「屋根から屋根へ、軽やかに足音は鳴らさず」
「俺アサシンじゃねーし、パルクールもやってねーからさー!?ビルからビルに飛び移るの無理だって……っていうか、ここまで離れてたらもうコート脱いでよくねー!?」
「ダメ。パラシュートにする」
「それホントに向こうに見付かってねーの?!!?」
「ここはただ立ってて。私がどうにかするから」
「(周囲を飛び回るスズメバチに、声にならない悲鳴)」
「そうそう。騒がなければこれ今日のご飯だから」
「佃煮にしようとしていらっしゃる!?」
……とりあえず、命が幾つあっても足りないような状況だった、と言わさせて貰う。