「……はい?」
「ですから、部活の顧問など受け持って頂けないかと」
はてさて、いい加減学校生活にも慣れてきた五月。
自分に与えられた教員室での席に腰を下ろし、纏めるべき書類に手を付けていたところ、横合いからの言葉に首を傾げることとなった俺である。
話し掛けて来ていたのは、学年主任だという教師の一人。
ふくよかな女性であるこの人物は、その人相の柔らかさから生徒にも教師達にも親しまれている好人物である。
そんな彼女からの提案……お願いなわけで、大抵の人なら二つ返事でオッケーしているのだろうが……。
「ええと、部活の顧問と言うと……学校からの報酬も出ず、単に余計な仕事が増えるだけで教師の時間をガリガリ削ることで有名な、あの?」
「貴方の教師観を今すぐ問い質したい気持ちですが、一先ずそれは脇に置いて……ええ、その部活の顧問であってます」
(脇に置いた……)
(否定しないのか……)
俺の不躾な質問返しに、彼女は嫌な顔一つ見せずに言葉を返してくる。……あれ?これ嫌な顔してないだけで実質嫌がってねぇ?
ま、まぁともかく。こっちの反応は端から折り込み済み、といったその様子に思わず考え込んでしまう俺である。
いやだって、ねぇ?
さっきのやり取りって、こっちが断ろうとしていることが遠回しにでも伝わるやつじゃん?
にも関わらず、表面上はそんなの気にしてないよ、とばかりに話を続けてるわけじゃん?
こういう時、TASさんならどういう反応をするだろうか?
──そう、滅茶苦茶嫌そうな顔(※誰が見てもわかるレベル)をする、である。
いやだって、ねぇ?
これあれでしょ、選択肢には申し訳程度に『はい』『いいえ』が並んでるけど、その実『いいえ』を選ぶと選択肢がループするやつ。
場合によっては何度も『いいえ』を選んでいるとゲームオーバーになるような地雷の類いであり、つまり端から『はい』ということ以外が求められてないやつというか。
とはいえ、だからといって素直に『はい』を選べるのか、と言われればそれもまた別の話。
何故かって?こっちの皮肉(及び遠回しな拒否の台詞)を間接的にでも肯定してたからだよ。
それはつまり、任せられようとしている部活とやらは決して文芸部のようなデスク仕事で済む類いのものではなく、恐らくは運動部系──体力勝負のドギツいやつだということ!
いい加減慣れてきたとはいえ、寮に帰ればあれこれやることのある身である。
そりゃまぁ、そこから更なる苦労を背負おうなどという気分になるはずも……。
「勘違いされていらっしゃるようなので訂正しておきますと、頼もうとしている部活は運動部系ではありませんよ?」
「え?そうなんです?」
「寮の運営にあの子達の授業の受け持ち。……まともな人間なら無理難題は控えようという気持ちになるのが普通では?」
「お、おお……すごくまともな返答が……」
ない、と考えていた俺の思考を遮るように、主任さんが言葉を差し込んでくる。
その内容は至極真っ当なもので、俺は思わず目を瞬いてしまう。
……いやだって、ねぇ?
俺の身の回りの人間って、基本的に『常識?何それ美味しいの?』ってタイプか『常識は知ってるけど本人自体が常識外れ』みたいなタイプしか居なかったし。
どっちにしろ一般人な俺からしてみれば理解不能、対応の仕方には慎重を期す必要が……え?抗議の声が聞こえる?
ともあれ、貴重な常識人的言動に思わず居住まいを正してしまう俺である。
こういう彼女の態度こそが、周囲から信頼され尊敬される秘訣なんだろうなぁ……。
「……言いたいことがないでもありませんが、聞いていただけるのならそれでよしとします。とりあえず、話を進めても?」
「どうぞどうぞ」
「では……まず、長時間拘束されるような部活、というのはお任せするのは不可能だと思っています」
既に他のことに拘束されているようなものですからね、という主任さんの言葉にうんうん、と頷く俺。
最初の頃ほどじゃないけど、未だにとんでもないことやらかしてたりするからねあの子達!
「となると、お任せできるのは軽いもの、もしくは
「うんうん……うん?」
あれ、風向きが怪しくなってきたな?
俺が首を捻るのを見ていないかのようにスルーし、彼女は話を続ける。
「となると、考えられるものとしては三つほど。一つは調理部、場所をあなた方の寮にすれば部室も纏められてお得ですね」
「 」
「二つ目は空手部。あなたのところの生徒の一人が所属していますので、ある意味その延長線上として勤め上げられるでしょう」
「 」
「そして三つ目。これが本命となりますが……あなたのところの生徒が多数所属する読書部。こちらを担当して頂くのが一番無難だと思うのですが、如何でしょう?」
「 」
……思わずフリーズした俺を、誰が責められるのか。
いや、これあれじゃん!『お前のところの生徒が無茶苦茶やってるから責任とれよ』っていう遠回しな脅しじゃん!!
内心そう叫ぶ俺に対し、主任さんはいつまでも変わらぬニコニコとした笑顔を浮かべていたのだった。
……ああ、笑顔は本来威嚇うんぬん……。