「ふと気になったんだけど」
「なに?」
「なんで眼鏡してるん?そこまであれこれできるんなら、視力が悪くなるなんて結果、端から回避できそうなもんだけど」
ある日の昼のこと。
新聞をチェックする少女を脇目に、昼飯のスパゲッティを掻き込んでいた俺は、ふと気になって彼女に質問をぶつけていたのだった。
その内容は、『なんで眼鏡なの?』というもの。
いやまぁ別に眼鏡が悪いと言うわけではなく寧ろ俺はその眼鏡の奥に隠れた知性をこそ尊重し愛でたい感じの男なので大歓迎も大歓迎なのだけれどそれでも彼女の今までの能力から考えるにそもそも視力を落とさずあれこれする余裕は普通にあるはずだと愚考する次第でですね?
「……お兄さん、眼鏡のこととなると急に饒舌になるよね」
「やめてよ」
めっちゃ引いた顔でこっちを見るの止めて。凹む。
……ともかく。
彼女の基礎スペック的に考えると、眼鏡が必要となるほどに視力が落ちる前に、なにかしらの対処を行えそうな気がするのは確かな話。
少なくとも脳のスペックも俺より遥かにいいだろう彼女が、そんなことに気が付かないはずもないので、なにか理由があるのかと気になってしまったのである。
「……あー、えーと、その……そ、そう。眼鏡を掛けてると、視力の補助がいるのが相手に伝えられる、という利点がある」
「ふむ、利点とな?……続けて?」
「え゛っ。……え、ええと。明確な弱点がある、と相手に誤認させられるので、攻撃とか注意とかを眼鏡に引き寄せられるし、攻撃とかを受けて万が一眼鏡を紛失しても、そのあと普通に反撃できるのだから相手の虚を付けるし……」
「ふむふむ」
そうして、彼女にあれこれと質問をぶつけてみたのだけれど……なんだろう、ちょっと余裕がない感じになっているような?
言っていることは至極真っ当、なるほどなーと思わされる理由ばかりなのだが、いかんせん彼女の態度の不自然さが目に付いてしまう。
ほんのり顔が赤い気がするし、ほんのり汗ばんでいる気がするし。……むぅ、風邪でも引いたのだろうか?
「おーい、大丈夫か?なんかこう、顔とか赤いし挙動が不審になってきてるみたいだけど……」
「……ひ」
「ひ?」
額に手を当てて熱を測ってみるも、特に熱くなっている様子はない。
となると、彼女のこれは恥ずかしさからの発汗・発熱ということになるのだけれど……えー?TASさんが恥ずかしさから真っ赤になるとか、なんのフラグの調整なんです……?(恐怖)
思わず彼女とは対称的に青褪める俺だったが、彼女がポツリと漏らした言葉に思わず首を傾げ。
「……ひ、人には誰しも、間違いを犯す余地だってある……!」
「……はい?」
次いで放たれた言葉に、思わず唖然とすることになった。
……ええと、つまり?その眼鏡はなにかしらの調整とかフラグとかではなく、単純に目を悪くしたので掛けているだけ、ということなんです???
「………………」
「ヒェッ」
その事実に気付いた途端、こちらに向けられた視線は雄弁に『それ以上なにかこの件について言及したら◯す』と語っていたため、俺は今度こそ青褪めて口を閉ざすことになるのだった。
「それは、貴方様が悪いのではないかと」
「はぁ、そういうもんなんです?」
別の日。
ふと思い出したこの会話をとある女性に語ったところ、返ってきたのは呆れたような視線であった。
そんなこともわからないのか、というような感情が混じったそれに、俺は思わず首を傾げるが──、
「人は誰しも、産まれた時にはただの赤子。外から付随される肩書きこそあれど──それを本人が自覚するには、相応の時間を必要とするものでしょう?……ええと、貴方様に分かりやすく言い換えますと……『TASさんも、流石に産まれた時からTASさんという訳ではない』、でしょうか?」
「そうなん?俺ってばTASさんは、赤ちゃんの時からずっとTASさんなんだと思ってたんだけど」
「……いえ、それは流石に偏見が過ぎましてよ……」
彼女の次の言葉に、傾げる首の角度が更に増すこととなるのだった。
いやだって、TASさんって言えば、世間一般的な感覚で言うのなら金髪ようじょ──即ち幼い頃からTASさんだ、という
なら、似たような存在であると自称する彼女もまた、産まれた時からあんな感じなのだと思っていたのだけれど……どうにも、そういうわけでもないらしい。
「無論、行く行くはその道にたどり着くのでしょうけど……それは『そうであれ』と周囲から望まれたからこそのもの。産まれた時から自身の意思を持って選択する……ということは、最近流行りの転生ものでもなければ有り得ないこと、と
「そーいうもんなのかねー」
「……そこで私を見るのは止めて下さいまし。数少ない例外を指して首級を上げた気になることほど、憐れで滑稽なこともありませんのよ?」
「……なんで俺の回りの女性は、みんな俺に辛辣なん?泣くよ?マジ泣きするよ?」
「お止めなさいみっともない……」
話が大きくずれたが……彼女はこう言いたいらしい。『産まれた時からTASさんじゃないのだから、TASじゃない時期のことまで保証は持てない』。
……要するに、彼女は後天的なTASさんなので、TASになる前に視力を悪くしていたらどうしようもない……ということである。
口にしてから思ったけど、『後天的なTAS』ってなにさ?
まぁともかく。
彼女との会話によって、TASさんが本気でかつての自身の未熟さを恥じていた、ということはわかったわけで。
……それはつまり、俺がこのあと彼女にお詫びの品を買って帰ることについては、既にTASさんである彼女はご存じのことかもしれない、ということ。
「見え見えの結末でも、嬉しいものは嬉しいものですわよ?」
「だよねー。んじゃま、今日は色々ありがとなー、
「はい、お粗末様でした。今度は負けませんわよ、とお伝え下さいな」
「へーい」
こういう人達の思考回路って、俺には理解不能だよなー。
……なんてことを思いながら、お嬢様感溢れる女性──AUTOさんに別れを告げ、ケーキ屋へと足を向ける俺なのであった。
……え?なんか相手が変な名前だった気がする?
アーアーキコエナーイ。