結果的に酷い目にあったあの日から早何週間。
新生活気分も完全に抜け、すっかり学校生活に慣れきった六月の頭。
そろそろ梅雨入りかぁ、と曇り空を眺めながら考えていた俺は、そうして廊下を歩く最中にどこかへと急ぐ日本被れさんとすれ違ったのであった。
「おおっと、廊下は走るもんじゃないですよーっと」
「オーsorry、見逃してくだサーイ!!」
「……言いながらめっちゃ走ってったなあの子」
なんであんなに慌ててんだろうねあの子?
みたいな感じで少々疑問に思いつつ、その背を追いかけるように後ろを向いていたのを前に向け直した俺だったのだが。
「すみません通りまーす!」
「おおっとゴシップ君?」
「その呼び方止めてくださいって言いませんでしたっけ!?」
今度は前方からゴシップ君……もとい新聞部君が先程の日本被れさんのように俺の横を走り抜けて行く。
同じように廊下は走らないようにー、と声を掛けるけど返ってきた反応もほぼ同じ。
注意されたことに反応しつつ、けれどやっぱり歩きに戻ったりはしないまま走り抜けていく。
で、さっきと同じようになんとなく彼の背を追い掛けていた視線を元に戻すと。
「フハハハハハ!!」
「走る走らないどころの話じゃねぇ!?」
「ぬ、貴殿か。済まんが急ぎでな、見逃して貰えると助かる」
「いや流石にこれを見逃すのは無理だよ!?」
今度は金の馬に跨がり上機嫌に高笑いする成金君、という看過しづらい相手に出会ってしまったのだった。
いや屋内で馬に乗るなし!……生き物じゃなくてゴーレムみたいなものだからノーカン?そんなもん通るか……っ!!
「とはいうがな貴殿、俺のスペック的にこうでもせねば間に合わんのだ。然るに──御免!」
「ぬわっ!?強行突破しやがった!?」
どっこい、金でできた馬なんて押し留められるわけもなく。
俺を飛び越えるように飛んでいった金馬を唖然と見送った俺は、なんだか嫌な予感を抱えつつ前方に振り向き直り。
「ごめんせんせー、ゥチは急に止まれないんだ☆」
「のわーっ!!?」
重戦車の如く土煙を上げながら突撃してくるギャル子さん、という命の危機を感じる存在を前に、思わず跳び跳ねながら進路上から退去したのだった。
……廊下にヒビが入ってないのが不思議な位の迫力だったんですけど、一体なんだったんですあれ?
「あ、ごめんなさい」
「ぐえっ」
そこで安心してしまったのが悪かったのか。
突如横からの衝撃に吹き飛ばされた俺は薄れ行く意識の中で、文字通り飛んできた読書家ちゃんのほんのり申し訳なさそうな表情を視界に収めることになったのであった。
これ一般人なら死んでるやつー(遺言)
「お兄さんよ、死んでしまうとは情けない」
「これ俺が悪いのかな……」
スペラ○カーとタメを張るような耐久力なんだから、不注意をしたお兄さんの方が悪いよ……というなんとも言えないTASさんからのお叱りを受ける俺がいるのは、保健室のベッドの上。
なんだかんだ初めてのロケーションにちょっとわくわくしていることは秘密にしつつ、改めて室内を見回すと……。
「……そういえば、保険室の先生とか居ないの?」
「今はお昼の休憩中だからいない」
「なるほどお昼の休憩中……お昼ぅ!?」
「そう。四時間目は寝て過ごしたことになるね」
「oh……」
まさか一時間近く気絶してたとは……。
経過時間に驚きつつ、ついでに結構大事だったのでは、と顔を青くする俺である。
いやだって、ねぇ?確かに俺ってば虚弱体質みたいなもんだけど、その分TASさんとずっと一緒にいるから、起こされるのも早いのが普通だったし。
「確かに。私も目を離してたからお兄さんに気が付くのが遅れた。具体的には私がお兄さんを見つけたのは保健室にお兄さんが運ばれてから」
「なるほど、その分蘇生が遅れたと?」
「私にしては珍しいミスだった……」
「いや君達、死んでたこと前提に話をするのはよさないかい?」
「おおっと?」
なるほど、やっぱりTASさんに見付けて貰えてなかったのか……。
そりゃ無様を晒す時間も増えるもの、みたいに納得していた俺だが、そんな会話に混ざる呆れたような声に反応し、視線を声のした方向に向けることに。
声がしたのは、保健室の入り口の方。
そこに居たのは白衣を着て眼鏡を掛けた、大きな三つ編みの特徴的な女性──。
「……って、おや?もしかしてお前は我が娘?」
「そういう貴方はお母さん。久しぶり?」
「久しぶり……って話で済むようなやつかな、これ」
「……んん?」
思わず既視感を覚えた俺だが、それを感じさせた当人が口にした言葉に思わずフリーズすることに。
……ええと、今気のせいじゃなければですね、娘だの母だの聞こえたような気が?
「そう。この人は私のお母さん。多分生まれてぶり」
「その言い方だと私が酷い教育放棄者に聞こえないかな?……というか、一応義理の親子だろう私達」
「そうだった。そっちの方が都合がいい」
「待って待って色々待って」
止めてくれないかなぁ、判別のつかない情報でこっちの意識を宇宙に流そうとするの!!?
そんな俺の絶叫を聞いて、二人はまるで血の繋がった親子のように、揃って首を捻っていたのだった──。