俺は夢を見た。その世界では若い男が存在しなかった。
これは華々しい百合の世界の影で、存在を否定された者の物語。

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雑草

「……?」

 

 その日、俺は夢を見た。夢……にしてはやけに明瞭だった気がするのだが、とにかく俺は夢を見たのだ。

 

 時刻は朝、見知らぬベッドの上で布団に身を任せた状態で意識が目覚めた。

 

「え……何これ」

 

 見回しても自分の部屋で見慣れたものが何一つ見つからない事実に恐怖を感じたが、姿見に映った自分の姿が現実と同じなのに気づき、ちょっとした安心感を覚えた。

 

 とはいえ、まだまだ疑問は尽きない。

 

 とりあえずタンスから適当な服を引っ張り出して着替え、外に出てみる。電柱に掲げられた街区表示は『東京都新宿区花咲川』。

 

 花咲川……花咲川……新宿らへんにそんな地名あったっけ?

 

 しかも違和感を感じる点は他にもある。それは近くにあった商店街を歩いている時であった。

 

「モカ、遅い」

 

「ごめんごめ〜ん、やまぶきベーカリーに寄り道しちゃった〜」

 

「有咲〜!」

 

「ちょっ、こんな場所で抱きつくんじゃねぇ!?」

 

「でもまんざらでもない顔してるじゃん!」

 

「!!!」///

 

「あっ、顔真っ赤〜!」

 

「う、うるせー!」///

 

 街中を見回してみると至るところに女子高生の姿が見える。それだけならまだいい。女子校かなんかが近くにあるのだろう。それより問題なのは『逆』だ。

 

 男だ。男がいないのだ。

 

 いや、これだけだと語弊があるかもしれない。店の奥、正面からよ〜く目を凝らさないと見えない場所にはわずかながらも仕事をする男性の姿が見受けられる。正確に言おう。

 

 若い男だ。若い男がいないのだ。

 

 俺の年齢は17歳。今をときめく高校3年生だ。

 

 しかし、歩いても、歩いても、歩いても、歩いても、俺と同じような年頃の男は全くと言っていいほど見当たらない。住宅地にも、商店街にも、公園にも、駅前にも。

 

 ……少し怖くなってきた。落ち着け、こんな時は大好きなコーヒーでも飲んで気分を落ち着かせよう。そう自分に言い聞かせる。

 

 ……財布はあるな。

 

 再び商店街に戻ってきた俺は喫茶店を探す。確か喫茶店をチラッと見たはず……刹那の記憶を頼りに商店街を歩いていくと、一枚の看板が目に止まる。

 

「おっ、あったあった」

 

 その店の名前は羽沢珈琲店。緑と白の壁に身を包んだ外装は下町の純喫茶ほど息の詰まりもなければ、某星の背中のように若者に媚びたカジュアルなデザインという訳でもなく、誰でも入りやすい街の喫茶店の様相を醸している。

 

 俺は明色の木のドアを開いて店内へと入る。

 

「……」

 

 ……?

 

「……」

 

 ……どうしたんだろう。来店を知らせるドアベルは鳴ったはずだ。なぜいらっしゃいませの一言も出てこないのか。

 

 カウンターにはクリーム色のエプロンに身を包んだ愛想の良さそうな女性店員がいる。

 

「あのー、すいません」

 

「……」

 

 しかし、その店員は俺が声を掛けても注文を聞くどころか、顔すら見ずに、食器を洗ったり、コーヒーを淹れたりと自分の仕事を行い続ける。

 

「すいませーん!」

 

「……」

 

 耳元で大声で話しかけても嫌がるそぶりすら見せない。ここまで来ると本当に訳が分からなくなってきた。しかも俺をさらに混乱させる事態が起きる。

 

 カランコロン……

 

「あっ、いらっしゃいませ!」

 

「羽沢さん、いつものお願いできるかしら?」

 

「はい!ちょっと待っててくださいね」

 

 後ろから女性客が店に入ってきたのだが、彼女に対しては店員が反応したのだ。しかもその客は顔馴染みのようで、かなり親しく話している。

 

「な、なんで……?」

 

 俺の頭の中は大混乱していた。一体なんだこれは。まるで俺が見えてないみたいに……

 

「!」

 

 と、ここで俺は一つの可能性に気付いた。

 

「俺は……誰にも見えてないのか?」

 

 この世界の誰にも俺が認識されていない。そんな残酷な事実に気付いてしまった。

 

「いやいや、ま、まさか……」

 

 あり得ない。そんな非科学的なことがあってたまるか。

 

「皆さーん!俺が見えてますかー!?」

 

「ここのコーヒー、美味しいわね……」

 

「そうだね、千聖ちゃん」

 

「ねえそこの白い髪した店員さん!見えてるよね!?」ガクガク

 

「へいラッシェーイ!!なに握りやしょーか!」

 

「イヴちゃん、うちカフェだから……っ」

 

「……ハ、ハハ……嘘だろ……?嘘だよね……?嘘って言ってよ……」

 

 しかし、誰もこちらを向かない。拒絶の眼差しすら向けない。彼女達の世界に『俺』は存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ぷつん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だうsどすさsそうだウソだ噓daづ沙小津ソア嘘あっさお嘘会うだおあづ亞rh大あづshdhうそあsどすあおうあああああああああああああああああああああ!」

 

 耐えきれなくなった俺は声にならない叫びを上げながら羽沢珈琲店を飛び出す。人を押し除けて全速力で足を動かす。一体どこに行こうとしているのか。そんな事は今の俺の頭には微塵も存在していない。

 

 ただこの孤独から逃れたかった。

 

 ただこの疎外感から逃れたかった。

 

 ただ俺のような『男』がいてはならないような感覚から逃れたかった。

 

 それから何時間経っただろうか、夕日が地平線の向こうに沈み始めた頃に辿り着いたのはどこかの川の土手。俺はその法面に座り込んだ。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……ゴホッ!」

 

 我を忘れて叫びながら何時間も走り続けた俺の身体はもはや限界に近かった。最早家に戻る体力すらない。

 

 いったいこの世界はなんなんだ。なんで俺が見えていない……いや、いないもの扱いされているのだろうか。

 

「……ん?」

 

 ふと、河川敷に咲く一輪の百合が目に入る。絹のような白く美しい花弁にそれを支える青青とした茎を持つ力強い花だ。

 

 対して、周りには萎れた雑草が広がる。他の場所で生える雑草は地面にしっかりとした根を張り、文字通り『雑草魂』を見せる一方、この百合の周りに生える雑草は百合の方にばかり栄養が行き渡って元気がなさそうに見える。恐らく普通に見れば、美しい百合にしか目が行かないだろう。

 

 俺はそこに近づいてその雑草を抜いてみる。

 

 すっ。

 

 それが抜けるのは非常に呆気なかった。弱々しい緑の下には最早植物を支持し、水や養分を補給するという役目をほとんど放棄したと言わんばかりの細々とした根が現れた。

 

「……」

 

 思えば、今まで街で見かけたのは女性ばかり。男性はほとんどいなかった。いや、恐らくいたのだろう。しかし、その存在を視認する事は出来ないし、させてくれない。この世界に『雑草』の居場所などないと言わんばかりに。

 

「俺は……俺は……ッ!」

 

 怒り、悲しみ、孤独、絶望。あらゆる負の感情が涙腺を通じて迸る。

 

 ……『俺』は生きてていいんだろうか。

 

 そんな考えが脳内を支配した瞬間、俺の足は動いていた。

 

 堤防を降りて少し歩くと、黄色と黒で塗られた警報機が目に入る。

 

 かんかんかん。

 

 ライトが赤く点滅して遮断機が下り始めた。

 

 この世界で誰にも認識されないのなら……いっそ。

 

 そんな考えに支配された俺は遮断機を潜ろうとする。

 

「……!」

 

 しかし、足が動かない。奥底に眠る本能が行ってはならないと警告するように。精神と本能の格闘が繰り広げられているうちに電車は時速110kmで都心へと駆け抜けていった。

 

 かんかんかっ……

 

 警報が鳴り止み、遮断機が上がった。住宅地に再び静寂が戻る。

 

「あ……ああっ……!」

 

 我に帰った俺はそこで初めて自分が何をしようとしていたのかを思い知る。いくら自分の存在が認識されていないと言っても、身体自体はこの世界にしっかり存在するのだ。五感も備わっている。

 

 そして、この電車は都心に通じている。一時の感情に任せた愚業は何万人もの生活の足を壊す。それを本能は懸命に教えてくれた。

 

 緊張の糸が解けたかのようにへたり込む。もう立ち上がる気力もなかった。何やら強い眠気が襲い始めたのだ。

 

 そしてそのまま意識がなくなる。その直前、自分の身体が消えていくような感じがした。

 

 それが夢の終わりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お知らせ

 

 10/15 18:00(不具合)

 

 いつも「バンドリ!ガールズバンドパーティー!」をご利用いただきありがとうございます。

 

『商店街』エリアにおいてキャラクターが一部想定と異なる動きを見せる現象が発生しておりました。

 

 本現象については10月15日に修正を完了しております。

 

 ご利用のお客様にご迷惑をおかけいたしましたこと、深くお詫び申し上げます。

 

 引き続き「バンドリ!ガールズバンドパーティー!」をよろしくお願いします』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、『俺』は消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──はっ!?」

 

 意識が覚醒する。今度は見慣れた天井だ。寝汗で濡れたシャツが風に当たって冷え、俺を落ち着かせる。

 

「だ、大丈夫?」

 

「汗びっしょりだけど……」

 

 その様子を見た二人の少女が問いかける。

 

「え……二人とも、俺の姿が見えてるのか?」

 

「変なの、見えてるに決まってるじゃん」

 

「そうね」

 

「俺は……ここにいてもいいのか?」

 

「「当たり前じゃん!(よ)」」

 

 二人は俺の存在を認めてくれた。

 

 終わった。あの悪夢はどこかへと消え去ったんだ!

 

「ひっく……ひっく……!」

 

 それが分かった途端、感情が爆発する。河川敷でのそれとは違い、嬉しさ、安堵、あらゆる正の感情が涙腺から頰を覆う。

 

「ちょっ!?えっ!?なんで泣いてるの!?」

 

「良かった……良かったよぉ……!俺は、ここにいてもいいんだ!」

 

「……怖かったのね。安心して。あなたはちゃんとここにいるわ」ギュッ

 

「ありがとう……はやてぇ!」

 

 はやての腕の中で俺は泣いた。いつまで泣いたかは分からない。でも、それだけ嬉しかったんだ。肯定というものが。

 

『雑草』は育つ。たとえ草刈り機で刈られようが、除草剤を撒かれようが、花に養分を吸われようが、しっかりした『根』がある限り、『雑草』は育つ。

 

『俺』の足跡をしっかり残して、この夢語りを終えることにしよう。

 

 




最近、リコリコとかで百合展開になる作品をよく見るんすけど、その作品って大抵は男が出てこなかったり、出ても子供や老人ばかりで、主人公たちと同世代の男が出ないじゃないですか?
そんないないもの扱いされてる男を書いてみたかったんです。
百合の影で存在を消された雑草達の姿を書きたかったんです。
……批判は受けます。元々作者がアンチ百合ですから。
こんな駄文を読んでいただきありがとうございました。何か感想があれば書いてくれれば嬉しいです。

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