カンストエンジョイトレーナーは頂に届く夢を見るのか 作:流々毎々
スマホでちまちま書いていると予測変換の押し間違いを気付かずに誤字を放置してる場合が多いので本当に助かってます。
氷に覆われたミロカロスの眼前には、もう一体のミロカロスがいた。自分と瓜二つ。美しささえ同じに見えるその姿に思わずマックスのミロカロスはバリコオルの存在を忘れ目を奪われた。
マックスのミロカロスの前に突如現れたもう一体のミロカロス。その正体はダンデのバリコオルである。
バリコオルは凍って動けないミロカロスに"さいみんじゅつ"を命中させた。これ自体ミロカロスは完全に掛かる事はなかったが、同時にバリコオルの術も完璧に解けてもいない。
"さいみんじゅつ"のせいで軽度の錯乱が入ったミロカロスに続けて"なりきり"を放ったバリコオルはミロカロスの
そしてバリコオルはそのまま向こう側が透けて見える薄氷を生み出すと、それを自身の前に設置する。
ミロカロスは混乱する頭で自身の姿とバリコオルの姿が重なる様に配置された薄氷の鏡を見て、"なりきり"でコピーされた自身の美しさも合わさりもう一体の自分をバリコオルに見出してしまった。
そしてバリコオルが成り切っている自身の姿は、傷が付き氷付いているミロカロスよりも美しいかも知れない。
その様な考えがミロカロスに過った瞬間、はらわたから煮える様な熱が吹き出しミロカロスの理性を溶かし始めた。
ミロカロスはチャンピオンであるダンデとの決戦において事前にマックスから自身の美しさが通じ無い相手がいても簡単に怒らない様に念を押されていた。
ミロカロスの
ミロカロスは自分の美しさが理解できないポケモンに存在価値があるのかと疑問に感じつつも、マックスの願いと言う事もありその言い分を飲んだ。
故にミロカロスは自分の美しさに靡かなかったダンデのドラパルトとバリコオルを前にしても、不満を覚えども我を忘れさせる怒りを爆発させなかった。
しかし、だ。目の前の
目の前の
このクソカスは何と面の皮の厚い事か。
何よりも許せないのはミロカロスはその
それは自身の美しさを絶対の
マックスのミロカロスは誇張でも強がりでもなく自身の事を宇宙で一番美しい生物だと確信している。
だからこそ自分の魅力の通じない相手の事が気に食わないし、自身が何かに目を奪われるのも許せない。
それが例え、精巧に再現された
故にミロカロスは全霊を持って排除しなければならない。目の前の汚点とも言えるバリコオルの存在を。そして今一度自身の
そうしなければミロカロスは頭がおかしくなりそうだったからだ。
ミロカロスがここまで自身の美しさの絶対性に執着を持つには理由がある。
それはまだミロカロスがヒンバスだった頃の話だ。
ヒンバスと言う生き物はこの世界で最も弱く、最もみずぼらしい
マンボウより戦闘力がなく弱っちいが故に強者に相手されず生き延び、みずぼらしいが故に他のポケモンやトレーナーにバカにされながらもその存在に目を溢されていた。
それだけの扱いをされてもヒンバスにはストレスを感じる程の知能と情緒はない。それと唯一の長所である環境適応能力が合わさり、今日までヒンバスと言う種族は絶滅する事なく生き延びて来た。
生まれながらの弱者。ヒエラルキー最下層の生物。その弱さはかのコイキングと双璧をなすほど。ビジュアル面はコイキングの方がマシとも言われてしまう。
それがヒンバスと言うポケモンである。
マックスのミロカロスもワイルドエリアにいるそんな数いるヒンバスの内の一体であった。
常に他者に貶され続け、時たま天敵に追われて運良く生き延びる。捕食者の気まぐれによって生存が決まる毎日に、されどもヒンバスは現実を自覚出来ずに今日も時間が過ぎて行く。
そんな運否天賦の生き方していたヒンバスが素手で川魚を取っていたマックスに捕まるのは必然だったのかも知れない。
ワイルドエリアでレベルアップの修行のさなかであったマックスは、昼食の食材を確保する為に熊さながらの素手による掬い上げで川魚を確保していた。
その折にマックスの腕に何も考えずに勝手に突っ込んできたヒンバスはそのまま引っ掛けられて陸に打ち上げられてしまった。
当初は食べられそうにないヒンバスを川にリリースするつもりだったマックスであったが、ちょうど手持ちの六体目を水タイプのポケモンにしようと考えていた事を思い出してそのままヒンバスをゲットしてしまった。
ヒンバスの進化先は他地方のチャンピオンやジムリーダーも扱っていたミロカロスである。だからこそマックスもヒンバスには期待を寄せていた。
だがここで問題が起きる。まだポケモン世界に転生した現実感が完全に擦り合わせ出来ていなかったマックスは、日々の疑問や選択に関してたびたびゲーム知識に引っ張られてしまう傾向があった。
この時もその例に漏れず、ヒンバスを進化させるにはポロックによってポケモンのうつくしさを上げるしか方法がないと勘違いしてしまっていたのだ。
知識をアップデート出来ていないが故の悲劇である。しかもマックスはポロックの作り方を知らなかった。
根本的な事でマックスはヒンバスをミロカロスに進化させれない事を悟ってしまったのだ。
そこからのマックスの葛藤は饒舌にし難い。
流石にレベルを100に上げたとしてもヒンバスでは勝ち上がる事が難しい事はマックスでも察する事が出来た。
だからと言って自分の都合で捕まえたポケモンを無責任に放り出すほど冷徹にも慣れなかった。
追い詰められたマックスが取った方法はシンプルだ。
即ち朝昼晩24時間365日の毎日を掛けて、ヒンバスを世界一美しい・どんなポケモンより綺麗だと褒め続けたのである。
恐らく、プラシーボ的な効果からくる未知の可能性に彼はかけたのであろう。しかし確かな根拠も再現性もない可能性にすがるこの時のマックスはまごうことなき馬鹿者であった。
毎日毎日、ヒンバスを目の前にしては恋人にでも語りかけるような有り様を見せるマックスのその姿はちょっとした
若干洗脳地味たそのやり方であったが毎日語りかけるマックスの様子はヒンバスに確かな変化をもたらした。
それは物語の佳境で語られる様な劇的なものではなかった。だが日々、ぼうっと過ごすヒンバスに思考の余地を与える何かではあった。
『ヒンバスは今日も美人さんだな!』
ヒンバスはみずぼらしい。それは自他共に認める事実である。きっと百人の人間がいたとしてもヒンバスの容姿を褒める者はいないだろう。
故にヒンバスは美人とは対極のポケモンと言っても過言ではない。
『良いね〜良いね〜可愛い子ちゃん。そのプリティな笑顔をもっと俺に見せてくれー!』
ヒンバスは最弱のポケモンだ。生まれながらにヒエラルキーの最下層に生きる事が約束されている。他者から蔑まれ馬鹿にされ捕食者の気まぐれで生かされる情けない生物。間違ってもそんなポケモンに好意を抱く者はいない。
事実。野生で生きて来たヒンバスが可愛がられた事はただの一度もない。
『ぬおぉ!?鱗のノリがいつもと違うね。思わず宝石が落ちてるのかと勘違いしちまったぜ。まるで海に眠る宝石箱や〜!!』
嘘である。何故ならヒンバスの体色は澱んだ緑色に加えて斑点がありさらには長年育った環境もあり鱗には泥や汚れがこびり付いている。とてもではないがその状態の体は光を反射する様には出来ていない。
光沢が美しく目立つ宝石なんかと間違える訳がないのだ。
『なんて立派な背鰭だ!尾鰭にいたっちゃ天守閣の
ありえない。ヒンバスの体に付いているヒレは全ていたるところに切れ込みが入っていてぼろぼろだ。その有り様がよりヒンバスの貧相さに拍車をかける。
水面に反射した自分の姿はよく知っている。だからこんな事を言われても冷めた気持ちにしかヒンバスはならない。
『目がおっきい!唇がセクシィ!スーパーモデルの生き写しかな!?』
・・・。辞めてほしい。
ギョロついた飛び出た目と分厚いだけの唇などに美しさなどない。同族だって同じ様に考えているはずだ。
いや、かつての自分がそうだったように貶されている事すら気付いていないのかも知れない。だって
ヒンバスとは
そんな現実から逃れるためにヒンバスは成長して行く過程で自然と鈍感になって行く。
そうすれば何も見て見ぬ振りが出来るが故に。傷付いた心がそれ以上悪化せぬが故に。
『綺麗!美人!可愛い!最高!弩級のアイドル!よっ、誰もが目を奪われる一番星ポケモン!』
だけれどもこんなにも毎日貴方が褒めてくれるから。
愚かな私はその気になって来てしまう。醜い私は貴方の言葉を信じたくなる。
弱く愚かでみずぼらしい。そんな私が本当に輝ける存在になれるのではないかと。
世界に否定された私が本当に美しくなれるのだろうかと。誰もが一度は望む
『大丈ー夫!ヒンバスならなれる。絶対なれる。あきらめるな!いけるいけるいけるよ。気持ちの問題だって!自分を信じて俺を信じろ。どんな時でも俺はヒンバスの味方だ。だから不安が吹っ飛ぶくらいにもっと熱くなってくれ。本気のお前を見たいんだヒンバス!お前の思いを全力で叫べ。俺は言うぞ!お前は世界一なんだー!!』
きっと私の思いは報われない。無駄な期待を寄せてやらなきゃ良かったと後悔する事になるかも知れない。
それでも私は貴方の事を信じたい。
ヒンバスはマックスと過ごすうちにその心が揺れ動く。それはマックスが毎日諦めずに話しかけた結果かも知れないし、ヒンバスの知能が他の同種と比べてほんの少し高かったからかも知れない。
そしてヒンバスがマックスの言葉に感化されて前を向くと決めた時、その体に異変が起こった。
ヒンバスが眩い光に包まれたと同時にその体が変化する。
楕円形の体がぐにゃりと伸びて蛇の様に長くなる。また頭部からは紅の柳眉が生えて毛量が増す。ポケモンに訪れる特別な変化。
即ち進化である。
その変化に驚き思わず目を瞑っていたヒンバスが恐る恐る瞼を上げる。
まず最初に疑問に思ったのが視線の高さだ。体躯の小さいヒンバスの顔は常に地面から近くその視線は低かった。
しかし目を開けたヒンバスのそれは進化前より遥かに高くなっており、そこから見える景色はとても開けていた。
また少し目線を下げればヒンバスとは似ても似つかぬ力強さを感じさせる長い胴体が目に入る。
少し前まで長年の泥汚れでくすんでいた貧相な己の姿は見る影もない。
本当に今見えている身体が自分のものか疑わしく思ったヒンバスは近くの川に移動して水面に己の姿を映す。
そのポケモンは一言で言い表すなら、ただ、ただ、美しかった。
儚げに俯く美顔。揺蕩う長い胴はそれだけで人目を惹き付ける。その赤の瞳は常に潤んでおり、映る角度によっては宝石のルビーにさえ見えた。また全身を覆うきめ細やかな鱗は何かを塗っている訳でもないのに妖しげな色気を感じさせる。細く長い柳眉と紅色の髪はそれ自体が光を放っていると言われても不思議ではない程の光沢を帯びていた。
水面に映っていたのは、かつてのヒンバスではない。
この世で最も美しい生物の一体と謳われるポケモン。ミロカロスであった。
しばしミロカロスは呆けたように自分の姿に見入っていた。正面から映るシュッとした細長い顔は美しく、傾けた横顔は愛嬌がたっぷりの瞳が大きく映える。
その神々しい姿は他の野生のポケモンが見惚れる程の美しさであった。
ミロカロスはその事実を受け止めると、全て
今の自分は他者の視線を独り占めにし、魔性さえ伴う美しき姿形は他の追随を許さない。己自身がそうあれかしと望んだ願いそのもの。
その出来事はミロカロスにある思いを抱かせた。
以来、ミロカロスにとって己の美しさは絶対の価値基準となった。ミロカロスが自分に靡かないポケモンに対して苛烈な対応をするのもマックスが証明してくれた己の価値を、大切な思い出を否定されるも同然だからだ。
だからこそ目の前の存在が許せなかった。自身の模造品を出してミロカロスを煽るその訳は分からない。
ただバリコオルのその行いはミロカロスにとってのだいじな個性とマックスの思い出を踏み躙る行為なのだ。
そんなものを見せられて冷静でいられる程、ミロカロスは大人しい質ではない。マックスの注意も忘れミロカロスの体は大きく揺れ動く。
ミロカロスの全身を覆っていた氷からバキリと何かが砕ける音がした。