カンストエンジョイトレーナーは頂に届く夢を見るのか 作:流々毎々
シバリング。
それは体温が低下した時、筋肉を動かして体の熱を保持しようとする生理現象の一つである。
寒い時に体が小刻みに動いたり歯を打ち鳴らしたりする様。身震いすると言う意味の英単語である。
通常シバリングは人間であれば数度の熱を発生させ体温を保持する程度の現象であるが、全身が筋肉であるミロカロスのそれはその規模で収まらない。
体重が160キロを超える肉体も合わさったミロカロスのシバリングの熱は只人の数十倍。分速五千回にも達するミロカロスの身震いは、その体温を瞬時に百度近くまで上昇させる。
これにより体の表面に張り付いていた氷の接地面を瞬く間に溶解。身体の柔軟性を取り戻したミロカロスは急激な体温変化でヒビが入り始めた残氷を振り払った。
氷状態から解放されたミロカロスは全身から赤い蒸気を迸らせ、自分の姿を騙ったダンデのバリコオルを睨み付ける。
そしてボコリと隆起した体はミロカロスの感情に呼応するかの様に変貌を始める。
真っ赤に充血した瞳は強く力んだ影響でギョロ目の様に眼孔から半ば飛び出し、強張る表情には眉間から顎にかけてひび割れの様な皺が顔全体を走る。
天を貫く紅の怒髪天とその柳眉は針山の様に立ち上がり触れるだけで肌を突き刺す
ミロカロスの異変はそれだけに止まらない。怒りに支配された感情はそのまま心臓の鼓動を早め、爆弾に匹敵する轟音を打ち鳴らし周囲を萎縮させる。そして爆音を響かせる心臓の鼓動に合わせる様に大蛇の如きその長い体からは図太い血管が何本も浮き上がり脈動を始める。
さらに興奮が収まらないミロカロスの体は黒く変色して
美の神の化身は怒りの日に全ての敵を殲滅する鬼神となる。灼憤の般若の登場である。
『で、出ました!マックス選手のミロカロスの凶悪な変身です!カブ選手とのバトルでも見せた姿ですが変わらず恐ろしい形相です』
「ッ、ついに来たか!」
ダンデがミロカロスにとった作戦はシンプルな精神的揺さぶりだ。ミロカロス自体が耐久型のポケモンだ。特にレベル差の大きいマックスのミロカロスと長期戦になれば不利になるのはダンデのバリコオルである。
だからダンデはミロカロスのメンタル面を刺激して動揺を誘おうとした。
チャンピオントーナメントの決勝戦で見せたミロカロスの灼憤の姿。見る者に末恐ろしい程の凶暴性を見せた反面、そのバトルが終わったミロカロスは激しい息切れを起こしていた。
カブのキュウコンとの戦いに置いてほとんど無傷の状態であったにも関わらずだ。ここからダンデはあの形態はミロカロスの体に大きな負担を掛けるものだと判断した。
ダンデのその予測は当たっている。ミロカロスの怒りの形態はフィジカル面にとてつもないブーストを掛けて疑似的な
マックスのミロカロスであってもそれを5分も使えばガス欠となる。
ミロカロスの灼憤の姿とは100%を出す技ではない。120%を出し切る短期決戦型の技なのだ。
故にダンデは動揺を誘えればその隙を付いてバトルの流れを持って行き、仮に怒りの姿を見せれば疲れ果てるのを待つ戦い方に切り替えようと考えていた。
しかし。
「スゾラアアアアァァァ!!」
「バリ!?」
「ぐ、分かっていたが実際に目にすると強烈だな。なんて異様な姿だ・・・」
「ここまで来たらもう止まらないか・・・。よし、ミロカロス。吹っ切ってブチかますぞ!!」
ミロカロスは大音声の雄叫びを天に向かって放つ。それと同時に鬱血したような赤黒に染まった体の脈動がその激しさを増す。
冒涜性さえ感じるそのプレッシャーは気の弱い者が見れば白目を向いて気絶してしまうだろう。
カブのバトルに置いても見せなかったミロカロスの本気の怒り状態である。
「これは体力切れを狙うだなんて悠長な事を言ってられないな。バリコオル、すまないが無茶をするぞ!」
「バリバリ!」
「今のお前に小技は無用!圧倒しろ、ミロカロス!!」
「シャッラアアアァァ!!」
ミロカロスはバリコオルを殲滅すべく
「バリコオル、"フリーズドライ"だ!」
「バーリ!」
『チャンピオン・ダンデ!迫り来るマックス選手のミロカロスを正面から迎え打ちます!!』
『逃げに徹しない姿は勇ましいですが同時に危険でもあります。チャンピオン・ダンデの狙いは果たして何でしょうか?』
ダンデはここに来て試合中には出さなかった大技を使う為バリコオルに指示を出した。"フリーズドライ"は巨大な氷塊を生み出し相手にお見舞いする技である。
またこの技はこおりタイプには珍しく、みずタイプのポケモンに通りが良い。
その分、巨大な氷塊を作り出し相手の座標に合わせて攻撃する必要があるのでその手間に時間が掛ってしまう。なにで後隙の少ない相手には避けられ易いデメリットも存在していた。
しかしミロカロスは今の状態に変貌すると防御より攻撃を優先する様になる。また前のめり過ぎる移動の仕方は咄嗟の方向転換に不向きで、十分"フリーズドライ"を当てやすかった。
そのダンデの判断の元、放たれたバリコオルの"フリーズドライ"は寸分違わず顔を突き出しているミロカロスに迫る。
後一秒で直撃する距離まで迫るバリコオルの技に対してミロカロスは怯む事なく満進する。
恐怖を知らぬのか。自身のフィジカルに絶対の自負を持ち合わせているからか。はたまたそんな茶飯事を捨て置く程にミロカロスは怒り狂っているのかもしれない。
いずれにせよノーガードスタイルなダメージを軽視する行動の反動はデカい。まずは一手リードだと確信するダンデをよそに、ミロカロスは蛇走りの体勢を変えずにほぼ真上に
「な、あの体勢で跳んだ!?」
"フリーズドライ"が自分の体の真下に発生するのを肌で感じながら、ミロカロスは重力に従い地面に接地するのと同時にバリコオルの間にある残りの距離を潰す。
それを目の当たりにして驚愕したのはダンデだ。人間で例えるならば四つん這いの状態で数メートルの跳躍をしたのである。
それもはいはいと前進しながらなのだから驚きもひとしおだ。
その衝撃はダンデとバリコオルの思考に一拍の隙を生んだ。自身の間合いまでバリコオルに接近したミロカロスは速度と体重を乗せた"とっしん"を放つ。
「ッ"リフレクター"!!」
「バリ!」
咄嗟のダンデの指示を聞き受けたバリコオルは自身とミロカロスの間にある僅かな距離に”リフレクター”を展開する。
だがそれを読んでいたミロカロスは胴体の真ん中から凸状の横の出っ張りを作りサイドに流すとその頂点を支点にして、そのまま凹型に残った体を引っ張って真横にズレるように移動した。
そしてバリコオルの側面に滑り込んだミロカロスは流れる様にその背後をとる。
「バリコオル、"まも――」
「遅い。やれ!ミロカロス」
「邪ッッ」
バリコオルの死角に回り込んだミロカロスは間髪入れずに波打つ尻尾を力の限り叩き付けた。
不意を付かれたバリコオルは咄嗟に持っていた氷の杖を掲げてミロカロスの尻尾と自分の体の間にそれを差し込む。
氷の杖は一瞬の拮抗もする事なく砕け散ってしまったが、後頭部に振り下ろされる筈だったミロカロスの尻尾の軌道を僅かに逸らした。
そして逸れた尻尾の一撃はバリコオルの肩口に命中しそのまま大きく吹き飛ばす。
「バリィ!」
「バリコオル!?」
「手を休めるな。追撃だ、ミロカロス!」
「ドラァ!」
吹き飛んだバリコオルはその衝撃で意識が飛びそうになりつつも震える膝に手を付き歯を食いしばって何とか立ち上がる。
ふらつく体に走る痛みに耐えながら前を向くバリコオルの瞳には既に半ばまで距離を縮めているミロカロスの姿が飛び込んで来た。
ミロカロスがこの様に慣性を無視した縦横無尽な動きが出来る秘密は、体を脈動させるマッスルコントロールにある。
全身が波打つ様にも見える繊細な身体操作方法が、ミロカロスの体を巨大なポンプに変えているのだ。
これにより強力な伸び縮みを可能にするポンプ運動が出来るミロカロスは体のどの部位であっても動きの起点を作り出せるのだ。それが慣性を無視するかの様なミロカロスの動きの正体である。
「もう一度"リフレクター"だ!」
「今度はバリコオルをあの障壁ごとぶち抜け!ミロカロス」
再度、自身の前に
バリコオルの"リフレクター"とミロカロスが衝突する。
轟音と一瞬の拮抗の後。ミロカロスは薄氷を割るかの様にバリコオルが複数枚出した障壁をまとめて打ち破る。
そしてズドン、と今度はバリコオルの胴体にミロカロスの頭蓋が炸裂した。
『チャンピオン・ダンデのバリコオルがまたしても吹き飛びました!これは大ダメージか!?』
『破られたと言え"リフレクター"である程度、物理威力は減退する筈なのですが・・・凄まじい威力ですね』
バリコオルは吹き飛ばされた先で上手く息が吸えずに喘ぐ。ミロカロスとの衝突によって他の内臓がせり上がりバリコオルの肺を圧迫している為だ。
それでもポケモンは人より遥かに頑丈な生き物である。バリコオルは星が瞬いたかのような視界を振り払い無理矢理に立ち上がる。
そこにまたしても蛇走るミロカロスが迫った。
「もう少し耐えてくれバリコオル。"リフレクター"だ!」
「流石に何度もやられれば読めるぞチャンピオン!ミロカロス。"ハイドロポンプ"だ!」
先程の焼き直しの様に再び会合した両者であったが、同じ技を使い続けるダンデに対してそれを読んでいたマックスは"ハイドロポンプ"を選択した。
マックスの指示を受けたミロカロスは走り続ける勢いのまま"ハイドロポンプ"を放つ。
物理的な攻撃にその効果を発揮する"リフレクター"であるが、その反面特殊技には滅法弱い。結果、ミロカロスの"ハイドロポンプ"はバリコオルの障壁を素通りしてその手前の地面に着弾する。
特別、偏差打ちが下手なミロカロスではなかったが流石に走行しながらの遠距離技は狙いがブレてしまったようだ。命拾いをしたバリコオルだが、目の前の地面に着弾した"ハイドロポンプ"がその視界を塞いだ事によりミロカロスの接近を許してしまう。
もはや"まもる"や壁系統の技を出すのも間に合わない絶対絶命の危機。故にダンデは叫ぶ。
「"ゆびをふる"だ!バリコオル!!」
危機的状況でダンデが選んだのはランダムで技が出る"ゆびをふる"だ。どんな技が出る分からない運否天賦の悪足掻き。追い詰められたが故に一か八かの賭けにダンデは出た。
そしてその運試しにダンデは勝った。
「バリコオルが消えた?・・・いや、"テレポート"か!」
バリコオルの"ゆびをふる"が齎した効果は"テレポート"であった。それによりミロカロスの眼前から消え失せたバリコオルはその背後に瞬間移動する。
「チャンスだバリコオル。"ドレインパンチ"!」
「バリバリ!」
バリコオルの"ドレインパンチ"は背後から聞こえた声に反応して振り向いたミロカロスの顔に突き刺さる。そして"ドレインパンチ"の効果によりミロカロスから体力を吸収したバリコオルに僅かな体力的余裕が戻る。
だがしかし。
『バリコオルの技がミロカロスに炸裂!しかしミロカロスは微動だにしません!!』
『見える限りではクリーンヒットの様に映りましたが、やはりマックス選手のポケモンは皆タフですね』
そのままミロカロスは自分の顔に触れているバリコオルを睨み付けると胴体を接着。ポンプ運動を利用したゼロ距離のブチかましによってバリコオルを力任せに吹き飛ばした。
ごろごろと地面を転がって行くバリコオルは7メートル程の地点でようやく止まる。"ドレインパンチ"によって吸収した分以上のダメージを負ったバリコオルは中々立ち上がる事が出来ない。
そんなバリコオルを視界に収めつつもミロカロスは追撃に出なかった。
「バリコオル。頼む、立ってくれ!」
「どうしたミロカロス。チャンスだぞ!」
せっかくのチャンスに動かないミロカロスの姿によもや体力の消耗が激しいのかとマックスは考える。
だがマックスのその考えは半分外れていた。
確かにミロカロスは急激な体の変貌が負担になり現在かなりの体力を消耗していた。しかしそれはすぐさま動けなくなる程ではない。
ミロカロスが足を止めた真の理由はバリコオルに対する警戒と苛立ちだ。
これまでミロカロスは本気でダンデのバリコオルを倒す為に全力で攻め立てた。実際その
圧倒しているのは確かに自分であるのにも関わらずギリギリの所で命を拾われてしまっている。その現状がミロカロスの警戒心を刺激したのだ。
そして格下相手に勝負を決め切れない苛立ち。この状況はミロカロスにある決心をさせた。
『おっと、これはどう言う事でしょうか!動き出したマックス選手の・・・ミ、ミロカロスが縮んでいく???』
『最初はまるまると体を窄めたので"とぐろをまく"かと思いましたが、それにしては形が歪です。本当に何なのでしょうか?』
「すごいな。まだ違う変身を残していたのか!」
半端な攻撃は辞めだ。必殺の一撃を持ってこの勝負にケリを付ける。そう決断をしたミロカロスはさらに体へ大きな負担が掛かるのを無視して、限界まで身体を縮める。
身体中の筋肉を総動員して内へ内へとマッスルコントロールをするミロカロスの体は段々の層を形成しながら楕円形に丸まっていく。姿形は小さく折りたたまれていくがその肉体の密度は反比例するかの様に急激に増していく。
バリコオルが漸く立ち上がる頃。ミロカロスの準備は整った。
そのミロカロスの姿を例えるならば限界まで縮められた強力なバネの如し。
ひとたびそれが解放されたのならばとてつもない運動エネルギーを伴い、眼前の全ての障害物を粉砕するであろう。
そう思わせるだけのプレッシャーを今のミロカロスは発していた。
シーン、と静まり返るバトル会場はミロカロスの放つそれに飲まれている証だ。
ダンデもその例外ではない。もはやあの形態のミロカロス間合い内ではあらゆる回避行動は無意味と化す。あの
かと言って半端な反撃行動をすれば、大質量と圧倒的な物理エネルギーを伴うミロカロスに文字通り轢き殺されるだろう。
(だからこそ、重要なのはタイミングだ)
ダンデの体から体力の汗が噴き出る。それは恐怖からの生存本能ではない。極度の緊張からくる身体の悲鳴であった。
バリコオルは既に自分の手ではどうする事も出来ない状況に見切りを付けて、ダンデからの指示を即座に実行出来る様に全力で意識と耳をそれに傾ける。
その刹那の後。ミロカロスは力を解放した。同時にミロカロスの体がバトルフィールドから消える。
否、力の解放によって凄まじき速度となったミロカロスの身体が生物の動体視力を振り切ったのだ。
「バオオオォォォォォ!!!!!」
おかしい。ミロカロスがどんどんバケモンになって行く。ポケモンの姿か?これが・・・