カンストエンジョイトレーナーは頂に届く夢を見るのか 作:流々毎々
マックスがダンデに戦慄を覚えるのと同じく、リザードンのタックルによって吹き飛ばされたルカリオもまた内心では焦りが募っていた。
これまでの戦いにおいてルカリオは鉄壁に等しい捌きの防御技術でもって、相手の攻撃技をいなし続けバトルの流れを自分の方に引き込んでいた。
そのルカリオの戦法の根底を支えていたのが、ルカリオの種族が持つ波動と言うエネルギーを捉える眼力だ。波動とは肉体で例えるならば筋肉の動きのようなもの。ルカリオはこの波動の揺らぎや起こりから相手がどのような技を使い放ってくるのかを予測し実際の防御行動に繋げていた。
しかし今のダンデのリザードンにそれらの予備動作がほとんど見られない。波動は揺らがず、また起こりが見えたとしてもそれをブラフとして使いただ殴る蹴るを繰り返すだけ。
この単純な動きがルカリオにとって酷くリザードンの動作の読みを分かりずらくさせていた。
波動と共に生きて来たルカリオにとってそれがあまり機能しない展開とは、瞳を閉じて戦っているのと同義だ。
とは言え、リザードンに翻弄されているルカリオに与えらているダメージも見た目ほどではない。
レベル100の個体のポケモンはそれだけで並みのポケモンを凌駕するタフネスを誇る。ルカリオとリザードンの間にあるレベル差を考えれば、よりその要素の差は大きくなるだろう。
技を使わず、波動の揺らぎさえ起きない身体の拳打など重機械を使用せずに素手で巨大な岩石を削り取ろうとするようなもの。それには途方もない時間と労力が掛かる。
ダンデも自分から攻撃してこないルカリオが相手でなければ、ここまでポケモンの体力に負担が掛かる戦法をリザードンに強いる事はなかったであろう。
軒先の天井から垂れる雨粒がいずれは石に穴を開けるように、ダンデは
リザードンの肩口のタックルに吹き飛ばされたルカリオにさらなる追撃を見舞うため、ダンデのリザードンは全力で走りルカリオに肉薄する。その姿を瞳に捉えたルカリオはあえて捌きの構えを取らず歯を食いしばって受ける事を選択する。
リザードンの一撃をそのまま受けて組み付く算段をルカリオは立てたのだ。が、ダンデのリザードンはルカリオのその選択には付き合わない。
リザードンは走った勢いをそのまま助走に変えて飛び上がる。そしてルカリオの頭上を通り過ぎ滑空してしまった。
これに驚いたルカリオは慌てて視界から消えたリザードンを追うために背後に振り向く。
しかしその行動を読んでいたリザードンはルカリオが背後に振り向く僅かな間に滑空したまま旋回。ルカリオの視界の端へとその姿を眩ます。そして視界の標準を合わせるために体を動かすルカリオに急接近。高速で真横を通り過ぎるのと同時に尻尾の先端をルカリオの胴体に引っかけるように叩く。
ボディブローの如くルカリオの体に叩き込まれたリザードンの尻尾は、ルカリオの息を詰まらせた。1,7メートル90キロの恵まれた体躯の一撃は、滑空の速度も合わさった事により尻尾を引っかけるだけでもルカリオの体に響く一撃となった。
『チャンピオン・ダンデのリザードン。飛んでは上下右左とマックス選手のルカリオを翻弄します!合間に繰り出される攻撃は徐々にですがルカリオの体力を削っているように見えます!!』
『ルカリオは人型のポケモンの中では小柄な方ですからね。体重も50キロ台ですから、ボクシングで例えるならば7階級上の相手のジャブを受け続けるようなものです。このままの状態が続きますと無視できないダメージがルカリオに蓄積されて行くでしょう』
実況と解説のセリフをよそに、ダンデは厳しい表情をリザードンに向ける。と言うのも彼らが考えている状況程ダンデとリザードンに余裕はない。
常に動き回り技を出さぬことによる波動の揺らぎを抑えて戦い、リードを作っているのが今のダンデたちである。だが当然の事であるが常に動き回る戦い方は体力を使う。さらにルカリオに接近して攻撃をする行動は、裏を返せば
もしレベル100個体のルカリオに組み付かれればリザードンとてその状態から抜け出すのは至難の業となるだろう。
故に攻撃を加える度にのしかかるリザードンの精神的負担は尋常なものではない。
(それにいずれはリザードンの動きも慣れられる)
今はリードしているように見えても、それはルカリオにとって初見の動きと言うのが大きい。もしリザードンの動きにルカリオが適応してしまえばこの状況も遠からず逆転する。
それだけの技量をマックスのルカリオは持ち合わせていた。
いずれはリザードンの体力も減り動きに陰りが見え始める筈だ。その前に勝負を決めれる段階までにはルカリオの体力を減らして持って行きたい。
しかし――
「そう甘くはないか・・・」
そう呟くダンデの視線の先に映るのは覚悟を決めたルカリオの姿であった。
初見の動きで惑わされ、波動の動きを頼りに出来なくなったルカリオは回避を捨てた。両足を肩幅まで広げ膝を半ばまで畳んだルカリオは、腹をくぼめ猫背になるのと同時に両手で頭を包む。
どっしりと地に足付けたその姿はあらゆる逃げの選択肢を捨てた鉄壁の防御の構え。
捨てがまりの如く潔の良いその選択は必ず攻撃を受ける代わりにルカリオの防御力を城塞と化す。
そんなルカリオに攻撃を加えるリザードンは思わず顔を歪める。
痛い。ルカリオの体に触れた部位に走る鈍痛。
最早リザードンはルカリオの体の肉を打っている感触はしなかった。その体の感触はまさしく鋼。
全身の筋肉を固めたルカリオのその体は常軌を逸す硬さに変貌していた。
どうするか。そう悩むリザードンはふとルカリオと目線が合うことに気付く。ゾクリと背中に怖気が走る感触をリザードンは味わった。
先ほどまでこちらの動きに翻弄されていたはずのルカリオが、リザードンの動きを捉え始めているのだ。
それは半端な捌きと回避を捨て、防御に注力することによってリザードンの動きに集中できるようになった結果である。
まずい、とリザードンは考える。おそらく次かその次に接近した時が己が自由に動ける最後のチャンスである。しかし、ルカリオの体力はまだ削り切ってはいない。
どうするか。そう迷うリザードンは次の行動を取れないでいた。
「迷うなリザードン。突っ込め!」
そこにダンデの声が鳴り響く。
それを聞いたリザードンは最も信頼するパートナーの言葉に従い、己の中にあった迷いを切り捨て全力でルカリオ向かって飛翔する。
そのリザードンの姿をルカリオは見失わずに正面から捉える。先ほどのような虚実交えた動きと違う本気の突撃。
故にルカリオは組み付ける間合いにリザードンが入ると同時に防御を解き、リザードンの体に躍り掛かる。
しかし、その瞬間。
「”フレアドライブ”だッ、リザードン!!」
「ギャオー!!」
「ルオン!?」
ダンデをして完璧と称せる刹那のタイミングでリザードンは”フレアドライブ”をルカリオに向けて放った。
全身を炎で纏ったリザードンはそのまま加速。加速によって組み付くタイミングを外されたルカリオは防御を解いた己のどてっぱらにリザードンの”フレアドライブ”をもろに受ける事となった。
『リザードンの”フレアドライブ”が決まった―!これにはたまらずマックス選手のルカリオも吹き飛びます!!』
『今まで攻撃技をブラフに見立ててからのこの一撃!見事なタイミングでしたね』
ダンデの起死回生の一手に思わずボイスとトゥークの語尾が上がる。今まで囮に使っていたリザードンの攻撃技をここぞと言う時に炸裂させたダンデの妙手は否応なしに試合会場のテンションを上げる。
これこそがポケモンバトル。野生のポケモン同士では決して至れない試合の場所。ただ強いだけでは勝負を制することが出来ない何かが確かにそこにはあった。
会場が盛り上がりを見せる中、”フレアドライブ”を受けたルカリオはよろよろと立ち上がる。
「ルカリオ、大丈夫か!?」
リザードンの攻撃で削られた体力をさらに減らされたルカリオは、マックスの言葉を聞き気合を入れ直す。既に息は上がり四肢が重くなり始めた身体。されども強く意思が宿った眼光はしっかりとリザードンを捉えていた。
ダンデのリザードンもそんなルカリオの姿を警戒してすぐには追撃の踏み込みをしてこなかった。
息苦しくなった身体に酸素を回しつつルカリオは思い出す。マックスと出会ったのもこんな風に疲弊した状態であった事を。
元々ルカリオはワイルドエリアに属する数あるポケモンのコミュニティー内で暮らす野生のポケモンであった。ワイルドエリアの中でも比較的温和なポケモンばかりの場所も相まって、ルカリオは誰かと争う生活とは無縁の生き方をしていた。
そんなルカリオの生活に亀裂が入ったのは良く晴れた日の事であった。自分と同じコニュニティーに属する幼いポケモンの一体が、ワイルドエリアの地形で出来た高所から地面に落ちて怪我を負ってしまったのだ。
いくらポケモンが頑丈な作りの生物とは言え、幼いそのポケモンにとってはそれなりに重たい怪我であった。
これを見たルカリオは半ばパニックとなり目的を定めず走り出してしまった。後から考えればワイルドエリアで自生している薬草を持ってくるなり他者に助けを求めるなりいくらでも方法があったのであるが、とにかく何かしなければならないと脅迫概念に襲われたルカリオはがむしゃらに動き回った。
そして当たり前のように大した成果も得られずにただ体力を消耗し息も絶え絶えになったルカリオは出会う。
カンストを目指してレベルアップ修業をしていたトレーナー、マックスに。
マックスをその視界に収めたルカリオは目を見開いて驚いた。ルカリオの一族はその特殊な眼力から生物の波動を見ることが出来る。波動に揺らぎや起こり、強い感情により色が付くことがあってもおおよそは皆が一定の色合いから外れる事はなかった。
しかしその日あったマックスの波動の色は鮮やかな瑠璃色であった。済んだ青の中にちりばめられた力強い光を放つ色合いはルカリオをして初めて見る波動であった。
ルカリオは思わずそのマックスの波動の色に捉われる。この時だけルカリオは怪我をした仲間のポケモンの事も、自分が何をして急いでいたかさえも忘却しその波動に魅入ってしまった。
『ん?このルカリオ、突然固まっちまってどうしたんだ』
おーいと自分に向かって手を振るマックスを見て何とか正気に戻ったルカリオは、慌てて彼の手を引き怪我をしたポケモンの元へ連れて行こうとした。
『うお、どうしたどうした!』
確証はなかった。だがこんな綺麗な波動の色をした彼なら怪我をした仲間を助けてくれるのではないか。
そんな思いを胸にルカリオはマックスを連れて行く。その脳内にはいつまで経っても忘れる事が出来ない彼の波動の色を思い浮かべながら。
『なるほど。仲間が怪我をしていたからこんなに慌ててたんだな。納得だ』
『ルオン』
『そんな不安そうな顔をするなって。任せてくれよ。こう見えても怪我の手当ては慣れっこなんだ』
怪我をしたポケモンの元に連れていかれたマックスは、不安そうに鳴き声を上げるルカリオに微笑むとテキパキと持ち合わせていた備品で治療を進めていく。
『良し!これで完了。後は2・3日安静にしてれば元気になるさ』
マックスは怪我をしたポケモンの治療を終えると、いつの間にか集まって来たルカリオ以外の他のポケモンたちにも声を掛ける。
そのマックスの言葉に安堵した野生のポケモンたちは口々にお礼の鳴き声を上げた。
『ははは、良いってことよ。これからは下手な怪我をしないように気を付けるんだぞ。じゃあな!』
こうして自分の呼ばれた役割を終えたマックスはその場から去ろうとする。だが、そんなマックスの腕をルカリオは掴んだ。
『どうした、ルカリオ?』
『るおん・・・』
マックスを引き留めたルカリオは弱弱しく鳴く。端的に言えばルカリオはマックスから離れたくなかったのだ。
生まれて初めて見た綺麗で鮮やかな瑠璃色の波動。その波動にルカリオは一目惚れしてしまったのだ。
この波動の持ち主とずっと一緒に居たい。
故に――
『え、恩返しがしたい?だから仲間にしてくれってか』
『ルオ』
『いや、そんな事、気にしなくて良いんだぜ』
『ルオン!』
『うお、分かった分かった。そんじゃあこれからよろしくなルカリオ。歓迎するぜ!』
こうしてルカリオは表向きは仲間を助けて貰った恩を返したいなどと、もっともらしい理由を付けてマックスの仲間となった。
この綺麗な波動の持ち主の傍に居られる。それだけでルカリオは幸せであった。同時にこれがルカリオの受難の始まりであった。
ルカリオが抱えている唯一と言える欠点。それは他のポケモンに対して攻撃技を繰り出すことが出来ないと言うものであった。
ポケモンバトルが嫌なのではない。自分が傷付くのが怖いのではない。ただ、自分の手で誰かを傷付けることに拒絶反応が出てしまったのであった。
当然の事ではあるが、ルカリオのこのあり方はポケモンバトルに置いて致命的な弱点だ。ポケモンバトルに置いて相手を攻撃せずに勝つことなどほぼ不可能である。
この事実を前に、ルカリオの心は酷く乱れる。
ルカリオはマックスと一緒にいたい。だがポケモンバトルに勝たなければ、否。戦う事さえ出来なければそのルカリオの願いは危うい。
けれどもルカリオは対戦相手を攻撃することは終ぞできなかった。頭ではわかっているのにいざそれを実行しようとすると体が思うように動いてくれないのだ。
後にマックスによってルカリオ独自の戦闘スタイルを身に着ける事が出来たが、そんなものは関係ない。結局の所、根本的な解決にはなっていないのだから。
そして先送りにしていたその影響は今、ルカリオに重くのしかかってきている。
疲労とダメージが蓄積した自分と違い、多少の疲れはあるだろうがまだ万全に戦える眼前のリザードン。この状況は、ルカリオ自身がマックスの好意に甘え続けたが故の結果である。
他の仲間と違い自分だけが明確にマックスの足を引っ張っている。
マックスと一緒に居たいと言う己の我儘を通しているくせに、いつまで経っても自分の弱点を克服しようとせずにマックスと他の仲間の好意に甘え続ける醜い自分。その上でこのまま何も出来ずに負けるなんて・・・
――そんなのあんまりじゃないか――
ルカリオは自分のこのどうしようもない性根を信用する事はもう出来ない。それでもマックス達の信頼を裏切る事だけはしたくなかった。
故に、ルカリオは覚悟を決める。
「あの構えはまさか」
「ルカリオ、一体何を・・・」
ルカリオは腰だめに向かい合わせにした両の掌の中でエネルギーを貯める。寒気さえ感じるその高密度なエネルギーの塊は、次第に青白い光を放ちつつ球体に圧縮されて行く。
『”はどうだん”だぁー!マックス選手のルカリオ、ここに来て攻撃技の解禁だぁー!!』
『凄まじいエネルギーです。これがチャンピオン・ダンデのリザードンに当たれば、ここからの逆転も十分にあり得ます』
マックスとダンデもこの事実を前に驚く。
もとよりルカリオの性格を知っているマックスからすれば、あの優しいルカリオが追い詰められたからと言って”はどうだん”を使用するなど青天の霹靂である。
ダンテからしても対ルカリオの対策は、ルカリオからの攻撃技がない事が前提であった。その根本が今、完全に覆ったのである。
「く、リザードン。”はどうだん”の発射のタイミングを見極めてギリギリで避けるんだ!」
「ギャオ!」
ルカリオの気迫に押されて見に回ってしまったのは失敗であった。この距離で”はどうだん”の構えを取られてしまっては、下手に動けば良い的になってしまう。
だからこそダンデはルカリオの”はどうだん”の発射のタイミングを見極める事を選んだ。
(大丈夫だ。リザードンの機動力ならタイミングを逃さなければあの”はどうだん”だって避けられる!)
集中だ!、と自分に気合を入れるダンデを尻目にとうとうルカリオの”はどうだん”が発射された。
「避けろ!リザードン!!」
ダンデの命令のタイミングはまたしても完璧であった。その指示に従えばリザードンはルカリオから放たれた”はどうだん”を避ける事が出来たであろう。
その”はどうだん”がリザードンに向かって放たれたらの話だが。
ルカリオが放った”はどうだん”はダンデのリザードンにではなく、その手前の地面に向かって直撃した。
これにより
『なんと、マックス選手のルカリオが放った起死回生の”はどうだん”はリザードンにではなく地面に着弾してしまいました!』
『これは残念。疲労により狙いがズレてしまったのでしょうか。それとも?』
「ぐ、なんて威力だ。煙で前が見えない!」
(あのルカリオが攻撃技を相手に当てるなんてありえない。つまりこれは!)
この時、マックスの頭に閃きが落ちる。ルカリオの真の狙いが正しく理解できたからだ。
「ルカリオッ、リザードンはまだ動いちゃいないぞ!!」
マックスが叫んだ数秒後。舞い上がった黒煙により身動きが出来なくなっていたダンデのリザードンは自分の腹部に圧迫感を感じた。
おそるおそる視線を下げて自分の体を確認したリザードンの目に映り込んだのは、その両腕でがっしりとリザードンの腹部に組み付くルカリオの姿であった。
「ルオォォ!!」
「ギャオ!?」
「リザードン、どうしたんだ!?」
バトルフィールドに舞った黒煙の中から突然聞こえて来たルカリオとリザードンの叫び声。当然、ダンデたちにはその姿を確認することはできない。
ルカリオはリザードンに組み付いたその体勢のまま、自分の体をリザードンの重心の下に持って行く。その影響で前につんのめった姿勢になったリザードンは、踏ん張る事も出来ずにルカリオに体を持ち上げられてしまった。
そこからルカリオは体を反転。リザードンを抱えたまま前進する。
このままでは不味いと判断したリザードンが背中の羽で羽ばたき抵抗しようとする前に、ルカリオは自分の”はどうだん”によって作り上げた溝のような穴にリザードンごと飛び込む。
どしん、と背中から落ちたリザードンはその衝撃で怯み一秒程、身体が硬直する。その間にルカリオはリザードンに馬乗りになりマンウントポジションを確保。
そのままリザードンの顔をこちらに向けれないように手の平で顎付近を押さえつけると、残った腕でリザードンの長い首を締め上げた。
相手の正面から極める変則的な裸絞めだ。
窄められたリザードンの首の気道は酸素と血流の動きを阻害する。リザードンもルカリオの極め技に対して抵抗を見せるが、背中の翼は溝のように抉られたこの穴の中では思うように広げる事が出来ない。
またリザードンのドラゴンのようなずんぐりとした体形の構造上、あおむけの状態で上から抑えられると腹筋の力だけでは起き上がるのは難しい。
何よりも柔道の寝技のように巧みに重心を操るルカリオの抑え込みの技術を前に、リザードンは身体を反転することさえ不可能であった。
リザードンはルカリオの拘束を外すことを諦めて、掌に炎を灯して自分を押さえつけているルカリオの胴体に”ほのおのパンチ”を放つ。
寝転がり腰の入らない手打ちのパンチとは言え、連続で殴って来るリザードンの”ほのおのパンチ”はルカリオの体力を確実に削る。
しかしルカリオ拘束は一向に緩まる事はなかった。むしろさらにリザードンの首を絞める強さは増していく。
相手を攻撃できないルカリオが自分に許した唯一のダメージ技。それがこの極め技であった。
故にルカリオはリザードンを逃さない。このチャンスを逃したルカリオに待っているのは敗北のみ。
そんな気迫のルカリオの下敷きとなったリザードンの動きが徐々に鈍って行く。狭窄し始める視界。息が出来ず青白く染まったリザードンの顔の口の端からはぶくぶくと泡が噴き出す。
手足は鉛でも付けたかのように重く痺れて動かなくなっていく。
「戻れ、リザードン!」
「ルオ!?」
突如としてルカリオの体の下からリザードンが消え去る。思わず溝の中で周りを見渡すルカリオの目に映ったのは、こちらに腕を伸ばしているであろうダンデの影であった。
”はどうだん”によって舞い上がった黒煙はまだ完全に晴れておらず、まだ相手の姿ははっきりとは見えない。
だがダンデのあの構えはおそらく――
『チャンピオン・ダンデ、ここでリザードンを手持ちに戻しました!』
『失敗をすれば反則を取られていたかも知れないこの場面での強気の選択。流石はチャンピオンです』
ガラル地方の公式の大会に置いて、ポケモン交代は一試合3回まで認められている。またこの時に故意か否かに問わず対戦相手のポケモンを誤って戻してしまった場合は反則負けとなる。
だからこそ黒煙によって視界が悪くなったこの状況でポケモンの交代を選ぶのはリスクの高い行為であるのだ。
実際の所、ダンデもルカリオとリザードンの様子を完全に見通せている訳ではなかった。しかし、ダンデの勝負師としての勘がこのままではリザードンを失うと判断してその選択を取らせたのだ。
ルカリオが作った穴に落とされたリザードンはそこから露出している部位も少なく手持ちに戻すのは困難な状態であった。しかもそこにルカリオが重なる様にして馬乗りしているのだから、ボールを持つ手の角度が数度違えば誤ってルカリオを戻していたかもしれない。
それを黒煙によってルカリオとリザードンの影しか見えない視界不良の状況でダンデはやってのけて見せたのだ。
ここぞと言う勝運をつかみ取るこの才能こそ、ダンデを強者たらしめる所以である。
状況を理解したルカリオはのそのそと重たい体を引きずって穴から出て来る。
そんなルカリオに向けてダンデは次なるポケモンを繰り出した。
「行け、ドサイドン!」
「オォン!」
『チャンピオン・ダンデ。リザードンの次はドサイドンを繰り出しました』
『ドサイドン。見た目通りのパワフルなポケモンです。はたして今の消耗したマックス選手のルカリオで受けきる事ができるのでしょうか?』
どしんどしん、とドサイドンはその巨体に見合う力強い歩みでルカリオに近付く。マックスのルカリオはその歩みを黙って見つめドサイドンを待つ。
既にルカリオの体力は底を付きかけていた。
やがて目の前にまで迫ったドサイドンを正面から睨みつけるルカリオはいつもの捌きの構えを取って対峙する。ルカリオとドサイドンのその身長差はおよそ1.2メートル。
倍近く離れたその体格差であってもルカリオが相手に怯むことはない。
「ドサイドン、”メガトンパンチ”だ!」
「ウオォン!」
例え弱った相手であろうと油断はしない。右の拳を握りしめ、そのリーチの差を活かしたドサイドンは渾身の”メガトンパンチ”をルカリオにお見舞いする。
その一撃を前にルカリオは上半身をまっすぐ”メガトンパンチ”に向かって進めつつ、左の足を斜めに逃がす。
そして左足が地面に付くのと同時に右足を同じく左に滑らせる。ドサイドンの”メガトンパンチ”はまるでルカリオの体を通り抜けたかのように空を切った。
ドサイドンの右側面に回り込んだルカリオは、そのままドサイドンの大きな右足に組み付き持ち上げバランスを崩そうとする。
だがその右足はルカリオの力を以てしても動くことはなかった。
300キロ近い体重を支えるドサイドンのその足はまさしく筋肉の塊。加えてリザードンとの戦闘で体力を消耗しているルカリオの身体能力は著しく低下していた。
ルカリオが万全の状態ならまだしも、そんな不完全な体調ではダンデのドサイドンの体幹を崩すことは出来なかったのだ。
そんなルカリオに向かって伸びた右腕を折り返して放ったドサイドンの鉄槌が頭に炸裂した。
「ゴオォン!」
「ル、オ・・・」
「ルカリオ!?」
その一撃はルカリオの残っていた僅かな体力を削り取る。
『マックス選手のルカリオ、ドサイドンの一撃に耐えられず戦闘不能です!』
『ここに来てチャンピオン・ダンデは明確に一歩リードをしましたね』
ドサイドンの一撃によって倒れ伏したルカリオをマックスは静かにボールに戻した。
その姿を眺めつつダンデは思わず両の拳に力が入った。博打の多い戦法を制しようやくマックスからもぎ取った1つのリード。
しかしマックスの強力な手持ちを知るダンデからすればこれはとても大きな一歩であった。
そんなダンデの気迫が会場にも伝播したのか、ダンデを見守る観客の声援の勢いを増す。
『何と、会場がダンデコール一色です!』
今この瞬間、勝負の流れの勢いは間違いなくダンデに向いた。もし勝利の天秤を持った女神がここに存在していたのならば、その杯を大きくチャンピオン・ダンデに向かって傾けていたであろう。
そんな逆風の中、マックスは粛々と次に戦うポケモンが入ったボールを両手で持つ。その姿はまるで祈りにも似た思いさえ抱かせる。
ダンデコール一色に染まったその会場で、静かにマックスはその名前を紡ぐ。
「バンギラス」
「暴オオオォォォぉぉぉあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
その大音声は己以外の会場に包まれていたあらゆる音を消し去る。女神の持つ勝利の天秤さえ蹴散らす、すべてを破壊する最強の暴君がこのバトルフィールドに降臨した。