雲外蒼天のアイリス   作:隆夜零

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序章3 旧校舎

5.

 よくよく周囲を見ると、どうやら床はそのまま滑っても滑り台のような要領で下まで滑り落ちれるような作りになっていたらしい。

 

「つまり、ほかの奴らも無事ってことだな」

 

 とはいえまあ、心的でも許容できる事態以上の事に直面すれば、意識は一瞬でもブラックアウトする可能性はあるが。

 

 滑り落ちる壁を蹴り、体を中空に投げ出す。

 そうして体勢を整えてから、着地に備えて床を蹴りながら勢いを殺していく。しばしして。

 

「よっ、っと!」

 

 見えてきたしっかりとした床に、負傷をしないように細心の注意を払いながら無事に着地。上出来!

 

 少しだけ自画自賛をしつつ軽く見遣れば、既に大半は体を起こし、あるいは立ち上がっていた。

 

「……ふぅ」

 

 と、軽やかな音を立てて傍らに着地したのは、小柄な銀髪の少女。

 

「ナイス身のこなし」

 

 短く声を掛けると、やや緩慢な動作で俺を見上げた少女は、何度か目を瞬かせ、

 

「そっちもね」

 

 俺はたいへん短いお褒めの言葉をいただいたのであった。

 無視をされるのではないかとたかをくくってたんだが、なかなかどうして付き合いは良さそうだ。うん、いい子。

 

 小さく微笑み感謝の意を示してから一つ息を吐き、

 

「エリオットー、リィンー? 無事、」

 

 とりあえずと自己紹介は済ませた間柄だから、とエリオットの無事を視認し、ついで金髪の少女を庇おうとして身を乗り出したはずのリィンを見て、俺は言葉を失った。

 

「僕は無事だよ、ルイン。リィンは――へ……?」

 

 上体を起こして軽く手を振ってみせるエリオットもまたリィンの姿を探し、その光景を見て言葉を失ったが、これは無理もないだろう。

 

「ぅう……っ、何なのよ、まったく……あら?」

「その……なんと言ったらいいか……」

 

 何せ、リィンは金髪の少女に押し倒されたような体勢、より正しく言うのであれば下敷きにされた状態でその顔に彼女の胸が押し付けられていたような状態だったのだから。

 金髪の女の子が少しだけ体を浮かせたからリィンも喋れてこそいるが、それまでは呼吸がしにくかったであろう程度には見事な体勢である。

 

 これをひとは俗にラッキースケベだなんて言い方をするのかもしれないが、俺は羨ましいとは特に思わないです。

 あとリィンが故意でした事ではないが、それを理解して欲しいとかも言わないです。

 

 立ち上がった金髪の少女。

 彼女がわなわなと震えていることに、はたして気付いているのかいないのか。

 リィンもまた立ち上がると彼女に慌てたように声を掛ける。

 

「えっと、とりあえずその、申し訳ない……! でも良かった、無事でなに――」

 

 突き刺すような視線を感じて見遣れば、銀髪の女の子がリィンたちを指差して首をかしげている。

 そのジェスチャーの意味といったものは何なのかはわからないが、双子の兄弟であるという肯定の笑みを浮かべながらも眉を下げ、助ける手立てはないのだと首を横に振れば女の子は理解したようなしてないような、そんな反応。

 

 でもねー、ほら。いくら兄弟だって双子だって、いつでも傍にいてやるよーって言ったって、救えない時ってあるじゃん?

 こう、命の危険とかそういうレベルじゃない感情の機微的な問題とか特にさ、ね?

 

 かくして一帯には気持ちの良いまでに見事に平手打ちの音がひとつ、響き渡ったのであった。

 

 

 

 

 頬を押さえる双子の兄。それを何とも言い難い表情で見遣るエリオット。

 そんな二人を見守るのは俺である。

 

「なんというか……災難、だったね?」

「ああ……厄日だ……」

「まあ、お前も彼女も怪我一つなかったんだから、良かったんじゃないのか?」

 

 いくら滑り落ちれるように作られていたとしても、打ちどころが悪けりゃ怪我だってしかねない。

 そうした方向から考えれば、リィンの行動は必ずしも咎められるような事ではないはずだ。

 

 この男がいわゆる乙女心ってやつにはちょーっと鈍感だって問題はあるんだが。……だからといって俺がそういうのに詳しいとかじゃないんだけどね。

 

 リィンは俺を見て疲れたように微笑むと、ひとつ呼吸を挟んで周囲に視線を遣った。

 

「それにしても、此処は一体……」

 

 建物を入ってすぐのホールのような場所から落ちてきた俺たちはいま、妙に開けた場所に立ち尽くしている。

 上階であろうさっきまでいた場所と同じように薄暗くはあるけれど、視界が効かないほどではない。

 

「地下、だろうな。おそらくそんな深くまで落ちてはないと思うんだが」

「うん。それと……何かが置かれているように見える」

 

 エリオットの言葉通り、この空間に幾つも置かれている台座のようなものの上には何かが置かれているように見えた。

 近づかなければはっきりとは見えないから、何があるのかはわからないが。

 

 と、その時だ。

 

「っ!」

「わわっ!?」

 

 突如として鳴り響くいくつもの電子音。

 それは部屋の隅からではなく俺たちそれぞれから発せられていて、まさかと思ってポケットから携帯用の導力器を取り出して開くと、鳴り響いていた電子音がぴたりと止んだ。

 

「入学案内書と一緒に送られてきたものが、何でいま電子音を――」

『――それは特注の〈戦術オーブメント〉よ」

 

 ひとりごちていたはずが返答があって静かに驚く。

 さっきまで聞いていた筈のその声は、聞き間違いようもなく目の前で開いた導力器から聞こえてきていた。

 

「この機械から……?」

「通信機能を内蔵しているのか……!?」

 

 驚いたような声を上げたのは褐色肌の青年で、続いてマキアス。それからハッとした様子で、

 

「まさか、これって……!?」

「ええ。それはエプスタイン財団とラインフォルト社が共同開発した次世代の戦術オーブメントの一つ。第五世代戦術オーブメント〈ARCUS(アークス)〉よ」

 

 引き継ぐように言い切ったのは、導力器――戦術オーブメントだというそれ越しに聞こえるサラ教官の声。

 

 戦術オーブメント。

 それは七耀石(セプチウム)という天然資源から引き出されたエネルギーである導力を用いることで、所持者個人の身体能力を引き上げたり導力魔法(オーバルアーツ)を行使出来るようにと作られた戦闘用特化の小型導力器だ。

 その性質上、完全オーダーメイドの代物だから学生の身分で手にする事はないだろうと思ってたが……。

 

「ARCUS……」

「戦術、オーブメント……魔法(アーツ)が使えるという、特別な導力器ですね」

『そう。結晶回路(クオーツ)をセットすることで魔法(アーツ)が使えるようになるわ。ということで――各自、受け取りなさい!』

 

 と、導力器、もとい――ARCUS越しにサラ教官が告げると、今いる空間の各所に光が灯った。

 そうしてようやく台座の上には荷物――校門で渡した、事前申請した武具が置かれている事がわかった。

 

『君たちから預かっていた武具に加えて、特別なクオーツを用意したわ。それぞれ確認した上で、クオーツをARCUSにセットしてちょうだい』

 

 そうは言われても、すぐに動けるものでもない。

 誰からともなくお互いに顔を見合わせる形になって、

 

「ふむ……とにかくやってみるか」

 

 と、青髪の少女が動き出したのを皮切りに、銀髪の少女が、そして愚痴りながらマキアスが、無言のままにユーシスが、それぞれ自分の荷物へと向かっていく。

 

「リィン、行くぞ」

「ああ」

「僕も自分のものを取ってくるよ」

 

 リィンの肩を叩き促すと、エリオットが小走りに駆け出していく。そうして到着した台座の上には、校門で作業着姿の青年に手渡した時のままの包みと、それから小さな小箱が置かれていた。

 小箱を開くと、そこにはクオーツがひとつ。

 手に取った丁度に、ARCUSからサラ教官の声が聞こえた。

 

『それは〈マスタークオーツ〉。ARCUSの中心に嵌めれば魔法が使えるようになるわ。さあ、セットしてみなさい』

 

 言われたとおりに〈マスタークオーツ〉を開いたARCUSの中心、大きめの窪みに嵌め込むと、途端にARCUSが淡く輝いた。

 

『今の光は、君たち自身とARCUSが共鳴・同期した証拠。これでめでたく魔法(アーツ)が使えるようになったはずよ。他にも面白い機能があったりするんだけど……それは追々ってところね』

 

 どんな機能があるのかはわからないが、少なくともサラ教官にとっては面白いものであることには違いないらしい。

 サラ教官は弾んだ声で、さらに俺たちに告げる。

 

『――それじゃあ、始めるとしましょうか』

 

 言うと同時に、部屋の一箇所の壁が音を立てながら開いた。

 

『そこから先のエリアはダンジョン区画になっているわ。わりと広めで入り組んでいるから、少し迷うかもしれないけど……無事に終点までたどり着ければ、旧校舎一階に戻る事が出来るわ』

 

 ああ、なるほど。それじゃあ此処は旧校舎の地下ってわけか。

 地下二階か、いや、一階か? さすがに入学当日のオリエンテーリングで深い場所には落とさないだろうし。

 

『ま、ちょっとした魔獣なんかも徘徊してるんだけどね』

 

 しれっととんでもないことをおっしゃいますね、教官。

 

 ただそうだな、だから武具が此処にあるんだろう。

 どういう意図で、どういう目的があってのことなのかはわからないが戦えというのなら、戦う必要があるというのなら、それはそれで構わないというものだ。

 

『それではこれより、士官学院特科クラス〈Ⅶ組〉の特別オリエンテーリングを開始する。各自ダンジョン区画を抜けて旧校舎一階まで戻ってくること。……文句があるなら、その後に受け付けてあげるわ』

 

 それは良い。

 別段文句というものはないが、それでもこれに何の意味があって、何が目的なのか。どうして特科クラス〈Ⅶ組〉の生徒に俺達が選出されたのか、聞きたいことはそれなりにある。

 

『何だったら、ご褒美にほっぺにちゅーしてあげるわよ?』

 

 それは丁重にお断りさせてもらおう、うん。

 ほんと茶目っ気たっぷりで教官らしからぬ教官だな。

 まあ、とっつきにくいとかよりは断然良いんだけどね。俺はサラ教官のノリ、嫌いじゃないしさ。

 

 

 

6.

 それから俺達は意図せずも各々が武具を手にして、開いた扉の前に集まる形となった。

 続く道の先は灯りこそ点っているが、何があるのか、それこそ魔獣の姿さえも確認することはできない。

 ただ、じっと待っていてもARACUSからはもうサラ教官の声は聞こえてこないし、当然助けが来る様子もありはしない。

 

「え、えっと……」

「どうやら、冗談というわけでもなさそうね」

 

 あれが冗談だとしたら、それはそれで随分と笑えない冗談だとも思うけれど。

 

 困り果てた様子のエリオットに続くように、ため息混じりに零した金髪の少女の言葉にそんなことを考えつつ。

 そうしてややあって、こうしてじっとしているのも無駄だと言わんばかりにユーシスがひとり、続く道へと足を向け、

 

「待ちたまえ!」

 

 そんな彼を、意外な事にマキアスが呼び止めた。

 

「まさか、ひとりで勝手に行くつもりか?」

「馴れ合うつもりはない」

 

 信じられないといった風に声を掛けたマキアスに、ユーシスは振り向きはっきりと言い放つ。

 ユーシスはそのまま、マキアスをじっと見詰めて言葉を続ける。

 

「それとも、貴族風情と連れ立って歩きたいのか?」

「ぐっ……!」

「まあ――魔獣が恐いのであれば、同行を認めなくもないがな」

 

 はっきりとした、それでいてマキアス自身が口にした言葉を用いての言動に呻く彼を見詰めたまま、ユーシスはさらに言葉を続けて、

 

「武を尊ぶ帝国貴族として、それなりに剣は使えるつもりだ。貴族の責務(ノブレス・オブリージュ)として、力無き民草を保護してやろう」

 

 ふぅん……そうか、それはつまり、なるほどなるほど?

 物言いはさておきとしても、流石は貴族――それも〈四大名門〉のひとつたる大貴族として恥じない人柄は伝わってくる。

 もっとも、ユーシスに勝るとも思ってないとはいえ、同様に剣に通じる俺には不要の気遣いではあるが、彼の助けを必要とするかもしれない子はいるかもしれないからな。

 

 ただ、そうだなあ。

 

「だ、誰が貴族ごときの助けを借りるものかっ!」

 

 マキアスにはユーシスの伝えたい要の部分は何も伝わってない気がするなー。

 

 大声で吠えたマキアスはユーシスをこれでもかというほど睨みつけたかと思うと、つかつかと歩き出し、ユーシスの横を過ぎたところで再度彼を睨んだ。

 

「もういい、だったら先に行くまでだ! 旧態依然とした貴族などより上であることを証明してやる!」

 

 そう吐き捨てて進み始めるマキアスの行動は、正直なところ想定外も想定外だったが……そんなマキアスを追うように、ってわけでもないだろうけど、続くようにユーシスも歩き出したから……大丈夫だろう。たぶん。

 それに、此処にいるってことは、全く戦うことができないってことでもないだろうからな。

 

 それよりも問題なのは残ったこっちがどう動くかって事だ。

 

「どうしましょう……」

 

 困り果てた様子で言葉を零す眼鏡の少女の言葉は、この状況を正しく言い表していると思う。

 

「とにかく、我々も動くしかあるまい」

 

 ただ青髪の少女が口にした言葉通り、行くしかないのは確かで――と、その時銀髪の少女がひとりでてくてくと歩き出してしまった。

 

「ひとりで大丈夫なのか、猫っぽいお嬢さん?」

 

 と、思わず掛けた声に、彼女は肩越しにこちらを見る。

 

「……フィー・クラウゼル。フィーでいいよ」

 

 黒目がちの目で銀髪の少女――フィーが、俺をじっと見上げて突然にそう名乗るものだから、俺は思わず目を瞬かせる。

 でもその時間は極僅か。それならば、と小さく笑って口を開いて、

 

「ルイン・シュバルツァー。ルインと呼んでくれ」

「ん。……わたしはひとりでも平気だから」

「そうか。それなら止めはしないが、気をつけてはくれよ?」

「ルインもね」

 

 交わしたのはそれだけ。それだけ話して、フィーは歩いて行ってしまう。

 その小さな背を見送っていると、青髪の少女の凛とした声がはっきりと耳を叩いた。

 

「では、我らも先に行く。男子ゆえ心配無用だろうが、そなたらも気をつけるが良い」

 

 そう言って堂々たる雰囲気で進む少女を、

 

「そ、それでは失礼します」

 

 眼鏡の少女はぺこりと丁寧にお辞儀をして追い掛け、

 

「…………フンっ」

 

 金髪の少女は明らかにリィンに対してツン、とした表情を浮かべて追っていってしまった。

 

「随分と目の仇にされたもんだな、リィン?」

「おもしろがってるだろ、ルイン……」

 

 いやいやそんなことはまったくまったく。

 ちょっと面白いなーだなんてそんなことはまったく。……思ってないよ? 思ってないからな? お兄様?

 だから半目で睨まないでくれって、ほんとにリィンは俺に対してはわりと容赦ないんだからなあ。

 

「あはは、……あとでちゃんと謝ってみたらどうかな?」

「ああ、そうするよ」

 

 困り眉で言うエリオットに、リィンが力なく答えたが……そのタイミングはしくじるんじゃないぞー?

 

 そんな小さな不安がよぎったのを隠すように、俺は一つ伸びをしてからリィンたちを順繰りに一瞥する。

 

「それじゃ、俺達も一緒に行動するとするか。ふたりが良ければ、だけどさ」

 

 残されたのは俺とリィンとエリオットと、それから褐色肌の青年。

 

 俺は元々リィンと行動するつもりだったし、リィンもそのつもりだっただろうから良い。

 まあ、フィーがひとりで平気じゃなさそうならそっちに着いて行くってのも考えはしたけれど、その時にはリィンに声を掛けるつもりだったしな。

 ただエリオットたちにはエリオットたちなりの行動指針があるだろうから、と尋ねれば、エリオットはほっと安堵した様子で笑みを浮かべて答えた。

 

「うん、もちろん! ……というより、流石に一人だと心細いし」

 

 それでは残る青年は、と視線を遣ると彼はひとつ、深く首肯をして、

 

「異存はない。オレも同行させてもらおう」

 

 そう答えた青年は俺たちに真っ直ぐに向き直ると、穏やかな表情で言葉を続けた。

 

「ガイウス・ウォーゼルだ。帝国に来て日が浅いから、宜しくしてくれると助かる」

 

 名乗った青年――ガイウスは、やはり帝国人ではないらしかった。それはつまるところ。

 

「ガイウスは留学生なんだな。俺はルイン・シュバルツァー。こっちが……」

「リィン・シュバルツァーだ。よろしくな」

 

 ガイウスは俺とリィンをゆるりと見比べ、さして驚いた様子もなく僅かに首を傾げる。

 

「双子の兄弟か。どちらが兄かは聞いても?」

 

 少しだけ意外な反応だったが、それでもこそばゆくたって心地よいものには違いない。

 それは兄はリィンだ、と告げた後のただその事実を知って、しっかりと覚えんとする反応も含めた全てが、である。

 

 さて、行くと決めたならいつ魔獣が出ても平気なように武具を取り出しておいたほうがいいだろう。

 言葉にこそしなかったが、そう考えたのは皆同じで、それぞれがそれぞれの武器を取り出すと、

 

「その長いのが、ガイウスの武器なの?」

 

 と、不思議そうな声を上げたのはエリオットだ。

 彼が自分の武器を手にしたまま見詰めるのはガイウスが取り出した武具。

 

「ああ」

 

 首肯しながら肯定するガイウスの手に握られていたのは、長い柄の先に十字の刃がついた長槍――十字槍だった。

 

「……なんだかカッコイイね」

「故郷で使っていた得物だ。そちらはまた……不思議なものを持っているな?」

「え? ああ、うん。これね」

 

 今度はガイウスが尋ねたその視線の先にあるのは、エリオットと、彼の手に握られていた武具。

 

「杖……じゃないな、杖型の導力器(オーブメント)か?」

「これは新しい技術を使った武器で、〈魔導杖(オーバルスタッフ)〉っていうんだって」

 

 言いながらエリオットは自分の手元にある杖――魔導杖に視線を落とした。

 

「入学の時に適性があるって言われたから、使用武具として選択したんだけど……」

「そんなものがあるのか」

「俺も聞いたことがないな……」

「同じく」

 

 とはいえ技術の進歩は俺たちが思うよりもずっと早いんだろうとは思う。

 技術者たちは日夜、研究開発を欠かしていないわけだし、興味関心といった理由でもなければ入ってくる情報はいつだって限定的だ。

 案の定というべきか、エリオットは眉根を下げながら言葉を付け足した。

 

「なんでもまだ、試験段階の武器なんだって」

 

 なるほど、じゃあ尚の事知らなくても仕方ないってわけだ。

 

 ひとり胸の内で納得をしていると、エリオットが今度は俺とリィンの手元を見た。

 

「それで……ふたりの武器は、その? 同じもの、だよね?」

「ああ」

「同じものだよ」

 

 肯定する俺たちの手元にあるのは同じ形状の武器。

 ただ違うのは、既に抜き出しているリィンと異なり、俺は未だ収めているということだけ。

 

「それって、剣なの?」

「帝国で見掛けるものとは異なっているようだが……」

「これは〈太刀〉さ」

 

 俺たちの武器は剣、ではなく太刀と呼ばれるものだ。

 

 不思議そうに、興味深そうにするエリオットとガイウスに、リィンがそう短く答えて素早く切っ先を前に構えた。

 軽やかな音を立てて振り出されたその刀身は、灯りを受けて僅かに煌いて見える。

 

「うわあぁ……! 綺麗な刀身……!」

「見事なものだな……」

「東方から伝わる武器で、切れ味もいいんだが……なにぶん扱いが難しくて、俺は上手く扱えないからこうして収めてるってわけ。……これなら殴れるだろ?」

 

 感嘆の息を漏らす二人に答えながら鞘に収まったままの太刀を軽く振るって見せると、リィンの口からは深いため息が溢れた。

 

「二人に流れるように嘘を吐くな」

「リィンの方が上手く扱えるってのは事実だろう?」

「そこに関しても異を唱えたいものだが……お前が太刀を収めたままで持ち歩くのは、その方が戦い方として合っているからだろう?」

「そう! つまり、殴りが得意!」

「こら愚弟」

 

 そんな怒らないでってば兄貴。

 だって嘘ではないじゃん? 全くの嘘ってわけじゃな――わかった俺が悪かったって、だからほんとにそんなに怒るなよ、リィン!

 

 僅かに笑みを乗せながらじっと俺を見詰めて視線で責め立てる兄に怯んでいると、エリオットとガイウスが小さな笑みを零して、

 

「ふたりは本当に仲が良いし、信頼し合ってるんだね」

「ならばこちらも、当てにさせてもらおう」

 

 おっと? なんかハードルが上がった気がするなー?

 

 でも実際のところ、リィンがいるのならばきっとなんとかなるって俺は思ってるし、リィンが俺に向けてくれる信頼にも応えたいと思ってる。それがこの場での何よりの助けになるというのなら、尚の事。

 

 はからずもリィンと同時に顔を見合わせ、強気に笑み合う。

 さっきまで怒られていたとか、怒っていたとか、そんな事はとうに過ぎ去り忘れたかのように。

 

「俺の戦い方に関しては、この先で追々ってことで……心の準備が出来たら、行くとしようぜ」

「警戒しつつ慎重に進みながら、まずは互いの戦い方を把握していこう」

 

 まずはそこから。理解し合うことから。

 この旧校舎の地下はどれほどの広さで作りになっているのかも、どんな魔獣がいてどう対処すれば良いのかもわからないのだから。

 

 せめて一緒に行動するやつらとくらいは、理解を深めて息を合わせて進んでいかないとな。

 

 

7.

 開けた場所から続く道は、ほとんど真っ直ぐだった。

 とはいえ相変わらず灯りは足りてないから奥の方の様子は今ひとつわかりにくいし、入り組んでいるとまではいかないものの、真正面に突き進めばいいという造りにもなっていないようだが。

 

「あ! あれって、魔獣……?」

 

 と、不意にエリオットが前方に何かを見付けて声を上げて。

 倣うように見れば、そこには確かに魔獣らしきものの姿がある。

 

「ふむ、見たことのない種類だが」

「俺も同じく。だけど……」

 

 見たことがなくとも有効的とも思えないその魔獣に、俺は床を強く蹴って一足で距離を詰める。

 案の定その魔獣――猫のようにも思える体躯に似合わない蝙蝠のような羽と鋭く爪の尖った足を持ったそいつは、距離を詰めた俺を見て獰猛に目をぎらつかせた。

 

「敵対するなら躊躇いはなし!」

 

 襲いかかってくる前に、魔獣へと収めていた太刀を振り抜く事で一撃。その刃はさほどの傷は負わせられない。

 だが、注意をこっちにむけられりゃあ、それで充分だ。

 

「任せたぜ、リィン!」

 

 抜き出した太刀を素早く収めながら呼びかけた時にはもう動き、視界の中に。

 

「ああ、任された!」

 

 魔獣の背後に回ったリィンが、躊躇いなくその背を斬りつける。刹那、その姿は弾けるように姿を霧散させ、溶けて消えた。

 

 うーん、さすがはリィン。

 言葉なく概ねのやりたいことが伝わるのは気が楽だな。

 

「すごい、息ぴったりだ……」

 

 呆けたようなエリオットの傍で、ガイウスは警戒を深めたまま槍を構えて口を開いた。

 

「次が来るぞ」

「え?」

 

 刹那、薄暗い視界から飛び込んでくるように先ほどの同じような姿をした魔獣がガイウス目掛けて襲い掛かる。

 それを、ガイウスは動じることなく長い柄を操り十字の矛先で流れるように迎撃してみせた。

 

 ふむ……ガイウスは接近戦に慣れてそうだな。

 しかもよほどのことでもなければ動じそうもないし、ちょっと無茶振りしても臨機応変に対応してくれそうな気配を察知。

 

 対してエリオットは接近戦には向かないだろう。

 どうしようもない訳でもないだろうが、杖型の導力器(オーブメント)である〈魔導杖(オーバルスタッフ)〉を使ってるんだから、十中八九見込まれた適性は導力魔法(オーバルアーツ)のほう。

 

「まだ気配が近くに残ってるな……」

 

 ぽつ、と呟くようにリィンが言うのとほぼ同時、ガイウスとエリオットの立つ更に奥から何かが閃いたのを見て、素早く床を蹴る。

 

 一歩、二歩――ちょっと接敵まで間に合わないな、それならより近いほう、狙われている方に……!

 

「エリオット! 右斜め前に杖を振ってくれ!」

「! うん!」

 

 突然の指示にエリオットはすぐに応じてくれる。

 成程、肝はすわってる。いいことだな。

 

 エリオットは俺の指示した方に杖を振りかぶる。

 と同時に杖から飛び出すように放たれたのは三つの水泡。

 思うよりも早く、そして距離を持って跳ねて向かっていくそれは飛び込んでこようとしていた魔獣の不意を突き、怯ませるには十分だった。

 

 想定外だったが、これは僥倖!

 

「エリオット! それにガイウスもそのまま伏せてくれ!」

 

 言うやいなや飛び込む俺に、彼らが屈むのは早い。

 

 体が中空にあろうが、このような小型の魔獣を一刀を以て沈められねば技を磨き続けた価値もなし。

 彼女より学んだ剣術は、そんな言い訳など無用のものであると教え込まれるように叩き込まれたものなのだから。

 

 つまり――出来なきゃ師匠に顔向け出来ないってこと!

 

「はっ!」

 

 迅速に、疾く、捷く。

 抜き放ち、斬り払い、収める。

 

 たった一回の抜刀だけをすれ違いざまに叩き込み、静かに着地する。

 背後にあった気配が、他二体のように霧散していくのが目を遣らずともわかった。

 

「見事なものだな」

 

 と、感嘆の息を零すガイウスに、俺は振り向き首を傾げる。

 

「そうでもないさ。今のはエリオットのおかげ」

「僕は何もしてないよ」

「いや、お前の攻撃のおかげで猶予が思うより長かったから、何もしてないことなんてないよ。俺は本当にまだまだだな……」

「誰よりも速く行動しててそう言うんだからな、ルインは」

 

 師匠なら気付いた時には叩き込んでただろうし。

 もう彼女の剣を見たのは遠い昔になっているからだいぶ美化してしまってる節はありそうだが、それでも全然近付けた気がしないから、俺はまだまだひよっこのまんまなんだよなあ。

 

 いつかまた会えた時に、立派になったと褒めてもらいたいものだけれど。

 

 なんて考えるのはさておきとして、だ。

 

「さて、これでお互いの戦い方、出来そうなことに関しての理解は少し深まったか?」

 

 鞘に収めた太刀を片手に、空いた手を腰に宛てがいながら三人を見て、俺はちょっとだけわかったよ、と付け足すと彼らもまたそれぞれ頷き、

 

「うん。僕にも出来そうなこと、みんなに出来ること、ちょっとだけだけどわかった気がする」

「そうだな。それと、リィンとルインの連携が優れていることも」

「そこはまあ、双子の兄弟という付き合いの長さからなるものだからな。……まだ魔獣の気配は辺りにあるし、焦らず進もう」

 

 一歩一歩、着実に、な。

 ゆっくりでも進めりゃあ、いつかはゴールにたどり着けるもんなんだからな。

 




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