雲外蒼天のアイリス   作:隆夜零

5 / 8
序章4 旧校舎2

8.

 

「ほんとに殴ってる……」

 

 その後も道なりに進んでは遭遇する魔獣を倒していたわけだが、どの程度で倒せるかの感覚を掴んでついに鞘でぶん殴り始めた俺に気付いてエリオットが困惑したような声を上げた。

 

「だから言っただろ? 殴りが得意、って」

「殴りどころか蹴り始めてるのもあって、エリオットは困惑しているんだろ」

 

 確かに殴ったし蹴ったな。そっちの方が良いかなって思ったし。そりゃ困惑するか。

 

「まあ、リィンは普通に太刀を使うからな……」

 

 リィンも剣の師である老師からは無手の型は徹底的に叩き込まれてたけど、それを使う時って武器がないような緊急事態だしねえ?

 

 ただ俺のお師匠様はというとなあ……。

 

「別にね、俺は手を抜くためにこういう立ち回りをしてるわけじゃないよ」

 

 彼女はとても優れた刀術の使い手だった。

 それこそ彼女は自分の弟さんの事も、性差によって存在する体格差などお構いなしに軽くあしらっていたくらいには。その弟さんだって、俺から見ればバケモノみたいなひとだったんだけどなあ。

 ただ一方で彼女は、それに拘ることもしなかった。

 自分たちの使う刀術を穢すつもりもなかったようだけど、それでも彼女は面倒だから、と太刀以外を手に俺や弟さんといった相手を軽くしてのけていた。

 それこそ武器もなく徒手だけでいなしきることさえあったのである。……といってもそれもまた基礎のひとつだから、とリィン同様そのへんは妥協なく叩き込まれたし、その延長線上として鍛錬を積んできてたからこそこういう立ち回りを好んでるってのもあるし、だからこそあの人のことはバケモノみたいだな、って思ってもいるんだけど。

 

 だから、まあ、そうだなあ。

 

「これが一番俺らしいと思うし、エリオットとガイウスなら本来のやり方を取っても別に大丈夫だろうって思ってるから、こうしてる。……もしも不快だというのなら改めるが」

 

 彼女は、師匠は微笑み言った。

 その剣を正しく使いなさい、と。

 たおやかな笑みを浮かべて言った彼女の言葉の真意を、未だ俺はわかっていないのかもしれないけれど、それでも困惑する俺に彼女はにっこりと笑いながら、間違いさえしなければそれでいいわ、と言ってくれたから。

 

 この振る舞いが彼らにとって否なのであれば、きっと改めるべきなんだろう。

 リィンは俺らしいとしか言わないし、一時だけ見ていただいた老師にも何も言われなかったからとはいえ、此処は学び舎――多くの人の目のある場所。

 そしていずれはそれぞれがそれぞれの道に進むための場所でもある。

 であるならば俺自身も教えられていない、誰も名を知らぬであろう無名の流派たるこの剣を俺の行動により穢すのは愚行以外の何物でもないだろう。

 

 だがエリオットとガイウスはといえば、

 

「え? 不快だなんて思わないよ? びっくりはしたけど、それでもルインの戦い方って本当に流れるように綺麗だし」

「ああ。リィンのものとは異なるが、研ぎ澄まされたものである事は伝わってくる。それを否定したいとは俺は思わない」

 

 けろっとした顔で、いつかの時にリィンと老師からも聞いたようなことを言い放ったのであった。

 

「ぇえ……? 自分で言っちゃなんだけど、わりと邪道じゃん、俺の戦い方? 武術を修めて極めようとしてる人には怒られても仕方ないんだぞ? リィンだって殴る蹴るはどうなんだ、って顔してたじゃん?」

「いや、別に周りは驚くだろうな、とは思うけど俺は今も気にしてないぞ?」

「お前は気にして!」

 

 お前が老師から授けられたものを鑑みたら、お前はこれをほんわかと受け入れちゃいけないと思うの!

 

「何でだ?」

「むしろこっちが何で!?」

 

 何でじゃないんだよ! 何でじゃないんだよっ!

 ほんっとにガバ! リィンは俺に関してはガバッガバ!

 俺がひとに迷惑を掛けたりわざと困らせたりをしなければ途端に寛容すぎるくらい寛容になる! あの子もだけど、本当に俺に甘い!

 

 きょとん、としているリィンにどうやったら理解してもらえるのか、と考えては無理だという確信を過ぎらせながらもそれでもどうにか言葉を探そうとしていると、おかしそうな笑みを零すエリオットの声が耳に届いた。

 

「ほんとに仲良しだよね、リィンとルインって」

「それはそう」

 

 リィンは俺にとって大切な片割れなので!

 例え食い気味に言い放ったことでリィンが困ったような笑顔を浮かべても、それは揺るぎない事実なので!

 

 

 

 

 ややあってからガイウスにやんわりと先を促される形で、俺たちは更に先に進む事にした。

 その道中にはもちろん魔獣の姿があったが、他にもクオーツの入った宝箱といったものや、オーブメントの機能を回復させる装置も設置されていた。

 元々魔獣の中には武器による攻撃よりもアーツ攻撃の方が通りやすいものがいたことで疑っていたが、どうやらこの場所は人為的に用意されたようなものみたいだ。

 

 そもそもとして地下のあの空間には予め俺たちの武具とマスタークオーツの入った箱が準備されていたわけだから、〈Ⅶ組〉となった俺達はサラ教官や校門で俺たちを迎えてくれた作業着姿の青年と小柄な女の子という先輩二人をはじめとした学院側により、わりと大掛かりとも思えるこのオリエンテーリングは準備されていたんだろう。

 まるで試されてるようでもあるが……それこそが〈Ⅶ組〉が作られた真の目的でもあるんだろうしな。

 

 まあでも、学院側によるものであり公的なものであるのなら、何か変な事に巻き込まれるような事はないだろう。

 俺にとってはそこが一番重要だ。

 といっても俺自身はどうだっていい。でもリィンが意図して何かに巻き込まれるのはいただけない。エリオットやガイウス、それに他の〈Ⅶ組〉の奴らだって悪い奴らはいないようだから、彼らがそうしたものに巻き込まれることも。

 だからその心配がないのならば、純粋にこのオリエンテーリングとも今後の学院生活とも真正面から向き合いたいとは思うのである。

 

「ルイン! 敵だ!」

 

 と、凛としたリィンの声が耳を叩く。

 考え事に耽っていたら少し離れてしまった距離もあって気付かなかったが、言われて見ればそこには昆虫のような魔獣の姿が複数。

 

「りょーかい! エリオットは敵との距離感を間違えないようにな!」

「うん! ルインも気をつけてね!」

 

 飛ぶように、跳ねるように、疾く捷く。

 俺とリィンで遊撃のように動き、ガイウスにはエリオットから付かず離れずにどっしりと構えて立ち回ってもらう。

 それが言葉なくも互いに最善と辿りついた戦い方だ。

 

 エリオットとガイウスの横を通り抜け、先に動き出したリィンを追い抜くように、じっとこちらを窺う昆虫型の魔獣に接敵。

 

 複数の敵。わりとまとまった位置。

 それなら一歩――踏み込み抜き出した太刀にて斬り払い、迅速に納刀。

 そして二歩――。

 

「〈桐一葉(キリヒトハ)〉」

 

 擦れ違い、もう一撃。こんどはより強く、より鋭く、だだ軌跡は一つとして幾度も。

 そうして一度振り下ろした太刀を納めると、後方から足音。

 まだ怯み、負った裂傷にたたらを踏むような状態であろう魔獣を前に、足音――リィンが抜き身だった太刀を収めて低く姿勢を落としたのは僅か。

 

「――はあっ!」

 

 踏み込んで抜き放ったのはただ一度。

 けれども幾度とない軌跡は、先ほどの俺と同様に迅速に剣撃を放っていることが窺える。

 その背後で、何体かの魔獣が光と共に霧散した。

 

 その一方で、ガイウスの手にする槍の方へと風がふわりと集い、纏い始める。

 それが色として捉えるように出来るようになった刹那、

 

「――ふんっ!」

 

 ガイウスは魔獣目掛けて接敵することなく槍を突き出した。

 間髪容れず弾丸のように一直線に駆け抜ける風。それは魔獣の体に幾つもの裂傷を刻み、目に見えて覇気を奪っていた。

 そんな瀕死の状態にあるうちの一体に、エリオットが杖を振るい、水泡によって止めを刺す。

 

 その姿を横目に、俺とリィンは同時に床を蹴り――先に接敵した俺が鞘を握る手で鋭い強打を叩き込み一体、次いでリィンがもう一体を斬り伏せれば殲滅完了。

 辺りにいた魔獣の姿は、少なくとも目視で確認できる範囲にはもうない。

 

「戦闘終了、っと!」

 

 ふ、っと息を吐き出して告げると、

 

「はぁ~……っ」

 

 へなへなとエリオットが膝から崩れ、へたりこんだ。

 

「エリオット、大丈夫か?」

「怪我はなさそうだが……」

「どっか痛むとこでもあるのか?」

 

 声を掛ける俺たちにエリオットが顔だけを上げて力なくへらりと笑う。

 

「大丈夫、緊張しっぱなしで気が抜けちゃっただけだよ」

 

 そりゃそうかあ、そりゃそうだよなあ。

 いきなり薄暗い旧校舎に招かれたかと思えば、床が傾いて地下に投げ出されて、武器はあるしこれ自体がオリエンテーリングだって話も聞いてるし、ちゃんとゴールは用意されてるってわかってても、魔獣がうろうろしてて到底気が休まらないような状況のままが続いてるんだから。

 

「三人は凄いね、全然平気みたいだし……」

「そこは慣れもあるだろうからな、じきにエリオットだってこうなれる筈だ。でもいまはいま。しんどいようなら少し休むか?」

「ううん、少しヨロけただけだから。先に進もう?」

 

 そう言いながらエリオットが立ち上がろうとしたその時だった。

 

「おい……!」

 

 蠢くような気配があって、真っ先に気づいたガイウスが声を上げた時にはもう、()()は動いていた。

 

「エリオット!」

 

 リィンが呼びかけた時には既に飛び跳ね、

 

「へ……、――っ!?」

 

 振り向いたエリオットが視認した時には肉薄していた()()は、昆虫型の魔獣。

 どうやら群れるように阻んでいた魔獣たちとは逸れた場所からこちらを窺っていた個体がいたらしい。

 

 咄嗟に床を蹴りはしてみたが、コンマ数秒のラグが致命的すぎる……!

 

「くそっ! 間に合わ……っ!」

 

 それでもどうにか、と太刀を構えた目の前。

 エリオットに飛び掛ろうとしていた昆虫型の魔獣が、不意に破裂音が響いた刹那、何かによって弾かれた。

 

「え……?」

 

 横合いから何らかが直撃し、ひっくり返った魔獣は既に踏み出していた俺が一刀で切り伏せると、少し離れた場所から足音と共に声が聞こえてきた。

 

「……よかった、なんとか間に合ったみたいだな」

 

 安堵したような息を吐きながら言ったのは、散弾銃を両手でしっかりと抱えるように持った眼鏡を掛けた少年。

 

「マキアス……?」

 

 ぽつりと名を口にすると驚いたように目を見張り、それから納得した様子でああ、と答えて僅かに目を伏せたのはあの開けた空間から真っ先に進んでいった筈のマキアスだった。

 

 

9.

 マキアスは俺たちの方へと近づいては来たものの、不意に足を止めて視線を落とした。

 手を伸ばしても届かない。けれども後一歩でそれが出来そうな距離で、立ち止まったマキアスは何か言いたげに口を開こうとして躊躇うことを繰り返していて。

 

「さっきは助かった。どうにも間に合いそうもなくて、焦ってたところだったから」

 

 静かに声を掛けると、マキアスはすぐに俺を見て、

 

「うん、本当に。危ないところを助けてくれてありがとう」

 

 続くように言ったエリオットを見て、ゆるゆると首を横に振った。

 

「いや、引き返したところに偶然居合わせてよかった。それと、その……さっきは身勝手な行動をしてしまったと思ってね」

 

 すまなそうに眉を下げたまま、マキアスは言葉を続ける。

 

「いくら相手が傲慢な貴族とはいえ、冷静さを失うべきじゃなかった。……すまない、謝らせて欲しい」

 

 言いながら僅かに頭を下げるマキアスは、確かにさっきの言動は不適切だったと心底思ってるんだろう。

 それでもまあ、ユーシス……というよりも彼のような振る舞いをする貴族に対する感情はどうやっても消えていないようだが、本来のマキアスという少年はこうして冷静さを保って理知的に行動できるような真面目で誠実な人柄なんだろう。

 

 少なくとも、ああして敵意を向けるべき相手意外の存在がいたことを、不意に思い出して戻ってこようと考えられるくらいには。

 

「いや、気にすることはないさ。あの状況では、仕方なかったところもあるだろうし……」

 

 首を横に振ってそう答えたリィンに異論はない。

 見ればエリオットとガイウスもそうした考えのようだった。

 

 そんなリィンの言葉と俺たちの視線の雰囲気を察してか、おずおずと顔を上げたマキアスはふ、と表情を緩め、それから俺たちを一瞥すると目を瞬かせた。

 

「ところで、君達は四人だけなのか……?」

「他のやつらは先行してると思うぞ」

「最初の場所に戻ってももう、誰もいないはずだ」

 

 答えたのは俺とガイウス。

 

 ユーシスは言わずもがなだろうが、フィーもあれだけ小柄で軽やかに動くのだから無駄な接敵を避けて進めてる事だろうし、青髪の子たち三人の女子達もいがみ合う理由がないのだから順調に進んでるはずだ。

 見ている限りマキアスが引き返している道中は誰とも会わなかったようだが、これまでにも時折あった行き止まりの空間の存在や、決して明るいとはいえないこの場所から鑑みればそれも仕方ないというものだろう。

 

 するとマキアスはそうか、と僅かに逡巡した後、

 

「その……もしよかったら、僕も君たちと同行しても構わないだろうか?」

 

 真っ直ぐにこちらを見据えて、彼ははっきりと言った。

 それから手元に握られた散弾銃を軽く動かして見せながら、マキアスは言葉を続ける。

 

「見ての通り、銃が使えるからそれなりに役に立てる筈だ」

 

 その申し出を、こっちとしては断る理由はない。

 軽い目配せで確認を取るリィンに俺もエリオットもガイウスも頷くと、リィンがマキアスを真っ直ぐに見て答えた。

 

「ああ、喜んで」

 

 となれば、まずは自己紹介をするべきだろう。

 俺はリィンの肩に手を乗せて、

 

「俺はルイン・シュバルツァー。こっちのリィンの双子の弟」

「リィンだ。弟共々、よろしく」

 

 マキアスと俺とリィンを見て、何度か見比べた後に小さく笑みを浮かべ、

 

「エリオット・クレイグだよ。よろしくね」

「ガイウス・ウォーゼルだ。よろしく頼む」

 

 続くエリオットとガイウスの名前と顔を確かめるように見て軽く頷くと、

 

「マキアス・レーグニッツだ。改めてよろしく」

 

 そう静かにはっきりと名乗った。

 だがマキアスはふと思い出したように、一度閉じた口を開き、首を傾げる。

 

「そういえば……身分を聞いても構わないか?」

 

 それは如何にもマキアスらしく、けれども俺とリィン――特にリィンにとっては返答に悩むだろう問いだった。

 

「その、含むところがあるわけじゃないんだが……相手が貴族かどうかは知っておきたくてね」

 

 別にマキアスの考えを否定したい気持ちはないし、そういうのはやめろとかそんなことを言うつもりもこれっぽっちもない。

 ただ、ただ純粋に、ただ現実として、あるいは事実として、俺たちにとってはほんの少しだけ困るような問いだというだけだ。

 

「えっと……うちは平民出身だけど……」

「同じく。そもそも故郷に身分の違いは存在しないからな」

「なるほど、留学生なのか。……それで、君達は?」

 

 再度マキアスに尋ねられるような形になって、俺はちらりとリィンを見る。

 

 この問いに、俺は答えるつもりはない。

 俺はこの学院でリィンには、リィンとして彼らしく過ごして欲しいと思っているからだ。

 その彼らしい、というものは同じ姿かたちと声をした片割れである俺が――いや、片割れである俺だからこそ定めていいものじゃない。

 片割れであるから、自ずと片割れである互いを定めるようなことになるものも存在しているからこそだ。

 

 逃げではなく、責任の押しつけでもなく。

 ずっと悩み迷いながら、それでも道を探して進もうとしている(リィン)にだから、俺にとってはどんな形となってもなんら問題のないものくらいは自由に決めていいと思っているし、そう昔から告げてあるから。

 

「ああ……」

 

 リィンはすぐには答えなかった。

 ただ静かに目を閉じ、答えを探すように、言葉をさがすように口を閉ざし――そうして。

 

「――少なくとも、高貴な血は流れていない。そういう意味では、みんなと同じと言えるかな」

 

 選んだ答えはそれだった。

 曖昧で、不確かで、けれども俺たちにとっては確かな事実。

 捉えようによっていかようにも変わる言い方だったかもしれないが、マキアスは真正面から受け取ったようで、

 

「そうか……安心したよ。戻るまでにも女子の姿は見ていないし、先を急いだほうが良さそうだ。万が一、危険陥っていたら僕たちがフォローしないとな」

 

 告げるマキアスの表情は極めて穏やかであったし、もちろん異を唱える理由もない。

 

「では、出発するか」

 

 ガイウスに静かに促され、更に奥――、一階へと繋がる場所を探して旧校舎の地下を進み始めた。

 

 

10.

 マキアスを含めた五人となっても、道中はそう大きくは変わらない。

 強いて言うならは銃を扱うマキアスという存在のおかげで、さっきの昆虫型の魔獣のように強襲を掛けられることも、蝙蝠羽を生やした魔獣のような飛行が可能な敵でも素早く仕留められるようになった、という点が変化だろうか。

 

 それ以外の変化はないまま進んでいると、

 

「そなた達は……」

 

 不意に声を掛けられて振り向いた先には、青髪の少女と眼鏡を掛けた少女と金髪の少女という、最初の場所で言葉を交わして別れた女子たち三人だ。

 彼女たち――というよりも金髪の少女とリィンが互いの姿に気付くと、それぞれ表情を変えたが、俺を含めたほかの面々はさして気にすることはなく。

 

「よかった、無事だったんだね」

「みなさんも、ご無事で何よりです」

 

 ほんわり穏やかに、安心したように言葉を交わしたのはエリオットと眼鏡をかけた少女。

 青い髪の少女も穏やかに俺たちを見て、けれどもマキアスの姿を見つけると、

 

「ふむ……そちらの彼も少しは頭が冷えたようだな?」

「ぐっ……おかげさまでね」

 

 罰の悪そうに言葉を詰まらせながらも答えたマキアスを見て、俺は堪えきれず少しだけ吹き出すように笑ってしまったのであった。

 

 

 

「――遅ればせながら、名乗らせてもらおう」

 

 少しあった距離を近付きお互いに向き合うと、青髪の少女は凛とした声でそう切り出した。

 

「私はラウラ・S・アルゼイド。レグラムの出身だ。以後、よろしく頼む」

 

 彼女――ラウラの出身を聞いて、耳を疑ったのは俺とリィンだけだった。

 レグラム、それ自体はごく普通の町なんだが。

 

「レグラム……確か、帝国の南東の外れにある場所だったっけ?」

「うん。湖のほとりにある、古めかしい町だ」

 

 エリオットの言う通り、レグラムは帝国の南東の外れ――帝国東部クロイツェン州の南部にあって、ラウラの言う通り湖のほとり――エベル湖の湖畔に位置する町だ。

 そしてその領地を治めているのは、

 

「アルゼイド……そうか、思い出したぞ! たしかレグラムを治めている子爵家の名前じゃなかったか!?」

 

 アルゼイド子爵家。つまりは。

 

「ああ。私の父が、その子爵家の当主だが……」

 

 ラウラの家こそがその子爵家。ラウラは子爵令嬢に当たるってわけだ。

 まあ、元より貴族であろう立ち居振る舞いは見て取れていたし、どれかといえば俺とリィンにとっては貴族だという事実が問題があるわけじゃないんだが。

 むしろその事実に関してだけを言うなら……。

 

「何か問題でもあるのか?」

 

 不思議そうに、じっとラウラはマキアスを見据える。

 その真っ直ぐな、曇りのない双眸を注がれて、マキアスは目に見えてたじろいでいた。

 

 まあ、ラウラはユーシスみたいな噛み付き方、してきてないしな。

 といってもユーシスも噛み付いてきていた、というよりは彼にとってはごく普通の、身に着いた振る舞いがああしたものなんじゃないかと思うし、かといって周囲の如何なるも見下しているふうには見えなかったんだが。

 

 それはそれとしてラウラはじいっとマキアスを見詰め、そんなラウラの視線を受けるマキアスは居心地悪そうながらも何も言う事もできずに彼女を見つめ返すだけだったが、不意にラウラが両目を閉じてマキアスに呼びかけたことでそれは終わりを告げた。

 

「そなたの考え方はともかく、これまで女神に恥じるような生き方をしてきたつもりはないぞ? 私も……たぶん、私の父もな」

 

 そうじゃなきゃ困ると思った一方で、それは嘘偽りのないラウラの本心なのだろうことは、自信に満ちた彼女の眼からも伝わってきた。

 彼女は貴族であることを鼻にかけてはいない。

 ただ真摯に、真っ直ぐに生きてきただけなのだという説得力がそこにはあったのだ。

 

 そんなラウラがマキアスの目にどう映ったのかは分からないけれど、考え方は変えられないにしたってユーシス相手のような言動は取りにくいようだった。

 

「その……すまない、他意はないんだ。そ、それで、そちらの君は?」

 

 ともすれば逃げるように、マキアスは眼鏡を掛けた少女に声を掛けた。

 気付いた少女は丁寧なお辞儀をしてから、

 

「エマです。エマ・ミルスティン。私も辺境出身で……奨学金頼りで入学しました」

 

 よろしくおねがいしますね、とにっこりと微笑み言うエマからは、エリオットと良く似た柔らかな雰囲気と物腰が感じられた。落ち着くような雰囲気はどこかガイウスからも感じられるといえば感じられるけれど。

 さらに言うならば少し懐かしいような、そんな感覚もあったけれど……それは今もこれからもずっと無闇に開けてはならない記憶の扉だ。きっと気付かないふりをしていた方がいいんだろう。

 

 それにしても……。

 

「確か、君が主席入学者なんだっけ。サラ教官が言ってたよな?」

「そういえば……まさか主席が女の子だったとは」

「随分優秀なんだな?」

 

 ふと思い出した事を口にすると、マキアスが途端に悔しがり、ガイウスが感心したようにエマに聞き返した。

 だが当のエマは、といえば眉を下げて少しだけ気恥かしそうに首を横に振り、

 

「その、たまたまですよ。必修の武術にも縁がなくて、こんなものを勧められたんですけど……」

 

 そう言って彼女が構えたのはエリオットと同じ魔導杖と思しき杖だ。

 

「魔導杖……君もそうなんだ!」

 

 驚いたようにエリオットが声を上げたということは、同様にエマもアーツの素養を見込まれたんだろう。

 ただ、うーん……なんだろう。さっき感じた振る舞いとか、外見とかじゃなくて、やっぱり懐かしい気が……。

 

 これは、そう。師匠たちのような、そんな不思議な気配だ。

 あの人たち自身も言ってたけど、特殊な事情があるって話だから、無関係だろうエマからそんなものを感じるわけがないんだけどな?

 だから、気のせいなんだろうな。うん。考えても仕方ないな。

 

「でも、僕の持っているのと形が違うみたいだけど……」

「そうですね。どういうことなんでしょう……?」

 

 言いながらエリオットが構えた魔導杖と、エマの持つ魔導杖。

 確かに形や作りが違うように見えるその二つの杖を見ながら、二人が不思議そうに首をかしげているのを眺めてしばし。

 

「うん? どうした?」

 

 ラウラがじいっとリィンを睨むように見据える金髪の少女に声を掛けた。

 

 いやあ、長いこと睨まれてるなあ、リィン。

 え、助けないのか? 嫌だよ、というか無理難題がすぎるよ。

 俺は俺で、リィンはリィンだもん。

 実際、彼女が睨んでるのはリィンのことだけで、俺には見向きもしないんだぞ。代わってもやれないし、当人たち以外にはどうもしてあげられないってば。

 

「そなたも、自己紹介くらいした方がいいのではないか?」

 

 金髪の女の子はすぐには答えなかった。

 ただそれでもラウラに言われて俺たちを順繰りに見てから導き出したのは、名乗るべきという結論だったらしく、そうね、と小さく言葉を零して、

 

「アリサ・R。ルーレ市からやってきたわ」

 

 そこまで言って視界にリィンを捉えたのだろう、むっと眉を寄せたまま目を閉じ、

 

「よろしくしたくない人もいるけど……まあ、それ以外はよろしく」

「あ、アリサさん……」

 

 彼女――アリサは力強く言い放ち、エマを困らせてみせたのであった。

 

 いやはや乙女心ってほんとに難しいものだなー。

 こればっかは師匠から学べるものでもなし。完全にお手上げです、お兄様。

 

「あはは……ルーレって、あのルーレだよね?」

「大陸最大の重工業メーカー、ラインフォルトの本社がある街か」

 

 ルーレは帝国の北部ノルティア州の州都だ。

 巨大な黒色の城壁に囲まれていて、大陸でも最大規模の導力器メーカーであるラインフォルト社の本社も置かれている街だ。

 

 ならいまアリサの持っている弓も導力式なんだろう。いや、それ以前に。

 

「そういえば、あの時は本当に悪かったな。トランクの中身が、その弓だったんだろう?」

 

 ふと思い出して問い掛けると、アリサは俺を見て軽く目を見張った。

 

「ええ、そうだけど……」

「どこか、悪くなっていたりとかはしていなかったか? 今見たら導力式のようだし、少し心配になってさ」

 

 じっと彼女の手元で握られている、導力式らしき特殊な造りの弓に視線を注ぎ、それからアリサの顔を窺うと、数回瞬きを繰り返してアリサは口元を僅かに緩めた。

 

「気にしないで。あの時も言ったけれど、大丈夫よ。問題なく使えているもの」

「それなら良かった……」

 

 あの作業着姿の先輩とかが確認してくれていた可能性も無きにしも非ずではあるが、改めて大丈夫だと聞けると安心するというものだ。

 あれは俺とリィンが悪かった節は大いにあるわけだしな。

 

 それはそれとしてお兄様ー?

 俺のことを恨めしそうに見ないでいただけますかー?

 ワンチャン俺だって彼女に恨まれてんじゃないかって不安だったんだからな? 同じ顔だぞ? そういえばって思われても仕方ないだろ?

 実際のところは大丈夫だったわけだけど! むしろ喜んで!

 

 という俺とリィンの様子に気付いてか、見兼ねたようにエリオットが言った。

 

「それで、これからどうしようか? せっかく合流したんだし、このまま一緒に行動する?」

「そうだな、そちらは女子だけだし、安全のためにも、」

 

 エリオットの提案に真っ先に乗ったのはマキアスだったが、その言葉を言い切る前に、

 

「いや、心配は無用だ」

 

 凛、とよく通るラウラの声が響き、彼女の手が大振りの剣――両手剣(バスターソード)をすらりと構える。

 

「剣には少々自身がある。残りの二人を見付ける為にも、二手に分かれたほうがいいだろう」

「残りの二人? ……銀髪の女の子の事もか?」

 

 ラウラの言葉に思わず聞き返すと、エマがこくりと頷き心配層に視線を落とした。

 

「ええ。まだ彼女のことも見付けられていないんです」

「そうなのか……」

 

 フィーの事だから、うまくやってそうな気がしなくもないが……それでも心配といえば心配か。

 彼女は明らかに俺たちよりも年下の小さな女の子なのだから。

 俺だって全く心配じゃないと言ったら嘘になるし、こうして彼女たちの無事を確認出来たように、あの子の無事も確認したくもあるが。

 

 それに、こうなってくるとユーシスの事も心配だ。

 無謀なことをするような人間にも見えなかったが、それでもフィーのように身軽さを活かして危機から逃れられるとも思わない。

 やっぱり無事くらいは確認出来た方が良い。

 

「そういうことなら、別行動で構わないだろう」

 

 と、静かに切り出したガイウスが、どこか緩やかに今後の方針を改めて口にしていく。

 

「お互い、出口を目指しつつ残りの二人も探していく。……それで構わないか?」

「うん。異存はない」

 

 満足げに頷いたラウラは両手剣を収め、エマとアリサを見て、

 

「それでは行くとしようか」

「そうね」

「またあとで。それでは失礼します」

 

 アリサとラウラが揃って歩きだしたのを、エマが丁寧に礼をとってから追っていった。

 そうして彼女たちの背が遠ざかって、

 

「……はぁ……」

 

 リィンが肩を落としながら深く息を吐いた。

 言うまでもなくアリサに睨まれすげなくされ続けたことが相当堪えているんだろう。

 そんな俺の双子の兄を見る俺以外の視線と表情も、憐憫が僅かでも滲んだものだった。

 

「大丈夫か、リィン?」

「大丈夫に見えるか?」

「えっと、その、ご愁傷様だったね」

「不可抗力だったというのはこの際、関係ないんだろうな」

 

 頭ではわかってても心がついていかないって事もあるからこそ、ひとの心は複雑なんだけどね。

 それは言うまでもないんだろうけどさ。

 

「まあ、それはともかく、やっぱり女子だけなのは心配だな。誰か一人くらいは向こうに付いていった方が良いかもしれない」

 

 ふ、と息を吐いて真剣な面持ちでラウラたちが向かった方向を見て言ったマキアスに、ガイウスが腕を組み真剣な面持ちで緩くマキアスと同じ方向を見詰めた。

 

「しかしラウラというあの娘……見たところ、尋常じゃない腕を持っていそうだったが」

「そりゃあまあ、そうだろうなあ」

 

 リィンの背をぽんぽんと叩いてやりながら、俺は苦笑混じりに言葉を紡ぐ。

 

「彼女がアルゼイド子爵のお嬢さんなら、あの子はきっと容易くあの両手剣を振るうぞ?」

「え? でも僕より身長は高かったけど、彼女だって女の子なのに……」

「レグラムの〈アルゼイド流〉といえば、帝国に伝わる騎士剣術の総本山だ」

 

 信じられないといった様子のエリオットの疑問に答えたのは、ようやく立ち直ったリィンだった。

 

「彼女の父親であるアルゼイド子爵は、武の世界では〈光の剣匠〉と呼ばれ、帝国最高の剣士として知られている」

「その〈光の剣匠〉の娘であるラウラが、ハッタリであんなもんを持ち出すわけがない。恐らく、新入生の中では最強……あの子に勝てる人間はいないだろうさ」

 

 だからこそ、俺とリィンはレグラムのアルゼイドと聞いて耳を疑ったし、彼女の強さを今では確信している。

 少なくともこの旧校舎地下にいる魔獣程度じゃ、ラウラは止められないだろうな。

 

 リィンと俺の話を聞いて、マキアスが動揺したようにそうなのか、と表情を引きつらせたが、ガイウスはいたって感心したように、

 

「そんな流派が帝国には存在しているのか……」

「二人共、詳しいんだね……」

 

 驚いたようなエリオットの反応に、俺とリィンは顔を見合わせて眉を下げて微笑み合う。

 

「まあ、一応は剣の道に関わっている端くれだからな」

「自ずとその道の事は耳に入ってくるもんなんだよ」

 

 リィンはともかく、俺のような人間の耳にだって、な。

 

「そろそろ俺たちも行こう」

「アルバレア家の子息もだけど、銀髪の子の事も心配だしな」

 

 そうリィンと揃って促すと、途端にマキアスの表情が嫌そうに歪んだ。

 

「フン、あの傲慢なヤツは別にどうなっても構わないが」

 

 お前はほんとにユーシスに対してだけは特に歪みないねー、マキアスー。

 まあ、良いよ。お前も決して悪い奴じゃないってのは、伝わってくるからさ。

 




評価等ありますと励みになります!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。