雲外蒼天のアイリス   作:隆夜零

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序章5 旧校舎3

11.

 その後も変わりなく魔獣を倒しながら先に進んでいく。

 途中分かれ道があったりはしたが、ガイウス曰く風が東に流れているとのことで。それを信じて進むと行き止まりにはたどり着かなかったからガイウスの感覚は鋭いし、こうした道も何もわからない場所ではかなり頼もしいことがわかる。

 

 そうやってしばし。

 ふと気配を感じて足を止めた俺とリィンに、エリオットたちが不思議そうに立ち止まった。

 

「うん? どうした?」

「また魔獣が潜んでる、とか?」

「いや、そんなのじゃない」

 

 マキアスとエリオットに俺は緩く首を横に振る。

 ほかの気配はない。リィンが察知したものは俺と同じ。そしていま、ガイウスが察知したものも同じはず――なら。

 

「かくれんぼか、フィー?」

 

 物陰に向かって声を掛けるが、すぐに返答はない。

 ただややあってから。

 

「かくれんぼじゃないけど、思ってたより鋭いね」

「多少は、ってところだけどな」

 

 とはいえ本気でフィーが隠密したら気付けるか怪しい気もするが……いかんせんそうした人と接する機会なんて、あの頃にだってほとんどなかったしなあ。

 

 すると、視線の先にある物陰からゆっくりとフィーが姿を現した。

 その姿はひとりで行くと言って歩き出した背を送り出した時のまま。傷一つどころか汚れ一つない綺麗な姿のままだった。

 

「無事で何より。怪我もないようだし」

「うん。そっちも何ともなさそうだね」

「みんなのおかげでな。フィーのように身軽には動けないから」

 

 ひとよりはほんの少し――リィンよりは動けるかって程度の人間には、流石に負傷もなく動くってのは厳しいという話だ。ましてや地下へと落とされた時、フィーは本当に軽やかに着地してみせたのだから、そもそもとして俺は比較対象にもならないレベルだろう。

 

 まあ、当のフィーからはじっと見られているわけなんだが。

 じっと見られても嘘は言ってないぞ、お嬢さん。

 

「おい、ルイン」

 

 と、不意にリィンに小声で呼ばれて振り向くと、そこには困惑したような顔の双子の兄の姿があった。

 さらに言うならエリオットやガイウス、それにマキアスも俺のことを不思議そうに見ていて。

 

「うん?」

「彼女と知り合いだったのか?」

「いや、知り合いではないな。この学院、というかついさっき知り合ったというか……ひとりで行こうとしていたところを話しかけたというか?」

「引き止めなかったのか!?」

 

 リィンと言葉を交わしていると、マキアスが驚いたような声を上げたが、彼の反応にはリィンも、それにエリオットも同意らしい。ガイウスは静かに理由を聞きたそうに首を傾げているけれど。

 でもなあ、そうは言われてもなあ。

 

「自己申告で平気って言われたら、無理に引き留めるのもどうかと思うだろう?」

「だが女の子なんだぞ!?」

「女の子だとしても、だ。心配をしなかったと言ったら嘘になるが、魔獣と必要以上に交戦する心配もないと思えたからこそ行かせたんだ」

 

 声を荒らげるマキアスに、俺は静かに答える。

 

 小さな頃の影響といえば影響だろうが、どうにも性差で判断するのはいかがなものかと思っている節があるんだよなあ。師匠は規格外な気がするって? それはそう。

 もちろんだから全く気にしないってわけでもないが、強がりか否か、本当に目も手も届く場所に置くべきかくらいの判断は正確にすべきと思うのだ。

 

 あの場所では俺はあの場所にいた誰より俺は庇護対象だった。

 それは俺が小さな子供だったからだし、見て経験したことはあってもほんの少しだけ、偏った世界しか知らない文字通り子供だったからだ。

 誰が悪人で、誰が善人なのかさえも分からないような子供。

 だから同じように限られた世界でひどく綺麗なまま生きていたという雪色の彼女は、俺よりも年上でありながらも庇護の対象として置かれていた。

 

「俺は、ことこの場においてはリィンよりもフィーの大丈夫の方が信用してる」

「ルイン?」

 

 だって大丈夫じゃないのに大丈夫って言うのがリィンじゃん?

 少なくともフィーは俺の目測込みとはいえ、今のところ本当に大丈夫そうな事しか大丈夫って言わないと思――あ、嘘です。嘘じゃないけど怒らないでって、ほんとリィンはこういう時の俺にはとんでもなく厳しいんだからー!

 そんな静かに怒ることないじゃんか……微笑の下に怒気をうまーく隠さないでくれよ……。

 

 笑顔のお兄様に俺が怯えていると、じっと静かに俺たちを見ていたフィーが口を開いた。

 

「フィー・クラウゼル。フィーで良いよ」

 

 と、ひとつ間を置いて、フィーはさらに言葉を重ねる。

 

「もう半分は越えてるから、その調子で行けばいい。それじゃ」

 

 そこまで言うやいなやくるりと背を向けたフィーに、慌てたように口を開いたのはマキアスとエリオットだ。

 

「ちょ、ちょっと待った!」

「本当に一人で大丈夫なの!?」

「……別に、慣れてるから」

 

 フィーはそんな二人を振り向きもせずに当然のように答えるから、俺もまた当たり前のように声を掛けるのだ。

 

「じゃ、また後でな。フィー」

 

 答えはなかったが、ちらりとフィーは肩越しにこちらを見て、それからすぐに手馴れた様子で床を蹴り、壁を蹴って上に見える通路に登り、そのまま去っていった。

 

「なあっ!?」

「す、すごい……」

「見事なもんだよな、あの子。床が傾いたあとも軽やかに着地してたんだぜ?」

「大した身のこなしだな。確かに、あの様子なら心配の必要はなさそうだ」

「ああ。俺達も先に行こう」

 

 驚くマキアスとエリオットと、身体能力の高さの片鱗を拝むのは二度目の俺と、感心した様子のガイウスを促すようなリィンの言葉に、また歩き出すまでの時間は要さない。

 

 にしてもあの口ぶりじゃ、フィーのやつもしかしなくとも終点の確認は済ませてるのかもしれないなあ……。

 

 

 

 道中には変わりなく魔獣の姿。

 その相手は手馴れては来てるが、アーツの通りの方が良い魔獣だけは少しばかり面倒なのが難点ではあるんだよなあ、と内心でぼやいていると、微かに耳で拾える音があった。

 

「……」

「ルイン?」

 

 不思議そうな声でガイウスが俺を呼んだときには、その音の正体がわかって床を蹴っていた。時間にして一秒程遅れてガイウスとリィンも気付いたらしい気配を背に、その音の正体――剣戟のする方へと真っ直ぐに走っていくと、そこには複数の魔獣に囲まれたユーシスの姿があった。

 

 一見すると取り囲まれて逃げ場もなく追い詰められている風にも見えるがその実、数の差をものともせずに一匹、また一匹と流れるように仕留めていくユーシスには、加勢の必要なんて万に一つも不要だろう。

 

「これは……」

「すごい剣捌き……」

 

 立ち止まりその様子を見ていた俺と先に立ち並んだリィンとガイウスからやや遅れて、駆け付けて目撃したマキアスとエリオットが戸惑ったような、驚いたような声を上げた。

 

「どうやら助太刀の必要はなさそうだな」

「むしろ邪魔になるまであるだろうなあ」

 

 俺たちは彼の立ち回りを知らない。

 それなのにこの状況に置かれても応戦しきれているユーシスに加勢しようともすれば、それは彼の動きの妨げになりかねない。

 手を出すとするならば、せいぜい支援系の何かを投げる程度だろうが……それも彼の気を悪くしかねないから今はまだ、ってところか。

 

 俺と同じ感想をもったガイウスが、俺とリィンへと振り向き口を開く。

 

「あれも帝国の剣術なのか?」

「ああ。宮廷剣術だな」

「貴族に伝わる伝統的なもの……それもかなりの腕前だろう」

 

 門下生、あるいは弟子を取って学ぶような流派と呼ばれるものとは違う。

 貴族間に於いて学ばれる儀礼的なものにも近いんだろうが、だからといってこの帝国だけではそれだけには留まらない。

 

 少なくともユーシスが身につけて振るって見せている宮廷剣術は、極まったもの――戦闘行動に全く支障がないレベルという高い技術を修めたものだ。

 きっと彼に宮廷剣術を教え込んだ人も、相当な実力を持っているんだろう。

 

「はぁああっ!」

 

 そうこうしている間に、ユーシスを囲んでいた魔獣は一匹を残し、それも鋭く繰り出された払いの一撃でもって沈められた。

 その様子からさえも貴族らしい優雅さや流麗さは損なわれていないんだから、恐れ入るってものだよな。

 

 そうしてユーシスは剣を納めると、小さく息を吐くとくるりと俺たちの方に振り返り、

 

「それで、何の用だ?」

 

 途端、マキアスが悔しげに、不服げに唸ったが、発作と思って無視しよう。こうしたところだけは困ったさんだからなあ……俺たちのことも、ラウラたちやフィーの事も心配出来るくらいにはまともな感性を持ってるってのに。

 

「いや、お見事」

 

 マキアスの反応に苦笑しながらも、リィンはユーシスの方に歩み寄る。

 

「俺はリィン・シュバルツァー。こっちは弟のルイン。さっきは名乗る暇もなかったから、自己紹介をしておくよ」

「よろしくな」

 

 リィンの隣に並んでひらひら、と軽く手を振ってみせると、ユーシスが俺とリィンを交互に見た。

 これは双子か、という視認作業にも似た何か! 俺たちはそうした経験もしています!

 普通の人はびっくりしたような反応が大体だけど、貴族って鷹揚とした振る舞いが基本だからなあ。

 

「ど、どうも……エリオット・クレイグです」

「ガイウス・ウォーゼルだ。よろしく頼む」

 

 続いてお行儀よろしいエリオットと、とてもおおらかにガイウスが自己紹介をする。

 マキアスは口を開かなかったが、ユーシスは特に気にした風もなくエリオットとガイウスのことも順に見て顔と名を一致させると、

 

「ユーシス・アルバレア。……一応、改めて名乗っておこう」

 

 とても育ちが良い。いや煽りでもなんでもなく。

 だってユーシスはさっき、名乗りは済ませたのだ。ならば改めて名乗る必要はないと考えても不思議ではないが、当たり前のようにユーシスは俺たちに対して名乗った。

 とても育ちが良い……! いや、育ちが良いのは〈四大名門〉に数えられるような大貴族なら当たり前か? そんなことないか、教育の賜物か。

 

 しかしながらその間、黙したままのマキアスくん。

 彼の存在にはもちろん気付いているユーシスは、ある種とっても酷い顔をするマキアスを見て、

 

「フッ、それにしてもなかなか殊勝な心構えだな?」

 

 その言葉にはマキアスも決して怒気を示すことはなかった。

 ただ僅かに怯んだ様子で、

 

「な、何がだ?」

「あれだけの啖呵を切ったというのに、連れ立ってくるとはな。大方、すぐに頭を冷やして殊勝にも詫びを入れたのだろう」

 

 あれ、ユーシスさん見てました? もしかして何処かでちらっと見掛けたりしました?

 

「いやはや、貴族風情にはとても真似できない素直さだ」

 

 ついでにユーシス、なんか怒ってたりする? 怒るか。怒るわ。そりゃそうだわ。

 まあでも別にキレてるってわけでもないと思うんだけどな。その真意がマキアスに伝わっているかはさておきとして。……伝わってはないんだろうが。

 

「ぐっ……! 何様のつもりだ……! その傲慢不遜な態度……君たち貴族はみんな同じじゃないか!」

 

 唸るように、吠えるように、ユーシスを睨んで怒気をむき出しにするマキアスは、どうにも貴族に対する反応が強硬だ。

 ラウラに対しては幾分かおとなしかったが、それでもそれは彼女が凛とした堂々たる様子で恥じることは何もないのだと、その上でエマやアリサと行動を共にし、フィーを、それにユーシスを案じていたからかもしれない。

 

 ……別にユーシスがそうしたことを何一つ考えられてもいないとは思えないんだが、それはそれか。

 

「特にアルバレア公爵家といえば、帝国で一、二を争う大貴族……さぞ僕たち平民のことを見下しながら生きているんだろう!」

 

 良いか悪いかは別として、ユーシスの立ち居振る舞いも言動も、想像する貴族の様相そのものといっていいほどに貴族らしいものだ。

 となればマキアスが噛み付くのはわかるといえばわかる。

 彼自身も持ち出したが、確かにユーシスはアルバレア公爵家の子息なのだから。

 

 だからといって、マキアスの態度が良いわけではないけどさ。

 今だって、僅かにユーシスの表情が僅かに険しさを帯びたように見えた。それでもそうした様子はほんの一瞬だけで、すぐに飲み込まれてしまったように見えるけれど。

 

 きっと誰だって何かを抱えて生きているかもしれないけれど、言わなきゃ誰もわかんないからなあ。

 

「――そんな事をお前に言われる筋合いはないな」

 

 と、ユーシスは極めて冷静に言葉を紡ぎ、スッとマキアスを見る。

 

「レーグニッツ帝都知事の息子、マキアス・レーグニッツ」

 

 彼の口から告げられた言葉は、この場にいるガイウス以外を驚かせるものだった。それは言い当てられたマキアスもまた例外ではない。

 

 ただ、俺が驚いたのはマキアスが帝都ヘイムダルの知事――すなわち行政管理を任せられるカール・レーグニッツ帝都知事の息子だったから、という事ではないんだが。

 

「帝都知事……」

「ああっ! そういえば、レーグニッツって……」

「帝都ヘイムダルを管理する、初の平民出身の行政長官……それがお前の父親、カール・レーグニッツ知事。――ただの平民と言うには少しばかり大物すぎるようだな?」

 

 ユーシスと、それからリィンとエリオットの視線の先で、マキアスが少したじろいでいる様子が見て取れるが……いやはやまあ、なんというか……。

 

「だったらどうした!? 父さんが帝都知事だろうが、うちが平民なのは変わりない! 君たちのような特権階級と一緒にしないでもらおうか!」

「別に、一緒にはしていない。だが、レーグニッツ知事といえばかの〈鉄血宰相〉の盟友でもある革新派の有力人物だ」

「っ……!」

「そして宰相率いる革新派と、〈四大名門〉を筆頭とする貴族派は事あるごとに対立している。ならば、お前のその露骨なまでの貴族嫌悪の言動……随分安っぽく、わかりやすいと思ってな」

「この……っ!!」

 

 これはダメだ。うん、ダメだな。だってな、もしもそうだったとしてもだ。

 

「親のことを持ち出すのはよくないぞ、ユーシス」

 

 ここに居るのはマキアスで、何も考えられないような子供ではなくて。彼は決して親が何者であるかを引き合いには出さずにユーシスへと噛み付いたのだから、きっと理由はマキアスの中にも確かにあるんだ。

 例えユーシスが憤りにも等しい感情から口にしてしまった言葉だとしても、それでも決して取り繕っているだけじゃない冷静さを決して欠いてないながら持ち出しているのなら、尚の事だめだ。

 

 マキアスがユーシスへと向かうより早く、俺はやんわりとユーシスを窘めた。

 すると、ぴたりとマキアスが足を止め、緩やかにユーシスが俺を見る。そうして。

 

「ああ、今のは言いすぎだ。あまり品が良いとは思えないぞ?」

 

 続くようにリィンが眉を僅かにつり上げて告げると、マキアスが幾分か冷静さを取り戻し、ユーシスがリィンのことも見て、

 

「フン……確かに口が過ぎたようだ」

 

 そう言ってくるりと背を向けた。その表情と言動は、極めて冷静そのものだ。

 

「まあ、せいぜい協力してこの場を切り抜けるんだな」

「また一人で進むのか? 止めはしないし、心配も無用かもしれないが……ユーシスも気をつけて進むんだぞ」

 

 ユーシスは言うだけ言って振り向きもしないが、物言いはともかく俺たちを案じてはくれているのだから、まったく聞いてないとかいう悲しいことにはなってないだろう。

 

 それにしてもいやはやいやはや。

 

「革新派と貴族派が同じクラス、なあ……」

「いろいろと難しい問題があるみたいだな」

「ほんとになあ……」

 

 ガイウスの言葉に、俺は肩を竦める。

 

 二つの派閥の対立ってだけじゃない、感情とか思惑とか、全部ひっくるめていろいろ絡み合ってややこしい事になってる。それも、俺たちでさえ知識として理解しているくらいには。

 

「今の帝国だからこその複雑な問題だよ」

 

 苦笑混じりに付け足すと、ガイウスは何も言わずに淡く微笑む。

 

 言い換えれば何かが変わろうとしているって、何かが起きようとしているって事なのかもしれないけど……あんま激動過ぎるだとかで見知った人達が巻き込まれるような事は歓迎したくないなあ。

 

「……そろそろ落ち着いたみたいだな」

 

 ややあってから、リィンがマキアスにそう声を掛けた。

 

「ああ……取り乱してすまない」

「マキアスはすぐカッとなりすぎだぞ」

「そうだよ~……マキアスは沸点低すぎ」

 

 多分ユーシスは素でああいう言動だろうから、単にどこまでいっても相性が悪いって問題もあるにはあるんだろうけどなぁ……。

 それでも俺とエリオットの言葉に、罰の悪そうにするマキアスにも思うことはあるんだろう。

 

「それにしても……帝都知事の息子さんだったんだね?」

 

 小首を傾げながらエリオットが尋ねると、マキアスの顔はますます情けないような表情へと変わっていく。

 

「あ、ああ。隠すつもりはなかったんだが……言っておくが、うちが正真正銘、平民なのは間違いないからな?」

「別に疑ってないし、責めたりはしないって。それに、レーグニッツ知事というと清廉潔白で有名だろう?」

 

 頭角を現したのは八年前だったか? その頃の事はあまり詳しくはないけど、レーグニッツ知事は元々かなり優秀な人だった筈だ。

 しかもそれも清廉潔白を地でいく形での正当な評価なんだから、四年前に帝都知事に就任したのもそりゃそうだ、って感じだし、伝聞でしかないにしても市民からの支持も厚いのも頷ける。

 そんな彼が実は貴族出身でしたー、なんて天地がひっくり返っても有り得ないだろう。

 

「そうなのか? というか、詳しいな?」

 

 そう不思議そうに首を傾げたのは俺のお兄様。

 俺は名前くらいしか知らないって、それが普通だと思うよ。帝都出身ならまだしも、俺も関心があったから知ってるだけだもん。興味関心がない事柄の知識って意外と薄いよな、最低限知っとけば良いだろ、っていうか。

 

「ち、父の話はもういいだろう」

 

 というマキアスからのお叱りがあったので、そうそう、みたいな反応のエリオットはともかく、リィンとガイウスに語って聞かせるのは別の機会になるかな。あるかはわからないけど。少なくとも今じゃないよな、分かってるとも。

 

 

 

12.

 ユーシスとも別れた場所からもまだまだ道は長く続いていた。だいたいフィーが俺たちに半分だと言っていた場所から、それまで歩いてきた距離くらい。……つまりやっぱフィーは終点――出口を見てきたんだろうなあ。恐ろしい子だぁ。

 

 そんなことを考えながら足を踏み入れた場所は、明らかにこれまでとは様子が違っていた。

 

「こ、ここって……」

 

 開けた空間に、折り返しながらも長く続く階段。その先を見上げれば、うっすらと光が差し込んでいて。

 

「大当たりか?」

「そうだな、どうやらここが地上に通じる終点らしいな」

「ああ。陽も差し込んでるし、間違いないだろう」

 

 ガイウスとリィンと顔を見合わせ確かめあえば、勘違いではない確信を得られる。

 随分と長い道のりではあったが、どうにかサラ教官の言葉にあった場所には着けたらしい。

 

「とんだオリエンテーリングだったな……大帝ゆかりの士官学校のわりには、やってることが無茶苦茶だぞ」

「激しく同感だよ……」

 

 深く息を吐きながらマキアスとエリオット。俺も二人の言葉には同感です。こんなの聞いてないぞー。

 

「……でも〈Ⅶ組〉か。一体どんなクラスなんだろうね」

 

 ふと思い出したようにエリオットが言うものだから、俺もふ、と考える。

 

 貴族に平民はもちろん、留学生に、見るからに幼い子。

 実力は様々だし、武器戦闘が元々出来るような武術の類を修める者もいれば、そうじゃないやつもいる。

 主席入学者も〈Ⅶ組〉にいるみたいだけど、多分学力面だってそれぞれだろう。

 

 意図があるんだろうけど、皆目見当もつきやしないな。

 

 なんて考えていた時だった。

 

「……なんだ?」

 

 耳に微かに届いた異音。

 剣戟の音でもないどころか、戦闘音では決してない。

 むしろ、これは何かが崩れるような、あるいは壊れるような、とそこまで考えついたところで、

 

「あれだ……!」

 

 何かに気付いて声を発したガイウスの視線の先を見ると、そこには台座に鎮座いる――否、鎮座していたであろう化物がいた。

 

「なっ、なにあれっ!?」

「石造りの化物……!?」

 

 その化物はその背にある羽を広げ、飛び降りるようにして俺たちの前に躍り出る。

 大きな羽と、立派なツノに長い尻尾。手足の爪は鋭く、四足で地面を掴んでいる。体の表面はマキアスの言葉通り、石に包まれていて見るからに硬そうだ。そして何よりも。

 

「大きいな……」

 

 ぽつりと発した声は、化物の咆哮によってかき消される。

 

 目の前に立ちふさがる魔獣であろう化物は、俺たちよりも大きな体躯を持っていた。

 

「はわわわわ……っ!?」

「……帝国というのは、こんな化物が普通にいるのか?」

「そ、そんな筈ないだろう!?」

 

 いたら困る、こんなのがわらわらいたら困るぞ普通に。

 ただ、だからといって此処でしっぽを巻いて逃げる選択肢はない。

 

「こいつをなんとかしなければ、地上に戻れない……なら、やることは一つだな、リィン!」

 

 太刀をいつでも抜き出せるようにと構えて声を掛けると、

 

「ああ!」

 

 リィンの力強い返答が返ってくる。

 それでいい、それならば良い。お前が意志をもって立ち向かうなら、俺も迷いなく立ち向かえるから。

 

「みんな、なんとか撃退するぞ!」

 

 太刀を抜き出して構えるリィンの鼓舞に、

 

「了解!」

 

 真っ先に応じて槍を構えたのはガイウス。

 

「くっ、仕方ない!」

 

 次いでショットガンを両手に取ったマキアス。

 

「め、女神さまぁ……っ!」

 

 情けない声で女神に祈りはしてもエリオットも魔導杖を構えたから、良し!

 

「何処までもお供しますとも!」

 

 言うやいなや、俺は真っ先に化物へと飛び込んだ。

 

 

 床を蹴るのは二歩。

 応戦されるより早く、対応されるより早く、俺はひとまずと化物に殴りかかる――が。

 

「かった……っ!?」

 

 拳で殴りかかったわけじゃない。あくまでも鞘での強打。

 それなのに殴った衝撃は石を殴ったかのようなそれ。肉を叩いた感覚はなく、かといってこれまで戦ってきたゼリー状の体を叩いたような衝撃が逃げているような感覚もない。

 

 つまりは、である。

 

「見たまま、クソほど硬いなコイツ!」

 

 叫びながらついでのように抜刀による一撃を叩き込むが、やっぱりまともに通ってる感覚はない。硬いものに弾かれているような感覚だけだ。

 

 大きく飛び退き距離を取るが化物は緩慢に、けれども大きく距離を詰め――その巨体をぐるりと回転させ、長い尾を鞭のように鋭く俺へと叩き付けてきた。

 

「なっ!?」

 

 おい、おいおいそれなりに距離は取ったぞ俺!?

 すんでで鞘でなんとか受けて衝撃を流すが、それでも不意の一撃により体が大きく押し出される。

 

 くっそ重てえ! 

 怪我はしてねえけど体の芯に届く感じがして、鈍く痛い!

 

「ルイン!?」

 

 悲鳴のような声で俺を呼ぶエリオットの声は、思うよりも近かった。どうやら踏み込む前の位置へと極めて近い場所に戻されてしまったらしい。

 

 まーじーかーよー!

 

「大丈夫か?」

「怪我自体はないけど、まともに攻撃が通ってない感じがする!」

 

 短く安否を問うリィンに幾分か早口に返答を返すと、耳に微かに届いた銃を構える音。

 

「それなら……これならどうだ!」

 

 言いながらマキアスがショットガンで放った弾丸は、化物の体躯に確かに叩き込まれる。化物がひるんだ様子はないが、弾丸は化物の皮膚を確かに穿ち傷付けていた。

 

「リィン!」

 

 と、マキアスが呼びかけていた時にはリィンが踏み込んでいた。

 リィンが迫るのは、マキアスの一撃によって刻まれた傷。

 そこへとリィンが的確に斬撃を叩き込むが、

 

「く……っ!」

 

 その太刀は僅かに弾き返され、傷跡を広げるには至らなかった。

 むしろあれ傷っていえるのか? 全然気にもとめてない気がするぞあの化物!?

 

 その時、化物がその巨体を揺らした。

 かと思えば化物の周囲に魔法陣が描かれる。うっすらと煌めくそれには、俺たちも見覚えがある。

 

「アーツまで使うのか、コイツ!?」

 

 叫んだ時にはもう化物のアーツの詠唱は完了していた。

 暗い紫のモヤが生まれ、そこから鋭く放たれた一撃が佇んでいたガイウスへと真っ直ぐに襲いかかる。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 それはガイウスの腕を掠めただけだったが、それだけでも彼はうめき声を上げていた。

 ただそれでもそれだけで済んだのは、たたらを踏むこともなくいたのは、彼を包むように描かれた魔法陣。それは刹那、放たれる。

 

「そらっ!」

 

 ガイウスの振るった腕、手の先。収束した風から放たれたその弾は――目視でも確認できる程にはっきりと化物の体を抉っていた。

 

「効いてる……!?」

「やはり、こっちのほうが通りが良いみたいだな」

 

 驚いたようなマキアスの声と、ほっと安堵したようなガイウスの声を耳に、俺は笑みを作る。

 

「ナーイス、ガイウス!」

 

 物理が通りにくいが魔法が通り易い。それならやることはわかりやすい!

 

「リィン、ガイウス! 折を見て交代、な!」

「無理はするなよ、ルイン!」

「危ないと思えば割って入る」

「あ、ルイン! 待って!」

 

 リィンとガイウスからの快い返事を聞いて踏み出した俺を呼び止めたのはエリオットだ。

 なんとか足を止めて振り向くと、先端が僅かに光放つ掲げられた魔導杖の持ち手の先で、とん、と床を叩くエリオットの姿が見える。そうして広がった光の波及がエリオット自身も含めた全員を包み、俺自身の体からは鈍い痛みがじわりじわりと消えるような感覚があった。

 

 どうやらエリオットが魔導杖によってもたらす波及には、肉体の保護と治癒力の向上の効果が付与されているらしい。これまでの道中にも世話になった力だ。

 そしてエリオットは、俺たちの誰よりもアーツを高い威力で放つ事が出来る。だから。

 

「さーんきゅ、エリオット!」

「気をつけてね、ルイン!」

 

 化物に対するいま最大のウェポンはエリオットだ。

 アーツ自体はARCUSによって俺たちの誰もが使えはするが、駆動してから放たれるまでにはどうしても時間を要する。

 だから、全員でそれに専念するわけにはいかない。

 けど、誰かが気を引ければ――有効打を放つやつだけが脅威だと思わせなければエリオットへの被害は減らせるし、威力は劣っても有効打を放てるやつらは多ければ多いほど良い。

 

 となれば場合によってはエリオットを守る位置に立ちやすく、離れていても援護の出来るマキアスと、エリオットを除いた俺とリィンとガイウスでその役割をこなす方が手っ取り早い。

 

「古典的だけど、こういう時の作戦はわかりやすくシンプルがいいってね!」

 

 後ろは任せて踏み出す、踏み込む。

 今度は鞘で殴ることはしない。決して無視出来ないように、しっかりと白刃を叩きつける。ただやりすぎない。引き際は見極める。

 

「(アーツには当たらざるをえない。回避すべきは尾による攻撃)」

 

 斬りつける。叩き込む。

 そうして俺の存在を目視した化物に、距離の離れた場所から叩き込まれる魔法――火球、風弾、水球、石刃。

 ぐるりとそちらを見るが、向かわせない。それは許さない。

 

「ふっ!」

 

 呼吸と共に強く太刀を振るえば、がきん、と音を立てて阻まれる。ただそれでも僅かに硬い表皮を削るくらいは出来る。

 それはさぞ化物にとって鬱陶しかったのだろう。

 咆哮を上げながら身を捩ろうとする様子に、また回転をしながら尻尾を振り回して叩きつけようとしている気配を察知して、俺は一度目の時よりも大きく離れて回避する。

 

 目の前を風切り音を鳴らしながら尻尾が空を切り、けれどもすかさず距離を詰めてまた斬りつける。

 もちろん効いている様子はない。それどころか化物は双眸をギラつかせると、おもむろにアーツの詠唱を始め――備える前にそれが放たれて近距離で受け止めることになる。

 刻まれた傷は掠めた程度なのに、体を襲う衝撃は大きく、走る痛みは鈍く重い。だが耐え切れないほどではない。というよりも――耐えられないなどと言うつもりはない。

 

「この程度で……!」

 

 素早く、鋭く。抜刀一閃。

 まだエリオットがかけてくれた補助の効力は残っている。傷も、痛みも、緩やかに癒されていく。

 

 一歩で強く斬りかかる。阻まれて弾かれても、それでも構いやしない。

 飛び退き距離を取れば、丁度色とりどりの色をしたアーツが横から化物に襲いかかり――その直後、化物がひとつ、雄叫びのような声を響かせた。

 かと思えばその体が光に包まれ、

 

「なっ……!?」

 

 四肢を床につけていた体から岩石のような皮膚が剥がれ落ちたかのように、化物はその姿をより生物に近い形に変化させた。

 大きな翼を羽ばたかせて軽やかに空中に飛び上がり、化物は俺たちを見下ろし始めたのだ。

 

「飛んだ……!?」

「皮膚は柔らかくなってはいそうだが……」

「なら……!」

 

 距離の少し離れた場所から聞こえる戸惑いの声を裂くように、空中に浮かぶ化物へと飛び出すように迫ったのはリィンだ。

 リィンは抜き身の太刀を化物へと振り抜き――しかしそれは切っ先さえ届き掠めることもなく空を掻く。化物が容易く避けてみせたのだ。

 

「身に纏っていた岩石を除くことで身軽になってるのか……!」

「だがこれなら……!」

 

 射撃音が一つ。

 目視も難しい速度で迫るマキアスが放った弾丸は、化物には反応しきれず回避出来ない様だった。

 ショットガンから放たれた弾は化物の身体を貫いた。

 紛れもなく、それは大きな肉体を穿ち――その銃痕が塞がっていく。

 

「再生能力まで得てるのか!?」

 

 これは、マズイな。

 間違いなくこの化物はいま、再生能力を持っている。それだけなら手数を増やせばいいものだが、よりによって飛行能力に機敏さまで得られてはそもそもの手数が増やしきれない。

 

 ARCUSによってアーツは使えるようになってるが、それも現状の俺たちには使える回数に限りがある。

 それにそれが無限に使えるものだったとしても、今の高い機動力を保持した上で飛行する化物相手ではさっきまでのように誰かが引き受けて対処する、という立ち回りは厳しい。

 引き付けるよりも、防衛に手は割かなきゃならない。だがそれもいつまで保つ?

 

「(攻撃がまともに通せるのはマキアスくらいだ、あとは追尾性能のあるアーツを使うしか確実性はない。となるとそれはエリオットとなるだろうが……二人を守りながら、あの再生能力以上のダメージを叩き出せと?)」

 

 比較的緩慢な動きだったから警戒すべきはアーツだけだったのに、ほとんど受ける状態で治療を挟みながらじゃ、厳しすぎる!

 

 空中では化物――おそらくは石の守護者ガーゴイルであろう魔獣が地を這うしか出来ない俺たちを嘲笑うように見下ろしていた。

 だが不意に、化物が動き出す。

 大きな翼をはためかせ素早く迫る先は、

 

「……っ! 伏せろ、マキアス!!」

 

 声を荒らげながら駆け出す。嫌な予感がしてならない。

 咄嗟に身を屈めたマキアスの頭上を、鋭い爪が音を立てて空を掻き――だが、それだけでは止まらない。

 

 双眸が捉えたのは立ち尽くすエリオット。

 やっぱりか、と思った時には遊ぶように、じゃれるように化物はエリオットへと爪を振り上げ、

 

「っ!!」

 

 すんでで割って入るように飛び込んで、押し倒すような形にはなったものの、なんとかエリオットを爪の餌食にさせる事なく済んだ。

 

「あ、ありがとうルイン――」

「ルイン! エリオット!」

 

 間近からエリオットの安堵したような声が聞こえたが、それに答える余裕はない。

 鋭く叫んだガイウスの声を聞き届けるより早く振り向き、もう既に振り上げられているであろう化物の爪を、崩れた姿勢のままでも受け止めるべく構え――、

 

「そのまま動かないで!」

 

 響き渡った第三者――少女の声。

 びくりと身を竦めぴたりと動きを止めた視界には、化物へと幾つもの光矢が撃ち込まれる光景が広がった。

 

 

13.

 光矢は後方、俺達がこの場所にやってきたその方向から放たれていた。

 化物は何度も何度も叩き込まれる光矢に怯み、動けないようで。

 

 何が起きているのかと目を白黒させていると、微かにぱたぱたと足音が近付いてくるのがわかった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 と、言いながら手を差し伸べてくれたのは、眼鏡を掛けた三つ編みの少女――エマだ。

 彼女は魔導杖を手に気遣わしげに俺たちを見ていた。

 

「あ、ああ。助かった」

「いえ、遅くなってすみません」

 

 ありがたくエマの手を借りて素早く立ち上がり、倒れた状態のエリオットの事も俺は素早く助け起こす。

 

「キミがいるってことは……」

「はい」

 

 エリオットに問われてエマが小さく笑みを浮かべたとほぼ同時。

 力強くも軽やかな足音が、地面を叩いたかと思えば化物に人影が落ちる。

 

 化物さえも見遣ったそこには、両手剣を天高く構えるラウラの姿。

 迷いや躊躇いのない彼女の双眸に、慌てて化物が身を引いてひらりと躱したその場所に、両手剣の刃が叩きつけられる。

 重量とラウラの体重と腕力に加えて、重力までもが加えられた刃は、見事に床を抉っていた。

 

「ふう……どうやら無事みたいね!」

 

 後方から近付く足音がひとつ。

 肩越しに見遣ると、導力弓を手にしたアリサが長い金髪を揺らしながら駆けつけていて。さっきの光矢を放ったであろう彼女は、その場にいた全員の締めくくりに俺とエリオットを見るとほっとしたような表情を浮かべた。

 

「助かった!」

 

 軽く手を振ってみせると、アリサは小さく頷き、そうしてすぐに化物を見据える。

 

石の守護者(ガーゴイル)……暗黒時代の魔導の産物か。聞くほどの硬さはないようだが……」

「いや、さっきまでは攻撃はほとんど通らなかった。だが今は再生能力を得たみたいで……」

 

 静かなラウラの言葉に、リィンもまた静かにそう答える。

 

 空中に浮かんだ化物は、相手取るべき人間が増えたせいかこちらの様子を伺っているが、既にその体には撃ち込まれた矢によって負った傷はない。

 流石にさっきのラウラの攻撃が通っていたら別だったんだろうが、それは本能として察知してただろう。

 

 だが、ここまでの人数がいて、あいつらもくるなら。

 思考は正常。だいぶ落ち着いている。

 

 大丈夫――リィンに忌避することをさせざるを得ない状況にはならない。だから。

 

「少し力を借りても良いか、フィー! ユーシス!」

 

 声を張り上げる。

 この場に居合わせる多くから驚いたような気配がしたが、当のふたりはといえば、

 

「まあ、仕方ないか」

「止むを得ぬ状況のようだからな」

 

 狙ってなのか否かはさておきとしても、最後にやってきたとは思えぬ鷹揚さで言って、

 

「ARCUS駆動……!」

 

 ユーシスのアーツの詠唱とほぼ同時。

 フィーが軽やかに床を蹴り化物に向かって突っ込んでいく。

 

「喰らえ……! 〈エア・ストライク〉!」

 

 詠唱の完了されたユーシスのアーツが、フィーが接敵するより先に風刃の渦として化物に着弾。その衝撃でよろめく化物の背後に、飛び上がったフィーが回り、斬りつける。

 化物の口から苦悶の咆哮が上がる。

 だが此処で、これで仕留めるのだ。

 

 フィーが着地する音を聞きながら、喚く化物へと飛び上がって迫る。切り捨てるべきはその翼。

 

「そろそろ観念してくれ」

 

 今の柔い皮膚ならば、切り落とすことは造作もない。

 ユーシスとフィーの放った一撃によって負った傷が癒える前に、確実に片翼だけでも――斬る!

 

 床に音を立てて落下する片翼。

 途端、苦悶の咆哮がより大きくなったが、傾き地に墜つ化物を横目に俺はその声に負けじと声を張り上げた。

 

「リィン!」

「ああ!」

 

 この勝機は逃さない――という言葉はなかった。

 ただ全員の体が淡い光を放っているのが見えて。そうしたら何故だか、みんなの行動のタイミングが不思議と理解ができて。

 

 それはきっとみんな同じだったんだろう。

 エリオットとエマが杖を振るい、ユーシスが斬り払い、マキアスがショットガンを放ち、アリサの矢とガイウスの槍による一撃はほぼ変わらないタイミングで。そうしてリィンが強撃を放つ。

 

 化物はその全てを避ける事が出来ない様だった。

 弱っていたからだけじゃない――反抗する糸口さえも掴めず、ただただ攻撃を受ける事だけしかゆるされなかったからだ。

 

「今だ……!」

「任せるが良い!」

 

 リィンの呼び掛けに、ラウラが凛、とした声で応える。

 

「はぁあああああ……っ!」

 

 低く腰を落とし、深く深く両手剣を構える彼女の呼吸を見てか化物が傷だらけの体で、片翼のままで逃げようと試みるのが見えた。

 

 その抵抗は、少しだけ困るな?

 

「往生際が悪い」

「それ、迷惑だから」

 

 踏み込んだのはフィーと同時。そのタイミングは、不思議なことにコンマさえも違わず読めていた。

 それでも先に切り込んで離れたフィーに続くように、同じ場所に的確に剣撃を叩き込み離れる。

 

 そうして逃れる余力を奪われた化物は、刹那飛び込んだラウラの重くも鋭い一刀によって首を斬られ――胴体から離れた頭は床に転がり、二度と咆哮を上げることさえもなく石に戻り、光となり霧散して消えた。

 




更新が空いてしまい申し訳あありません。
今後も緩く書いていきますので、お付き合いいただけますと幸いです。

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