雲外蒼天のアイリス   作:隆夜零

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序章6 旧校舎4

14.

 きっと、化物の姿が消えるまでそれほどの時間は要してなかったと思う。

 

 ただそれを見届けるまで、思うよりもすっと長い時間が流れたような感覚があって。

 

「あ……」

「やった……!」

 

 ぽつ、ぽつ、とエリオットとアリサの声。

 各々が武器の構えを解いて、ラウラが立ち上がる。

 

「よかった、これで……」

「ああ、一安心のようだ」

 

 ほっと安堵したようなエマと、ガイウスの声。

 それを耳にしながら、言葉もなく円を作るように集まっていく全員の中で、

 

「さっきはサンキュ、フィー」

 

 小さく声を掛けると、フィーはちらりとこちらを見て、ほんの少しだけ口角を上げた。

 

「ぶっつけ本番にしては、上出来だったんじゃない?」

 

 お? もしや少しだけご機嫌か、お嬢さん?

 それなら嬉しいと思う。全部面倒なだけ、と思われるよりは、ずっと。

 

「それにしても……最後に感じた感覚はなんだったんだろう?」

 

 と、不思議そうなエリオットに、首を傾げながら続いたのはアリサだ。

 

「そういえば、何かに包まれたような感覚があったわね」

「実際、俺を含めた全員が淡い光に包まれていたぞ」

「だな。それは俺にもはっきりと見えた」

 

 アリサの言葉にはっきりと答えたユーシスに、肯定するとユーシスが俺をちらりと見た。

 それは多分、自分の目の錯覚ではないかという疑念を払拭したからなんだろう。俺もユーシスの言葉を聞くまでそれも疑ってたし。

 

 ……視界の端でそうだったのか、と驚いたような困惑したような反応をしているマキアスくんがおりますが、それはそれ。お前のそういうとこ、すごく好きになれそう。

 

「気のせいかもわからないが……皆の動きが()()()気がしたが」

「それ、多分気のせいじゃないと思う」

 

 確かめるように言うラウラに、即座に答えたのはフィー。

 その感覚は、きっと皆が感じていたんだ。これは間違いない。

 そうじゃなきゃさっきの連携を、この場所で出会って、行動さえも共にしていなかったやつらとさえもだなんて、出来やしない筈なのだから。

 

 ただそれも何もなく出来た訳じゃないだろう。

 

「きっかけはわからないが、その理由はひとつしかないな?」

「ああ。おそらくさっきのような力が……」

「――そう。ARCUSの真価ってワケ」

 

 リィンと顔を見合わせて頷き合い結論を口にしようとしたところで、その声が聞こえてくる。

 それは此処までの道中のようにARACUS越しに聞こえてきた訳ではなく、距離はあったとしても確かな肉声。

 

 声の主であるサラ教官の姿は、出口に繋がっているであろう階段の途中にあった。

 

「いや~、やっぱり最後は友情とチームワークの勝利よね。うんうん、お姉さん感動しちゃったわ~!」

 

 楽しげな表情で言うサラ教官とその発言に、近くから聞こえたいくつかの溜息と苦笑を耳が拾う。

 まあ、そりゃそういう反応にもなるかあ、とも思う俺はといえば、気の抜けるような教官の様子に小さく吹き出すように笑っていたのだった。

 

 

 

 

 サラ教官はそのまま慌てることなく、けれども決して遅くはない足取りで俺たちのいる場所まで降りてくると、改めてその口を開いた。

 

「これにて入学式の特別オリエンテーリングは全て終了。……なんだけど」

 

 そこで言葉を切って教官は俺たちの顔をぐるりと見渡すと、

 

「なによ、君たち。もう少し喜んでもいいんじゃない?」

 

 唇を尖らせるようにして、少しだけ不満そうな反応を示したのであった。

 

 サラ教官のその言い分は、正しいといえば正しい。

 というかこのよくわからないまま行われた特別オリエンテーリングを無事に乗り切れた、という事実が嬉しくない奴はいないだろうと思う。

 

 だが、しかし、だ。

 

「喜べるわけがないでしょう!」

「正直、疑問と不信感しか湧いてきません……」

 

 マキアスの怒声と、アリサの不満げな声。

 サラ教官は意外そうに目を瞬かせたけど、俺たちの中から異を唱える声なんてもちろんない。

 

 そりゃそうだよなー?

 入学式に着てみれば、自分の着る制服の色がほかとは違うところから始まり、何もわからないまま特別オリエンテーリングをする、と言われて地下に落とされ、そこから一階に戻ってこいと言われて否応にも魔獣の巣食う道中を経てようやく出口か、と思ったら大型の魔獣との戦闘を余儀なくされたんだ。

 はっきり言って、とんでもない。とんでもないし信じられない入学式である。

 

 マキアスの怒りはもちろんだし、アリサの疑心と不信感ももちろんってもんだろう。

 

 それに、何よりも。

 

「単刀直入に問おう。――特科クラス〈Ⅶ組〉は一体何を目的とし、何故俺たちは選ばれたんだ?」

 

 特科クラス〈Ⅶ組〉というものが何なのかがわからない。

 

 確かに身分や出身に関係がないことは聞いた。

 でもそれだけだ。それ以外の何もかもがわからないままなのである。

 少なくとも此処までの道中に於いて、共通点らしいものなんて一つもない。せいぜいただ同じ色の制服を着ていて、ただ同じ戦術オーブメントを手にしているだけ、というだけだ。

 思想も、何もかもが違いすぎる。

 

 眉をつり上げてじっとまっすぐに注がれるユーシスの視線と言葉を受け止めて、サラ教官は少しだけ表情を引き締めて、そうね、とつぶやいてから口を開いた。

 

「君たちが〈Ⅶ組〉に選ばれたのには色々な理由があるんだけど……一番わかりやすい理由は、その〈ARCUS〉にあるわ」

「ARCUS……? 戦術オーブメントに?」

 

 オウム返しするように聞き返すと、教官はひとつ頷いてさらに言葉を続ける。

 

「それはエプスタイン財団とラインフォルト社が共同開発した、最新鋭と戦術オーブメント。様々な魔法(アーツ)が使えたり、通信機能を持っていたりと多彩なものを秘めているけれど……その真価は〈戦術リンク〉――先ほど君たちが体験した現象にあるわ」

「〈戦術リンク〉……さっきの、みんながそれぞれ繋がっていたような感覚が……」

「ええ。例えば戦場においてそれがもたらす恩恵は、間違いなく絶大よ。どんな状況下でもお互いの行動を把握できて、最大限に連携出来る精鋭部隊……仮にそんな部隊が存在すれば、あらゆる作戦行動が可能になる。それはまさに、戦場における革命といってもいいわね」

 

 確かに、サラ教官の言う通り……というよりもさっきの感覚――戦術リンクが可能であれば、どんな戦場であろうとも理想的な行動を取ることが出来るだろう。

 戦闘行動はもちろんのこと、支援行動といった後方寄りの行動においても、連携力は試されるものなのだから。

 

「でも現時点では、ARCUSの個人的な適正には差があってね。新入生の中で、君たちは特に高い適正を示したのよ。それが身分や出身に関わらず、君たちが選ばれた理由でもあるわ」

 

 だから、俺たち。

 だから、〈Ⅶ組〉に選ばれた。

 つまりそれは偶然で、ともすれば運が良かったと言えるだけの、そんな理由。

 

 ちっぽけで、些細で、きっと特別なんかじゃない、そんなひょんなことから結ばれた縁。

 

「なるほど、な……」

 

 ぽつりと呟き、手にしたARCUSに視線を落とす。

 開いたそこでは、マスタークオーツが一際きらめいていた。

 

 

 

15.

 

「さて――約束通り、文句の方を受け付けてあげる」

 

 ややあってから、サラ教官は不意にそう口にした。

 視線を向けると、教官はひとつ柔和に笑んでから、その表情を険しく引き締める。

 

「トールズ士官学院は、このARCUSの適合者として君たち十名を見出した。でも、やる気のない者や気の進まない者に参加させるほど、予算的な余裕があるわけじゃないわ。それに、本来所属する筈だったクラスよりもハードなカリキュラムになる。それを覚悟してもらったうえで〈Ⅶ組〉に参加するかどうか……改めて聞かせてもらいましょうか」

 

 その問いに、すぐに答えを口にした者はいない。

 俺もまた閉口したまま何も答えずにいたが、それは怖気づいたからとかそういう理由からじゃない。

 むしろ答えなんて最初から、覚悟なんて最初から決まっていて、むしろ特科クラス〈Ⅶ組〉のカリキュラムの一端であろうこの特別オリエンテーリングの内容を鑑みても、俺にとってはありがたいまである事なのだ。

 

 ――強く、そして正しく在りなさい。

 師匠は繰り返しそう言った。ただ強いだけでは足りないと、彼女は言ったのだ。

 間違えなければそれでいいとも言われたけれど、その不足を俺はずっとずっと感じているし、それは補わなければならないのだ。

 でなければ、俺は大切なものを守れない。

 そしてその大切なものに、差し出されたものの全てを胸を張って返すことができないのだ。

 成し遂げたと、全てをなげうったあの人に胸を張って報告だなんて出来やしない。

 

 そしてそこにリィンも在ったなら、それ以上のことはない。

 生まれた時から一緒にいる、様々な苦悩を抱えてこの学院に一緒にやってきた双子の兄弟。

 どんな場所であろうとも、どんな道であろうとも、共に進むと決めた大切な片割れが変わらずそこに在ったなら。

 

 ちらりと視線を遣ると、不思議なことに目があった。

 お互いが確かめるように、けれどもきっと共に在ると信じていた同じ顔の兄弟と目が合って、互いに口元に弧を描く。

 

 ああ、それならもう、何一つとして畏れはない。

 

「リィン・シュバルツァー。――参加させてもらいます」

「同じく。ルイン・シュバルツァー、参加させてもらいます」

 

 一歩、踏み出したのは同時。

 先に宣誓したリィンに続くように、俺も宣誓をはっきりと口にする。

 

 途端、周囲から戸惑ったような驚いたような視線を注がれたが、気に留める必要はないだろう。

 皆とも共に進めたらいいとは思うが、皆には皆の考えがあるのだから。俺たちはこの道を進みたいと、そう考えたのだから。

 

 サラ教官は俺たちをじっと見据えると、そのまま口を開く。

 

「一番乗りは君たちか。何か事情があるのかしら?」

「いえ。……我儘を言って行かせてもらった学院です。自分を高められるのであれば、どんなクラスでも構いません」

「俺も同じく、って訳じゃないですけど……このクラスでなら、得るべきものを得られる気がするので。選ぶ事が出来るのであれば、この道を選びます」

「ふむ、成程ね」

 

 教官はリィンと俺に、それ以上問いただすことはしなかった。

 ただ、俺達がそう決めたのならばそれで良い、といった様子で頷いて、それだけ。

 

 そうして沈黙が降りたのはほんの少しの時間だけ。

 

「そういう事ならば、私も参加させてもらおう。元より修行中の身、此度のような試練は望むところだ」

「オレも同じく。異郷の地から訪れた以上、やり甲斐がある道を選びたい」

 

 凛、とした声と佇まいで言い切ったのはラウラとガイウスだ。

 

「新入生最強の使い手に、のっぽの留学生くんも参加、と。さあ、他には?」

 

 それを、サラ教官はにっこりと笑って受け入れ、残るみんなの答えを優しく促す。

 

「私も参加させてください。奨学金を頂いている身分ですし、少しでも協力させていただければ」

 

 と、穏やかな声音で答えたのはエマだ。

 その言葉にも嘘はないのだろうが、それだけではない強い決心が見え隠れしている気がしたのは多分気のせいではないんだろうが、敢えて聞く必要はないだろう。

 そしてその横から、エリオットがおずおずと行った様子で口を開く。

 

「ぼ、僕も参加します……! これも縁だと思うし。みんなとは上手くやっていけそうな気がするから」

 

 教官は二人の顔を一度見て、

 

「魔導杖のテスト要員も参加、と。ARCUSと同じくまだテスト段階の技術だから、運用レポート、期待しているわよ?」

 

 そう言ったサラ教官に、微笑みながら頷いたエマとは対照的にエリオットが眉を下げている。

 ドンマイ、としか言い様がないというか……教官がちゃっかりしてる、って言うべきなのかわからないが、手伝えることがあれば手伝うからな、エリオット。

 

 そうして。

 

「――私も参加します」

 

 促されるより先に、そう宣言したのはアリサだった。

 真っ直ぐに教官を見据えて言う彼女に、教官は目を丸くして、

 

「あら、意外ね。てっきり貴女は反発して辞退するかと思ったんだけど?」

「……確かに、テスト段階のARCUSが使われているのは、個人的には気になりますけど……この程度で腹を立てていたらキリがありませんから」

「フフ、それもそっか」

 

 教官もアリサも、何か含みがあるような言い方をしてはいたが、明け透けに話せない事情があるのは誰だって同じだ。

 アリサが〈Ⅶ組〉としてやっていくことを、俺たちと同じように選んだ――それが事実で、大事な事だろう。少なくとも、今は。

 

「これで七名。……フィー、あんたはどうするの?」

 

 やけに親しげにサラ教官が目をやった先で、フィーはきょとんとした表情を浮かべていた。

 だがそれも少しだけ。すぐにどうでもよさそうに両目を閉じて、

 

「別にどっちでも。サラが決めていいよ」

「駄目、自分で決めなさい。自分のことは自分で決める、そういう約束でしょ?」

「めんどくさいな。……じゃあ、参加で」

 

 そうか、そうかー、めんどくさいかー。

 みんな思ってると思うがそれでいいのかなー、とは思いはすれど……本当に嫌だったら避けてる気がするんだよなあ、フィーの場合。

 もしかしたら拒否できない理由があるのかもしれないが、教官の口ぶり的にはそんな風でもないし、あっさりとしていたって確かにフィーが自分で決めた答えなのだろう。……たぶん。

 

「はあ……まあいいわ。これで八名だけど……」

 

 小さく嘆息をして、それからゆるりと教官が視線を遣った先に立つのはユーシスとマキアスだった。

 

「君たちはどうするつもりなのかしら?」

 

 そう静かに改めて聞いたのは、彼らが俺たちの中で一番いろんなしがらみにも似たものを、誰にでもわかるほどに抱えているからだろう。

 

 俺が見る限りでは二人共べつに悪い奴らじゃないけれど、それでも――特に今のマキアスにとっては〈Ⅶ組〉という場所が居心地の良い場所であるかはわからない。

 大貴族であるユーシスもそのへんは変わらないかもしれないが、マキアスの感じるそれとは違うだろう。少なくともユーシスが即答しなかった、ということは本来のクラスである貴族クラスで貴族たちの中で過ごすしか考えられない、とは思ってないってことだろうし。

 

「まあ、いろいろあるんだろうけれど、深く考えなくても良いんじゃない? 一緒に青春の汗でも流していけば、すぐ仲良くなれると思うんだけどな~」

「そんな訳ないでしょう!」

 

 と、吠えるような声を上げたのはもちろんマキアスだ。

 おかしなこと言ってるわけじゃないけど楽観的すぎだよな、サラ教官。嫌いじゃないけどね?

 

「帝国には強固な身分制度があり、明らかな搾取の構造がある! その問題を解決しない限り、帝国に未来はありません!」

「うーん、そんな事あたしに言われてもねぇ……」

 

 サラ教官、それはそう。俺だってそんな事言われたら困る。

 ただマキアスの言葉は間違ってもきっといない。けどそれは簡単に変えられる事でもない根深いものなのだ。

 ただラウラも、それにユーシスも、そうした偏見にも似た感覚も感情も思想も、持ってはいない。

 

「ならば話は早い。ユーシス・アルバレア。〈Ⅶ組〉への参加を宣言する」

 

 でなければ最初から、本当に最初から彼らは此処にいたりはしないだろうから。

 

「な、何故だ……!? 君のような大貴族の子息が平民と同じクラスに入るなんて、我慢出来ない筈だろう!?」

 

 ユーシスの宣言に一番驚き、信じられないといった様子で尋ねるマキアスに、ユーシスは少しだけ眉を寄せて語気を強めた。

 

「勝手に決め付けるな。アルバレア家からしてみれば、他の貴族も平民も同じようなもの。勘違いした取り巻きにまとわりつかれる心配もないし、むしろ好都合というものだろう」

 

 さて、口をぱくぱくと開閉させることしかできないほど驚くマキアスくんはさておき、大変わかりにくーい言い方はしているが、要約すると俺たちと過ごすよりも貴族クラスで過ごす方が面倒、って事である。

 

「かといって、無用に吠える犬を側に置いておく趣味もない……ならば此処で袂を分かつのが互いの為だと思うが、どうだ?」

 

 しかしながらマキアスには思うところがありすぎるんだろう。あるいはわざとかもしれない。わからない。

 ただ悪気の有無はさておき、きっちりと煽っていく辺りがこう……前途多難な気がするなあ。

 

「だ、誰が君のような傲岸不遜な輩の指図を聞くものか!」

 

 一瞬何を言われたのかわからなかったらしいマキアスが、次第に震えながら吠えたのを見ながら、俺は苦笑を零すのであった。

 

「マキアス・レーグニッツ! 特科クラス〈Ⅶ組〉に参加する!」

 

 はっきりと宣言したマキアスは、ギッとユーシスを睨みつける。

 

「古ぼけた特権にしがみつく、時代から取り残された貴族風情にどちらが上か思い知らせてやる!」

「……面白い……」

 

 ……なーんかそろそろユーシスがある意味で楽しみ始めてんじゃないか、って気配を感じ始めてんだけど、それでも二人の間にある溝が深いのは確かだ。

 彼らも参加を決めた以上、時には諌めて止める必要はあるかもしれないなあ。

 

「うーん……思うより大変な学院生活になりそうだ」

「言葉の割りには困ってなさそうだが……何かあれば、オレも力になろう」

 

 ひとりごちていると、ひそりと声が掛けられる。

 見ればガイウスが穏やかな表情を浮かべていて、俺はへらりと笑いながら感謝の言葉を告げたのであった。

 

 なお、反対側でリィンがアリサにすげなくされてしょげてるけど、俺にはどうにもなりません! 強く生きてくれよな、お兄様!

 

「これで十名――全員参加ってことね」

 

 手を叩きながら、満足げにサラ教官は言う。

 視線を向けると、教官はす、っと息を吸って表情を引き締めて、

 

「それでは、この場を以て特科クラス〈Ⅶ組〉の発足を宣言する。この一年、ビシバシしごいてあげるから楽しみにしてなさい!」

 

 そう言いくくる頼りになるのかならないのか、それでも確かに俺たちよりも経験を積んだ大人であり教官である彼女の言葉を、俺は少しばかり不安と、それから期待に満ちた気持ちで聞いていた。

 

 

 * * * *

 

 

 階下には、学生服を着込んだ十人の少年少女と、うら若き女教官。

 誰にも気付かれぬまま、そんな向き合う彼らをそっと見守る影が二つ。

 

「やれやれ、まさかここまで異色の顔ぶれが集まるとはのう。これはいろいろと大変かもしれんな」

 

 言葉とは裏腹に優しく、そしてどこか楽しげな声音で言ったのはトールズ士官学院の学院長ヴァンダイクだった。

 そんな彼の隣に立って見守っていたのは、金髪の青年。

 

「フフ、確かに」

 

 青年もヴァンダイク同様優しく、柔らかな表情で階下を見守っている。だが青年の双眸には、ヴァンダイクにはない確かな期待感というものが宿っていた。

 

「――ですが、これも女神の巡り合わせというものでしょう」

「……ほう?」

 

 青年の言葉に、ヴァンダイクが意外そうに瞠目する。

 その視線を受けてもなお、青年は階下を見守りながら口を開いた。

 

「ひょっとしたら、彼らこそが()となるかもしれません。動乱の足音が聞こえる帝国に於いて、対立を乗り越えられる唯一の()に――そう期待を掛けてしまいそうになるのは、いささか大げさかな?」

 

 と、青年はなんてことない風に語りかける。

 それは隣に立つヴァンダイクに投げ掛けたものではなく、

 

「どうでしょう? 私はあくまでも見守る者に過ぎませんので、そう尋ねられても困ってしまいますが……変化を齎す存在になれる可能性は秘めているでしょう。彼らは未来ある子供達なのですもの」

 

 微かな足音を鳴らしてそこにやってきた人物に対してであった。

 ヴァンダイクはその人物を見て、怪訝そうに眉を顰める。

 だがその人物――女性は丁寧な淑女の礼を取り、

 

「お初にお目にかかります、トールズ士官学院学院長ヴァンダイク様。私は、シホと申します」

 

 ふわりと花が綻ぶように微笑んで見せたのであった。

 




新年、あけましておめでとうございます。
閃の軌跡10周年の年でもあり、アニメがついに放送となる2023年もどうぞよろしくお願い致します!

これにて序章が終わり、次回からは1章となります。

様々な事が不明な序章ですが、1章も元気いっぱい笑顔いっぱいにリィンをからかいながらも傍に在り続けるルインの物語を見守っていただけると嬉しいです!ユズリハもちゃんと出るよ!

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