深山すばるは、鳴海歩くんの幼馴染   作:タンポポ雲

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少し長くなったので今回と次話は分割しております。(その分少し短め)


第5話 鳴海清隆(上)

 中学二年生の、とある平日の放課後。

 私、深山すばるは非常に不機嫌だった。

 

「ふむ。どうしたんだい、お嬢さん。いつも笑顔な君らしくもない」

 

「誰のせいだと思っているんですか」

 

 車の助手席に座らされた私は、あえて『私、怒っています』という気持ちを込めて清隆さんを見る。

 

「すまない、うちの歩がお嬢さんに迷惑を……」

 

「100%お兄さんのせいなんですけどね! 今日はあゆくんと一緒に学校帰りにスーパーでお買い物しようと思ってたのに、台無しじゃないですか!?」

 

「ふむ、それは私のせいだと?」

 

「半ば強制的に連れてきておいて、何言っているんですか」

 

「いやまさか、歩がお嬢さんと、今日放課後デートの予定だったとはまったく知らなかったな。知っていれば別の日にしたものを」

 

「放課後デートって――そ、それはともかく、私さっき断りましたよね!? なに知らなかったみたいなこと言っているんですか!?」

 

「いやあ、警察の仕事に、まどかとの新婚生活で私には過去を振り返る余裕もなくてなあ」

 

「へえー。その割には有無を言わさずに私を連れ出す時間はあるんですね」

 

「すまないね。まあ、今まですばるお嬢さんに歩の手伝いを沢山してもらった、私の埋め合わせだと思ってくれ。なんだったら私を歩だと思って、抱きついてくれても良いぞ」

 

「すみません、普通に引きます」

 

 そもそも家事を手伝っていたのはあゆくんのためであり、清隆さんのためではまったくない。

 

「ほう。私では歩の代わりは務まらないかい?」

 

「あゆくんを見習って、百倍、いえ千倍は魅力的になってから出直してきてください」

 

「ははっ、まあ冗談だ。そもそも私にはまどかがいるし、中学生に興味はないよ」

 

「そうですか。あゆくんのお兄さんが犯罪者にならなくて良かったです」

 

「まあお嬢さんにそこまで好かれている、歩がうらやましいとは思うがな。お嬢さんは成績優秀、スポーツも平均以上。その上、ピアノも料理も歩に匹敵すると来た」

 

「えっと……ありがとうございます?」

 

 褒められているかもしれないけど、どれもこれも前世での経験による下積みあってのものなので、素直に喜んで良いものか。

 それに清隆さんはちょっと本気出せば、なんだってできるような感じがするし、実際その通りなのだろう。

 あゆくんが興味を持ったものを、片っ端から長年努力しても敵わない結果を見せて、あゆくんのやる気をくじいてきたんだし。故意か偶然かは分からないけれど。

 

「おまけにちょっと年齢より幼い傾向だが、容姿端麗。それでいて、その年齢で既にまどか以上と思われる胸の大きさというアンバランスさが――」

 

「訴えますよ、本気で」

 

「はっはっはっ、警部にして伝説の名探偵である私がその程度の脅しに――」

 

「まどかさんにです」

 

「本当に怖い発想するなお嬢さん。それでまどかに嫌われたらどうするんだ、私は新婚ほやほやだぞ?」

 

「だったらお兄さんは発言を慎んでください。まったく、少しはあゆくんを見習ったらどうですか?」

 

「だが残念だな! まどかは私にゾッコンなので、お嬢さんが何を言おうと、まどかに嫌われることなんてないのだよ! どうだ、うらやましいだろう!」

 

「うわー、めっちゃむかつく」

 

「しかし新鮮だな」

 

「なにがですか?」

 

「いや、お嬢さんとの会話がさ」

 

「……? 私との会話なら、しょっちゅう鳴海さんのお家でしていたじゃないですか。ああ、でも大抵あゆくんと一緒でしたね」

 

「いや、そうじゃない。私を『鳴海歩の兄』として見ているのは、お嬢さんくらいだからね」

 

「えっと……どういう意味ですか、それ?」

 

 清隆さん個人を見ていないってことかな? 別にそんなことはないと思うんだけど。

 

「そのままの意味だよ。すばるお嬢さんは私を、歩との縁の延長上でしか見ていない」

 

「はあ……でも、こう言ってはなんですが、自分のお友達の家族とか、特別交流がなければそういうものじゃないですか?」

 

 友達のお兄さんとかお姉さんとか、その人自体に交流が少ないなら、その友達のお兄さん、お姉さんという認識になるのは当然のことだ。

 

「普通はそうなのだがね。私と歩はちょっと事情が異なる。お嬢さんが、歩としか交流がないのなら

まだ分かるのだけどね。お嬢さんにも心当たりがあるんじゃないかな?」

 

 清隆さんの言うとおりだ。

 幼稚園で、清隆さんばかり見ていた子供達。

 小学、中学の入学式や卒業式でそこにいるだけで異常なまでに注目を集めていたあゆくんのお兄さん。

 寂しそうなあゆくんの顔がよぎり、悲しい気持ちになる。

 ……やめよう。過去は過去だ。これからのあゆくんが笑顔でいてもらうことの方が大事なのだから。

 

「君のお父さんとお母さんもそうと言えるかもしれないが、彼らは私との交流が少ないからな。そういう意味で、君は平凡でありながら、ある意味では特殊と言える」

 

 さっきあれだけ褒めたのに、平凡呼ばわりされた。清隆さんくらいになると、くるみさんレベルでもないと平凡に見えるのかもしれない。

 

「そんなこと言われましても。私はただの中学生ですよ?」

 

「ただの中学生、か。すばるお嬢さんや、くるみお嬢さんのような人がもう少しいれば、私も少しは楽に生きられたかもしれないな。もっとも、くるみお嬢さんは私達兄弟自体を嫌っているから、すばるお嬢さんとはまた違うか」

 

 清隆さんの口から挙がった、くるみさんの名前。くるみさんと清隆さんの間になにがあったのか、相変わらず私には分からない。

 清隆さんの言葉は良く分からなかったが、いつも涼しげな表情をしていた清隆さんが、なんとなく辛そうに見えたのは気のせいだろうか。

 

「すまない、こちらの話だ。気にしないでくれたまえ」

 

「……良く分かりませんけど、分かったことにしておきます」

 

 なんでも望めば簡単に実現できそうなこの人にも、悩みとかあるのだろうか。悩みが一つもない人なんて世界中探してもいないかもしれないけれど。

 

「変な話はここまでにして。今日はお嬢さんに聴いてもらいたいものがあるんだ」

 

「聴いてもらいたいもの、ですか?」

 

「ああ。伝説のピアニスト、鳴海清隆のピアノリサイタル。本日限定の復活さ」

 

「……はい?」

 

 自分で伝説のピアニストとか言うの、どうなんだろう。

 

 

 

 清隆さんに連れられて、たどり着いた場所は鳴海家だった。

 鳴海のご両親はと訊くと、病院におり不在とのこと。

 清隆さんの後を追い、家の中に入りそのまま進むと、グランド・ピアノが置いてある部屋につく。

 このグランド・ピアノで、あゆくんはピアノを初めて弾いたのだろう。

 

 そしてなんの説明もなく、清隆さんは先ほどの宣言通りに、本当に演奏を始めた。

 ホントこの人、なにがしたいんだ。

 でもまあ、清隆さんのピアノ演奏は、そりゃ素晴らしいと思えるものだった。ブランクがあるにも関わらず、世界で有名になったピアニスト、当時そのままの演奏だっただろう。私は録音でしか聴いたことないけど、それでも十分そう思わせる演奏だった。

 

「久しぶりに弾いたが、鈍ってはいないか。だがまあ、相変わらず人を感動させられる音楽ではないな」

 

 ……この人はなにを言っているのか。

 

 この演奏は、たしかにあゆくんが言うとおり、一生掛かっても追いつけるのだろうかと思わせるようなレベルだ。

 あゆくんだけじゃなくて、私もピアノに絶望させようとでもしたのだろうか。

 いや、私はたしかに清隆さんの演奏に、背筋が凍る程の、絶対的な格差を感じたが。

 それでも、私はあゆくんのような事情もないし、ピアノを止めようとは思わない。

 ピアノは私の夢であり、両親が応援してくれているものでもあり、あゆくんとの大切なつながりの一つなのだから。

 

 それは清隆さんも分かっているはずだし、私にピアノを止めさせたところで、清隆さんになんらメリットはないはずだ。

 私に清隆さんの思考をトレースできるとはまったく思わないから、分からないけど。

 

「お嬢さん、私の演奏はどうだったかな」

 

「すごかったですよ。さすが、伝説と言われただけのことはありますね。ブランクなんてまったく感じませんでした」

 

「そう言ってもらえると嬉しいな」

 

「いえ。たいした感想も言えず、すみません」

 

 もっと評論めいたことを言えと言われればできるけれど、清隆さんは恐らく私の評論なんて求めていないだろう。

 

「いや構わないさ。それでは、もう一つ訊いて良いかな?」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「私と歩のピアノ。お嬢さんにとって、どっちが好みかな? 私に遠慮とかせず、お嬢さんのありのままの感想を教えて欲しい」

 

 なにを言うかと思えば。そんなの決まり切っている。

 

「どちらが上手い演奏かと言われると、清隆さんですけど。どちらが好みかと言われると、あゆくんのピアノの方が、私は断然好きですよ」

 

 私は六歳から今日まで、ずっとあゆくんと一緒にピアノを弾いてきたんだ。

 練習だっていつも隣でしてきたし、あゆくんがどの曲で苦労したか、この曲のどの部分が特に好きか。

 あゆくんと一緒に、ピアノで語り続けてきた。そんな思い出一つ一つを、あゆくんのピアノを聴く度に思い出す。

 上手かどうかじゃない。私の好みだけで言うなら、あゆくんのピアノに勝る演奏は世界のどこにも存在しない。

 そもそも、ピアノになんの思い入れのない人が数年ぶりに弾いた、気まぐれの演奏――しかも演奏者自身が無価値と断じているものを、どうして好きと思えるのだろうか。

 

 それにしても、なんなんだろうこの質問。

 どっちが上手かなら、まだかろうじて分かるけど。

 私の好みなんて訊いて、清隆さんにとって、いったいなにがあるのだろう。

 

「ふむ。ありがとう。参考になったよ」

 

「は、はあ……えっと、この質問はいったい?」

 

「なに、歩はすばるお嬢さんに愛されているということがよく分かったまでさ。『あゆくんのピアノの方が、私は断然好きですよ』! この言葉、歩にぜひとも聞かせたいな!」

 

「なぁ!? や、やめてください恥ずかしいじゃないですか!」

 

 思うことをそのまま言っただけだけど、恥ずかしいものは恥ずかしい!

 

「よし、今から録音するからもう一度言ってみてくれ」

 

 清隆さんが録音テープレコーダーをポケットから取り出す。

 どこに持ってたのそれ!?

 

「絶対に嫌です」

 

「なんだ、つれないお嬢さんだな。普段から『あゆくん好き好き大好き』って言っているんだから、今更恥ずかしがる必要ないだろう」

 

「言ってな――言ってるかもしれませんけど、人前では言ってません!」

 

「その言葉そのものは言ってなくても、すばるお嬢さんの態度が物語っているんだが。まあ、それは置いといてだ」

 

「置いとかないでください」

 

「すばるお嬢さん。今の歩がいるのは、お嬢さんのおかげと言っても良い」

 

 突然、真剣な声で話始める清隆さん。

 急に調子を変えてくるのは止めて欲しい。ついて行くのが大変だ。

 

「歩の幼少期から、すばるお嬢さんは常に歩の隣にいた。ただ一人、歩を『鳴海清隆の弟』としてではなく、『鳴海歩』として存在を肯定して、認め続けてきた。歩と一緒にピアノも料理も練習し、良きパートナーとしていた。もしすばるお嬢さんがいなければ、歩はもっと後ろ向きで、全てを諦めるような性格に育っていただろう」

 

「……そうでしょうか?」

 

 もし、私があゆくんと出会わなかったら。それは想像することしかできない。

 仮に私がいないとしても、別の人があゆくんと仲良くなっていたかもしれないし……私があゆくんと出会わない可能性を考えると、胸が痛むけど。

 

 それにしても、清隆さんがそれを言うのか。よりによってあなたが。

 清隆さんにしてみれば、わざとではなかったのかもしれない。悪意なんてなかったのかもしれない。

 それでも、この人ならあゆくんの境遇をいくらでも改善できたのではないだろうか。

 

「そこで、聞きたい。なぜお嬢さんは歩にそこまでする? 歩が好きだからという理由か?」

 

 私があゆくんといる理由。

 一番最初にあゆくんと話すようになったきっかけは、寂しそうな顔をさせたくなかったから。究極のところ、なんとなくだ。

 でも、今は――いや。ずいぶん前から、もう違っていた。

 

「そうですね。正直に言いますと、その通りです」

 

「しかし、それはあまりにもいびつな関係ではないか? お嬢さんが歩に与えてばかりで、お嬢さんは歩からなにを受け取った? それは対等な関係ではないと思わないか?」

 

「それは違いますよ。清隆さん」

 

「ほう? その心は? お嬢さんの意見を聞かせてもらおうか」

 

「私は、あゆくんから沢山のものをもらっています。一緒に料理するとき、ピアノの演奏をするとき、ご飯を食べるとき、お話しするとき。沢山のことを教えてもらって、楽しかったり、ときにケンカしたり、仲直りしたり。全部全部、あゆくんがいなければならない、大切な時間です」

 

 さっき、清隆さんは私がいないと、今のあゆくんはいないと言った。

 もしそうなら嬉しいけれど、本当にそうなのか私には分からない。

 けれど、あゆくんがいなければ、私はピアノも料理もここまで頑張ることはなかっただろう。

 あゆくんにいろんなことを教わった。一緒に学び、練習してきたんだ。

 

「あゆくんがいなければ、今の『私』はいません。むしろ、私の方があゆくんからもらい過ぎているくらいです」

 

 他の人からどう見えるかは分からないけれど、私から言わせてもらえれば、あゆくんと私は別にいびつでもなんでもない。

 そもそも、私はそんな小難しいことを考えて動けるほど、頭が良くもなければ、あゆくんみたいな自分を殺して他人を気遣えるようなお人好しでもない。

 

「単純なことですよ。私は、私があゆくんと一緒にいたいからいるんです(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。それだけです」

 

 たったそれだけの、簡単なこと。

 私は――深山すばるは単純な人間だ。

 ただ単に、好きな人と一緒にいたいから、そして周りからその関係を認めて欲しいために頑張っているだけなのだから。




すばる(清隆さんとの問答なんてどうでもいいから早く帰ってあゆくんとお料理したい)
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