1.にゅうたいぷようじょ
生まれてこの方、ジャンケンに負けた事が一度もない。
物心がついた時にはもう孤児院に居たので、両親の顔も分からなければ名前も知らない。とはいえ此処は他の施設よりも十分な支援を受けていたので衣食住に困らない生活を送ることができた。昼食時に余ったプリンを掴み取る為に繰り広げられるジャンケン大会、そこで私は必ずと言っても良い程に勝ち続けてきたし、ジャンケンじゃ勝てないからって他のゲームに替えられても私が勝利をし続ける。特に得意なのはトランプを使ったゲームであり、相手が何を企んでいるのか。何を隠しているのかなんて手に取るようにわかる。
それが特別だと気付いた時にはもう、私とゲームをしてくれる人はいなくなってしまった。プリンの争奪戦もなくなった。
悪戯をされる事が増えた、分かっちゃうので一度も引っかかる事じゃなかったけど。
靴を隠された時、誰が隠しているのかなんて一目見て分かった。その男の子に少し問い詰めてやれば、隠し場所だって直ぐに分かった。私に悪戯をする子は「証拠を出せよ!」と小賢しい事を言うけども、そんな事よりも見れば分かる。と私は裏庭に埋められていた靴を掘り当てる。男の子は「自分で隠して、自分で見つけたんだ!」と宣ったけど、もうその子の事なんてどうでも良かった。だって、これが恋愛感情の裏返しであるなんて事は勘付いてるし、私が彼に思う事は「失望」の一言で済まされる。
過激になる悪戯に億劫な気持ちになりつつある。
私は別室に呼び出される機会が増えた。
相談室と銘打たれた場所であり、通された扉の先には机と椅子があるだけの殺風景とした部屋になっている。そこに院長先生が居て、最初はジャンケン。次にトランプで勝負をさせられる。勝てば、プリンが貰える。負ければ、特になにもない。ランダムに伏せられたカードの中身は分からないけども、院長先生が伏せたカードが何なのかは察する事ができる。一個の飴玉がある。両手に握ったふりをして、どちらに飴玉が隠されているのか問い掛けられば、それはもう百発百中で当てられる。
確率を学んだ、簡単な基礎的な話。五枚のカードがあって、一枚のカードを当てられる確率。それが二度、三度と連続して続けられる可能性、特定の条件下で連続的中が百回目に達した時、その事が紛れもない異常である事は幼い私でも理解する事ができた。
甘い、甘い飴玉を舐める。延々と同じことを繰り返されるのは、面白い事ではなかった。
悪戯ばかりする子も、これで好意だというのだから、本当に煩わしい。どうしてこれで好きになれるのか、気を使ってやってると思えるのか。私には理解ができなかった。
楽しいが、嫌いで塗り潰される。退屈が占める割合が増え続けた。
とある日の話になる。相談室と銘打たれた扉の先に、顎髭の凄いおじさんが椅子に腰かけていた。
「初めまして」
子供向けの柔和な笑みを浮かべてから彼はポケットから飴玉を抜き取ると、椅子に座った私に握った両手を差し出す。彼の期待している事は聞かずとも分かる。くれるのならさっさと欲しい、と私から見て右の手を指で差せば「見事だな」と彼は感心するように右手に握られた飴玉を私に手渡す。
「紹介はいらないかも知れないが……私はジオン・ズム・ダイクンだ」
「……だいくん? えらいひと?」
彼の考えている事の大体は分かる。でも、それは言語として正しく理解している訳じゃない。なんというか、ものすごく偉い感じのイメージは出来る。そして、彼はピラミッドの頂点に立つ人間だという事もわかった。けど、それを言語化することは難しくって、私の知る言葉で最も近いものは「王様」なんだけど、それともまた違う感じがする。
「ああ、そうだ。この国で一番、偉い人だよ」
ダイクンと名乗る彼は笑いかけてくれる。なんか窮屈な生き方をしてる人だと思った。偉いのに窮屈、不思議だと思った。彼はポケットからトランプを取り出すと一枚のカードを確認する。そのまま二枚、三枚と見た後で十枚のカードを机の上に並べた。
「さあ、この中から……」
「ん」
彼が差して欲しいカードはこれだ。捲ってみるとスペードのエースだった。
「……絵柄は分かっていたのかい?」
「わからない。でも、えらんでほしいの、これ」
「では次に私が引いて欲しいカードのマークは分かるかな?」
優しい目で問い掛ける彼に、私は膨れっ面を作って非難する。
「マークじゃない。ジョーカー、それでジョーカーはこれ」
ひっくり返してやれば、ジョーカーの絵が印刷されていた。
「驚いたな……これは確かに異能だと呼んでも良い」
では次だ。と彼は告げる。また意地悪をしようとしている彼のことを私はジトッと睨み付けたが、この思いは興奮気味の彼には届かない。
「ハートのクイーンだ。何処にある?」
「みぎのてくび、そこにかくしてる」
おじさん狡い。と非難してやれば、彼は大きな口を開いて笑い出す。院長先生だって意地悪してたけど、此処まで酷くはなかった。私が不貞腐れてやれば「悪かった悪かった」と平謝りで頭を撫でてくる。謝罪に誠意がない、子供だからって馬鹿にしている。
「私にも君くらいの……いや、君よりも少し上の子がいる」
彼はそう言いながら席を立った。
「来なさい、君はウチで引き取る」
私に手を差し伸べてくる。でも私はその手を取らない。
だって彼は私に意地悪をしたし、ちゃんと謝ってくれてもいないのだ。
つーん、とそっぽ向いてやった。
「……子供とは、レディのように気難しいものだな」
彼は困ったように周りを見た後、机の上に置かれていた飴玉の入った袋を見つける。
「お詫びにそれをあげよう」
「ぜんぶ?」
「袋ごと持って行きなさい」
仕方ない、許してやる。誠意とは言葉ではなくて、物なのだ。平謝りされるよりも余程、誠意がある。
「……物を贈れば機嫌を直すのは、レディの扱いと一緒か」
大変失礼な脳波を受信した気がするが、飴玉に免じて聞かなかった事にしてやる。
少なくとも彼には悪意はなく、必要以上に恐れもない。自分には子供が居ると言った時の穏やかな感情、そこから私に向けられる温かい波長。意地悪ばかりするおじさんだったけど、根っからの悪い人ではない事は分かっている。どっちかというと良い人なんだけど、悪いことにも手を染めている。それは彼が悪戯をする時に分かっていた事だ。でも、大人って皆、良い人でも、何かしらの悪い事に手を染めているものなので、そういうものだと感じている。院長先生だって、私に関する事で袖の下を貰っていたけども、だからといって必ずしも悪い人じゃないってことは分かっていた。
人の心はまだら模様。色が混ざる場所もあれば、白と黒ではっきりと分けられている箇所もある。
良い人っていうのは、白と黒だと白を占める割合の多い人って感じだけど、中身が黒ばっかりな人の中にも良い人がいる。
逆に白ばかりが目立つ人って好きじゃない。あの意地悪な子だって、白の割合の方が多いのだ。でも嫌い。同じ白でも嫌いな白があって、同じ黒でも嫌えない黒がある。好ましいのは、温かく感じられる。たぶんその温もりはきっと「優しさ」と呼ばれるものであり、他にも多くの感情が白と黒の人間模様に溶け込んでいる。
私がこの孤児院で人に触れて分かったことは、極端よりも曖昧な方が好ましいって事だった。
その日、ジオン・ズム・ダイクンに引き取られた私は屋敷に連れ込まれる。
エントランスホールで出迎えてくれた大人の女性、彼女は私の姿を見るや否や姿勢を正す。
呼吸をひとつ挟んで、キッと厳しい目付きでおじさんを睨み付けた。
「そこにおられる子は、何処の誰との子でありましょうか?」
「……誤解だ。この子はウチが支援している孤児院から引き取ってきた」
「孤児院?」
女性が私の方を見つめてくる。たぶん彼女はおじさんの良い人なんだという事は簡単に察せられた。
孤児院でも、そういう大人の関係は多々見た事がある。そして、その関係性に若干の翳りがある事より、二人が正しく結ばれた関係じゃないって事も理解できた。
私は、おじさんに向き直ってレディとしての忠告をしておく。
「おじさん。うわき、ダメぜったい」
両手の人差し指でペケマークを作る。おじさんは目を見開いて、女性の笑顔が引きつった。
「……アストライア、誤解だ」
「少し詳しく話を聞く必要があるようね?」
「あと君も誤解している」
彼は想い人から目を逸らすように私に向き直る。
「私には正妻が居る。しかしアストライアは私が最も愛している女性だ」
うん、知ってる。大人の関係は複雑怪奇だ。
アストライアと呼ばれた綺麗な女性は、まあ、と声を零した後、少し頬を赤らめながら私を見る。
「……それでこの子はどうするおつもりで?」
そう言いながら私のことを抱き寄せる。
なんだか温かい感じがする。少し安心する、感覚がある。
されるがままに抱き締められておいた。
「とりあえずは……使用人見習いとして家に置いておくつもりだ」
「では使用人用の服を仕立てなければいけませんね。詳しい話は後でお聞かせください」
彼女は抱き寄せていた私をゆっくりと引きはがして私に微笑んでみせる。
「貴女の名を聞かせて頂戴?」
「かなりあ。かなりあってよばれてた」
「カナリア……そう黄色に近い金色の髪になぞらえたのね」
手櫛で髪を撫でられる。
「綺麗な髪をしているわ。歳は幾つかしら?」
ひー、ふー、みー……とりあえず、指を四本立てた。