ありがとうございます。書くモチベーションになります。
誤字報告も大変助かっています。
次兄のサスロがダイクン派の人間に暗殺された時、私はまだ13歳の小娘であった。
その時から勉学に励む事、三年間。最初の一年間で父デギンと次兄サスロの書庫にある書物を全て読み漁り、必要だと思った文献は全て取り寄せた。女というだけで見縊られる事もある、そういう事情もあって我武者羅に知識を身に着けた。知識を得た後は力を欲するようになり、かつてサスロが築き上げた独自の諜報機関と接触する。
通称、サスロ機関。次兄のサスロは己の役割が父とギレンとは違う事を理解しており、独自の判断で行動する事も少なくなかった。それ故に自分が自由に動かせる配下を生み出す為に作り上げた組織である。
本来、サスロ機関はドズルが引き継ぐ手筈となっていた。
しかしサスロ機関を特殊部隊の延長線上としか捉えられなかったドズルに彼らの事を使いこなすことはできなかった。精々、情報収集に使うのが関の山。その上でジンバ・ラルが叛乱を企てた時、サスロ機関は亡きサスロの命令に従って関係者の暗殺を実行した事がある。その標的にダイクンの遺児も含まれていた事がドズルの虎の尾を踏み抜く事になり、以後、彼らは冷遇される事になる。
そんなドズルに不満を抱いた人物と接触し、引き抜く事で私は私が自分の意志で動かせる諜報機関を新設した。
組織の名は、サスロ機関に合わせる形でキシリア機関とする。
今年、18歳の誕生日を迎えた私は、ジオン公国の中で地位を高める為の案を求めた。
ジオン公国はジオン・ズム・ダイクンが掲げる理想の実現を国是とする国家である。即ち、エレズムとコントリズム、ニュータイプ。エレズムとコントリズムに関しては父と長兄の尽力により、今や二つの思想を合わせたジオニズムとして昇華されてしまっている。その為、今更になって私がエレズムとコントリズムに関して叫んでも意味は薄い。軍事方面もギレンとドズルが協力して事に当たっている為、正攻法では割って入る余地はない。
残されたのはニュータイプ。しかしニュータイプというのは、エレズムやコントリズムと比べて荒唐無稽が過ぎる。
折角のキシリア機関も使う目的がなければ、宝の持ち腐れだ。
父と長兄も使い勝手の良い諜報機関がひとつ増えたといった程度であり、私自身の力を見せつけたというには程遠い。
もっと自分の存在を周りに認めて貰う為に、何か良い案はないかと資料を精査する。
「フラナガン・ロム。医師資格を持つ研究者か……」
今はドズルが管理するダーク・コロニーでモビルワーカーの開発に携わっている。
モビルワーカーというのは、次世代兵器を開発する為の計画のひとつだったはずだ。……ニュータイプ論の検証と研究をする為にサイド6からサイド3に引っ越してきた研究者が何故、モビルワーカーの開発に携わっているのだろうか?
それとなしにズム・シティに帰ってきたドズルに話を聞いてみた。
「フラナガン博士? ……ああ、あの医師の事だな。良い腕をしていて助かっている!」
……私は一度、ドズルを殴っても許される気がする。
さておき、私はフラナガン博士と接触する為にダーク・コロニーに向かう事を決意した。
良くも、悪くも、時間には余裕がある。
ダーク・コロニーに着いた後、モビルワーカーの開発に興味がなかった私は一直線に彼の研究室を目指す。
扉の前でノックをした後で「キシリアだ、キシリア・ザビだ」と言えば「入ってくれて構わんよ」と中から声が聞こえたので扉を開け放った。
消毒液の臭いがする。ほとんど医務室となっている部屋の中、白衣を着た褐色肌の中年男を見つける。
「これ!」
その前に幼い少女が机の上に伏せられたトランプを指で差した。
「なるほど、百発百中だな」
「すごいでしょ! もっとほめてくれても良いんだよ!」
「ああ、凄いな。最早、超能力の領域だ」
「完全にランダムだとわかんないけどね〜」
「是非とも研究がしたい」と零す彼に「おかしの分だけだよ!」と少女が返した。
「では最高級の菓子を用意するから是非とも……」
「そういうのもふくめて、おかし分まで。あんまりやりすぎるとお父さんとドズルが来るからね」
めっ、と少女が両手の人差し指で作ったペケ印に「残念だ」と彼は両手を上げて降参の意を伝える。
「今日はもう帰っても良いぞ。これから大事な話があるからな」
「あんまりひどいことをやっちゃダメだよ?」
「試せるものは、なんでも試すのが研究者だよ」
「そ~いうとこ~!」
もう! と少女は私の横をすり抜けて、部屋から出て行った。
……此処は機密を保持する軍事施設のはずだよな?
「彼女はランバ・ラルの養子でカナリアと云う。モビルワーカーのテストパイロットを務めているらしいよ」
「兄は子供を兵器に乗せているのか!?」
ドズルの事は考えなしだと思っていたが、ここまでとはな! この事をギレンは知っているのか!?
「私も驚いたが、実際に彼女の運転技術を見てみると理由が分かる。実際、彼女が来てから格段にモビルワーカーの動きも良くなっているからな」
後で資料を見ると良い。と彼はトランプや菓子などを片付ける。
「珈琲はいるかね?」
「……頂こう」
「軍支給のものだがね」
彼は言いながらカップにインスタントコーヒーの粉を注ぎ入れる。
「……私は、人類の可能性を知りたい。だが、いかんせん今の世の中では出来る事が限られている」
「何が言いたい?」
「人類の神秘を探求する上で、ある程度の倫理は無視して然るべきだと考えている」
しかし、と彼は白い湯気の立つ珈琲が入ったカップを私の前に置いた。
「私も人の子でね。あのような幼い子には手が出せない。バックも怖い」
「……あの子がニュータイプだというのか?」
「そこはまだ分からん。人類の革新と呼べる存在なのか、彼女だけが特別なのか」
ただの天才という可能性もある、と彼は珈琲を啜ってみせた。
「彼女だけが特別だとしても興味はある。興味はあるが、再現性のない研究はクソだとも思っている。人類の革新、その可能性を追求する事は私の研究のテーマだが……彼女の場合は度が過ぎている。特別な個人を調べる事は私の研究ではないのだよ」
私も彼の淹れた珈琲を啜る。
クソ不味かった。思わず、咽せ返りそうになる私を見て、彼は初めて歯を見せる。
揶揄うように笑う彼の事を思わず、睨み返してしまった。
「まあ、どちらにせよ彼女を手に入れる事は難しい」
「何を考えている?」
「だが、もし仮に彼女が人類の革新、その先達なのだとすれば、このまま見逃すのは余りに惜しい」
「さっさとしたい事を言うのだ」
「彼女が彼女であるが為に人体実験に踏み切れないのであれば、人体実験をする為のモルモットを自らの手で生み出してしまえば良いのではないかな?」
それまで、のらりくらりとした彼の焦点が初めて、私を見定める。
「ニュータイプの研究が貴女の力になれるのかは、まだ分からない。だがニュータイプには“ただ宇宙に適応した人類”以上の可能性が生まれたのも確かだ」
「……不確かなものに私は協力する事はできないのだが?」
「その時は、まあ、器官培養の研究でもして人類に貢献してみるのも良いのでは? 医師もそう悪くないものです」
医務室としか思えない空間で白衣をきたおっさんが満更でもなさそうに微笑んでみせる。
私は、その日。考えを保留にした後、あのカナリアという少女がモビルワーカーを動かす場面を実際に見た。
そして支援を決意する。最悪、医学の発展に大きく寄与する事を信じて。
翌年、クローンはモデル元の名になぞらえてBBと呼称される。
ブルーバード。即ち、青い鳥だ。
◇
とある通信記録。
「……設備を整えてやってから一年が過ぎた。進捗はどうだ?」
「ああ、キシリア様。無事に作れましたよ。髪は青っぽい銀髪になってしまったがね」
「ニュータイプの研究はどうしたんだ」
「素体もいないのに研究ができる訳ないでしょう……ああ、宇宙に適応する事による空間把握能力の向上についてのデータはいります?」
「いらん。先ずはニュータイプの存在を証明するんだ」
「善処します。ところでキシリア様、ひとつ要望がありまして……」
「なんだ?」
「横漏れしないオムツの交換方法に関しての情報が不足しているのです」
「……もう知らん、勝手にせよ」
◆
時が経つのは早いもので、更に二年の歳月が流れて私は十歳になった。
ドズルは、今年から士官学校の校長に抜擢されており、顔を合わせる機会が減った。本人は「名ばかりの役職がまた増えた」と高らかに笑っていたが、目元の隈が更に濃くなっているのでちょっと心配だ。疲れが吹き飛べーって抱き着いてあげたら、めっちゃ元気が出たけども、彼にはちょっと刺激が強過ぎたようなので以後、自重。
月に一度か二度、ダーク・コロニーでモビルワーカーを動かしている。
開発者の指示に従って動くだけの簡単な仕事。戦闘試験に参加はさせて貰えないけども、月面開発に関わる作業の試験などをやらせて貰ったりしている。
ただまあ兵器としての開発は半年前に行き詰ってしまっていた。
その原因は核融合炉の小型化を達成できていない為だ。宇宙空間用に姿勢制御スラスターとバーニアを増設してみたり、モノアイから受け取った映像だけで動かせるようにと機能を増やしているのだけど、機体としてはほとんど完成してしまっている。
もうやることのない状態が、ずっと続いてしまっていた。
丁度、私が宇宙仕様のモビルワーカー動作試験を終えた時の話だ。
おもちゃ感覚で存分に遊び倒した私を待ち受けていたのは、何時の日か見た眉なしの怖い人だった。
それは急な視察であり、誰も対応する事ができなかった。
「ふむ、優秀なテストパイロットを雇ったという話は聞いていたが……まさか、こんな子供だとはな」
心を読むまでもなく怒っているのが分かった。とりあえず、にへらと笑って誤魔化した。
「ドズルを呼べ、今すぐだッ! アイツは何を考えているッ!!」
しかし私の可愛さは彼には通用せず、彼は怒声を張り上げた。
ごめんね、ドズル。私には、どうする事もできないや。
部屋の外まで聞こえる程の叱責を受けるドズル、開発者の皆々様は今日の情報を精査する為に各々の仕事に取り掛かる。
皆、逞しいね。
勢いよく開け放たれる扉、ギレンが額に青筋を浮かべながら宣言する。
「MS計画は中止だ! 話にならんッ!!」
えー、そんなー。せっかく、みんなでここまでがんばったのにー。
「お待ちください、ギレン閣下」
呼び止めたのは、スーツに白衣を羽織った老人の研究者。彼は静かな目でギレンを見つめていた。
「……貴様は?」
「はじめてお目にかかります。本計画の技術顧問、トレノフ・Y・ミノフスキーです」
「子供に頼らなければ、完成させられない計画なんて続けさせられるか!」
「……それは、まあ、そうですが」
ミノフスキー博士は、ちらりとドズルを流し見る。
「元々彼女が機密のある軍事施設を出入りするようになったのは、ドズル大佐が軽率に彼女を招き入れてしまった為です。彼女の存在がなくとも計画は完遂できる、と断言させて頂きます。……彼の失態で研究を取り上げられてしまっては、我々の立つ瀬がありません」
「……ドズル、後で詳しく話を聞かせて貰うからな」
がっくりと肩を落とすドズル。
ふむ、とギレンが私が乗っていたモビルワーカーを見上げる。
「だが、これでは話にならん! 一番重要な動力系が未解決のままだ! 剥き出しのエンジンを背負ったままの不格好な姿で兵器が務まるかっ!」
「閣下のご指摘は、まったく正当です」
「私は官営の工事屋を始める気はない、子供じみたロボットバトルをするつもりもないっ! ましてや子供の玩具を作るつもりもなっ!!」
ギレンの張り上げた声にミノフスキー博士は動じず、御安心ください。と落ち着いた声を返した。
「核融合炉の小型化には目途がついております」
「ほう?」
「詳しくは部屋で説明します」
案内するミノフスキー博士にギレンが続いた。
二人の後をドズルがすごすごと追いかける。なんだか悪い気がするけども、私に何かできる訳でもない。私は適当にジュースでも飲みながら時間を潰す。
そういえば、いつの間にかフラナガン先生は異動していた。
残念だ、お菓子くれる人だったのに。
数時間が過ぎた頃、ギレンに首根っこを掴まれる。
「お前の顔は覚えている。確か、ダイクンの屋敷に居た小娘だな? 私と一緒に来い」
えー? 今時、強引な男はモテないんだよ?
そんな私の不満ましまししかめっ面を無視して、彼は自分の宇宙航空機に私を放り込んだ。
ドズルが心配そうに私を見ていたけど、大丈夫だよって窓から手を振っておいた。
少なくとも、彼から私に危害を加える意思は感じられない。