理由は時系列が前後してしまった為です。
また後で何処かに挟むと思います。
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ありがとうございます。書くモチベーションになります。
誤字報告も大変助かっています。
ダイクンの遺児は殺さなければならない。
そうしなければ、ダイクン派の人間が息を吹き返して、再びジオン公国は内乱の災禍に陥る事になる。
そんな余力は今のジオン公国にはない。
故に、キャスバル・レム・ダイクンは確実に葬らなければならなかった。
ジオン公国を思えばこそ、だ。
次兄のサスロも内乱を恐れて、ダイクンの遺児を葬る機会を窺っていた。
「だから殺した、と」
まあ判断は悪くはない。と長兄のギレンが呟いた。
此処は首都バンチの官邸にある執務室。キャスバルが乗る旅客機を爆破して少しした後の事、呼び出しを受けた私は入り口の前で立たされている。
紫色のマスクで口元を隠す。だが、と口にする長兄に警戒心を高めた。
「旅客機を落とすのは、やり過ぎではなかったのか?」
「もし仮にダイクンの遺児がこの公国に足を踏み入れることを考えれば、精々百名を超えない程度の犠牲は少ないと思いますが?」
「その計算は間違ってはない。間違ってはいないが、貴様が謀略に巻き込んだのは民間人だ」
ギレンは、咎めるように私を睨み付ける。
「確かに為政者は人を数字で見なければならない時がある。私情を挟んでは的確な判断ができなくなる為だ。冷徹にならなくては事を為す事はできまい」
「ええ、ですので……」
「私は……キシリア、時と場合と場所を選べと言っているのだ」
ギレンは大きく息を吐き出した後、トントンと指先で机を叩いてみせる。
「祖国を守る、大義を為す。その為に私は万を超える将兵に死ねと命じよう。必要とあらば、億を超える民間人を殺せと命じる覚悟もある」
しかし、しかしだ。とギレンは目を伏せた後、薄く開いた目で私を見据える。
「私は謀略の巻き添えで民間人を百人も犠牲にする策を命じる事はない」
「……兄上も、お優しいことで」
「もっとスマートにやれと言っている。国民から血税を搾り取るのが為政者の役目であれば、国民を慰撫するのもまた、為政者の役目なのだよ」
歯を、食い縛る。拳を握り締める。
でも感情は表に出さないように、涼しい顔で笑みを浮かべる。
キャスバルは今、確実に殺しておくべきだったのだ。
あの逃げ場のない旅客機の中で、万が一も起こさぬ為に。
それを臆病と罵られる事はあっても、判断を間違えたとは思っていない。
ジオン公国の為に、兄上と父上の為に、これは慎重に事を推し進めた結果なのだ。
◆
「難しいな」
キシリアを部屋から返して数分後、執務室に一人。愚痴る。
最近、妹が増長を始めている。裏でコソコソと動くだけならまだしも国家を左右し兼ねない事にも、私は勿論、父にさえも相談せずに独断で行動するようになっていた。目元を親指と人差し指を抑えてやれば、手元に珈琲とも呼べない何かが置かれる。
隣を見ると、ヒヨコ頭の少女が私のことを見上げていた。
「……何時から居た?」
「少し前から、珈琲を挽いて淹れる程度の時間はあったよ」
ふむ、と珈琲豆の戸棚の入った方を見れば、珈琲を煎れた跡がある。
手元には大量の書類、どうやら無心で書類整理を行っていたようだ。
「……それで、その衣装は?」
「メイド服。セシリアさんが用意してくれました」
似合ってる? と、その場で回る少女を見て、無視を決め込んだ。
珈琲とも呼べない何かを啜る。
「甘い、な」
「難しい顔をしている時は、甘い方が良いんだよ」
「……私は、難しい顔をしているか?」
「近頃は、ずっと。その内、眉間の皺が取れなくなるよ」
言われて、眉間を指で触れる。
するとノックを三回、入れ。と私が言えば、扉が開け放たれた。
金色の髪、見習い秘書のセシリア・アイリーンだ。
「失礼します。ギレン閣下、此処にカナリアはいらっしゃいませんでしたか?」
「ああ、それなら……」
つい先程まで隣に居たはずのヒヨコ頭の姿がない。更に視線を椅子に座る自分の背後に向ければ、メイド服のスカートを隠し切れていないカナリアの姿があった。
「やっぱり、ここに居ましたね! もう、貴女も一端の侍女を名乗るなら礼儀作法くらいは身に付けなければなりません!」
「やだ、面白くない! セシリアの話、つまんない!」
「そんなことでギレン閣下の侍女が務まるとお思いですか!?」
「私、ギレンのメイドになるつもりないから!」
「閣下とお呼びなさい!」
「ギレン閣下!」
んべー、と舌を出した後、上手いことセシリアの脇を擦り抜けて部屋の外へと出て行ってしまった。
そんな二人のやり取りを見届けた後、書類のひとつを手に取る。
「……これは?」
「ああ、ツィマッド社のMS開発許可の申請ですね。何処から聞きつけたのか……ジオニック社が我らに贔屓されているのを見て、ツィマッド社も次世代兵器開発の事業に参戦させて欲しいみたいですよ」
「ふむ。商圏はサイド3に限定。機密を守れるのであれば、構わないが……」
調べてくれるか。と問い掛ければ、仰せのままに。とセシリアが頭を下げる。
「でも、先にカナリアを躾けてからです! あの子ったらちっこい癖に素早いし、上手いこと避けるし……ああもう!」
ドンドンと足音を立て、執務室を出る彼女の背中を見届ける。
珍しいものを見た。と笑みを深めて、甘ったるい珈琲を啜って次の書類を手に取った。
キシリアの事は、また後で何か手を打つことにしよう。
◆
「……どうしてこうなった」
ニュータイプ研究所の一室にて、頭を抱える。
私の名はクルスト・モーゼス。脳科学を専門にする研究者だ。ニュータイプ研究所が稼働にするに当たって駆り出された研究者の一人が私であり、所長のフラナガン・ロム博士の下で働いている。
はずなのだが、肝心のニュータイプと目される少女の素体が此処にはなかった。
「本人が居ないのに、何を研究しろというのだ……!」
人類の革新として最も可能性が高いとされる人物が此処にはおらず、代わりに彼女のクローンは居るがまだ赤子でまともな研究もできない。
「モーゼス君。君もこっちに来てBBの子守りを手伝いたまえ」
「私は託児所に転勤してきたつもりはないんだぞ!」
やれやれ。とフラナガンは困った風に肩を竦めた後、ガラガラを片手にクローンの元へ赴いた。
……本当に私は、此処に何の研究をしに来ているのだ。
設備だけは整っている為、脳科学の研究を続けることは出来るのだが──それでは、ニュータイプという御題目で此処に来た意味がない。まさかBBが研究に耐えられる年になるまで待つとか言い出すのではないだろうな。元よりニュータイプなんてものは机上の空論、まだ何も実証されていないものに十年以上も待たされてたまるか!
バンッ! と机を叩いた時、間が悪く眼鏡を掛けた女性職員が部屋に入ってきてしまった。
「……なにかね?」
「あ、あのぅ……キシリア機関の者がフラナガン所長にお届け物があると……」
「キシリア機関? そんなもの受け取ってしまえば良かろう」
「いえ、それがですね……」
女性職員は言い淀んだ後におずおずと告げる。
「人、なんです」
「……なんだって?」
「人が、届けられました」
私は、BBをあやしているフラナガンの元へと駆け出した。
「入るぞ、フラナガン!」
「静かにしろ……BBが驚くだろう」
「……お前はもう研究者を止めて、彼女の父親にでもなった方が良いのではないか?」
そんなことよりもだ。と私が話を切り出せば、フラナガンは眉間に皺を寄せながら耳を傾ける。
「キシリア機関の者から届け物が来ている」
「おお、そうか。今日だったか」
「……何が届けられたんだ?」
言っていなかったかな。と彼は惚けるように顎を撫でてから答える。
「ニュータイプの可能性がある人物が今日、届けられる事になっていたんだよ」
「そういうことは……ッ!」
思わず、怒鳴りつけようとした時「ぇっ……ぇぅ……」とクローンの愚図る声が聞こえたので、
「……先に言っておいてもらわないと困る、フラナガン所長」
と精一杯に声量を抑えて睨み付ける。
しかし、まあ、これで本格的にニュータイプ研究所として稼働できる訳だ。長かった、実に長かった。転勤してからまだ数ヶ月程度の話だが、それでも丸一年以上が流れてしまったのかと思えるほどに長かった。先程の眼鏡の女性研究員も「まだ独身なのに育児がどんどん上手くなる」って嘆いていたほどだ。
調べたい事は山ほどにある。
ダーク・コロニーから送られてくるプロト・ゼロのデータは、実に興味深いものであり、空間認識能力が図抜けているのは勿論の事、乗っている機体の調子すらも計算して動いているのが分かる。実際、彼女が乗った後は、彼女の指摘で整備不良が多数発見されているし、不自然に負荷がかかっている箇所の特定までしているとの事だ。
そんなことをされてしまっては、彼女の正体が如何に十歳程度の小娘であったとしてもテストパイロットとして起用したい気持ちは分かる。
ちなみにプロト・ゼロの本名がカナリアであることは研究所に所属する全ての人間が知っている。
何故ならば、フラナガンがプロト・ゼロの名を呼ぶときにカナリアと口にしている為だ。わざわざ偽名にしている意味を考えるんだ、フラナガン。その優れた頭脳を少しで良いから一般教養に向けるべきだと私は進言したい。
さておき、表に待たせているニュータイプ候補生を早速、研究所に迎え入れようではないか。
「モーゼス君。風呂を沸かして来たまえ。そこの眼鏡の君は空いている部屋を片付けて、とりあえずベッドの準備だけしておきなさい」
フラナガンは、ガラガラを片手にゆっくりと研究所の入り口に歩を進める。
「……フラナガン所長、この研究所が何の為にあるのか分かっておいでで?」
そんな彼の背中に思わず、問い掛ける。
「言われずとも分かっているよ。人類の革新、ニュータイプの可能性を確認するのが当面の目的」
だが、と彼は半身で私を見て続ける。
「今回、研究所に来るのは少女なのだ。そして私はカナリア君にレディの扱いというのは叩き込まれている、安心したまえ」
「……そのカナリアというのは十歳の少女のはずでは?」
「新たな知見を得るのに、相手の年齢も肩書きも関係ない。よく覚えておくのだな」
「………………いや、限度がある。承服しかねる」
「では、技術士官として命じる。君よりも私の方が階級が上だ、上官からの命令に従事せよ」
納得が、できん。できん、が軍に所属する以上、上官の命令は絶対だ。
私は、渋々と研究所内にある生活空間に備え付けられた風呂を沸かしに赴くのであった。
まあ、良い。明日からは試したいことが山ほどにある。
ニュータイプ研究所の記念すべきニュータイプ被験者一号の名は、マリオン・ウェルチ。
まだ九歳の少女であった。
執筆を最優先に行動している為、感想返しは時間のある時にまとめてやります。