士官学校生による連邦軍の兵営を襲撃した事件。
この事件は翌日、多数のメディアで駐屯地を占領した士官学校生を持て囃す。これに呼応して民衆も「暁の蜂起」と称賛する。連邦軍駐屯地から士官学校までの道程に、戦闘車輌の車列が出来ていると聞けば、ジオン公国の若き英雄達の姿をひと目見ようと駆け出した。瞬く間に民衆が集まり、それを知った警察が緊急出動で治安活動に赴いた。警官の制服を着た者が道の両脇を固める中、悠々と走行する戦闘車輌の数々。その盛り上がりは、まるで軍事パレードの有り様である。
指揮を執ったガルマ・ザビは若き英雄として、車列の先頭で黄色い歓声を浴び続けていた。
連邦軍の駐屯地は今、首都バンチ司令部が連邦兵を民衆から守る為に捕虜としたまま、駐屯地の占領を続けている。
「なんであるか!? 街頭のあのバカげた騒ぎは! まるで犯罪者を英雄視するが如きだっ!」
同日同時刻、首都官邸にある会議室では、ジオン公国と地球連邦のお偉い方が集まって会議が行われている。
これは本来、ジオン公国が地球連邦政府に対して、天体衝突事件の責任を追及する目的で開催される予定の会議であったが、昨晩の連邦軍兵営襲撃事件により、急遽、議題の内容が変更される事となった。参加者は双方5名ずつ、ジオン公国からはギレン、ドズル、キシリアが参加しており、地球連邦からはレビルが出席している。
レビルは、真っ白な髭を撫でつつも注意深くザビ家の三本柱を観察する。
「この新聞の見出しはなんだ!? 我が軍には、多くの死者が出たというのに!!」
プロパガンダ用の記事が記載された新聞を両手に声を荒らげるのは連邦軍の将校。天体衝突の件で散々にイビられ続けてきた彼は反撃の種を見つけるや否や、此処ぞとばかりに一転攻勢へと打って出た。
「責任者を出せ、と本来なら言うところだ! いや、連邦は要求する。今回の事態、背景の調査、責任の明確化! そして────」
──当事者の引き渡しだ! と彼は感情のままに相手を恫喝する。
今回の彼の役回りは、地球連邦の遺憾の意を示す事。感情面でもジオン公国に良い印象を持っていなかった彼は鬱憤晴らしを兼ねて、これを快諾し、会議の最前列であらん限りの罵声を放った。とはいえだ。彼の言っている事は正論であり、地球連邦軍に所属する者達が実際に感じている怒りの一端でもあった。
しかし、この要求が如何に正論であったとしても、非現実的である事は彼も自覚している。
ギレンは此処までの流れを読んだ上でメディアの情報を統制し、キシリアにパレードを開催させたのだ。あくまでも民衆の自主的な行動という体を取る事によって、地球連邦の批判から逃れると同時に天体衝突によるジオン公国の怒りを訴え掛ける。
尤も、これらのプロパガンダにザビ家が関わっている事は地球連邦の高官もお見通しではあった。
証拠がないので、ザビ家の関与を強気に訴える事ができないだけで。先程の連邦軍将校のように恫喝するのが精一杯だった。
「ガルマ・ザビを引き渡せと?」
故にギレンは強気に問い返す事ができるし、
「……場合に、よっては!」
その後に起きる惨状を理解している為、連邦軍の将校も一歩退いた形となる。
「彼を引き渡したらどうなるか、ご存知のはずだ」
最後の確認作業を以て「ガルマは引き渡す事は現実的でない」と、この議題は一つの終着を見た。
では、と次の議題に移る前にギレンが口を挟む。
「死者、死者と仰るが……天体衝突によって、我が農業施設で幾人の死者が出たかは御存知か!?」
少しでもジオン公国の優位に働くように地球連邦を糾弾する。
「……不幸な事故による死者と、今回のケースは比較は出来ますまい。ギレン閣下」
これに受けて立ったのは、レビル。
「当方の被害は野蛮な奇襲攻撃によるもの。違いはお判りでしょう」
そう問い掛ける彼にギレンは閉口し、代わりに口を開いたのはキシリアの方だった。
「確かに事故と事件では、内容が異なります」
しかし、とキシリアがレビルを睨みつける。
彼女は十数枚の書類の束を手に取り、それを地球連邦に見せつけるように机の上へと放り投げた。
それは何かの数値の統計のようだ。
「事件を起こさせるまでに我らを追い詰めてしまったのは、そちら側の不手際では? 確かに事故と事件では罪の重みが違いますが──天体衝突の件でジオン公国は困窮し、その実害は数百万人の死者にも及ぶ程です。その補償と補填をせずして更なる農作物の納入を求められては、ジオン公国の経済が回りませぬ……おや? まさか、サイド3が自活できる状態を壊そうとして、あえて……?」
「キシリア閣下、あまり憶測で語らないで頂きたい。そんな事では、まとまる話もまとまらんよ」
レビルの言葉に、失礼。とキシリアが佇まいを直す。
「しかし、既にジオン公国は先方から経済制裁を受けている身の上。その上、首都バンチの農業施設を全壊した現状で農作物の更なる納入を求められてしまっては、経済戦争を仕掛けられている。と誤認しても致し方ない事ではありませんか?」
「本来、今日は、その話し合いの為に来たのだがね」
「そうでした。しかし、あのような大仰な強襲揚陸艦を持ち出されてしまっては民衆も萎縮してしまうというものです。備えがあれば憂いなし。ですが、過剰な備えは、そう意図せずとも相手に不信感を与えるもの。ましてや後詰めの艦隊まで用意されてしまっては治安出動の意図を探られても仕方ないでしょう」
「治安出動の意図はない」
「そうでしょう、私は信じています。此処にいる我らも。地球連邦が軽々と治安出動には出られない事は国民も分かっております。しかし疑念の種は植え付けられます。種は不安を以て発芽し、誰も思いもよらぬ花を咲かせてしまう事もあるのですよ」
レビルは息を吐くと「君は話が長いな」と零し「失敬」とキシリアが身を退いた。
「問題は、ジオン公国が地球連邦に対して如何様に責任を取ってくれるか。という事だ」
「天体衝突に対して、地球連邦からジオン公国に対する責任の処し方も、ですよ」
「……厚顔無恥という言葉は知らんのかね?」
「それとこれとは話は別、という事ですよ」
でもまあ、とギレンは嘯くように話を続ける。
「士官学校生が連邦軍駐屯地を襲撃した件に関して、そちらが寛容な態度を示してくれるのであれば、我らも天体衝突の件で金品での補填と補償は求めませんよ」
ギレンの提案に、レビルは静かに目を伏せる。胸の内で憎たらしい紳士面の旧友を思い出し、私ではこの辺りが限界だな。と白髭を僅かに揺らした。
「ザビ家の大切な御曹司、差し出せる訳もない。だが、地球にある古の民族にはハラキリという解決法がある」
「ハラキリ……随分と物騒な字面だな?」
「実際に腹を切って貰おうって訳ではない。処刑されれば名誉に傷が付く、そう考えたサムライの身の処し方に、自らを罰して事を収めるというのがあるという話だ」
解決法の参考にはなりましょう。と、これはレビルがジオン公国と地球連邦の関係性を鑑みた上での提案だった。
「ガルマ君ではなく……もっと大人の然るべき立場の者が腹を、切る」
レビルが、そう口にした時、全員の視線がジオン公国の軍服を着た大柄な男へと注がれる。
「なるほど、それは良い解決法かも知れん……」
「ギレン兄!?」
「落ち着けドズル。将軍も言っていたではないか、実際に腹を切る訳ではない」
「しかし、しかしだな……! 俺は、来年の計画も既にもう……!!」
ドズルは、心から悔しさを吐露する。
実際の話、ここまでは既定路線。最初からドズルは、ガルマが起こした事件の責任を取る為に会議に出席をしている。その事は予めギレンから伝えられていたし、ドズルも承諾していた事だ。しかしドズルが来年の計画をまとめていたのも事実、士官学校の校長業務にも手慣れてきた頃合いだった事もあり、漸く士官学校を改善していこうという段階に入った直後の話だったのだ。
その無念は今、この場で思う存分に吐露される。
そんなドズルを見て、地球連邦の高官は、同情をせずとも本当に嫌がっている事だけは伝わった。
これは職務に忠実なドズルだからこそできた演技である。
実際には、予定が一年。早まっただけの話。
「責任は明確にした上で厳正に処罰する。地球市民と捕虜の安全と帰還も保障する」
ただし、とギレンは最後にジオン公国からの要求を突きつける。
「ジオン公国は連邦軍の撤収を要求する。斯様な事態の再発せぬようにな」
「……この災禍を糧として、連邦とジオン公国の新しい関係を築けると良いな」
レビルの言葉を耳にして、ギレンは彼の瞳の奥に隠された強い力を垣間見る。
ギレンは黙した。小さく頷き返し、会議は終わりを迎える。
解散した後の話。キシリアの元に一人の男が来て、一枚のプリント用紙を手渡した。
それを流し読んだキシリアは、用紙をギレンに手渡す。それは連邦軍兵営襲撃事件の調査内容であり、ガルマを誑かした首謀者は存在しないというものであった。正確には、意気投合した20名程度の同級生が周囲の人間を巻き込んで、勢いとノリで兵営襲撃の計画を立てた。との話だ。
その杜撰な計画を見たガルマは作戦の失敗を悟り、シャアなる人物を参謀に計画を練り直す。
「この始まりの20名はどうするつもりだ?」
「適当な閑職に。勿論、全員をバラバラに振り分けた上での話になります」
「それで良い。任せた」
この翌日にドズルは士官学校校長の他に首都バンチ司令官の任を解かれた。
そして、ア・バオア・クーという僻地に飛ばされる。然るべき時が来るまで、艦隊の編成に従事する事と相成った。
モビルスーツ部隊はソロモンの方で訓練と編成がされる事になる。
◆
「ドズルを虐めちゃダメだってー」
会議が始まるまでの間、憤慨するデギンの前でヒヨコ頭の少女が宥めている。
ドズルを士官学校校長の任に就けたのはデギンの提案であり、これはザビ家を敵視する者の悪意からガルマを守る為の采配であった。しかしドズルは学生生活を満喫するガルマに深く関与しようとせず、粛々と士官学校の運営に精を出していた。
その結果、士官学校生の暴走を抑え切れないだけでなく、ガルマまで巻き込んだ事に怒り心頭であった。
「いや、一言だけでも言ってやらねばならん! それが親の務めであるし、ジオン公国の公王の責任でもある為だ!」
「だーかーらー、ドズルは悪いかも知れないけど仕方ないんだってー」
「仕方ないとはなんだ、仕方ないとは!」
「だって、今のドズルの役職を全部、思い返してよ」
カナリアは濃い目の珈琲に砂糖と牛乳を混ぜ込んで、クリームを増し増しに乗っける。
スプーンで形を整えたクリームに竹串とチョコレートソースでアクセントを付けた3Dラテアート、ザクⅡを生み出した。ちなみにこれはまだ開発段階にある新兵器であり、つまり、割と冗談では済まされないレベルの機密漏洩である。
最後に削ったチョコレートを塗せば、出来上がりだ!
写真パシャーッ! 画像送信!
「ジオン公国軍大佐。首都バンチ司令部司令官、士官学校校長。新兵器開発の監督責任者……」
「それだけ役職を兼任していたら、そりゃ不備も出るって」
ズズーッ、ぷはぁっ! とカナリアは景気よくザクⅡを飲み干した。
ドズルは18歳の時から前線に出て戦っていた。門外漢であるはずの新兵器開発の監督責任者にも選出されており、その間も司令官になる為の教育を受けている。その二つだけでも手が回らないはずの状況で更に士官学校の校長にまで選ばれた彼は明らかにオーバーワークであった。
むしろ彼はよくやっている。今回の件だけを見て、怒鳴りつけるのは違うのだと彼を側で見続けて来たカナリアは考える。あと自分の役目に加えて、サスロの後を引き継いだギレンも多忙を極めており、ザビ家の人材不足が露呈する形となっていた。
ドズルは超人的な体力、ギレンはIQ240の超頭脳で今の体制を維持しているが、いずれ限界は来る。
「その内、ギレンもドズルも倒れちゃうからね」
隠居中のお爺ちゃんが二人に言える事はないよ。とカナリアが続ければ「むう」とデギンは口を噤んだ。
「あとガルマが可愛いのは分かるけど、可愛がり過ぎるのもいけないよ」
「……息子を可愛がることの何が悪い?」
「息子だから。孫なら良いけど、親は子を叱らなきゃいけない時があるんだよ」
私のお父さんが教えてくれた。とカナリアは飲み干したカップで新しくラテアートに挑戦する。
「叱られた事があるのか?」
「頬を思いっきり叩かれた事があるよ」
「女子の頬をか!」
「女だからって関係ない。おかげで今の私があるのです」
カナリアが両手を腰において、ふんす、と胸を張ってみせた。
もし、この場にギレンが居れば「あと二、三発は必要だったのでは?」と口を挟んでいたに違いない。
しかしデギンは、言い返す気力が湧かず、ただ黙り込んでしまった。
「……老いてから子なぞ作るものではない」
「作ったからには責任を取らないと、親ですらいられなくなるよ」
「その通りだ」
デギンは杖を片手に立ち上がり、何時もよりも風格のある佇まいで眼下の街を眺める。
「儂にはギレンの考えている事には付いて行けぬ。故に身を引いたのだが……まだ、この老骨に出来ることが残っておるのやも知れんな」
珈琲を淹れてくれるか? と問い掛ける彼にカナリアは静かに笑みを浮かべる。
「喜んで」
と彼女がラテアートで描いたのはジオン公国の国章。
それを受け取ったデギンは、物憂げに水面の絵を見つめた後、一息に飲み干した。
「……苦い、な」
「デギンには砂糖、いらないでしょ?」
「そうかな。いや、その通りだ」
目を覚ますのに丁度良い。と彼は笑ってみせた。
「ガルマを休ませた後、此処に来るように伝えておいてくれ」
「叱るだけじゃダメだよ?」
「そのくらいの事は分かっとる」
ああ、そうだ。とデギンがカナリアを見据える。
「目上に対する言葉の使い方、少しは叩き込んでやらんといかんな」
「不肖、カナリア! これから家事任務に従事する為、失礼いたします!」
ヒヨコ頭の少女は綺麗な敬礼を取った後、急務でございます。と呼び止める間もなく早足で逃げ出した。
デギンは手に取ったカップに乗せられたラテアートのクリームを口に咥えてみる。
「……少し、甘いな」
笑みを浮かべた後、彼は受話器を片手に昔の伝手を辿ってみる事にした。
半月後、退職したドズルの代わりに士官学校の校長を新しく務めるようになったのは、ちょび髭の似合う恰幅の良い男であった。
名をコンスコンと云う。
彼は校長室の高価な椅子に座りながら、首を傾げる。
「どうして、私が?」
デギンが古い伝手を使った時、見込みのある男として紹介を受けた結果なのだが、その事を彼が知る由はない。
そんな彼が引継ぎのひとつとして任されたのは、モビルスーツを用いた新しい戦術と戦略の研究であった。このモビルスーツの関連資料をドズルから受け取った時から彼の苦労人としての人生が始まっている。
あからさまな軍事機密の山を紐解いた彼が項垂れるのは、数分後の話。地球に攻め込んだ時の想定や防衛計画までも研究の対象に含まれていた。
とりあえず彼は総帥府に人手を要求することを決断する。
なおカナリアはギレンに両頬を思いっきり抓られた。
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