ニュータイプ能力を持つ者に性格の悪い者が多いのは、
その感応力の高さに胡坐をかいて、無意識に相手を見下す傾向にあるからだ。
と、シャア・アズナブルは考えている。
相手の考えている事を手に取るように分かる為、貴方の考えている事なんてズバッとお見通しだ。と言ってくるのがカナリアという幼子であり、その事を利用して揶揄うのがララァ・スンという少女である。
朝の珈琲を淹れる時、上段のベッドから寝間着を落としてくる。
下着姿を見せ付けるのは、年頃の娘としてどうかと思う。これでも男だ。意識をしていない訳ではないのだが、こうも露骨に誘われてはそそられるものもない。牛乳をたっぷりと淹れた珈琲を手渡した後、彼女の寝間着を洗濯籠に放り投げてやれば、彼女は拗ねるように頬を膨らませる。知った事ではない。
「何時か痛い目を見るぞ」
そう私が警告してやれば、
「あら、痛い目を見せてくれますの?」
と彼女は期待するように問い返す。
三年早い。とララァが二十歳になる年齢を口にして、彼女が何時も着ているワンピースをベッド上段に放り投げた。珈琲で人心地を付ける、すると外側から部屋の鍵が開けられた。ツインテイルの少女、ハマーンだ。部屋に上がって来た彼女は、寝間着姿で両手に枕を抱えている。眠たそうに目を擦り、そのまま私の目の前を通って、少し前まで私が寝ていたベッドの下段に身を放り投げた。そのまま、くぅくぅと可愛らしい寝息を立てる。
まるで図々しさが、そのまま形になったような奴だな。
「少尉! どうして彼女は許すのですか!」
「相手はまだ子供だ。親元から離れたばかりで寂しくもあるだろう」
「私だって寂しいです! 人肌が恋しいですわ!」
「夜中にトイレへ行った後に寝惚けたふりをして、布団に入って来ようとする奴に遠慮はいらないと私は思うのだがね?」
「蹴飛ばされました! 女性を足蹴にするなんて信じられません!」
煩わしくなってきたので、珈琲を一気に飲み干した。
簡単にコップを洗った後、今日の訓練の為に部屋を出る。
自分に課される訓練が日に日に厳しくなっていた。
あの二人のせいだな。と憂鬱に溜息を零す。
◇
ダーク・コロニーは元々、モビルスーツの開発拠点として機能していた。
現在はモビルスーツの開発は行われておらず、モビルスーツの性能と武装のテストを主に行っている。他にも士官学校でモビルスーツを活用した戦術の研究を続けている者達の申請で、有効性の検証に付き合う事もあれば、ニュータイプ能力者の実戦的なテストに協力する事もあった。
ニュータイプ研究所から派遣されてきたニュータイプ能力者は、二十歳未満の少女ばかりだ。目立つ所では、マリオン・ウェルチ、クスコ・アル、アルマ・シュティルナー等。他にもメカニックとして、一人の少女が同行している。また彼女達を管理する為の区画が新たに制定されており、ニュータイプ研究所の出張所として機能している。
この出張所の責任者の名前は────
「シャア少尉。ララァ君も、ハマーン君も、私の研究に付き合ってくれないのだ。なんとか言ってやってはくれないか?」
──朝食を摂る私に、困り顔で話しかけてくる褐色肌の中年男性。彼の名は、フラナガン・ロム。ニュータイプ能力研究の第一人者である彼が直接、ダーク・コロニーまで出向いていた。
「いくら検査の為とはいえ、年頃の女性が複数の男性相手に全身を見られるのは堪えるだろうな」
「そういうものか。次からはシムス中尉に協力して貰うとしよう」
「その方が良い」
レディの扱いは奥が深い。と彼はしみじみと零す。
どうしてニュータイプ研究所の所長でもある彼が研究所を離れて、ダーク・コロニーの出張所に身を置いているのか。疑問に思った私が問い掛けると「研究所の被験者のほぼ全員がダーク・コロニーに行く事が決まった。その上、ニュータイプ能力の素質の高いララァ君までいるとなれば私が行かなくてどうする?」との事だ。
彼がダーク・コロニーに足を運んだ時、健康診断という体でコロニー内の全員が簡単なニュータイプ能力の診断を受けている。
その中で見つかった新たなニュータイプ能力者が、ハマーン・カーンだ。早速、フラナガンは彼女を被験者として徴用しようとウキウキで申請したのだが、その翌日、キシリアから棄却される事になる。流石に人質に手を出すのは不味いとの話だ。
それを何故、私が知っているのかというと、その当日に彼は心底、ガッカリとした様子で私に愚痴っていたからだ。そのついでにと、ハマーンには自主的に協力して貰えるように言ってくれと私に頼み込んできた。
どいつもこいつも、どうして私に厄介事を持ってくるのだ。
「お先に失礼する」
手早く朝食を済ませた私は、自分のモビルスーツを確認する為にハンガーへと赴いた。
そこには最近、ロールアウトされたばかりのザクⅡがある。配備されたのは全6機、その内の1機が私に回される事になった。自分のモビルスーツの側まで近づいてみると、既にコックピットのハッチが開いていた。中を覗いてみれば、栗色の髪をした少女がシートに座っている。
どうやらコンソールを操作しているようだ。
「やあ、何か新しい機能でも追加してくれるのかな?」
「シャア少尉。今日の任務内容をインプットしていただけです」
期待に添えられず、ごめんなさい。と彼女は晴れやかに笑ってみせた。
彼女の名前はアルレット・アルマージュ、整備士だ。三つ編みで栗色の髪を纏めている。彼女もまたニュータイプ研究所から派遣された少女の一人だ。彼女はニュータイプの中でも特異な素質を持っており、機械に対する力学や構造に直感を働かせる事ができるとの事だ。
人相手に作用する能力を持っていない為か、カナリアやララァとは比べられない程に素直で良い子だ。
涙が出てくる。
そんな彼女は、他の男性スタッフからの人気も高く、アイドル的な扱いを受けていた。
素直といえば、マリオンとアルマの二人も良い子だ。特にアルマは持ち前の明るさもあり、ダーク・コロニーの人気はアルレット派とアルマ派に二極化している。対するマリオンは大人しい性格をしており、よく独りになっている事が多い。面倒に思いつつも、彼女には積極的に声をかけるようにしている。
肝心のモビルスーツの腕前だが二人共、他の一般的なパイロットとは比べ物にならない程に優秀だ。
先ず第一に、勘の良さが尋常ではない。
カナリアを知っている私だから、まだ対応できている。ニュータイプ能力を体験した事がないパイロットでは最早、手も足も出ない。しかしニュータイプ能力者は勘に頼り過ぎるのが悪い癖だ。その鋭すぎる反応の良さを逆手に取ってやれば、呆気ないほど簡単に墜とすこともできる。
とはいえだ。今のダーク・コロニーで彼女達を倒せるパイロットは私以外に居ない訳だが。
その事もあってか、私はアルマとマリオンから慕われている。
アルレットとも仲が良い。「操縦が上手いってのは、こういう事ね」と戦闘記録を見て目を輝かせていた。
おかげで訓練は日に日に厳しくなっていくばかりだ。ダーク・コロニーに来たばかりの頃は動けなくなるまで筋トレに付き合わされた事もあり、その事が悔しくて今となっては周りが倒れるまで肉体を鍛え直した。そうなると不思議な事に、周りは私に親しみを以て接するようになる。
事ある度に「女たらし」と言われたり、ハマーンを引き合いにロリコン扱いを受けるのは癪に障るが……居心地は悪くない、と思っている。
今日は腕立て伏せ百回、誰が一番早く終わらせられるかで競った。
体力を限界近くまで使い果たした時、眠りが深くなる。
余談だが、ララァの男性人気は低い。
影の差した顔で告げる彼女の話では、勘が鋭過ぎるせいで距離が置かれる事も多いようだ。
私は、性格だと思う。
深夜に目を覚ます。ララァが丁度、布団に潜り込もうとしている所だった。
「……何をしている?」
ララァは観念したように溜息を零す。
そして、おずおずと布団に潜り込んでくる。
とりあえず蹴り落とした。
◆
首都バンチにあるニュータイプ研究所にて。
多くの被験者がダーク・コロニーに出張した今、研究所に残る被験者は数少ない。今、研究所に残っている被験者の中で実戦レベルのニュータイプ能力が確認されているのはBBだけとなっている。新しくカナリアのクローンを二体も作っているが、まだ生まれたばかりの赤子で研究には使えない。
そのBBは今、二人を相手に戦闘シミュレーションを繰り返している。
一人はペッシェ・モンターニュ。もう一人は、ニムバス・シュターゼン。ペッシェは少なからずニュータイプ能力の素質を持っている人間だが、人工的にニュータイプ能力の発現をさせる研究をする為にニュータイプ研究所の被験者として徴用されている。最初から研究所にいる人間だ。もう一人、ニムバスはモビルスーツパイロットとしての素質を見込まれたが「性格に難があり、軍人としては持て余す」と、されていた人物だ。
そんな左遷一歩手前の彼を、テストパイロットとして、私がニュータイプ研究所に招き入れた。
やはりオールドタイプでは、ニュータイプには敵わない。
まだ4歳の少女にペッシェとニムバスは翻弄されていた。時折、経験不足が露呈する事もある。しかしBBが学習すればする程に二人は、為す術が失われる。今はもうBBに手も足も出ない状態になっていた。
スミス海の戦い。そこでもBBは4歳とは思えない結果を残す。
あの戦いでAE社が使用したモビルスーツは、ザクⅠと比較すると性能的に劣る。しかし、それでも戦車を相手にするには十分な性能を持っていた。それをBBは1機で5機以上のモビルスーツの撃破に成功しており、これはダーク・コロニーの中でトップスコアだ。更に彼女は輸送船も、たった1機で撃墜している。
記録映像も観たが、圧巻と呼ぶ他にない。
私は、恐ろしく思う事がある。
カナリアのようなニュータイプ能力を持った人間は稀だ。しかし、まだ4歳の少女が大人にも顔負けの操縦技術を見せる。BBはまだ成長過程にある。それでもモビルスーツパイロットとしては破格の適性を持っているはずのニムバスが勝ち切れず、連敗を積み重ねる。
あり得ない、非常識だ。
BBで、これだ。オリジナルのカナリアは勿論、マリオンやララァだと、果たして、どの程度だ?
最近、被験者として研究所に来たアルレットを見て分かるようにニュータイプ能力は多岐に渡る。
今はまだ10にも満たない数だが、近い将来、世の中はニュータイプ能力を持つ人間で溢れるはずだ。そういう時代が訪れた時、オールドタイプと呼ばれる旧人類が虐げられる事になるのは目に見えている。ニュータイプとオールドタイプの間で格差が生じれば、両者で戦争が起きるのは目に見えていた。その戦争で負けるのはオールドタイプだ。
私はカナリアが百人も居れば、世界を取る事も可能だと確信している。
だから、この研究が必要なのだ。
ニュータイプが特別になり過ぎない為、新人類と旧人類が手を取り合う為、もし戦争が起きた時にオールドタイプが生き残る為に、今の内にニュータイプを科学的に解明する必要があるとクルスト・モーゼスは信じている。
科学にオカルトとファンタジーはない事を、証明しなくてはならなかった。
◆
ジオン共和国がジオン公国に名を改めてから長い歳月が過ぎた。
ジオン公国と地球連邦政府の緊張はもう限界まで高まりつつあり、地球連邦政府に対するスペースノイドの不満は抑えきれないところまで来ていた。サイド3だけではない。全てのサイドで暴動が頻発するようになっている。
そんな中、ジオン公国は引き返せる最後の一線を越えようとしていた。
宇宙世紀0078年、10月。
ジオン公国、国家総動員令を発令する。
後に一年戦争と呼ばれる戦禍が、目前まで迫っていた。
登場するキャラクターが、多い……!
あと電子書籍があるの良いですね。アルレットの為に全巻読んでました。
良い世の中になったものです。