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宇宙世紀0078年、10月。
ジオン公国が国家総動員令を発令した直ぐ後の話。
ズムシティの公王庁にある一室に、息子ギレンの主導でジオン公国の中心人物が招集されている。
予定の時間よりも五分程度、遅らせてからの出席。ギレンの筆頭秘書であるセシリアに部屋の扉を開けて貰って、足を踏み入れる。召喚した者は、皆一堂に会してくれたようだ。足腰の弱くなった身体を、セシリアに支えて貰いながら玉座に腰を下ろす。周りを見る、上座から階級順に座っているようだ。
私の右手側には、ジオン公国で唯一の大将となるギレンが座っている。
国家総動員令を出した時、ジオン公国の在り方は名実共に一新する。
先ず、ジオン共和国時代から続いた国防軍の名は、法改正と共に公国軍と名を改める事になった。これは単純に公国軍が、領土を防衛する為だけの軍隊ではない事を意味している。公国軍の権力は、総司令部に集中しており、後述する組織のほぼ全てが総司令部に帰属すると考えて貰って構わない。
総司令部の総司令官には、ギレン・ザビ大将。彼が公国軍を統括する立場にある。
総司令部の下には、主に3つの組織で分けられている。
先ず、宇宙攻撃軍。突撃機動軍、技術本部。
宇宙攻撃軍は、公国軍の本隊に当たる軍だ。
総司令官は、ドズル中将。ドズル自らア・バオア・クーで秘密裏に建造と編成、訓練を手掛けた艦隊を保持しており、ジオン公国軍が保持する戦力の6割が集められた。ダーク・コロニー時代からドズルが手掛けてきた虎の子のモビルスーツ部隊もまた、宇宙攻撃軍に着任する事が決まっている。
本日、招集した人物の内一人であるコンスコン大佐もまた宇宙攻撃軍として艦隊を率いる予定だ。
次に突撃機動軍、司令官にキシリア少将。
この軍は機動力の高い艦船を中心に編成されており、戦場では遊撃隊としての役目を担っている。大きな戦いがない時は、特殊任務や教導を請け負う特務隊としての活躍も期待されており、キシリアが擁するキシリア機関との連携も考えられていた。
今日の作戦会議に出席する者の中では、キシリアの補佐としてマ・クベが突撃機動軍に所属する予定である。
最後に技術本部。主に兵器の技術評価、検証などを専門に行っている部隊だ。
本部長には、アルベルト・シャハト技術少将が選ばれており、ギニアス技術少佐もまた技術本部に所属している。コンスコンとマ・クベが大佐に昇進している中、彼だけが技術少佐となっている事には理由があるのだが、それを語ってしまっては丸っと一話分の物語になってしまう為、今は割愛する。
彼が起こした事件で、サハリン家は復興を果たした結果だけを添えておく。
さて、以上の軍事組織の他に、総司令部に所属しない組織として、
総帥府と親衛隊がある。
総帥府は、諜報機関としての性質が強い組織だ。
今はギレンの筆頭秘書であるセシリアが統括している。
親衛隊は、ザビ家に忠誠を誓う軍事組織。今は首都防衛を担っている。
この親衛隊からは、デラーズ大佐が出席している。
デギン公王。
ギレン大将。ドズル中将。キシリア少将。
デラーズ大佐。コンスコン大佐。マ大佐。
アルベルト技術少将。ギニアス技術少佐。
セシリア筆頭秘書。
カナリア侍女。
部屋の隅に、何食わぬ顔で居座るヒヨコ頭の少女。
来年で15歳になる彼女を会議室に居る全員で睨み付けた時、彼女は誤魔化すように笑ってみせた。
私はギレンに目配せする。ギレンはセシリアに顎で指示を出した。
それを受けたセシリアはカナリアの首根っこを掴んで、部屋の外へと放り出した。
咳払いをひとつ、ギレンは何事もなかったかのように口を開いた。
「ブリティッシュ作戦の概要。及び、地球侵攻作戦の概要を説明する」
その言葉と共に会議の出席者は、セシリアから配られた資料を手に取る。
戦争は避けるべきだと考えていた。しかし、事ここに至っては仕方ない。
少し前、ギレンと話した事を思い返しながら資料に目を通す。
◇
天体衝突事件が落ち着いた頃、
着々と戦争準備を進めるジオン公国の現状を憂いて、私は嫡男のギレンを部屋まで呼び出す事を決断する。
ノックを三回。入ります、という言葉と共にギレンが姿を現す。
「言いたい事はわかっているな?」
私の問い掛けに、ギレンは背筋を伸ばす。
真っすぐに私を見る彼の目には、強い信念が感じられる。
何かに憑りつかれたような感じはしない。
不思議な事に、戦争を推し進める息子の目は理性的だった。
私は慎重に見極めなくてはならない。
「父上。戦争は、必要な過程なのです」
ポツリと零す息子の言葉に耳を傾ける。
「彼のジオン・ズム・ダイクンがインド独立の父であるマハトマ・ガンジーのように高潔な精神を持って地球連邦政府の悪行を批判しようとしていた事は知っています」
ダイクンの最終目的は、宇宙移民計画の完遂にある。
その第一段階としてコントリズムがある。自活可能な経済圏の名の下にジオン共和国が誕生している。
第二段階は、地球の経済を宇宙に依存させる事にある。その後の第三段階で、非暴力不服従の戦術を用いた独立運動の蜂起をダイクンは考えていた。宇宙の経済に依存した地球は、宇宙からの供給が途絶えるだけで経済が破綻する。そういう状況であれば、如何に地球連邦軍が強大であったとしても、スペースノイドを弾圧する事ができなくなる。そうしてしまえば結局、自分の首を絞める事になる為だ。
地球の民は、宇宙の民によって生かされている。この構図が出来れば、自然と宇宙移民計画は再開される事になるだろう。
以上が、ジオン・ズム・ダイクンが考えた戦略の全容になる。
この考えに私、デギンも賛同している。
「ですが、父上。これでは地球連邦政府を追い詰める事はできない」
ギレンは、この戦略の不備を語る。
先ず最初にダイクンが死んだ事が挙げられる。
サイド3が僅か6年の短い期間で自活可能になっているのはダイクンの政治手腕があっての話だ、彼の存在がなくして同じことはできない。現にコントリズムが実証された宇宙世紀0058年から宇宙世紀0078年の二十年間で、サイド3以外で自活可能な経済圏の構築が出来たサイドは一つも存在していない。
この事実は、計画の第二段階の達成が不可能である事を意味していた。
仮に他サイドでコントリズムが達成されたとしても、第三段階に入る前にジオン公国が崩壊する可能性の方が高い。
地球連邦政府は、常にジオン公国の破綻を狙っている。
かつてイギリスがインドにそうしたように、年収と同額の税金を課すことが考えられる。スペースノイドが相手の時は捜査と令状なしで逮捕し、裁判もなしに有罪にできる法律を作る事も可能だ。実際に、実行するかどうかは問題ではない。スペースノイドに参政権が与えられていない現状、アースノイド贔屓の法案を通し、これが実行できてしまう事実が問題なのだ。
手っ取り早くジオン公国の国民による暴走を誘発し、これを地球連邦軍が弾圧しても構わない。
「そんな事をしてしまえば、世論が黙っていないですと?」
違います。とギレンは答える。
地球連邦政府は、サイドの一つから全人口が消えても困らない。地球からサイド3の空いたコロニーに労働者を送り込めば良いのだ。幸いにも地球には不法居住者が沢山いる、摘発してサイド3に追放して働かせる。そうして世間的には、宇宙移民計画の進捗として発表すれば良いだけの話だ。
それが出来るだけの力が地球連邦政府にはある。
「……ギレン、それは飛躍し過ぎだ。如何に地球連邦政府といえども、そこまではすまい」
「ええ、そうですとも。そこまではしないでしょう」
しかし、とギレンは続ける。
「先程も申しましたが“それができる”ということが重要なのです」
地球連邦政府の余裕は、そこにある。
いざとなれば、どうとでもできる。煩わしくなれば、暴力で黙らせれば良い。
そう思っているからこその傲慢だ。
「マハトマ・ガンジーの独立運動が成功したのは、暴力では、どうにもならないという点が要でした」
今のジオン公国は、とギレンは諦観を込めた笑みで告げる。
「暴力で、どうにかできてしまうのです」
◇
ジオン公国、延いてはサイド3はダイクンが死んだ日から詰んでいる。
その事をいち早く察したギレンは二十年間、ジオン公国が生き残る為の方策を考え続けていた。
何故、地球連邦政府は傲慢で居続けられるのか。
この問いに対してギレンは、痛みを知らないからだ。と結論を出す。
地球連邦政府が樹立されて以後、一世紀半。敗北の痛みを知らずに存在し続けている。
かつて、地球では白人が有色人種を迫害し続けて来た過去がある。敗北した過去がないから横暴に振舞える。絶対に勝利すると確信してるから好き勝手ができる。それが今のアースノイドとスペースノイドの関係であり、地球連邦政府はスペースノイドを搾取できる奴隷としか考えていなかった。
だからジオン公国は、地球連邦政府の遺伝子に敗北を刻まなくてはならないのだ。
かつて東洋の島国が巨大帝国に勝利し、白人無敗神話に終わりを告げた時のように。
闘争には、痛みを伴う事を教えてやらねばならない。
他の誰かを虐げる事には、痛みが発生する事を教えてやらねばならない。
自由を勝ち取る事には、痛みが伴う事を我々は知っている。
「ジャブローだ」
作戦の概要を説明する時、それがギレンの最初に告げた言葉だった。
「先ずは地球連邦軍の中枢に打撃を与える」
ブリティッシュ作戦。即ち、コロニー落とし。
この空前絶後の作戦は、決して狂気の中で生まれた訳ではない。
作戦の立案者は、むしろ理知的で、理性的だった。
地力で負けている状況であるが故に、そうならざるを得なかった。
ジオン公国には物量がない、核兵器の数では地球連邦軍に劣る。
物量で敵わないのであれば、質量と。
発想を転換させた結果、コロニーを落とすという発想に辿り着いた。
コロニー落としが地球に与える影響を入念に計算した。
これなら行ける、と確信を持てる段階まで考え尽くされている。
戦争に勝利する。その一点にのみ集約された作戦が、ブリティッシュ作戦である。
ジオン公国の戦闘教義は、経済に強く紐付いている。
何故ならば、ジオン公国という国家は、その成り立ちからして経済と深い結びつきを持っている為だ。
経済を、延いては兵站を破壊してしまえば、戦争を継続する事はできなくなる。
またジオン公国は、地球連邦政府との国力の差を理解していた。
故に戦争の長期継続が不可能である事も分かっていた。その為の短期決戦。自分が戦闘不能になる前に、相手を戦闘不能に追い込めば良い。
そういう考え方が、ジオン公国の根底にはある。
以上の二つが結びついた結果。
コロニー落としは、ジオン公国にとっては理想的な作戦となる。
誤算だったのは、
自分達が理知的で理性的である事を当然だと認識していた点だ。
ならば、相手も当然、そうだろうと考えてしまった。
戦争が理性的なものであると捉えている時点で、
それが狂気である事を知る者は、
この作戦会議に出席していた者の中に、誰一人として存在していなかった。
恐ろしい事に、この作戦。
反対者が一人も居なかったのだ。
地球連邦政府は敗北を知らなかったかも知れないが、
ジオン公国は戦争を知らなかった。