NTロリ娘。   作:にゃあたいぷ。

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幕間.ヤードポンド法、滅ぶべし。慈悲はなし。

 気付いた時、握り締めた右拳はジオニック社の技術者の顎を打ち抜いていた。

 地面に散らばる設計図。ザクⅡを手掛けたジオニック社が、新たに設計した陸戦型モビルスーツ。形式番号MS-07、正式名称グフ。技術本部へ持ち込まれた設計図を評価していた最中の話だ。主兵装に5連装75mm機関砲という見慣れぬ文字が記載されていたので私、ギニアス・サハリン技術中佐はジオニック社の技術者に問い掛けた。

 なんと左手の五指すべてがマシンガンの砲口になっているという話なのだ。

 嬉々として語る若者の顎を右拳のアッパーカットで綺麗に打ち砕いた。無意識だった、しかし、殴らずにはいられなかった。錐揉み回転しながら宙を舞った技術者は、そのまま逆さの姿勢で顔面を地面に打ち付ける。

 こうして私の技術大佐に昇進する話が消えた。

 

 なおフィンガー・バルカンの開発者は、

「内蔵武器は浪漫、武器は仕込むもの」という言葉を最後にジオニック社から更迭される。

 今は、ツィマット社に転職しているとの話だ。

 

 私、ギニアス技術中佐は、量産型グフの設計図を見た時から頬に伝う嫌な汗を感じずにはいられなかった。

 コンスコン、デラーズ、マ・クベの話を片手間に聞いていたので、ジオン公国がブリティッシュ作戦と連動した地球侵攻作戦まで計画しているのは理解している。少なくともコンスコンは休戦協定が結べなかった時の事を考えて動いており、マ・クベはブリティッシュ作戦が失敗した時の事を考慮している節がある。

 マ・クベが提案したア・バオア・クー及びソロモンの全面改修は、正にジオン公国が敗戦した後の事を考えての話であった。

 

「負けた時は負けたなりの戦い方がある」

 

 というのは、マ・クベの言だ。この身も蓋もない言葉にデラーズは「もっと言い方があるだろう」と難色を示していた。

 

 ブリティッシュ作戦の後、休戦協定を打診する所までは既定路線。

 休戦協定が締結されるまでの間、コンスコンは地球に侵攻をするべきだと進言した。宇宙は、各サイドの反応を見る必要がある。様子見ならば良し、中立宣言は認める。しかし地球連邦軍の艦艇を収容するような親地球連邦派のコロニーは敵と見做して、攻撃を仕掛ける。コロニーを制圧する時は催涙ガスを使用、しかし地球に落とす為のコロニーだけは毒ガスを使用する事が予定されている。

 ……ブリティッシュ作戦が実行された時、混乱する地球連邦軍の隙を突いて、オデッサとキャリフォルニアベースを占拠する。

 別に休戦協定が結ばれた後であれば、明け渡しても良い。これは休戦協定の交渉材料を増やす為でもあるし、地球連邦政府が継戦を望んだ時に真価を発揮する。戦争を継続する事が決まった際、オデッサとキャリフォルニアべースを抑えている事は大きな意味を持つ事になる。オデッサは純粋に資源採掘拠点として、キャリフォルニアベースを占拠する事は地球連邦政府の首都を抑える意味があった。

 オデッサ、キャリフォルニアベース、ダカール。資源、政治、軍事の根幹となる三つの拠点を落とす事は、盤面をコントロールする上で大きな意味を持つ事になる。

 

 そういう構想で作戦を立てている為、必要になるのは軍事基地を制圧する為の兵器の開発であった。

 とある調査員の情報を得た時、地球上では思っていたよりも機動力を確保する事ができないという問題が発生する。この課題に意気揚々と名乗りを上げたのがジオニック社だ。かの社は新しいモビルスーツの開発に着手し、国家総動員令が発令される土壇場でプロトタイプ・グフと呼ばれる試作機を完成させた。スミス海の戦いから地球連邦もモビルスーツの開発に着手していた事が分かった為、本機は対モビルスーツ戦も想定されている。

 正直に告げる。プロトタイプ・グフは良い機体だ。ランバ・ラルも、そう言っていた。

 宇宙で開発をしている為、実際に地球の環境でも通じるかどうかは試してみないと分からない。だが宇宙用の装備を取っ払ったザクⅡを降下するよりかは余程、信頼性のある機体となっている。この機体を基に開発を進めれば、より良い量産機を作る事も可能だ。実際、グフの開発に携わった技術者の一人が量産機として更に改善させる為の案があると設計図を見せてくれた。

 それがMS-07グフである。左手にフィンガー・バルカンが取り付けられていた。

 故に、私は技術者と名乗るのも烏滸がましい男の顎を打ち砕いた。

 

 この件は、まあ良い。

 結果的に産廃型グフの開発を止める事が出来た。武装にヒート・サーベルとザクマシンガン、シールドを用いた機体を先行量産型とし、少数の量産が行われている。ブリティッシュ作戦の後に開始する地球侵攻作戦。そこで改めて地球に関する詳細な情報を仕入れた後に、完全版陸戦型モビルスーツとしてグフB型の開発に着手する事に決められた。

 しかし私はグフの設計図を見た時に気付いてしまった事がある。

 

 私は自室の机にしまってる資料を取り出し、表題にアプサラス計画と銘打たれた書類の束を捲った。

 プロトタイプ・アプサラスとも呼べる機体の設計図。これはコンスコンの社宅で技術顧問をしていた時に自分なりのジャブロー攻略案を模索していた時に図面を引いたものである。理論上は可能だが、技術的に不可能な点から提出を見送ったものだ。

 その設計図を睨み付けた。懸念していたものが事実である事を確認する。

 

「……規格を、統一していない……だと!? 単位すら違う箇所があるだとッ!?」

 

 ジオニック社とツィマット社、及びはMIP社、全て宇宙で起業した会社である。

 特にジオニック社はジオン・ズム・ダイクンが宇宙に来る前からサイド3で商売をしていた老舗だ。最初は地球企業の下請けから始まり、近所の修理屋としても親しまれていた。しかし地球企業のスペースノイドに対する扱いの悪さに嫌気を差し、スペースノイドのスペースノイドによるスペースノイドの為の機械屋さんを目指すようになる。地球に依存しない会社を作る為、ネジ一本から地力で開発を行うようになった。

 ジオニック社はコロニーの修理を請け負う事もある為、ある程度の規格は掌握している。

 しかし、これがモビルスーツという大型の機械製品となれば話が変わってくる。ジオニック社の脅威のメカニズムが火を吹いたのだ。独自技術をふんだんに用いた結果、ジオニック社の関連企業でしか生産できない部品が大量に生まれる結果を生み出してしまった。とはいえだ。ザビ家はジオン公国の兵器産業はジオニック社の一強になると予見していた事もあり、規格問題を重要視していなかった。

 他がジオニック社に合わせれば良い。と、そのように考えていた。

 

 しかし軍需産業にツィマット社が参戦し、MIP社もこれに続いた。

 MIP社は宇宙移民計画でサイド3にやって来た地球の技術者が開業した老舗であり、ツィマット社は三者の中では最も新しい企業だ。MIP社の根本には地球で培った技術が根付いている。対するツィマット社は完全に宇宙だけでやって来た為、独自路線を突っ走った設計となっていた。

 故に、この三つの企業。なんと規格が全然、合わないのだ。

 

 私、ギニアス・サハリンは立ち上がった。

 必ず、彼の邪知暴虐の規格を取り除かなければならぬと決意した。

 私には政治が分からない。私は、一介の技術将校である。

 図面に線を引き、様々な数字と殴り合って生きて来た。

 それ故に、ヤードポンド法に対しては、人一倍に敏感であった。

 

「ヤードポンド法の過ちを繰り返させる訳にはいかぬっ!!」

 

 別に各企業の単位にヤードポンド法が使われている訳ではない。

 しかし、人類の悪しき風習は正されなければならない。規格を統一せねば、多くの技術者が涙を飲む事になる。規格を統一しなかった為に事故が起こる事だってあり得るのだ。規格とは、ただの単位に非ず。規格とは、技術屋にとっての言語である。規格を統一しないという事は、それだけで製品の信頼性を落とすことになる。いわば、同じ機械製品に英語、スペイン語、日本語、アライさんと全て言語が異なる部品を用いており、意思疎通が不可能と言っているようなものなのだ。技術者はスペイン語と英語を勉強する羽目になる。

 故に、私は己の正義を全うする為に規格統一運動を起こした。

 

 この運動には技術本部だけでなく、国防軍の整備士は勿論、企業の垣根を超えて過半数を超える技術職の人間が参加する。

「ヤードポンド法は悪い文明、滅ぶべし。慈悲はなし」を標語に軽快なステップで大通りを練り歩いた。規格統一を推し進めなかったジオン公国の上層部に反省を促す為に横断幕を掲げて、左右にステップを刻んで、ボックスを踏むのだ。広げた図面に次と、その次と、その次と線を引き続ける。次の要求性能を、満たす設計図を画くんだ新兵器。このままパイロットを戦場に送り出すのだと丁寧に、丁寧に、丁寧に描くと、揺れたり、震えたりする手で丁寧に描くと決めている。次の戦場に、その次も、その次もまた生き残れるように、理想の機体構想を、設計図を探すんだ新兵器。ちゃんとパイロットを送り出せるように、震えるペン先で魂を込めた線を描いている。設計図、君の新兵器を。

 偉い人には、分からない。単位が違う、その意味を。

 規格統一運動の完遂、それ即ち技術職の人間にとってのバベルの塔を打ち立てる事に等しい偉業なのだ。

 数万人の大行進、数万人のボックスステップ。

 

 これを暴動と勘違いしたザビ家が緊急会議を開く事態となり、治安部隊まで出動する始末となる。

 しかし、しかしだ。技術者達は手を挙げなかった。

 ただ怨念を込めて、親の仇の如く、規格統一を訴えるのみだ。

 警棒で殴られようとも怯まない。ただ血涙を流して、訴え続ける。

 ヤードポンド法は滅ぶべし、慈悲はなし。

 

 後に単位の行進と呼ばれる前人未到の一大事件は、ザビ家が折れる形で終結した。

 

 規格統一運動の首謀者である私、ギニアス・サハリンは技術中佐から技術少佐へと更に降格した後、統合整備計画の責任者に任じられる事になる。

 アプサラス計画? そんなことよりも規格統一だ! 規格統一を前にすれば、アプサラス計画なんぞ些事も同然! これを完遂する事で、数万、数十万。後世を含めて、億以上の技術者が救われる事になるのだ! バベルの塔は此処にあった! 人類は宇宙に出る事で初めて、共通規格を以て分かり合うことが出来たのだ!

 ニュータイプ論、此処に成熟せりッ! ハァーハッハッハッハッハッ!!

 

 

 余談だが、統合整備計画とヤードポンド法は直接的な関係はない。

 規格を統一して、部品に互換性を持たせた。事のついでにと企業間の情報交換により、装備の互換性と操縦系の規格の統一が図られる。この一連の騒動による成果に、末端にいる全ての整備士と技術者は涙を流し、酒を飲み交わしたという話がある。

 ギニアスは一躍時の人となった。

 サイド3に存在する工業系の学校では、文化祭で学校創設者の銅像の隣にギニアス像を並べる事が流行りとなった。

 技術者の英雄ギニアス・サハリンの名は世代を超えて、語り継がれる。

 秘蔵のボックスステップと共にギニアスの名は伝えられる。


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