NTロリ娘。   作:にゃあたいぷ。

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36.殺すね、貴方を。皆も。

 ザクⅠに乗るのは、久しぶりだ。

 旧ザクと呼ばれる事もある当機は、作業用機械としても価値が高く、空いたハンガーに詰め込んでおくには丁度良い。出力も高くない上に燃費も良い。初心者にも扱い易い設計の為、整備士の人が荷物を搬入するのに使う事も多かった。

 そんなザクⅠと共に宇宙を駆ける。

 太陽の光に反射される星々は綺麗で、やっぱり好きだなって思った。

 

 私が軍規違反を犯してまで、ザクⅠを持ち出したのは──もの凄い自己中心的な理由からだ。

 このままだとお父さんとドズルは破局する。破局なんて言い方をするのは変だけど、実際そんなもんなのだから仕方ない。それで私が何もしなければ、私はザビ家に残るか、お父さんに付いて行くかの二者択一を迫られる事になる。それが二人の言い争いをしている時点で分かっちゃった。

 だから、私は今、ザクⅠに乗り込んで宇宙を飛んでいる。

 私は欲張りだ。逃げれば、一つ。でも、一つだけでは満足できない。どちらか一つなんて選べない、お父さんとドズルはお互いに比べられない程に大切な相手だ。できる事なら、ずっと仲良くして欲しいし、その中に私も一緒に入れたら幸せだ。だから二つを勝ち取る。どちらか一つなんて認めない、進んで二つを勝ち取ってやるのが我儘娘の本領というものだ。

 航行中、毒ガスのタンクを運んでいる部隊を見つけて接触する。

 

『ああん、渡せだって? ふざけんじゃないよ!』

 

 通信機越しに勝ち気な女性の声が聞こえた。

 それを耳にして、ああ、彼女達はガスタンクの中身を教えられてないんだって事を直感する。本当に出世の為に汚れ仕事を受け入れているのであれば、申し訳ないって思う。でも、騙されているのであれば、容赦をする必要はない。幸いにも彼女達はザクⅠに乗っていたので「この中身が毒ガスだって知ってる?」と問いかけた後、手早くガスタンクを奪い取って8バンチコロニーまで運んだ。

 動揺する彼女達の追跡する足が鈍り、悠々と目的地まで辿り着く事ができた。

 

 

 サイド2、8バンチコロニー。アイランド・イフィッシュ。

 ジオン公国の横暴に抵抗する為、数少ない軍人はドッキングベイにバリケードを作り、民衆から義勇兵を集って型落ちの銃器を与えた。

 公国軍の戦力が相手では、敵わない事を彼らは理解していた。だが地球連邦軍が搔き集めた戦力をサイド2の援軍に向かわせている事を通信で知っていた為、士気は低くない。都市そのものを地雷や土嚢で要塞化しており、ありったけの特製カクテルで公国軍を出迎える準備をして待ち構えた。

 地球連邦軍の本隊がサイド2に来るまで時間を稼ぐことが、彼らにとっての勝利条件だ。勝算は低くない。嫌がらせを徹底し、耐え忍んで時間を掛ける。戦えない者はシェルターに送った。

 降伏勧告があった。しかしサイド2の方針として、徹底抗戦が定められており、民衆の降伏は許されなかった。

 

 シェルターに籠る、民衆の中に一人の女性が居た。

 彼女には、両片思いの青年がいる。青年は、留学先に地球の日本を選んでいた。その事を彼女は知っていた。数年後には、別れる事が分かっていた相手なので想いは伝えなかった、それは青年も同じ。二人は胸に想いを秘めたまま、今日まで生きてきた。

 青年は、彼女の事が好きだった。好きだったから、突撃銃を手に取った。

 最後にもう一度、彼女と話がしたかったから、軍人の命令を無視して、感情のままに彼女に会いにシェルターまで向かった。

 そして、二人は偶然にも出会うことができたのだ。

 

 もう、これで死んでしまうかも知れない。

 その想いが、二人に想いを吐露させる。コロニーの全体を、広く見渡せる小高い丘の上で、二人は言葉を重ねる。

 指を重ねて、手を繋いだ。身を寄せ合って、少し肌寒さを感じる風を温める。

 知っていた、最初から知っていたのだ。

 お互いの想いなんて、辛い、想いをしたくなかったから、言葉にしなかった。

 それだけの話。少し勇気を持てば、もっと早く二人は結ばれていた。

 

 

 幸いにもコロニーの基礎設計図は民間にも公開されていた。

 簡単な図面は、私の頭の中に叩き込まれている。

 

 ガスタンクを設置するのは、空調装置だ。

 除染装置の次に繋がれたパイプに手早くガスタンクを接続し、装置を作動させる直前に大きく深呼吸をする。

 ボタン一つで二千万人が死ぬ事になる。

 目を閉じる。思い浮かべたのは、今まで出会って来た人々の顔だった。

 大通りの交差点、行き交う不特定多数。子供が、風船を持っていた。手から手放された風船が空高くへと昇る。

 どうせ、死ぬ命だ。と頭を切り替える。

 私がやらなくても、誰かがやる。誰がやっても死ぬのであれば、私が殺しても大差ない。

 それでも、手が震えてしまうのは、命の重みを感じての事か。

 人を、殺した事がある。

 思い返すのは、大型戦車に乗った時の事、人の意思が身体の中を吹き抜ける。

 そして、蝋燭の火が消された時のように、ふっと声が消える。

 息が震えた、呼吸が荒くなる。

 今から、私が二千万人を殺すんだ。

 思い返す、ランバが居て、ドズルが居た。キャスバルとアルテイシアが居る。

 紛れもなく、幸せだった日々を思い出す。

 逃げれば一つ、進めば二つ。ならば、進んで二つを手に入れる。

 瞼を開ける。もう、手は震えていなかった。

 私にとって、顔も名前も知らない二千万の命よりも、

 また三人で過ごせる毎日の方が大切だ。

 

 

 重ねた唇、互いの温もりを感じ取る。

 腕を抱きしめてくる彼女を青年は拒めるはずもない。

 日本の話をした。

 桜の花は薄桃色で、いっせいに咲き乱れて、すぐに散り落ちる。

 とても綺麗なんだ。

 

 青年の友人の多くが、サイド2を離れていた。

 月に行った者がいた。

 サイド3で勉学に励んでいる者もいる。

 日本の大学は4月が始業式だったから、彼は出発をギリギリまで遅らせていた。

 彼女との時間を少しでも長く過ごす為に。

 だから、後悔はなかった。

 バカげた事に巻き込まれてしまったけど、

 こんな事が起きたから、僕達は結ばれたのだと青年は笑った。

 今が、幸せだった。

 

 

 だから、始めるよ。殺すね、貴方を。皆も。私の幸福の為に。

 毒ガスを起動させる為の最後の操作、ガスタンクに取り付けられたスイッチをザクⅠで押すだけだ。

 そのスイッチは、私が思っていた以上に軽かった。

 

 

 日本には雪が降る。

 秋には、山が燃えるように真っ赤に染まり、夏には海と山で遊ぶのだ。

 色とりどりの風景を思い浮かべて、良いなあ。と彼女は呟いた。

 だから、呟いた。

 

「私も行きたいな、地球に」

 

 男は驚いた顔を浮かべた後、笑顔で答える。

 

「行こうか、こんな事が終わったら」

 

 一緒に? と問い掛ける彼女を、一緒に、と青年は力強く抱き締める。

 少し、肌寒くなってきた。咳をする。互いを温め合うように、強く、強く抱き締め合った。

 唇を重ねた、柔らかい感覚。

 特に味はしなかったけども、脳の奥が甘く痺れる感覚があった。

 腰に回す手に力が込められる。

 眠くなる、緩やかに。凍えるように寒い、互いが互いを抱き寄せた。

 瞼が重い、体が言う事を聞かなくなる。

 

 おかしいな。戦いに、行かなきゃいけないのに。

 彼女の手が地面に落ちる。自分も、もう腕に力が入らない。

 でも、まあ、良いか。と青年は最後の力を振り絞って、彼女の身体を抱え直す。

 こんなにも幸せなのだから、きっと目を覚ました時、全てが終わっている。

 結婚しよう、地球に行ったら彼女と結婚する。

 最初は生活が苦しいかも知れない……

 子供は二人が良い……。男の子と……女の子…………だ……

 ……今から、待ち遠しい…………

 

 こんなにも……幸せだから……サイド2に残ってて…………

 僕は……良かっ…………

 ……………………………………………………。

 

 

 数分後、コロニーの中で次々と倒れる人の感覚が感じ取れる。

 意味も分からずに死んでいくのが大半で、異変に気付いた一割程度がジオン公国に恨み言を呟いて死んでいった。声が消える、眠るように。スイッチ一つで呆気なく、大勢の人が死んでいった。申し訳ない気持ちはある。でも、絶対に謝らないと心に決めていた。私の勝手で殺したのだ、やりたいようにやった結果だ。そんな私が悲劇のヒロインぶって良いはずがない。

 残忍で残虐。私の胸の内は驚くほどに穏やかだった。

 

「思えば、あの時も。案外、大した事なかったな」

 

 殺人そのものを忌避した覚えもなければ、恐怖した事もない。

 そんな感性だから、初めて人殺しに吐き気すら催さなかった。

 ただ子供心に悪い事をしたって事はわかる、それが私の心を蝕んだ。

 私がやった事は決して正当化されて良い事ではない。

 虐殺しても守りたいものがあった。

 だから、殺した。

 

 それだけの、話だ。

 私の価値観は、あの時から、ちっとも変わっちゃいなかった。

 倫理観は、欠片も成長していなかった。

 人の命を奪ったんだ、大切な人の命を奪われもする。

 こんな私のような人間が居るから、世の中って末恐ろしい。

 だから私が守る。守りたいものを。

 誰かを守る為なら、誰かを殺せる。

 そんなもんだ。

 

 

 旗艦ワルキューレに戻って来たカナリアの姿を見たランバは、怒りの形相で歩み寄った。

 振り上げられた手にギュッと目を瞑るカナリア。だが、その手が振り落とされる事はなかった。ランバの背中越しに、振り上げた右腕を手で握って止めるドズルの姿があった。

 そのままランバを押し除けて、カナリアの前に立ってみせる。

 

「よくやった、プロト・ゼロ特別少尉。命令通りだ」

 

 その佇まいは、何時もカナリアと接する時とは違っていた。

 カナリアは慌てて敬礼を取る。その少女の姿にドズルは深く頷き返す。

 

「ブリティッシュ作戦を終えた後、宇宙に残存する連邦軍の本隊と一戦交える事が予想されている」

 

 此処に勝利しなくてはジオン公国に未来はない。とドズルが断じた。

 ドズルの隣に立つランバが口を挟もうとした。しかし、ドズルの手によって遮られる。

 ランバを一度、睨み付けた後、ドズルは大きく息を吸い込んでから辞令を下す。

 

「ジオン公国に遊ばせておく戦力はない、使えるものは使う。プロト・ゼロ特別少尉、持てる全ての能力を使って連邦軍を撃滅せよ」

 

 これは命令だ。と締めたドズルにランバは思わず、声を張り上げた。

 

「ドズルッ! お前は、子供に戦わせるつもりかッ!?」

「ランバ少佐、公の場で階級を省くなと何度言わせるつもりだ。おい、そこのお前、コイツを営倉に連れて行け」

「こんな事が許されると思っているのか! 俺は認めんぞ、ドズルッ!!」

「……少佐。もう、これ以外に道はないんだ」

 

 ドズルは感情を押し殺した顔をする。二人の兵士による拘束を拒むランバを、僅かな情を込めた目で見つめた。

 

「たとえ、上官の命令だとしても毒ガスで二千万人を殺した、それも他部隊の任務を奪っての話だ。情報の隠蔽も改竄もままならぬ今、調べればすぐに分かる。このまま連邦軍との戦闘に負けた時、コイツは戦犯として裁判の晒し者にされる可能性が高い。こんな言い方は公国軍の司令官として相応しくないが……全てを守るには、もう勝つしかないんだ」

「これ以上、この子に背負わせる気か!? 戦場に出す必要など……!」

「わからないのか、ランバ!? もう背負わせるとか、そんな次元の話じゃないんだ! このままでは、コイツはただの大量殺人者だッ! 戦場で功績を上げて、英雄として祭り上げるしかないんだよッ!! 言わずとも察しろ、この親バカがッ!!」

 

 ドズルが張り上げた怒声の後、二人は睨み合った。口を噤んだまま、ただお互いを見つめ合っている。

 そんな二人を前に、カナリアは困った風に、にへらと笑って口を開いた。

 

「えっと、ごめんなさい? 勝手な真似をしちゃって」

「本当になッ! 後で拳骨だッ!!」

「俺からも一発、殴らせて貰うからなッ!!」

 

 やだあ、と零す少女の口元は嬉しさで綻んだ。

 そんな彼女の気の抜けた様子に毒気が抜かれたドズルは肩を落とし、ランバは頭を抱えたまま艦橋から連れ出される。

 同日、彼女の愛機であるヅダを前線まで搬送するように緊急で要請が出された。

 

 

 プロト・ゼロ。即ちカナリアが毒ガスを起動した。

 その話を聞いた時、そうか。と私は端的に返す。

 公王庁の執務室、窓から外を眺める。

 空を見上げた、特に意味はない。

 天井に地球の空の景色が映し出されているだけだ。

 此処からでは、宇宙を見上げる事も出来ない。

 

 部屋に備え付けられた電子ポットの電源を入れる。

 熱湯を作る時間、コーヒーミルで豆を挽く。鼻先を擽る芳醇な香りを堪能し、ドリッパーに移し替える。最初は、蒸らすだけ。炭酸ガスでモコモコと膨らむ珈琲粉を眺めつつ、左手に付けた時計の秒針で時間を計る。

 人の好みよりも、少し長めの時間。円を画くように湯を注いだ。

 

 一杯分の珈琲、砂糖も牛乳も混ぜずに口を付けた。

 懐かしい味がした。もう随分と味わっていない自分好みの味だった。

 私は、窓の近くに立って、再び空を見上げる。

 そして数年前まで嗜んでいた自分好みの珈琲を啜る。

 

「……苦い、な」

 

 その味は、今となっては自分好みの味ではなくなっていた。

 ブリティッシュ作戦は、道半ば。月の重力を受けて、地球への自由落下軌道に入る。

 後戻りはもう、できない。

 勝つしか道は開けない。そんな事は分かっていた。

 分かっていた、はずだった。


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