NTロリ娘。   作:にゃあたいぷ。

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お久しぶりです。
書けないよりも書き直して書けるなら書き直すかと考えて再出発。
前の話も避難所を作って残しています。


メアリー編
1.ゴップの娘


 深い眠りから目を醒ます。

 視界には、小太りな初老男性の顔がある。男は驚愕に目を見開いており、慌てた様子で周りに指示を出していた。まだ頭の中がぼんやりとする。寒い、吐く息が白く凍った。狼狽する小太りな初老男性に手を伸ばす。身体の表面が凍っている。パキ、パキ、と音を立てる。冷たい、この箱の中は驚くほどに寒かった。助けを求めたかったのか、それとも温もりが欲しかったのか。彼と私を隔てる硝子の壁に手を触れる。男は困惑したまま、硝子越しに手を重ねてくれた。

 それで彼の体温が伝わった来ることはなかったのだけど、ほんの数分前まで凍っていた心に命の温もりが灯る。

 

「えへへ」

 

 もう間もなく私の命は尽きる。最後に触れ合えた、僅か一瞬の出来事に笑みを零す。

 朧げだけど、覚えている。爆破から僅か十数分の出来事、宇宙ステーションが崩壊する中で頭から血を流す母親の姿を覚えていた。この冷たい箱に押し込められた、全身が冷たく凍り始める。眠る前、最後に見たのは母親の笑顔。安堵半分、私を安心させる為に頭から血を流しながら意識を手放すその時まで私の事を見つめていた。

 硝子に付着した母親の血は、今はもうない。

 意識が遠のいていく、明確に迫る死の感覚。もうこれでおしまい、と瞼が落ちていった。硝子を叩く音がする、まだ薄っすらと開いた目には小太りな初老男性の姿がある。男は必死に何かを呼び掛けながら、硝子の壁を叩いていた。でも、もう駄目だ。寒いということすらも感じられなくなっていった。

 程なくしてプシューという空気の漏れる音がする。

 

 抱きかかえられる。

 久方ぶりに感じる人の温もり、本当に、本当に久しぶりに感じられる。

 長い、とても長い、夢を見続けていたようにすら思える。

 幸せな温もりの中で、私は意識を手放す。

 

 

 朝、カーテンの隙間から差し込む光に目が醒める。

 ふわりと大きく欠伸をする。ふんわりとした布団の中で身を捩り、二度寝してしまいそうな気怠い身体を緩やかに起こす。キャミソールの寝間着、ウンと限界まで身体を伸ばす事でなんとか意識を保った。目を擦る。ベッドの上から脚を降ろし、部屋に備え付けてある適温の湯と洗面器で顔を洗った。クローゼットの中にある着替えを適当に選んで袖に通し、洗濯する分は部屋の隅にある籠に放り込んだ。後で屋敷の使用人が取りに来てくれる。

 まだ眠たい。ふらりと私室を出れば、赤絨毯の長い廊下が横に広がっている。

 

「おはようございます、メアリー御嬢様」

「どうも」

「もうすぐ朝食の準備が整います」

 

 擦れ違った使用人と挨拶を交わし、ゆらゆらと食堂まで足を運んだ。

 

 他の部屋よりも少し大きめの扉を開ける。

 部屋の中心に置かれた長机には、でっぷりと肥えた初老の男が席で腰を下ろしていた。手には端末を持っており、たぶん朝のニュースを確認しているんだと思う。彼は私の姿を確認すると、にんまりと胡散臭い笑みを浮かべる。それが彼の浮かべる慈愛の笑みだと信じられるまで結構な月日を費やした記憶がある。

 やあ、と彼は億劫そうに身を揺らす。

 

「君の寝癖は、絡み合うコードのように複雑怪奇だ」

 

 彼は息を吐くように皮肉を口にする。

 そんな彼の軽口には親愛の情が込められている。

 だからなのか不快に思う事はない。

 

「後で直して貰うわよ」

 

 私が素っ気ない態度を取る。

 すると彼は嬉しそうに肩を揺らした。

 彼は不器用というよりも変わり者だ。

 もっと言えば、食わせ者である。

 

「ゴップ様、メアリー様。朝食の準備が出来ました」

 

 私が席に座って程なくすると朝食が運ばれてくる。

 屋敷は豪邸だが住んでいるのは二人だけ、屋敷の主である義父の他に私が居るだけで後は使用人だ。義父は端末を脇に置いて、フォークとナイフを手に取り、私はバターがたっぷりと塗られたトーストに噛り付いた。

 私は今、ゴップの養子として生活を営んでいる。

 冷凍睡眠装置から目覚めたのが丁度1年前、ほんの数日前まで西暦だったはずの世界は宇宙世紀に名を改めていた。それも70年近くの歳月が流れている。半世紀以上も睡眠状態にあった私を解放してくれたのは義父で、戸籍は勿論、身元も分からない私を引き取ってくれた。

 ……辛うじて、名前は覚えている。

 でも長い間、眠っていた弊害か名字まで思い出すことが出来なかった。

 両親の顔もよく分からない。

 

「今日の午後、予定を開けておきなさい」

 

 朝食を摂った後、義父は政務の処理を始める。

 屋敷に帰るのは週に一度か二度、屋敷に居る時も午前中は書類に目を通している。その事を不快に思う事はない。何故なら彼は地球連邦軍の偉い人。サイド3で頻発する暴動に伴って、軍政家である彼の仕事は加速度的に増えている。

 私は、日に数時間、家庭教師から勉学を学んでいる。

 学校には通わず、護衛もなしに外を出歩くことも許されていない。なんでも西暦生まれである私は、色々と面倒が多いようで人前に出したくないようだ。義父は、私では理解が及ばない事を多く考えている、秘密もたくさん抱えている。

 それでも私を守ってくれる意志は本物だ、彼は私の幸福を願ってくれていた。

 だから私も、彼の言葉に逆らおうとは思わなかった。

 

 私には、生きる目的がある。

 義父が偉い軍人だったので自分も軍人になる事は信じて疑わなかったし、軍人になった後は義父の力になると決めていた。なので私は勉学に励んでいる。義父の助けになるには、頭を良くする必要がある為だ。自分の身を守る為に銃器の扱いも学んだ、護身程度に武術も嗜んでいる。

 不自由も多かったけど、出来る範囲で自由にさせて貰った自覚はある。

 

 だけどまあ不満に思う事もある。

 それは友達が居ない事だ。冷凍睡眠装置から目覚めて丸1年、私には同年代の友達が一人も居なかった。学校に通えていないので、当然と云えば当然の話。私は友達に飢えている。士官学校に入学すれば、友達の一人や二人は出来ると思うのだけど、まだ私は10歳の少女なのだ。士官学校に入れるのは16歳からなので、あと6年も待たなくてはいけなかった。今の私は箱入り娘、あと6年も友達が作れないのは嫌だ。

 だからといって何かできる訳でもない。

 義父は何時も忙しそうにしているので、あまり私の事で面倒を掛けたくなかった。

 本当は、もっと頼って欲しいのは知っている。だけど私の心情としても今の忙しい時期は休める時に休んで欲しいのだ。ダイクンが暗殺された直後、お腹は膨れているのに、どんどん顔がやつれていった時期を知っているだけに余計にそう思うのだ。

 甘えていると捉えられる程度に不満を口にして、迷惑になる事は口にせず。深窓の令嬢気分を胸焼けするほど堪能する。

 

 夜、夕食を摂る前に義父から呼び出しを受ける。

「メアリーです」とノックを4回、部屋の中から義父の「入りなさい」と言葉を受けてから扉を開けた。書類の積み上げられた執務机に腰を下ろす義父──と、その隣に肩身狭しと佇む金髪の少女。私よりも年下の女の子であった。

 私の頭の中で色々な憶測が飛び交う中、義父は口を開いた。

 

「誕生日プレゼントだ」

「……誕生日?」

「誕生日が分からなかったからね。君が冷凍睡眠装置から目覚めた日を誕生日にする事にした」

 

 祝ってくれるのは、素直に嬉しい。しかし解せないことはある。

 

「はあ……ありがとうございます。それでプレゼントというのは?」

 

 半ば察しは付いているのだけど、問わずにはいられなかった。

 義父は金髪の少女を横目に合図を送る。彼女は一歩、前に出る。

 敬礼を取り、少し舌足らずな口で自己紹介を始めた。

 

「わたし、エリスといいます!」

 

 元気の良い挨拶を見て、私は再び義父を見た。

 猜疑心たっぷりで。

 

「今、私の愛している娘はメアリーだけだよ」

 

 家は継がせられないがね、と彼は自嘲するように笑みを深めた。

 いや、聞きたいのは、そこじゃない。眉間に皺を寄せて、義父を睨みつけているとエリスと名乗った少女が動揺をし始めた。ちょっと可哀想な気もするけども、此処で折れると今後ずっと煙に巻かれる気がしたので義父を睨み続けた。

 義父は溜息を零し、根負けしたように口を開いた。

 

「彼女を君に付ける。君のモノだ、好きに扱いなさい」

 

 本当に人をプレゼントするのはどうかと思います、お義父さま。


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