NTロリ娘。   作:にゃあたいぷ。

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4.ぼうりょくはいけないことです。

 ジオン・ズム・ダイクンの急死、議事堂は大混乱に陥っている。

 重要演説の最中だったのも痛かった。ジオン共和国の宙域全てに発信されていた映像は瞬く間に民間へと伝播し、ダイクンの熱狂的な信奉者が雄叫びを上げる。これに同調した者達が蜂起し、軍内部にまで波紋が広がりつつあった。その一部始終を見ていたデギンは唖然とした顔を浮かべた後、忌々しく歯を食い縛ってから指示を飛ばす。

 ジオン・ズム・ダイクンの延命処置、病院への搬送手続き。医学を修めている者が居ないかの捜索、とりあえず旧友のジオンが病院に搬送されるのを見送った後、後事をジンバ・ラルに押し付けて、デギンは一人、近場のホテルに足を運んだ。防諜機能が施されたスイートルームの一室、中にはザビ家の人間が集まっている。

 デギン、ギレン、サスロ、キシリア、ガルマ。そして俺、ドズルも同席する。

 

「どうやら無事に集まってくれたようだな」

 

 デギン──親父は全員の姿を確認すると小さく息を零す。

 

「父上、キシリアやガルマまで呼び付ける必要はあったのですか?」

 

 はっきりとした物言いで問い掛けたのはサスロ兄。次兄の言いたい事もわかる。

 事実としてキシリアは13歳、ガルマに至っては9歳だ。この状況で呼び出すのは危険だと俺も思う、実際にガルマなんて怯えてキシリアに泣きついている始末ではないか。しかし親父は一言だけ「私ならこのタイミングだ」とポツリと零す。何が、とは言わずとも察する事はできる。その意味まで俺の頭では考え付かないけど。

 だが、それでは親父が身を晒すのは危ないではないか?

 

「私なら大丈夫だ。私なら私は殺さん、今となってはジオンをまとめられるのは私だけだからな。まとめる相手が居なければ降伏勧告もできまい」

 

 今やダイクンの信奉者の方が怖い、と親父は言って俺達に向き直る。

 

「この難局を乗り越えるぞ。サスロはザビ派の人間を取り纏めろ、ギレンは私と共にダイクン派の人間が勝手な事をしないように話を付ける。これには国防軍の将校も含まれる……まあ将校の七割方はザビ派の人間だ、抑えつけるのは難しい事ではない。ドズルは……キシリアとガルマを守ってやれ。さあ行くぞ。現状でも治安維持の名目で連邦軍が、このズム・シティを占拠しかねん。……いや、最悪は今、連邦と戦端を開く事だ。それだけは避けなくてはならん」

 

 話を終えるや否や親父、長兄、次兄が同時に携帯電話を取り出した。

 サスロ兄は携帯電話で通話をしたまま、部屋から出ていこうとする。

 それに伴って、親父とギレン兄も歩を進めた為、俺は思わず口を開いた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 結局、ダイクンを殺したのは誰なんだ!? 俺達とダイクンは政敵ではあったが、同じ共和国の仲間でもあったはずだ!」

「それは今、聞くべき事か?」と長兄がドスを利かせた声で言い聞かせる。

「ああ、必要だ! 皆も知っているだろうが俺はダイクン家と交友を持っている。そして、これは黙っていた事だがラル家のランバ・ラルとの交友もある!!」

「お前、よりにもよってラル家の連中と……ッ!」

 

 サスロ兄は俺の発言の途中で、咄嗟に通話を切り、拳を握り締めたまま大股で歩み寄ってくる。

 殴られる! と思ったが、それを親父が手で制する。

 

「この状況でダイクン派の中心に近い人物とホットラインを持っている意味は大きい」

 

 それでドズル、と親父がサングラス越しに俺を睨みつける。

 

「今の状況を理解できていない訳ではあるまい。お前は、この状況で何がしたいのだ?」

「お、俺は……」

 

 歯を食い縛り、声を絞り出す。

 

「……助けたい奴がいる」

「誰だ? ダイクン家の者か? それとも、そのラル家の友人か?」

「……子供だ。ダイクン家の使用人見習いをしている。ダイクン家の人間には、価値がある。俺がやらずとも誰かが守る」

 

 だが、と声を荒らげた。

 此処は引くべきではない、不合理なのは分かっている。

 感情を訴える他にない。

 

「……だが! アイツには今、守るだけの価値がない! だから……俺が、行かなきゃいけないんだ!!」

 

 親父は長兄をチラリと見やる。長兄は思い当たる節があったようで「ああ、あいつか」と零した。

 

「お前……今は国家の一大事だぞ!? 子供一人がなんだって……!」

 

 サスロ兄の激昂に「ああ高が子供一人だ!」と叫び返す。

 

「だが、俺には国家に対する役割がないのだろう!? なら私情で動いても良いはずだ!!」

「……ドズル。お前には今、家族を守るという役目を与えたはずだ。重要でないとは言わせんぞ。今の状況で信じられるのは身内だけだ!」

「親父……でも、俺……行かなきゃ……アイツには、親すら居ないんだよ……!!」

 

 今、こうしている間にも国家の崩壊は迫っている。

 親父は大きく溜息を零し、手で顔を覆い隠す。サスロ兄は今にも俺に飛びかかって来そうだ。

 だが、俺も此処で引く訳にはいかなかった。

 こんなことをしている場合ではないと分かってはいるけども、それでも此処は譲れない。

 

「良いではありませんか」

 

 長兄が口を挟んだ。

 

「どの道、此処に置いておいても飛び出していくかも知れない人間にキシリアとガルマは任せられませんよ」

「いや、それは……」

「ドズル」

 

 長兄の鋭い視線だけで、お前は黙っていろ。というのが伝わってきた。

 

「ギレン、此処には誰を残す」

「父上で良いのでは? その御老体で駆け回るのも辛いでしょう。此処をザビ家の作戦本部とし、陣頭指揮を取るのは如何ですかな?」

「まだ隠居するつもりはないんだがな」

「元気な内に後進の育成をするのも先達の務めですよ」

 

 親父はまた大きく息を零し、部屋にあったソファに腰を落とす。近くにいたガルマに「水を持ってきてくれないか?」と頼んだ後で「ドズル」と俺の名を呼んだ。

 

「ダイクンを暗殺したのは誰だと思う?」

「それは……」

 

 民衆の中にはザビ家の誰かが殺したのだと言う者も居る。しかし、それはない。と俺は考える。ザビ家には、ダイクンを殺す意志がなかったのは今までのやり取りでもわかる。少なくとも親父が指示を出す事はないはずだ。ダイクン派がダイクンを殺すのはありえない、ならば消去法で地球連邦軍?

 

「それでは30点だな。及第点はザビ派と答える事だ。満点は、地球連邦軍と共和国軍のザビ派だ」

 

 ジオン共和国軍に存在するザビ派の半数以上は、元地球連邦の駐留軍で構成されている。

 その為、地球連邦軍と共和国軍内のザビ派にはパイプが繋がれており、そこから情報が流れていたのだと親父は推察した。元より地球連邦とジオン共和国では、経済力に致命的な差がある。信念だけで飯は食えない。それに元駐留軍はダイクン派から嫌われていたし、民衆からの評判も悪い。そんな共和国での暮らしに嫌気の差した人間に声を掛けて、家族を含めた市民権と共に地球への移住を条件にすれば、切り崩すのはそこまで難しくないらしい。

 これを長兄は興味深そうに耳を傾けているのが、少し印象的だった。

 

「この情報が必要だったのだろう? さっさと行け、この親不孝者が」

「あ、ああ……」

 

 俺は親父と長兄に深く頭を下げて、扉の取手に手を掛ける。

 

「ドズル!」

 

 長兄に呼び止められる。振り返れば、何かが投げられる。

 受け取ると、それは何かの鍵だった。

 

「私のバイクだ、使え。私は車を押収する」

「ああ、ありがとう! ギレン兄!」

「それとだ、ドズル」

 

 親父は、ソファに腰を落としたまま、顔も向けずに告げる。

 

「死ぬなよ。友人も、その子も、ダイクン家も、無理だと思ったならば諦めなさい。お前には弟妹を守るという役目がある事を忘れるな。本当の親不孝者になることを決して許さんからな!」

 

 その言葉を聞いた俺は、扉の前で踵を返し、背筋を伸ばして敬礼する。

 

「ドズル・ザビ。行ってくる!」

「早く行け、馬鹿者! お前が帰ってくるまで、私はここで缶詰だ!」

 

 怒鳴り付けられて、慌てて部屋を飛び出した。

 

 

 ジオン・ズム・ダイクンの急死を聞いた時、俺はいち早くダイクン家の屋敷まで車を走らせた。

 病院に搬送されているが、命は絶望的との事だ。

 だが、まだ生きている可能性はある。

 今はまだ誰もが衝撃を受けている状況だったので混乱は少ない。しかし民衆が暴徒化するのも時間の問題、この状況では何処かに匿うのが良いのだろう。だが、しかし、そんな事は大人の勝手だ。せめて子には親の死に目を立ち会わせてやりたいのが人情というものである!

 故に、故あって、ランバ・ラルはダイクン家に助太刀する!

 愚図るアルテイシアに活を入れて、ダイクンの遺族を車の中に押し込んだ。助手席に座ったのはカナリア嬢、両手には黒猫のルシファを抱えている。本当なら隣よりも後部座席に乗って欲しいが今は時間が惜しい、アクセルを目一杯に踏み込んだ。

 程なくして爆発音が上がる。舌打ちした、民衆の暴徒化が思っていた以上に早い。

 誰かが裏で手引きしている?

 いや、今は病院まで連れて行く事が先決。迂回すべきか、このまま突っ切るべきか。

 

「だいじょうぶ、まっすぐすすんで! うかいしても、いっしょ!」

 

 異常なまでに勘の鋭い幼子の言葉を信じて、道なり真っ直ぐに突き進んだ。

 程なくして暴徒の群に遭遇してしまった。彼らは金属バットや鉄パイプで武装しており、俺達の方に駆け寄ってくる。その中の一人が火炎瓶を所持しているのを見て、躊躇している時ではない。と家から持ち出した護身用の機関銃を片手に握り締めて、車の天井から身を乗り出す。

 

「近付くんじゃあない! 道を空けるんだっ!!」

 

 空に向けて発砲する。その銃撃音に暴徒は一瞬、足を止めるも俺が軍服を着ているのを見て、ゲビた笑顔で歩み寄ってきた。

 

「良いのかよ! 軍人が民間人を殺してもよおっ!!」

「ひゃっはあ! 知ってるぜ、軍法会議もんだ! 銃殺刑になるかもよ!!」

「銃器だ、奪ってやれ!! 連邦のクソ共を殺せる武器を探してたんだよお!!」

 

 これだからダイクンのシンパはいけ好かない! と自分の派閥を棚上げにし、機関銃の銃口を民間人に向ける。

 

「死にたいのか!? 撃つぞ! 撃たれたいのかッ!?」

「撃ってみせろって言ってんだよ、ちょん髭野郎!!」

 

 撃つしかないのか、しかし……撃つしかないのか! 引き金に人差し指を掛けた時、服の裾を引っ張られる。

 

「だいじょうぶ、さいきょうのすけっとがくる」

 

 カナリア嬢は俺の傍から外に身を乗り出し、大きく息を吸い込んでありったけの声を発した。

 

「たすけてぇーっ!!」

「そこかぁッ! カナリアァアーッ!!」

 

 俺達と暴徒の間に割って入る大型バイクと大柄な男性。大凡、人の範疇に収まらない巨体で暴徒の前に立ち塞がる。

 

「貴様らァーッ! 誰に手を上げようとしてんだァーッ!!」

「ドズルかッ!?」

「やっちゃえ、ばーさーかー!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 ドズルは二百キログラムは悠に超えるであろう大型バイクを頭上に持ち上げて、そのまま暴徒に向けて投げ付けた。

 それは暴徒の一歩手前に叩き付けられる。しかし人外染みた怪力に暴徒は震え上がり、さりとて度胸自慢が死角からドズルの側頭部に鉄パイプを振り落とす。鈍い音、鉄パイプは曲がるほどの強打。

「へへ……やったぜ!」と男が破顔したのも束の間、男の頭が右手で握り締められる。

 

「ただ暴れたいだけの屑共がッ! 良いだろう、今から俺がこの場にいる全員を修正してやるッ!!」

 

 狂戦士と化したドズルを止められる者は、もう人間の枠には存在しない。

 文字通りに千切っては投げて、千切っては投げてを繰り返し、張り手の一発で昇天させては左拳で顔面を陥没させる。人数の差は一対百以上。しかし十を倒した時、暴徒は歩みを止めて、三十人を叩きのめした時には逃げ出した。引かぬ、媚びぬ、省みぬ。暴徒が逃げ出すまで金属バットや鉄パイプで幾度と殴り続けられてもドズルは一歩も退かず、立ち続けた。背中に居る、守るべきを守る為、男が男で在り続ける為の天晴れ見事な仁王立ち。暴徒が居なくなった事を確認し、後ろを振り返ったドズルが見せた血塗れの笑顔は──御世辞にも、子供に見せて良い顔ではなかった。

 現にアルテイシアは悲鳴を上げて、怯えている。

 

「あっぱれじゃ、どずる! ちこうよれ!」

 

 だが頭を割って、血を流す彼の強面もカナリア嬢には通じない。

 覚束無い足取りで近付くドズルに彼女は飛びつき、その頬に自らの唇を押し付けた。

 目を点にするドズル、唇を離したカナリア嬢は太陽のように眩しい笑顔を浮かべる。

 

「カ……カナリア、今……な、なにをした?」

「ほうびだ! うれしいだろう!?」

「お、おお……うおおおおおおおおおおっ!!」

 

 ドズルが、咆哮を上げた。

 ……別に羨ましい訳ではない。俺には酒場の歌姫が居る。

 高が子供の接吻ひとつ、嫉妬するはずがない。

 

「らんば、あとでしてあげよっか?」

 

 にまにまと笑みを浮かべる幼子、俺は彼女の首根っこを掴んで車の中に押し込んだ。

 

「……ドズル、乗って行くか?」

 

 本来なら対立すべき間柄、しかし今は国家の一大事だ。

 過去の因縁を投げ捨て、この難事を乗り越える為に手を取り合うのも吝かではない。

 だが、ドズルは首を横に振る。

 

「いや、俺はすぐに戻らねばならん。ランバ・ラル。他の誰でもないお前があの子達の側に居てくれるなら安心だ」

「そうか、なら……」

「あー、だめ! どずる、だめ!!」

 

 押し込んだはずのカナリア嬢が、また車外に身を乗り出した。

 

「どずる、わるいのがまとわりついてる! だめ、わたしもついてく!!」

 

 その悪いのが何を意味しているのか分からない。

 だが勘の良いカナリア嬢の事だ、もしかするとドズルの身に何かが起きるのかも知れない。

 ならば、カナリア嬢だけ渡すか? いや、優先順位を履き違えるな。

 

「……ランバには、その悪いのとやらは纏わりついているのか?」

「らんば、だいじょうぶ! どずる、だめ! だから、わたしもいっしょにいく!」

「……そうか、なら。お前はランバと一緒に行け」

 

 どうやらドズルも同じ考えのようだ。彼は誰よりも大きくて無骨な手でカナリア嬢の頭を乱雑に撫でる。

 

「俺はドズルだ、ドズル・ザビだ。どんな悪者だろうと蹴散らしてみせるさ」

 

 ドズルは血塗れの顔でサムズアップをしてみせる。

 まだ愚図るカナリア嬢を車内に押し込み、ドズルと視線を合わせた。

 

 ──死ぬなよ?

 

 ──ああ、わかっている。

 

 テレパシーなんて必要ない、カナリア嬢のような特別な力も必要ない。

 男が二人揃えば心を通じ合わせるなんて訳もないのだ。

 アクセルを踏み締める。目指す先は、危篤のダイクンが待つ病院だ。

 

 数日後、ジオン・ズム・ダイクンの国葬式の事だ。

 ドズルが乗っていた自動車が爆破された。




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