ありがとうございます。書くモチベーションになります。
誤字報告も大変助かっています。
コツコツとコンクリートの床を叩く小気味良い足音を響かせる。
ウェーブがかった栗色の長い髪を揺らす女性将校、キリー・ギャレット少佐が愛弟子の機体を見る為に格納庫まで足を運んでいる。陸戦型ザクⅡから姿を変えた機体を見上げて「これが?」とドレッドヘアで褐色肌の整備士に問い掛ける。褐色肌の女、キリー少佐と同じくノイジー・フェアリー隊に所属するイルメラ・グルーバー軍曹は「そうだよ」と答える。
地上降下作戦の際にザクⅡから宇宙用の装備を取り払ったのが陸戦型ザクⅡ。陸戦型ザクⅡでは、地球で運用するのに機動力と耐久面が足りておらず、現地で改修を施したのが陸戦高機動型ザク。分類としては、現地改修機。占領したばかりのキャリフォルニアベースにはまだモビルスーツを生産できるだけの設備がなかった。故にモビルスーツを一機、丸ごと生産するのではなくて、既にある機体を改修するというコンセプトで再設計されたのが本機、陸戦高機動型ザクになっている。純粋な現行機の性能向上版、現地改修機とは名ばかりの最新鋭機だ。
これは、その記念すべき一機目であった。
情報を取りつつも順次、陸戦型ザクⅡは陸戦高機動型ザクに改修していく予定になっている。
「アルマは新型だって素直に喜んでいたよ」
「厳密には新型じゃなくて改修機だけどね」
「別物だよ。陸戦型は装備をオミットしてるだけだが、コイツは地上用に最適化してあるんだからね」
イルメラ軍曹が陸戦高機動型ザクの爪先を、手でパンと叩いてみせる。
貴重な一機目がノイジー・フェアリー隊に与えられたのは、偏に本隊が北米方面軍で最も戦果を上げている部隊である為だ。本来はキリー少佐の搭乗機になる予定であった。しかし七日間戦争からルウム戦役、地球降下作戦に至るまで全ての軍事行動に参加していたキリー少佐の機体は、通常のセッティングから逸脱してしまっている。自分ではモデルケースに成り得ないと主張し、部下のアルマ・シュティルナー少尉に譲った。
「惜しかった、って思ってるんじゃないかい?」
イルメラの言葉に「ええ、そうね」と端的に返した。
現地改修による純粋な性能向上版。惜しくなかった、と言えば嘘になる。まだ完成もしていない機体に不安を抱いていなかった訳でもない。しかし自分の信頼するイルメラが手ずから改修した機体である。そのイルメラが太鼓判を押しているのだから不安よりも期待の方が大きくもなる。
それでも、この機体に相応しいのは自分ではなかった。
「……ねえ、イルメラ。ニュータイプって、信じるかしら?」
「あの眉唾もんの事かい?」
「そうね、眉唾もんよね」
キリー少佐は苦笑する。そして隣に立つ自分の愛機を見上げる。
彼女の機体は、開戦当時から使っているザクⅡを改修した陸戦型ザクⅡだ。ノイジー・フェアリー隊のカラーリングである紫と白に塗装し直してあり、右肩に妖精を模した当隊のエンブレム。左肩にキリー少佐個人を表す、人の横顔にハーピーを模したエンブレムを付けている。
彼女の二つ名であるキラーハーピーの異名は、連邦軍の将兵を震え上がらせる名の一つだ。
「数日の内に出撃するわよ」
「……なら調整を急がないとね」
イルメラ軍曹には戦術や戦略、政治が分からない。
故に多くを問わず、与えられた役割を熟す事に専念する。
キリー少佐は人知れず、下唇を噛んだ。
◆
キリー・ギャレット少佐、元は突撃機動隊に所属するモビルスーツパイロットである。
本国教導大隊に所属していたハンナ教官と共に、アサクラ大佐の下でマハル出身の無法者を鍛え上げる事で海兵隊を築き上げた。七日間戦争の時はアサクラ大佐の指揮下で海兵隊とは別のモビルスーツ部隊を率いて参加する。しかしブリティッシュ作戦の途中、不祥事を起こしたアサクラ大佐は降格となった。キリー少佐の身柄は、キシリア少将の指揮下に戻されるも、何も知らないままコロニー落としに参加させられていたかも知れない。という不信感からキシリア少将の命令を聞けなくなっていた。
これ程のパイロットを休ませておくのも惜しい。とドズル中将の仲介によって「地球降下作戦に従事するガルマ大佐の助けになって欲しい」と半ば強引に宇宙攻撃軍に転属。後、ガルマ大佐の指揮下に放り込まれる。キシリアは御立腹であったが、ドズルに幾つか融通させる事で留飲を下げた。
地球降下作戦の前、
突然の配置転換であった為、ガルマはキリーに率いる部隊を用意できなかった。ガルマは地球降下作戦の後に部隊を用意すると約束したが、キリーは自分で部下を集めても構わないかと問い掛ける。ガルマは自分が融通を利かせられる範囲であれば、と承認する。
キリーには、何名か当てがあった。
ブリティッシュ作戦の際、コロニーを制圧する時に作戦で一緒になった狙撃手の少女が居た。名前と生年月日を覚えている。そしてニュータイプ研究所と呼ばれるものがある事を最近知った。そこでは何人もの子供が監禁されている。今はまだ非人道的な実験はしていないというが、きな臭い話があるのも事実だ。実験の為に少女をカプセルに入れたまま、宇宙に放り出した事もあるらしい。聞いた話だ、確証はない。
だけど、私は良い事をしたかった。自分は善い人でありたかった。政治と謀略が渦巻く中で、救いになる光を欲した。これは、ただのエゴで自己満足に過ぎない。研究所で監禁されている少女が居るのであれば、外に連れ出してやりたかった。その結果として、子供を戦争に駆り出すのだから救えない。それでも一生、研究所で実験動物にされるよりも戦争してでも外に出してやった方が結果的に幸せになれると信じた。そうして連れ出したのが、アルマ・シュティルナー少尉になる。
狙撃手の少女を受け入れたのも、その生い立ちに同情した部分が大きかった。
イルメラ軍曹は、突撃機動隊時代から世話になっている専属の整備士だ。最後に事務仕事ができる人間を求めて、ガルマ大佐に相談した。そうして送られてきたのがバルバラ・ハハリ中尉になる。
そうしてノイジー・フェアリー隊が結成される。
◆
北米大陸の某所、巨大な倉庫の中でモビルスーツが寝かされている。
「機械弄りが好きだっただけで整備士という訳じゃないんだけどな……」
僕は、鹵獲したザクⅡを点検しながら愚痴を零す。
点検といっても実際に整備出来ているかなんて怪しいもんだ。何故なら僕はバイクを弄る程度が精々でモビルワーカーのマニュアルを片手に軍用モビルスーツを弄っているのである。ザクⅡの名称が分かったのはコックピットの中に操縦マニュアルが置いてあった為、簡単な手入れの仕方は書いてあっても本格的な整備の仕方まで書いてある訳じゃなかった。なので、ほんのお守り程度の効果しかなかった。
ついでにいうと僕は民間人である。
天が割れてコロニーが落ちて、地を割った。神話時代にある天地創造かって話が現実に起きて、その時の残骸が僕が住んでいた町を燃やし尽くす。仕方ないので近場の連邦軍の拠点に避難しようとすれば、その拠点が公国軍の手に落ちていた。幸いにも拠点から逃げ出した連邦兵に拾われて、だけど巨大な人型ロボットに襲われて──なんやかんやあって、ドラケンEに乗った連邦軍将校である二人の少女に救われる。
階級は共に少尉だと言っていた。
「どうですか?」
粗方、点検を終えて、休憩をしていると不意に声を掛けられる。
振り返れば、少尉の片割れである短い金髪の少女が立っていた。
「どうぞ」とコップを手渡される。紅茶の香りと湯の温もり、渋みのある味にホッと息を零す。
彼女はエリス、エリス・クロードと名乗っていた。
年齢は19歳との事だが、もう一人の少尉であるメアリーよりも接しやすかった。
メアリーの方が背が小さいのに、エリスの方が近しく感じられる。
「とりあえず駆動部の掃除だけはしておきましたけど、細かいことまでは分かりませんよ」
「……まあ仕方ないわね」
「設備は勿論、僕にはロボットを弄る知識もありませんしね」
下手に触って壊したくもなかったので、本当に気持ちだけだ。
やらないよりはましって程度の話。これで事故を起こしても知りませんからね。と紅茶を啜る。
エリスは文句も言わず、ただ困ったように笑みを浮かべるだけだった。
僕達を指揮しているのは、もう一人の少尉。メアリーという女性である。
トラックで逃げていた連邦兵の中に彼女よりも階級が高い人物が居なかった事もあるし、まともに作戦を立てたり指揮を執ったりできるのも彼女だけだった。そして目の前の彼女、エリスがメアリーの下に付いている事も大きい。メアリーが部隊の指揮を執ると云った時、反発した連邦兵の腕自慢をエリスは片っ端から叩き伏せる。千切っては投げ、千切っては投げを繰り返し、反対の声が上がらなくなった頃合いでメアリー少尉が、ゲリラ戦を行う事を皆に伝える。
そうして最初の三日間に限り、部隊を抜ける事を彼女は許した。
結局、半分以上が部隊を抜けてメアリー少尉の下に残ったのは十余名になる。
民間人である僕が部隊に残ったのは、逃げて行った連邦兵に付いて行っても良い待遇が受けられるとは思わなかった為だ。少なくともメアリー少尉は、僕がザクⅡの整備をしている限りは衣食住を保証してくれる。他の兵士と比べて、食事の量を減らされる事もない。それに僕は、故郷を壊した公国軍に媚び諂うような真似はしたくなかった。
だから僕は、公国軍の支配下で生き続けるのであれば、軍隊に身を寄せている方が数倍マシだと考えた。
「シェルド。あれは、動かせる見込みはありそうなの?」
エリス少尉がザクⅡの隣に置かれたモビルスーツを見上げた。
戦車の履帯にザクⅠの上半身を乗っけた形状。実際、マゼラ・ベースにザクⅠの上半身を乗せた代物ものであるようだ。正式名称はザクタンク。少し点検してみた感じ、戦闘用ってよりも後方支援の作業用に近い雰囲気を感じ取った。
メアリー少尉が奇襲を仕掛けた際、履帯が壊れて乗り捨てられていたのを持ち帰った機体である。
「動かせない事はない、って感じかな」
僕は歯切れ悪く答える。
モビルスーツの基礎知識のない僕に断言出来る事なんて、あるはずもない。
年齢は逆鯖して18歳だとメアリーに申告してるけど、
実際には、まだ15歳の学生だった。