ありがとうございます。書くモチベーションになります。
誤字報告も大変助かっています。
個室のベッドで枕に顔を埋めている。
ガンダムを格納庫に搬入した後、個室に押し込まれてしまった。部屋の鍵は開いているので監禁されている訳ではなかったのだけど、今はもう色々な事が同時に起こり過ぎて何もする気が起きなかった。個室に連れていかれる時、僕は父を呼んで欲しいと言った。技術士官である父の名を知っている人は居たけども、誰も父の姿を見ていなかったようで近場の人と互いの顔を見合わせるだけだった。
周りの空気が重くなるのを感じ取り、父の生存に希望を持てない事を察する。
それで何もやる気が起きなくなった僕は、図体の大きな男に引きずられるように個室まで連れて来られた。大人しくしているんだ、と言われたけども、その後、僕には誰も会いに来なかった。戦闘が起きたのを知ったのは、大きな爆発が部屋を揺らした時だ。外が騒がしくなったけど、僕はベッドの上で突っ伏したままだった。
死体でもあればまだ悲しむ事も出来たかも知れない。だけど、父の死体は見つからなかった。おかげで肉親を失った実感が湧かないままでいる。自分の心との向き合い方も分からなかった。
そうして僕は今の今まで不貞腐れるようにベッドで横になっていた。
しかし、何もしていなくても空腹にはなる。
ぐうっと腹の虫が鳴いたので、ちょいと摘まめるものが欲しくて部屋を出る。
艦内を歩き回っている内に格納庫に出てしまった。
格納庫にあるモビルスーツの数が想像していたよりも多かった。
ガンダムタイプは二機だけのようだ。僕が乗ったガンダムとは別に全身が黄色に塗装されたガンダムがある。装甲にはグリッド線やターゲットマークが残っている、まるで試作機というよりも試験機のようだ。
その白と黄の二機のガンダムを前に軍服を着た二人の若い男が話し合っていた。
なんとなしに近付いてみる。
「う~む……確かに俺はパイロットだが、モビルスーツではなくて戦闘機の方だぞ?」
「そんなの僕も一緒ですよ。ガンキャノンのシミュレーターを何度か触った事がある程度ですよ」
「俺はガンキャノンすらも扱えねえよ。重機感覚でなんとかガンタンクを動かせるくらいだ」
二人はガンダムに乗りたいようだ。
しかし難航もしているようで共に頭を抱えてしまっていた。
これ見よがしに二人の背中を通り過ぎる。
片や僕を部屋に押し込んだ時の軍人だ。
お腹が空いたなあ、と素知らぬ顔で格納庫を後にした。
◆
パオロ中佐が意識を失った。今は医務室に運び込まれており、安静が必要だと言われている。
つまりは今、本艦の全責任は艦長代理である俺の肩に圧し掛かっていた。艦長席に腰を下ろし、周囲をチラリと見る。民間人と補助員だけの艦橋、相談できる相手は居なかった。自分の判断だけで与えられた難局を乗り越えなくてはならない。
俺は少し考え込んだ後で「状況を整理する」と周囲に問い掛ける。
「先ず敵艦は特別仕様のムサイ級軽巡洋艦……まあ連装メガ粒子砲とミサイルを詰め込んだ戦闘艦が一隻。ユウ少尉から得た情報から相手の大将がシャア・アズナブル少佐という所までは分かっている」
ルウム戦役で赤い彗星と呼ばれた男だ、と付け加える。
「赤い彗星って?」と民間人の一人、ミライが聞き返したので「ルウム戦役で連邦軍をコテンパンにした憎き英雄だよ」と簡単な概要だけ伝えておいた。ムサイ級のモビルスーツの搭載数は6機、詰め込んでも7機が限度だ。サイド7での戦闘で6機のザクの撃破を確認しているので、残りはシャア自身が乗る赤色のザクだけだ。
此処で俺は周りに話を振る。
「大きな損失を被った時、相手はどう出ると考える?」
艦橋員の皆が一度、閉口した後にオペレーターの二人が発言する。
「撤退か、戦力補充の二択では?」
「別部隊に引き継ぎも考えられるな」
「なるほどな」
と俺は二人の意見に頷き返して「多少の猶予はある訳だ」と皆に言い聞かせた。
「我々の任務は、この新型艦と新型機をジャブローまで輸送する事だが大気圏を突破する時に燃料を使い切っている。本来はサイド7で補給を済ませる予定だったのだが、敵の襲撃を受けて、新型機の搬入が精一杯で補給物資を僅かしか詰め込めなかった」
地球に降りたいのはやまやまだが、と前振った上で話を続ける。
「先にルナツーに向かうのは決定事項だ。補給は受けなければ、地球に降りる事も出来ない」
「しかし」とオペレーターの一人が口を挟もうとした。
「分かっている。戦力補充を済ませた赤い彗星を相手に二度も切り抜けられる幸運を私も期待していない」
交戦後、自分達の行く先を確認したムサイ級は姿を晦ました。
すぐに逃げ出さなかった辺り、あの時点ではまだ新型艦を諦めた気配はない。
たぶんまた攻撃を仕掛けてくるはずだ。
命の掛かった戦場における希望的観測は死を招く、同級生との演習が脳裏に過ぎる。勝った、と思った直後に戦局を引っ繰り返されることが何度もあった。
戦場では常に身構えているくらいが丁度良かった。
「相手の補給作業中に奇襲を仕掛けるのが後々の事を考えれば、一番良さそうだが……」
ルナツーに逃げ込んだとしても万全の態勢を整えたシャアとは戦いたくない。
シャアが撤退した後、別の部隊が来るにしてもシャアがモビルスーツを六機も失った相手だ。次に来る部隊も厄介な相手になる事は目に見えているし、単純に戦力を増強してくる可能性も高かった。
いずれにせよ、時間は掛けられない。
「わざわざ自分から戦闘を仕掛けるなんて……先に私達を降ろしてからでも良いのでは?」
操縦桿を握るミライが口を挟んだ。
それを聞いた連邦軍に所属する人間が顔を俯ける。今、俺の考えは軍人の理屈だ。戦争は軍人同士で勝手にやってくれって民間人の彼女達が考えるのも理解できない話ではなかった。
しかし、シャアの対処に関しては彼女達も無関係では要られない。
「……ルナツーで君達を保護する事は、恐らく不可能だ」
「何故?」
「宙域の大半を公国軍の支配下に置かれた今、ルナツーの物資は地球に依存している」
昨日まで地球とサイド7を繋ぐ定期船が出ていた。
これはサイド7を維持する為の物資の輸送という事になっている。実際には、ルナツーに物資を届ける為の中間拠点。民生用と偽装した補給艦がサイド7まで輸送した後で、改めてサイド7からルナツーまで物資を送り届けている。今でも地球から来る物資を頼りにしている状況だ。サイド7を失った今、更に物資が不足していく事になる。
今のルナツーに避難民を受け入れてくれるキャパシティがあるとは思えなかった。
「軍は勝手なのね」
ミライの拗ねるような物言いに小さく息を零す。
「規律がない軍は暴徒やテロと一緒だよ」
「民間人を守るのが軍の仕事ではなくって?」
「その通りだ。だから私達も今、こうやって頭を悩ましている」
「降伏してしまうのは?」
「コロニーを落とした連中だぞ。次はサイド7が落とされなきゃ良いな」
「それは南極条約で……」
「条約がなければ、毒ガスやコロニー落としを許容する連中だがな」
ちょっとした口論を交えてミライが押し黙る。
実はもう既にジャブロー基地では、量産型モビルスーツの量産が進められていた。しかし今は先行生産型と呼ばれるジムはまだ未完成だ。ガンダムの教育型コンピュータに溜め込んだ情報をジャブローまで送り届けて、ジムにフィードバックする事でV作戦における量産型モビルスーツの開発は達成となる。
逆に云うとジムは九割方、完成していると言い換えても良い。
ガンダムは残り1割を埋める為のものである。究極的な話、ガンダムがなくても困るだけだ。それ以上にモビルスーツ用携行ビーム兵器の技術が公国軍に流出する方が問題だった。新型機の情報が公国軍の手に渡る前に、新型艦諸共爆破する必要がある。何故ならホワイトベースは、V作戦に関する機密の宝庫でもある為だ。
無事に地球まで降りてからでないと民間人の処遇も決められないのが現実なのだ。
(連邦軍から見た我々は無事に戻れば上々、撃墜されても及第点。降伏して鹵獲される事を最も恐れている)
世知辛いね、と俺は周りには気付かれない程度に溜息を零す。
「ジオンの艦です! 大きいです!」
話が行き詰った頃合いでオペレーターが敵影を察知する。
早いな、と思わず零す。サイズと形からパプア級補給艦と断定。開戦前まではミサイル艦として運用されていた本艦だが、ミノフスキー粒子頒布下におけるミサイル艦の価値暴落に伴って補給艦に改修された艦艇だ。元々が大量にミサイルを積み込む設計になっていた為、戦闘艦を転用した補給艦とは思えない積載能力を有していた。あれならモビルスーツの輸送も簡単だ。
つまり、相手は引き続きシャアが務めるという事だ。
戦力を万全に整えた彼と戦いたくはなかった。
「奇襲を仕掛ける」
俺の呟くような決断に「本気で?」とミライが問い返す。
「本気だとも、今なら敵はシャアの一機だけだが後になるとザクが三機以上になる。私達が使えるまともな戦力がガンダム一機しかない以上、敵は少数の内に叩いておくに限る。最悪、ムサイ級に傷を付けるだけでも良いんだ」
公国軍が立て直す前にルナツーで素早く補給をし、地球に降りる。
恐らく、これが生存する確率が最も高い選択だ。
格上相手に受け身になると負ける。
それは士官学校時代、嫌になるほど痛感させられてきた。
「相手の補給中に奇襲を仕掛ける! ユウ少尉にガンダムをスタンバらせるんだ!」
見えてる未来を辿る必要はない。
生き残る為には、何処かで勇気の一歩を踏み出さなくてはならないのだ。
それが今、この時であると信じて指示を出す。
◆
また艦内が騒がしくなってきた。
適当な場所に置いてあった栄養補給液を盗み取り、口に含みながら周囲を観察する。軍服を着た人間の話に耳を澄ませているとまた戦闘が始まるとの事だ。今度は自分達の方から仕掛けるのだとかなんだとか、避けられる戦闘は避けた方が良いと思うのは僕が軍事の素人だからか。少なくとも民間人を乗せている艦艇のやる事ではないと思う。まあ、そんな事を愚痴った所で何も変わりはしない。
小窓があった、外を見る。何処までも宇宙が広がっていた。
地球で暮らしていた頃は、よく夜空を見上げては星に手を伸ばしていた。
視界一杯に映る星々の中に人類が作ったコロニー群がある。と初めて聞いた時は実感が湧かなかった。地球で暮らす五倍もの人間が宇宙で生活を営んでいる。本当に幼い時、西暦以前の絵本を手に取った事があった。月には兎がいるという話だ。物心が付いた時には、月に人類が生活圏を築いている事は知っていた。それでも夢があると思った。僕は男だったので、そんなメルヘンな考え方は恥ずかしいって、すぐ思い返す事になったけど。宇宙に無限の可能性を感じる気持ちは、なんとなく理解できた。
未知は恐怖ではなくて、可能性なのだ。可能性は、そのまま希望でもある。
ノーマルスーツを着た軍人が増えつつある中で、誰も僕の事を気に留める人は居なかった。
余裕がないと言い換える事も出来る。艦内の空気がピリピリとしてきた。
僕も個室に戻った方が良いのかも知れない。
そんな事を考え始めた頃、小窓から離れようとした時に後ろ髪を引かれる思いを抱いた。
振り返る。小窓の外、目を凝らしても何かが見える訳でもない。
「……なんだ、この胸の騒めきは…………」
嫌な予感がする、星々の煌めく暗闇の遥か遠くから何かが迫りつつある。
そして、ふと格納庫での若い軍人たちの会話を思い出した。
「もしかすると今、この艦には予備のパイロットが居ないのか?」
パイロットが居るのであれば、最優先でガンダムに配備されるはずだ。
しかし、二人のパイロットはガンダムに乗る事を諦めていた。まるで技量が足りていれば、搭乗出来る事が当たり前のように話していた。どっちが乗るかで押し付け合っている風でもある。つまり、それは、ガンダムの正規パイロットが今、居ないという事ではないか? いや、一人居る。黄色い方のガンダムに乗っていたパイロットだ。
だが彼は今回の作戦で出撃する事になるはずだ。
「……このままだと不味いんじゃないか?」
この予感は、無視する事も出来た。
だけど、拭い切れない不安。確信にも似た直感、そして死の恐怖。
この新型艦には、父親は居ないかも知れない。
だけど、フラウ・ボゥが生きているはずだ。
別に好きじゃないけどカイやハヤトも乗っている。
最早、戦争は僕とは無関係ではなかった。
「どうせ、戦闘が起きるのなら何処に居ても一緒なんだ」
杞憂であれば、それで良い。
僕は、いざという時にすぐガンダムに乗れる場所で身を潜める事にした。
ガンダムに乗れるのは僕だけなんだ。
「僕が一番ガンダムを上手く使えるんだ……!」
傲慢とも取れる責任感が、僕に一歩を踏み出させる。
無根拠な直感頼りの推測、ならば無鉄砲なくらいが丁度良い。
予備のパイロットが居るのであれば、
それはそれで僕が身を引けば良いだけの話だ。
杞憂に済めば、それが一番なのだ。
ミライの立ち位置の変化は、原作以上にブライトが軍人然としている為。