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改ザンジバル級機動巡洋艦リリー・マルレーン。
公国軍が誇る精鋭部隊、海兵隊を有する艦艇がサイド7の近場にある隕石群で潜伏する。
V作戦の全容がルナツーの近辺にあるという情報を掴んだ彼女達は、サイド7以外から情報を得る為に息を潜めて諜報活動に勤しんでいた。普段は必要最低限の出力に留めている動力炉だが、今は出力を高めている。数週間ぶりに吹かしたスラスターに当部隊の技師達が各種の点検に忙しなく動き出している。
その状況でリリー・マルレーンの側部からカタパルトが出現する。片手と片脚だけのレール、ハッチの中から黄金色に塗装されたヅダが姿を現す。先ずは左足をレールにセットし、取っ手を左手で握り締める。エースパイロットにパーソナルカラーが認められた公国軍の中でも一際、主張が激しい機体の操縦席に座っているのは見た目が幼い少女であった。
少女は久し振りの出撃に何度も操縦桿を握り締め直している。
『ゼロ少佐、出撃の準備が整いました』
通信用モニターに眼鏡を掛けた少女が映し出される。
彼女は真剣な顔付きでパイロットの幼子を見つめていた。
ゼロ少佐、と呼ばれた少女は通信用カメラに親指を立てる。
「何時もありがとね、ミア。貴女のおかげで今日の私も絶好調だ!」
バイザー越しに満面の笑顔を浮かべる少女にミアは、気恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
薄暗い操縦席、専用に誂えた椅子。彼女のお尻の形にフィットする特注品のクッションで座高を高くしてあり、ペダルの位置も彼女の体躯に合わせて高めに調整されていた。操縦桿の位置も、スイッチの配置も彼女が扱いやすいように工夫が為されている。ヅダ本体もまた彼女専用のセッティングが施されていた。
海兵隊の上官でもある彼女の出撃に、艦橋員も硝子越しに手を振る。
『やっぱり一機だけでも随伴させた方が良いじゃないかい?』
通信機から女性の渋い声が聞こえる。
モニター映ったのは190センチメートルを超える体躯の女性、彼女の名前はシーマ・ガラハウ大尉。本艦の艦長であり、ゼロ少佐の手足として動く海兵隊の隊長でもある。
シーマ大尉の提案にゼロ少佐は首を横に振った。
「にぃにから援軍要請が入るのって相当でしょ」
『だから万難を排する意味でも随伴機は必要じゃないか』
「それじゃあ間に合わないかも知れないからね」
足手纏いになるから要らない、と言外に伝える少女にシーマは肩を竦める。
シーマ自身が付き添う事も提案したが「流石に艦長まで離れるのは不味いでしょ」と断られている。ゼロ少佐と呼ばれた少女の腕は信頼している。しかし戦場では万が一がある。シーマ大尉の不安を余所に「早く行かなきゃ」とゼロ少佐が出撃を急かした。
見守る事しかできないシーマ大尉は深く息を零す。
『ちゃんと帰ってくるんだよ。あんたが死ねば、私達も居場所がなくなるんだ』
「もっと素直になっても良いんだよ? 私の事が心配だって」
『五月蠅いよ。さっさと赤い坊やを助けてやりな』
「うん、行ってくる」
ありがと、と笑う少女にシーマ大尉はカメラから顔を背ける。
俯いたシーマ大尉が必死に緩む口元を堪える姿を、隣に立っていた副官のデトローフ・コッセル大尉がしかと目に焼き付ける。通信用モニターの画面越しにコッセル大尉が脳天に拳を叩き込まれる姿を見たゼロ少佐は、くすりと笑ってペダルを踏む足に力を込める。
カタパルトの射出するタイミングはパイロットに任意で選べた。
「プロト・ゼロ少佐! 出撃するよ!」
カタパルトより射出、初っ端から最大速度。姿勢制御用のスラスターを小刻みに吹かして、黄金のヅダが隕石群を擦り抜ける。ほんの僅かな隙間を見つけて機体を滑り込ませる縦横無尽な機体捌きに彼女を見届ける艦橋員は感嘆を零す他にない。躱すだけではない。推進剤を節約する為に小粒な岩屑は左肩の盾で鋭角に受け流し、手頃なサイズの岩屑を機体の上下を反転させてから蹴って軌道を調整する。その変態的な軌道は彗星と呼ぶよりも得体の知れない何かだった。
「何時見ても凄いですね……」
艦橋から眺める黄金の軌跡。ほうき星のようにスラスターの残影を残すヅダにミア技術少尉はキラキラと目を輝かせる。精鋭と謳われる海兵隊のモビルスーツ乗りは、掛け離れた実力の違いに呆れ果てる他にない。
「あんな速度で飛ばれちゃあ誰も付いてけないよ」
自分勝手な大将にシーマ大尉は複雑な感情に深く息を零すのだった。
◆
改ムサイ級軽巡洋艦ファルメルが連邦軍の新型艦を追跡している時の事だ。
パプア級補給艦から通信が入る。通信回線を開くと通信用のモニターに白髭を蓄えた還暦間近の老兵が映し出された。「ガデム大尉、急な要請によく応えてくれた」と私が部下共々敬礼を以て出迎える。
我々の対応に彼はこそばゆそうに眉間に皺を寄せる。
『楽にしてくれんかね、しがない老兵に尽くす礼ではない』
それに貴殿の方が階級が高いではないか、彼は苦笑しながら敬礼を取る。
『おべっかを使う為に儂を呼んだ訳でもあるまい。早速、補給を始めるぞ』
「はッ! 座標をお送りします」
通信手に指示を出し、暗号化した座標をパプア級補給艦に送信させる。
ガデム大尉。ジオン公国が共和国を名乗っていた時代から前線に立ち続けた老士官だ。
長い軍歴を誇るベテランであり、反ザビ派運動の討伐にドズル中将の下で将兵を率いた経験を持っている。新技術に対する食いつきが良い人物でもあり「これからの時代、前線指揮に携わる者はモビルスーツの一機も動かせるようにならんとな!」と、あと数年で年金暮らしに入る高齢でモビルスーツの適性試験に合格し、若者に交じってモビルスーツの訓練に参加するスーパーお爺ちゃんでもあった。
その後、短い期間ではあるがモビルスーツ部隊の指揮も執っている。
そんな彼も寄る年波には勝てなかった。前線に立ち続ける気概があっても身体の方が衰えてしまった。部隊を指揮する時に周りが自分に合わせて休憩を取る場面が目立つようになる。これを自覚したガデム大尉は後方への転属願いを出す。これがあっさりと受理される。ドズル中将は、ガデム大尉に教官をやらせたいと考えていたが、後方で前線に立つ将兵を支えたいというガデム自身の強い希望により、旧型のパプア級戦艦を改装したパプア級補給艦の艦長に任じられる。
前線基地から戦場の真っ只中まで物資を配送する。
時には補給艦を狙ってくる敵艦を愛機のザクⅠで追い払う活躍を見せる事もあり、今もなお宇宙全域を飛び回る運び屋として活躍し続けるハイパーお爺ちゃんであった。
特急便ガデムは公国軍でも屈指の人気を誇る老舗なのだ。
『座標を受け取った。合流地点まで速やかに移動する』
「先に目的地まで移動し、窪みにミノフスキー粒子を散布しておきます」
『うむ、溺れないように気を付けなければ』
戦争も変わったな。と彼は感慨深く零す。
「まだ近場に木馬も居るので気を付けてください」
『ルナツーに向かったのではないのか?』
「そう見せているだけの可能性もあります」
今、ファルメルに残されたモビルスーツは自分のザクが一機だけだ。
自分が斥候に出てしまうとファルメルを守る存在が居なくなる為、斥候に出せるモビルスーツが用意出来なかった。『いざという時は儂も出てやろう』とガデム大尉が豪快に笑って通信が切られる。私は、小さく息を零した。今でこそ特急便ガデムの名で知られる彼は、実父であるジオン・ズム・ダイクンが暗殺されて以後、混乱期にあったジオン公国を最前線で守り続けた英雄の一人。幾度と修羅場を潜り抜けた古兵特有の雰囲気を纏っている。
赤い彗星と持て囃される自分であっても緊張せざる得なかった。
「近くにガデム大尉が居てくれたのは有り難かったな」
彼の世話になるのは一度や二度ではない。
私のように特別任務を受ける者にとって、特急便ガデムの存在は大きかった。
木馬がルナツーの方角に移動しているのを確認し、
嫌な予感がするも、補給を受けねば交戦も出来ぬと合流地点まで先行する。
小惑星の窪みをミノフスキー粒子で満たし、
窪みの底にファルメルを潜ませる。
後はガデム大尉を待つだけだ。
彼が率いる部隊は、補給作業が素早く手慣れている。
また職人気質のガデム大尉は煩わしい政治を嫌っており、余計な賄賂や駆け引きを必要としない面倒の少なさもまた特急便ガデムの人気の秘訣である。かといって融通の利かない訳でもない。頼めば、それが必要な事であれば、融通を利かせてくれる柔軟性を持ち合わせている。補給が足りない可能性を考慮し、申請した量よりも多めに物資を持っていくのもガデムであれば、明らかに申請する物資の量が多い場合は、相手の状態を確認してから渡す物資の量を調整する腹芸を見せる事もある。
彼は老人特有の頭の固い人間ではなく、誤魔化しの効かない人間であった。
故に私は彼に対して、ちょっとした苦手意識を抱えている。
悪感情はない、ただ苦手だった。後ろめたい事がある訳ではないが、失敗をした時に誤魔化せない相手というのはそれだけで気が張るものだ。真面目に仕事を熟しているつもりでも、自分では気付けない粗を見つけるガデムの目を少なからず恐れていた。尊敬している。彼の経歴は勿論、現在の仕事ぶりも称賛に値する。私個人としてもガデムには好感情を抱いていた。
しかし、それとこれとは話が別なのだ。
「ドズル中将を相手にしている時の方がまだましだな」
「……彼を前にすると嫌でも緊張します」
ポツリと零した一言を、隣に立つドレン中尉は聞かなかった事にしたようだ。
◆
ファルメルとの通信を切った後、ガデム大尉は苦笑する。
赤い彗星と呼ばれる程の男であるにも関わらず、前線を退いた自分に敬意を払う謙虚さにガデムは好意を抱いていた。彼は自分の事を恐れているようだが、ガデム自身は彼の事を彼が思っている以上に評価している。
ガデム大尉は上機嫌に、操舵手へパプラ補給艦の舵を合流地点の座標に合わせさせる。
彼は、自分が古いタイプの人間だと自覚している。
彼が若かった頃はまだ公国軍の士官学校などなかった時代であり、戦場を這いずり回る事で今の地位を得た叩き上げの軍人である。まともに戦術を学べなかった彼は必然的に感覚でものを語る精神論者であり、今時の若者とは反りが合わない気質である事も分かっている。
ギレンとキシリアは彼の事を、昔のやり方しか知らない古い人間だと一蹴する。
しかしドズルだけは彼を評価している。というのもドズルが彼の愛弟子であった為だ。18歳の時から戦場で指揮を執っていたドズルを隣で支えていた副官の内一人がガデムであった。現場の兵士が何を考えており、何の為に戦い、何を上司に求めているのかをドズルに教えたのも彼である。その為、ドズルは彼の有用性を理解しており、当時、尉官ですらなかった彼は40歳を超えてからドズルに引っ張り上げられる形で大尉となっている。
本当は佐官まで引き上げる予定もあったのだが、それはガデムの方から断りを入れた。
元より自分は船乗りではない。艦一隻を動かすのにも苦労しているのに艦隊指揮なんてできんよ。との事だ。
ガデムはなんでも自分で熟すようになるスーパーお爺ちゃんではあった。
それ故に人の上に立つ才覚には恵まれていなかった。教導も人並み以上にできる。しかし自分が、その程度の人物であることを彼自身がよく理解していた。ドズルは士官学校の教職に就くことも進めたが、それもまたガデムは断りを入れた。叩き上げの軍人である彼は、自分の能力を言語化する術を知らない。基本は見て覚えろなのだ。
彼は現場で生きる人間であると同時に、現場でしか生きる事ができない人間だと思い込んでいる。
だから当然、死ぬ時も戦場だと決めていた。
「まあ後方の補給部隊では、死に場所もないと思うがね」
老兵は死なず、ただ消え去るのみ。
もし仮に自分が死ぬことがあれば、後進の者を生き永らえさせる為が良い。
ガデムにとって、その相手はドズルだった。
幸か不幸か彼は今日まで死なずに生きている。
このまま死なずに戦争を終えた時は、戦場とは全く別の生き方を模索する事を考えた。退職金と年金で悠々自適な老後でも送ることができれば上々だ。それでも最後は独り寂しく死ぬ事になるはずだ。妻子がいれば話も変わるだろうが、天涯孤独な生き方をしてきた自分には生き永らえる理由もなかった。だから戦場で死ぬ事に未練も抱えている。隠居した後で何も残せない人生が待っているのであれば今、誰かの身代わりに死ぬのも良い。
あとはまあ、単純に老後の事を考えるのは、陰鬱とした気持ちになるのもある。
「それにしても赤い彗星が任務中に補給を欲しがるとはなあ」
ガデムは自分の顎を撫でる。
赤い彗星と云えば、公国民の誰もが知っている国民的英雄だ。まだ二十歳と若いがベテランを自称する四十路の連中よりもシャアの方がよく仕事を熟すし、頼りに出来る。彼は素直に好意を口にする性根をしておらず、目を掛けている分だけ他よりも厳しく接する性格をしていた。このガデムの心情を察するには、シャアはまだ若すぎる。ガデムは、前線に立つ老兵は若者の道標に、前線を退いた老兵は若者の尻拭いをするのが仕事だと合流地点に急いだ。
ドズル中将から預かったザク一機とヅダが二機。そして男女のヅダパイロットが格納庫に控えている。
「ニムバス准尉、ペッシェ准尉。仕事だ、戦闘になるかも知れないから何時でも出撃できるようにしておけ!」
通信機越しの言葉に「了解!」と威勢の良い返事が返って来た。
ニュータイプ研究所から派遣された二人のパイロット、二人の傍には何時もハロが転がっている。
ハロにはモビルスーツの操縦をアシストするAIが組み込まれているとの話を思い出し、
ガデムは、時代が変わったな。と感傷に浸るのであった。