ありがとうございます。書くモチベーションになります。
誤字報告も大変助かっています。
もし私が完璧な一日の過ごし方ってのを語るのなら、こんな感じの始まり方が良い。
冷蔵庫に入っている果汁100%のオレンジジュースをコップ一杯に飲み干して、今日もまた酒場の舞台に立って集まっているお客様に魂を叫ぶんだ。盛り上がるかどうかなんて気にする必要はない。私の歌に興味のある奴は耳を傾けてくれるし、場が盛り上がれば、自然と気分も楽しくなってくるってもんだ。ズム・シティの末端にあるようなしがない酒場に集まる連中なんて、そんなもんだ。私は私の好きなようにやって、皆も皆で好きで此処にやってくる。机をバンバンと叩いて、今、此処は最高に熱いライブ会場となっている。
イカしたバンドメンバーとハイタッチを交わして、今から始まる熱狂をワン・ツー・スリーってな具合に始めちゃうのだ。
「ウィンズ! ウィンズ! ワン・ツー・スリー!」
月に一度、送られてくるアルテイシアの手紙が四十通を超えた頃の話。
私はお父さんの旧友であるクランプが運営する酒場で日々を暮らしており、学校にも行かず、夜に酒場の手伝いをする事で生計を立てている。お父さんは働かずに学校に行けっていうけども、この心を読める能力のせいか小学生程度を相手にするのは面倒で疲れる。まあ私にとっての異性の基準がお父さんかドズルだし、この二人と比べるとキャスバルだって子供っぽく感じてしまうのだから仕方ない事ではある。私が可愛いのは分かるけど、せめてキャスバル程度の知性を身に着けるか、アルテイシアのように純粋で真っすぐな心を持ってから来て欲しいものだ。
それに自分で自由に使えるお金は確保しておきたかったのもあるし、勉強はクランプとお母さんが教えてくれるので今んとこは困っていない。
おじさま好きになってしまった私の恋愛模様に関しては、二十歳を過ぎるまでお預けになりそうだ。
キャスバル達が地球に行ってから三年余り、色んな事が起きた。
先ずジオン共和国は、ジオン公国に名を改めた。公王はドズルの父親であるデギンが務めており、ザビ家の独裁体制を築き上げている。若いダイクン派の人間はお父さんが取りまとめており、血気盛んに武力で反発するダイクン派の人間はドズルが積極的に排除し続けている。このザビ家の手腕に関してクランプは「思っていたよりも血が流れなかった」と悔しいような、ほっとしたような顔で言っていた。
お父さんがザビ家の人間に与している事もあってか、内心では複雑な色模様をしている。
週に一度、塔住まいのアストライアに顔を見せに行っている。
ローゼルシアはキャスバルとアルテイシアが連れ去られてから数ヶ月程度で死んでしまったけど、あの後ローゼルシアとは一度だけ顔を合わせた事がある。覇気のない顔をしていた、毒気が抜けたというべきか。ダイクンの遺児を旗頭にダイクン派を結集して、ジオン・ズム・ダイクンの意志を継ぐための政争を起こす腹積もりもあったようだけど、キャスバルとアルテイシアを失ってからはその芽も尽きた。ただジオンを想い、アストライアを恨み続けるだけの日々を送り続けているようだった。
実際に彼女と話してみた印象として、ただただひたすらに不器用な人だと思った。
ジオンの正妻にあるという立場を持っていながら彼の愛情はアストライアに注がれており、アストライアが子を産んでからは顔を合わせる機会も少なくなった。ジオンがまだうだつも上がらぬ時期から支援をし続けてきたローゼルシア。アストライアに妻としての立場を追いやられて、寵愛すらも受け取れなくなってもジオンを支援し続けて来たのは、そこに愛があったからだと私は思っている。
まだ愛ってものはよく分かってないけど、ローゼルシアがジオンを愛していた事だけはわかる。
「お前は悪い男に捕まるんじゃないよ」
そういって私の頭を撫でた数日後にローゼルシアは亡くなった。天国でジオンの頬を思いっきり殴ってきたらいいと思うよ。
この話をお母さんとお父さんにもしてあげた時には「私には此処までの度量はありませんよ」とお母さんがにっこりと笑って、お父さんは乾いた声で笑っていた。
やっぱり、浮気って駄目だ。夫婦円満、これが一番。
アストライアも、結果的ではあるけど塔に入れられたおかげでダイクン派の旗頭にされる事もなければ、キャスバルとアルテイシアを連れ戻す為の人質にならずとも済んだ。塔に居る以上はザビ派も手出しをする理由がないってドズルも言ってたし、結果的にローゼルシアがアストライアを守っていた事になってるっていうのは皮肉というか、なんというか。人生の妙を感じるのです。
ちなみに私がローゼルシアと比較的、好意をもって話せたのは、生前にジオンが一度だけ私の事を伝えていたからみたい。だから一度、しっかりと話してみたかったようだ。
「子供を政争の道具にしようなどと、ばかなことを……それは、私も一緒だねえ……」
天国に行った時はジオンの顔を見つけ次第、その横っ面に助走を付けてから右ストレートでもすれば良いと思うよ。
いや、本当に。今度、お墓に金属バットでもお供えしておく?
塔に入ってからのアストライアは病気がちになっていて、日に日に痩せ細っている。
この近況は私からキャスバルに手紙を出しているし、もうあまり長くないっていうのも伝えてある。でも二人がアストライアと会う事は難しい。伝えたいことがあれば、今のうちにたくさん手紙を書いておくんだよ。って添えておいた。手紙の文量が倍になった。これを読み聞かせるのは私なんだけどなあ。二人分の手紙を読むと一時間以上になる、もうちょっと手加減して欲しい。
ああ、それと。二人は今度、ルウムにあるテキサスコロニーに引っ越すみたいだ。
ドズルに話を聞いてみると、口には出せない事情があるってことがわかった。
たぶんジンバのせいだ、知らないけど。あの人、二人の事をダイクンの遺児としてしか見てなかったしね。
ジンバが悪い。嫌いだ。
まあ、あんな奴の事はおいておき、今はお客様のリクエストで舞台に立っている。
私が歌うのは、お母さんの休憩時間で週に一度か二度ある程度。あのお姫様バンドにド嵌りした私は、もっとあんな曲が聞きたいってドズルにおねだりしてる。誕生日プレゼントに貰った曲は、また別のバンドのものだ。私が音楽の話をするとお父さんが何時もドズルを睨んでる、なんでだろ?
ヤーヤーヤーヤーヤーって歌い出しの曲とか最高に熱いのに。なんかこう熱ってものを感じる、魂が震えて熱くなる!
「そんなわけのわからん歌はもういいっ!!」
ガシャンと机を蹴飛ばす連邦の軍服を着た偉そうな人が叫び出した。
「大体、なんで乳臭い餓鬼が歌ってやがるんだ! さっきの姉ちゃんを出せ、姉ちゃんを! いや、俺が歌ってやる!」
そう言って、私からマイクを奪い取ろうとした瞬間。ガタリとその場にいた常連のお客さん達が立ち上がる。
「な、なんだ貴様ら! スペースノイド風情が連邦に逆らおうってのか!」
「なあに連邦に逆らおうって訳じゃない。ちょっと酔いが過ぎているようだからな、少し酔い覚ましに付き合ってやるだけだ」
「大尉殿、後片付けは御心配なく」
「あーダメだよ! ワタシも片付けるんだよ、ぜったいダメ!」
私は今にも暴れ出そうとするお父さんと連邦兵の間に立って「マスター、このひとたちにエールを!」と声を上げる。
「ワタシのおだちんから差し引いてね」
にっこりとクランプに笑ってやれば、彼は黙って五人分の大ジョッキを用意してくれた。
それを机まで持って来てくれるのはお父さんだ。ジョッキを机に叩き付けて「娘の奢りだ、飲め」と目で威圧する。この店に居る全員が臨戦態勢で連邦兵を睨み付けており、手を出せば、全員が襲い掛かるのが目に見えていた。
連邦兵の一人がおずおずとジョッキに口を付ける。
「おいしいですか?」
私が満面笑顔で問い掛ければ、彼らはバツが悪そうに目を背けた。
酒場エデンは今日も割かし平和です。
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