『やあ、ポニー達! 部屋割りの確認かい? ようこそ栗東寮へ!』
テレビの中ではトレセン学園の制服姿のガキ使メンバーを歓迎する遺伝子寮長の姿が見える。そう、年末恒例の笑ってはいけない企画だ。何と今年は笑ってはいけないトレセン学園24時、俺も参加したかったがスケジュールの都合上参加できなかった奴だ。
悔しい。俺だって出演したかったわ!
現役、ドリーム組フル協力のトレセン24時はカオスもカオス、背景でオトモダチが一般通過してたり、ゴルシ号の背の上で直立不動のゴルシが映ってたりで笑いのテロがやばい。
そんな年末の光景を炬燵にダーレー、ゴドルフィン、タークに俺の4人で分け合いながら見ている。みかんを剥いたゴドルフィンがそれを炬燵の上に置いて、俺とダーレーが遠慮なくそれを摘まんでいた。
普通の冬の景色だ……本当にぃ……?
秒でセルフツッコミが入ってしまった。いや、まあ、こんな冬の一般風景あってたまるかよって話だが。三女神と過ごす年末ってマジで何だよって話。それはともあれ、スピーカーモードで炬燵の上に置いてあるスマホからディーの声がする。
『うん……こっちは大丈夫だよ。理事長が一緒に来てくれたから、話し合えてる』
「そっか、良かったよ。いきなり年末に実家に帰るって言い出すから驚いたもんだけど」
『良い機会かな、って。一緒にくーちゃんの家に世話になろうかと思ったけど……このままだと、ずっと甘えちゃいそうだから』
「うん、まあ、辛かったり逢いたくなったら何時でも来て良いから。こっちは部屋あけてあるし。そんで……実際の所はどう?」
『お父さんとお母さんは味方してくれてる。おじい様も味方だけどおばあ様と一部の一族が……その、ちょっとめんどくさい』
「そっかぁ。まあ……心行くまで話し合うと良いよ。結局のところ、これは当人の問題でしかないんだから」
『うん、頑張る』
通話が切れる。上手くやっているようで安心した。新学期になったら理事長に菓子折りでも持って行くべきか? あの人なら何を受け取っても喜んでくれそうでちょっと選出に困るよなぁ。
『ホーセー、カワカミプリンセス』
『カワプリ? タイキックじゃ……待って! 死ぬ! それ死んじゃう!!!』
『与えられた役割を果たしますわよ―――!!』
テレビの中が凄い事になってる。マジで出演したかったなあ、これ。だけど撮影時期は海外に居てそっちのレースで忙しかっただけにどうしてもタイミングは合わなかった。優先すべきものが他にあったからしょうがないね。
「はーい、鍋出来たわよ」
「む、お持ちします」
「あらあら、助かるわ。ありがとうね」
神が相手であろうと平常運転のマイマミー、流石だぜ。タークがキッチンに鍋を受け取りに行って、それを炬燵の上にまで運んでくる。三女神と鍋食いながら新年を迎えようとしているウマ娘なんて異世界平行世界を探しても恐らく俺ぐらいだろう。
マミーが俺の横の所に座ったので鍋の前に全員揃う。カワカミ(隠語)されたホーセーがテレビ内から消えた所で全員で手を合わせる。
「いただきます」
「いやあ、人の子の家で鍋を食べる日が来るなんてねぇ……」
「助かるわぁ」
「妙な気分ではあるな」
「どうせトレと温泉に行くんだろ、俺知ってるからな」
鍋から自分の器に具と汁をよそってご飯と一緒に食べる。テレビを見てるが地味にケツバットしてるのマックイーンじゃん。フォームが恐ろしく綺麗なの何度見ても笑っちゃうんだよな。アイツ、レースに出なかったら今頃リーグに挑戦してたのかもしれない。サンキュー、メジロアサマ。
「実際、ウマソウル抜きだったら野球選手になってたよ、彼女」
「紙一重すぎる」
もぐもぐ、うまうま。冬休みの間三女神を学園に放置するわけにもいかないので一旦ウチで引き取ったという形になっている。うちのマミーは神とかヒトとかウマとか一切気にしないし、俺も神とかヒトとかウマとか平等に煽り散らかすので関係がないから丁度良かった……丁度良いのかこれ?
「今年も色々とあったなぁ。偉業達成したり、大統領の脳味噌焼いたり、英国のお婆ちゃんの脳味噌焼いたり、ドバイの富豪の脳味噌焼いたり」
「ヒトの脳味噌を焼く為に転生してきたのか貴様?」
「もう少しヒトの脳味噌を労われ」
「女神にボロクソ言われる状況is何」
女神とも付き合いが長くなってきたし、言動には遠慮がない。そもそも最初から欠片も遠慮がなかったし当然かもしれない。別段こいつらの手で転生した訳じゃないから敬う必要もないしなあ。ガイドライン神とサイゲにだけは忠誠誓ってるけど。嘘だ、YostarとmiHoYoにも忠誠誓ってる。
「それでくーちゃん、今年は海外ばかりだったけど来年はどうするつもり?」
「もうそろそろ去年で今年の話になるけど……まあ、実はあんま考えてない」
箸を口に咥えてん-、と唸る。有マ記念、楽しかったなぁ。負けてしまったけどああも正面から正しい手段で勝たれると文句の一つも出てこない。マジで完璧だったよハーツクライ、最高に楽しかった。それだけにアレをラストランにドリームにすら行かず引退すると言ったのはショックだが。
「あ、ダーレー肉取って肉」
「自分で取りなよ」
「赤毛仲間だろぉ? あ、ありがとうございます」
「そこで素になるの……?」
むしゃむしゃもぐもぐ。鍋を食べる時、大体に人は大人しくなる。それはウマ娘も三女神も一緒だった。ただテレビの中では画面外に消し飛ばされたホーセーが理事長のコスプレをして復活し、他の参加者たちを虐殺していた。全員揃ってケツバット。
来年も笑ってはいけない24時の企画あるなら誘ってくれないかなぁ……。
「来年か、来年かあ……どうすっかなぁ」
「完全に勝って引退コースで考えてたわよねー?」
ゴドルフィンの言葉にまあ、と答える。そもそも俺は負けるつもりで走ったレースなんて一つもない。全てのレースで勝つつもりで走っていた。今回も当然勝つつもりだった。だがハーツクライがその上を行っただけだ。それだけの話だが、やっぱ悔しいもんは悔しい。
「で、くーちゃんはまた海外で走るの?」
「どーだろ。国内も国内で楽しそうだしなぁ」
海外でまた新しいスコアを稼ぐのも面白そうだし、国内のレースを全く走ってないからそっちで走るのも悪くはない。何せ、現状俺の国内GⅠは2勝で朝日FS杯とホープフルしか勝ち鞍がないのだから。もうちょっと中長距離GⅠのトロフィーが欲しい。
でも国内で走るとなると絶対にディーがぶつかってくるだろう。走るのは楽しいんだけど、毎回タイマン始めると足が月まで吹っ飛んで突き刺さってしまう。そういう意味で海外で走るのも悪くはない。
「んー、悩ましい」
「こら、箸で鍋を突かない」
「突いた奴は自分で食べるんだよ」
「うへぇ」
器に鍋の具を注がれそれをちまちまと食べ進める。夜のトレセン学園探索とかいう恒例のホラータイムが開始していた。笑ってもセーフな代わりに色々とホラー体験が襲い掛かってくる時間だ、ガチもんが出没しているので芸人たちのリアクションも本物だ。企画で本物を出演させるな。方天画戟持って追いかけるな。はよあの世に帰れ。
「んーん、どうすっかなぁ」
悩ましい。それはやりたい事があって、やれる事があるから生まれる贅沢だ。だけど最初の頃の俺にはなかったものでもある。この3年間、わき目もふらずにずっとトップで走って来た、そしてここまでやって来た……だけどこの3年間で全てが終わるという訳ではない。
この3年間は、ウマ娘として俺が走り出したばかりの3年間だった。
出会って、走って、戦って―――そして最後に負けた。
良い負けだったと思う。予想外の所から真正面をぶち抜かれた感じだった。負けるとは思わなかっただけに楽しかった。まあ、勝てる事が理想なのだが負けたもんはしょうがない。それでも、こういうレースだって存在するんだ。
「これだから走るのは止められねぇ」
―――楽しい、3年間だった。