【急募】見知らぬ世界で生きていく方法   作:道化所属

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叛逆者

 

 

 かこん、と鹿威しの音が木霊する。

 一通りの警邏を終え、『星屑の館』に戻ってきた【アストレア・ファミリア】は女神アストレアと一緒に大浴場に入っていた。湯船に浸かると疲労もあったのかライラは長い溜息を吐き、輝夜は「あ"あ"ぁ〜」と乙女らしからぬ声を上げながら空を見上げた。

 

「しっかし減らねえな。『闇派閥(イヴィルス)』の連中は」

 

 

 ノーグが遠征に行ってから二日が経過した。

 姿が見えない事をいい事に『闇派閥(イヴィルス)』の一時的な増長。【ガネーシャ・ファミリア】と一緒に街の治安を守っていたが、ノーグがいない時だけ祭りのように悪は栄える。

 

 

「あの男が遠征している間だけ過激さが増すのも腹立たしいですねぇ」

「力不足は自覚してますが、取るに足らないと思われるのは心外だ」

 

 

 今の正義にリューは不満があった。

 個人に依存した抑止力の方が自分達より被害を抑えられる。力不足は理解している。彼のようにはなれないと分かっていても、それでは正義は何のために存在しているのだろうと歯痒さを感じるリューにアストレアは宥めるように忠告する。

 

 

「貴方が言いたいことはわかるわ。でも遡っては駄目よ、リュー。闇派閥は、かつての『二大勢力』がいた頃より都市に潜伏していたのだから」

「【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】……」

 

 

 アストレアの『二大派閥」が指す【ファミリア】の名を、リューは切り離すことのできない畏怖とともに呼んだ。現二大派閥である【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】でさえ及ばない埒外の英傑達が存在していた最強のファミリアは冒険者になる前のリューでさえ知っていた。

 

 

「『神時代の象徴』、そして『神の眷族の到達点』二大派閥は千年もの間オラリオに君臨し、安全神話を崩さなかった」

「闇派閥の連中がビビって活動自粛してたってどんだけ強かったんだよ、連中」

()も元は【ヘラ・ファミリア】だったのだろう?」

「一時的に『改宗(コンバート)』してたらしいけど、元はロキの眷属ね」

 

 

 アリーゼも真剣な顔付きで言及し、ライラは呆れるしかないと言わんばかりの表情を浮かべた。何せ、分かりやすい指標としては彼が存在している。自分達が未だ一撃すら当てられない埒外の怪物。そんな存在がゴロゴロ居た時代を想像しただけで言葉を失う。

 

 

「『古代』から続く人類史の中でも最強、といっても過言ではない。それほどゼウスとへラは圧倒的だった」

 

 

 主神の断言に、【ファミリア】の中で最も若いエルフが息を呑むのも束の間、リューは強張った声で言う。

 

 

「しかし、そのゼウスとヘラも、『黒竜』に敗れた……」

 

 

『三大冒険者依頼』

 古の三体のモンスターを討伐目標に据えた、迷宮都市の使命であり、世界がオラリオに求める『悲願』である。ゼウスとヘラの二大派閥はその内の二体、『陸の王者』と『海の覇王』を打ち倒し、そして『生ける終末』とも呼ばれる最後の竜に敗北した。

 

 

「どれだけヤバかったんだよ、『竜の王』は誰が倒すんだよ、ソイツ……」

 

 

 眷族の間から数瞬、音が途絶える。

『神の眷族の到達点』とも呼ばれる最強の二大派閥を、全滅に追い込んだ恐ろしき悪夢。今現在は大精霊の『風印』によって長き眠りについているが、それこそ終末が気まぐれで起きれば誰にも止められない。下界の終焉を握るのは紛れもなく『黒竜』だ。

 

 今度こそ、完璧な沈黙が訪れた。

 その悲観めいた心情は【アストレア・ファミリア】だけでなく迷宮都市。いや下界中が抱いている共通の思いである。それほどまでに『黒竜』は絶望の象徴に違いない。

 

 

「全神々、全人類から見ても倒せる可能性があるなら最有力候補はやはり彼ね」

「「「「「「それはそう」」」」」」

 

 

 だが不思議と負ける姿が想像つかない現最強の英雄候補が上がる。対格上の戦闘を見た事はないが、何故か負けるイメージが湧かない。

 

 

「つっても【修羅】一人に任せるのもなぁ」

「最適解ではあるが、他の冒険者の意義を失いかねない」

 

 

 隔絶した差から特別視している部分は大きい。単独戦闘が最も強い以上、サポートに入る事は出来ても肩を並べて戦うとなると話が変わってくる。【勇者(ブレイバー)】でさえ【修羅】の運用にはやや手を焼く。一番は一人で突貫させた方が手間がかからないと言う答えが返ってくる程だ。

 

 

「はいはいやめやめ!どうせ今は勝てないんだから、強くなっていずれぎゃふんと言わせましょ!」

「未だ一撃も当てられてないがな」

「つか、ああなれる気はしねぇなぁ」

 

 

 ライラの言葉に大半は同意する。

 アレほど自分に苛烈(ストイック)な人間は【猛者】など超克を望む求道者を含めてもごく一部だろう。強くなっている自覚はあっても、全てに於いて理不尽な差をつける程に強くなれる気はしなかった。

 

 

「ならなくてもいいわ、ただ負けっぱなしは嫌だもの。いつかノーグに勝って『さっすが私、完璧美少女過ぎてごめんなさい!バチコーン☆』って言うのが目標だし!」

「大丈夫か団長。それ本人が聞いたら首飛ぶぞ、物理的に」

「そもそもそれ神々の言う『死亡フラグ』ではないのか?」

 

 

 ノーグが居たなら「煽るのが上手いな。よし、本気でやるから死ぬなよ」と言って半殺しにされる団長の姿が目に浮かぶ。なんなら逆らえないくらいのトラウマを植え付けられる光景が浮かんでしまった事にリューは僅かに身震いした。

 

 

「まあまあ、でも認めさせたいのはみんな同じでしょ?」

 

 

 その言葉に否定できず全員が黙る。

 抑止力になり得ない正義は絶望への布石と言われた事がある。人類の希望も、悪の抑止力も兼ね備えた英雄に最も近い男が断言した。

 

 こうはなれない。こうなれる気がしない。

 ノーグの強さは才能による強さ故にそう思わされる事は何度もある。才能が違うのだから自分と同じような期待を向けられても応えられる気がしない。前向きで笑顔溢れるアリーゼも例に漏れず、そのような感情は多少なり持っていた。

 

 ただ、それも直ぐに無くなった。

 戦闘中、体を捻られて地面に叩き付けられた事があった。その時に一度だけゾッとした事がある。

 

 

『悪い、強く投げ過ぎた。大丈夫か?』

 

 

 ノーグの手を握ったあの時、()()()()()()()()()()()に僅かながら恐怖した。地面に倒れたアリーゼに差し伸べた手を握った時、その手はまるで鋼のように硬く、皮が下手な鉄より硬いのでは無いのかと思わされる。

 

 何度も血豆が出来ようと気にせず剣を振い続けなければこうはならない。才能があったとしても始まりは同じ。Lv.7に至るまでにどれだけの修練を積んだのか、アリーゼはその一端を垣間見た。

 

 

「(この人は…本気で跡を継ごうとしてる)」

 

 

 かつての最強達が失脚した今、残された者が時代を紡がなくてはならない。その上で常に前へと進まなくてはならない。恐らく自分達は未だ護られるだけの存在でしかない。彼の代わりにもなれない。

 

 才能の差による嫉妬も馬鹿らしくなった。

 才能がある人間は努力の量が少なくても死に物狂いで鍛えた凡人と渡り合えるどころか勝つ事だって出来る。けど、あの手は努力するとか()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 本気で『黒竜』を殺す為に自分達以上に鍛え続けて今がある。死の前線に一人で挑み、死ぬ覚悟を持って勝ち続ける。あの境地は才能以上に誰よりも戦い続けた証左である。

 

 

「私達が正義の翼を広げた分だけ、二大派閥がいた頃のオラリオに戻っていく!」

「アリーゼ……」

「地道が一番の近道だって!私達の不屈は必ず闇派閥を打ち倒す礎になる!」

 

 

 目を見張るリューの視線の先で、アリーゼは胸に右手を当てて、告げた。

 

 

「その後、ついでに『黒竜』も倒しちゃいましょう!うんうん、いけるいける!」  

 

 

 荒唐無稽かつ、一気に飛躍したその発言に団員達がぽかんとする。アストレアもつい、瞬きを繰り返す。先程とはまた違った意味で部屋が静寂に包まれる中、ライラが口を開いた。

 

 

「ついでに『黒竜』を倒しちまうなよ。ったく、楽観的過ぎて何も言えねぇ……」

「あの男なら身の程を知れと言うぞ。全く……」

 

 

 呆れた口調でアリーゼに苦笑を溢す。

 楽観的、愚長的な明るさを兼ね備え、馬鹿だと思っても何処か敵わないと思わされる【アストレア・ファミリア】の団長に誰もが笑った。真っ直ぐな心に着いていきたいと思えるから彼女が団長である事に誰も異論はないのだ。

 

 

「それに──」

 

 

 アリーゼは彼の姿を幻視する。

 彼女は真っ直ぐではあるが馬鹿ではない。寧ろ聡い人間である。そして人一倍感性が強い。だからこそノーグの苦悩に気付いている。

 

 ノーグは強い。強くて誰かに負ける想像(イメージ)が浮かばない。最強の英雄候補である事に違いはないのだが、何処か()()()()()()()()()()()。オラリオの住人がそうあってほしいという偶像を、当て嵌められたまま演じているみたいな感覚。

 

 それが本来のノーグを殺しているようにも思えた。人工の英雄とは違う。()()()()()()()()()()()英雄にノーグ自身が重圧を感じているようにも思えた。

 

 

「アリーゼ?」

「ううん、なんでもない」

 

 

 けれど環境が、世界が停滞を認めてくれない。

 だからこそノーグの苦悩を取り除く事は今のアリーゼには出来ない。いつかその偶像を壊して、助けてあげたい。誰かに頼られる期待も重圧も分けてあげられるような強さを持ちたい。

 

 今はそれが出来ずとも、いつかきっと。

 それがアリーゼだけが抱えるもう一つの目標だった。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

「ありがとうございましたー! またお越しくださいませ!」

 

 

 酒場『豊饒の女主人』にて一人の娘がテキパキと働いている。薄鈍色の髪と瞳をした可愛らしい容姿の看板娘がテーブルにある食器をまとめて、厨房の皿洗い場へと運んでいる。

 

 さーて、もうひと頑張りと腕を回しながら気合いを入れ直す中、スイングドアが開く音が聞こえ、視線を向けた。

 

 

「あっ、いらっしゃいませー」

「ロールプレイが上手くなりましたね、シル様」

 

 

 呆れた口調で苦笑を溢しながら店に入る薄桃色の髪の少女。黄金を賜りし【フレイヤ・ファミリア】の治癒士(ヒーラー)、【女神の黄金】ヘイズ・ベルベットがシルの近くの席に座った。

 

 

「ありがとうございますヘイズさん。それで、今日はどのような要件で?」

「ただの情報交換ですよー。というより、あの方の共有からそちらの方が情報を掴んでると思いまして」

「最近、この街が妙に静かな事ですよね」

 

 

 理由はロキとほぼ同じ。

 闇派閥(イヴィルス)の沈黙について。ノーグが抑止力となってから騒動はかなり減ったが、それだけでは隠せないキナ臭さ。この嵐の前の静けさを他の冒険者達は嗅ぎ取り、情報を得る為に行動している。それはフレイヤの所でさえ例外ではなかった。

 

 

「結論から言うと、分かりません。『魅了』を使っても得られる情報は『ノーグさんに勝てる切り札がある』との事で。それまでは自粛しているとの事です」

「あの男に勝てる切り札の詳細は?」

「それもわからないんです。極秘過ぎて知ってるのは幹部級の存在、捨て駒扱いされてる信者には情報が一切伝えられてないそうです」

 

 

 ノーグに勝てる切り札。

 最初に浮かんだのは精霊殺しの武器。呪詛などを利用した精霊特化の武具。だがそれを利用した所でノーグに武芸で勝たなければならず、全開の付与魔法ならば近付く事さえできない。

 

 ハッキリ言って警戒しているノーグと戦う事自体がクソゲーの類と神々は結論を出す。不意打ちは【直勘】で殺される上、本人の感知力が凄まじいので戦闘になったら勝ち目がない。

 

 

「シル様なら、【修羅】をどうやって殺しますか?」

「殺せませんので、何処かに閉じ込めるよう誘導するか──ノーグさんより高い能力値(アビリティ)を持つ人間を用意するか」

「そんな人います?」

「いませんね」

 

 

 いたとしてもかつての最強の生き残りくらいだ。

 その生き残った最強の半数は死んだと噂されてもいる。そもそも同じ土俵(レベル)ならノーグに勝てるとも思えなかった。アレは純粋な対人殺しの性能を兼ね備えた稀代の魔法戦士だ。

 

 一対一ならば場所を考えなければ絶対に勝つだろう。闇派閥がなんの確証もなく勝算を見出すなどあり得ない。

 

 シルもヘイズも頭を悩ませて、その『切り札』を考えているその最中──

 

 

「ん?」

 

 

 それは突如と起こった。

 チリッ、と肌を刺激するような感覚をヘイズは感じ取る。

 

 そして次の瞬間──

 

 

「「────ッ!?」」

 

 

 ゾワリッ、と全身から警鐘を鳴らす。

 全身を突き抜けるような濃密な魔力が身体を撫でる。神も、冒険者も、恩恵を持たない人間でさえ感じ取れる圧倒的な魔力の気配。まるで階層主が唐突に出現したかのような強い気配は周囲の人間の視線を一斉に塔へと向けるには充分過ぎた。

 

 

「ヘイズさん!」

「分かってます!バベルの上なら団長が居ます!!」

 

 

 ヘイズは急いでバベルへと戻る。

 魔力の出現先は()()()()()()。そこは女神フレイヤが座すバベルの最上階の一つ上の場所だった。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 オッタルは即座に頂上への階段を駆けていた。  

 自身の間抜けさに憤慨する。アレほど濃密な魔力を発する前まで頂上からは何も感知出来なかった事に。それは座していたフレイヤさえ瞠目し、冷や汗をかいていた。

 

 護衛をレミリアに任せ、オッタルは原因の排除に動いた。

 誰よりも早く頂上に到達したオッタルが目にしたのは風で靡く赤いフードと、左右に二振りずつ据えた四つの剣。身長はそこまで高くなく、アレンと同等の背丈をした異質な剣士の姿だった。

 

 

「動くな」

「!」

 

 

 階層主ウダイオスを単独踏破する事で得られるドロップアイテム、『ウダイオスの黒剣』を鍛治師が更に加工したオッタルの主武器を突き付け、目の前の剣士に問う。

 

 

「此処から強大な魔力を感知した。貴様の仕業か?」

 

 

 答えは分かっている。

 あの魔力は間違いなく此処から地上、いやオラリオ全域に達するまで届いていた。この問いに殆ど意味はない。だが、あれだけの魔力で一体何を行なっていたのかは判断が出来ない。感覚的に呪詛のようなものはないが、魔方陣(マジック・サークル)さえ出現させずにあの規模の魔力は普通じゃない。

 

 

「【猛者】、一つ聞きたい」

 

 

 剣を突きつけられながらも悠然と見据える赤ローブの剣士。四本の剣のどれかに手を掛ける事もせず背を向けたまま問いを投げかけた。

 

 

「今の時代で一番強いのは、貴方?」

 

 

 その問いに答える義理はなかった。

 だが、敵意はない。怪しいが殺気も感じない。声色は男とも女とも捉えられる低い声。先程と違い()()()()()()()()()。それどころか気配さえ薄く感じる。まるで世界に溶け込み同化しているような奇妙な自然さを感じ取り警戒を怠らない。

 

 危険だが、敵意が無い以上は少しでも情報を引き出す事が最善と感じ、答えた。

 

 

「非常に遺憾だが──俺ではない」

「!」

「答えろ。何が目的だ」

「……悪いけど、それは話せない」

 

 

 返答に窮したのかバツが悪そうに答えた。

 それへ答えられない事への罪悪感か表情が見えず読み取れない。

 

 戦うつもりはなさそうだが、そうもいかない。そもそもこの場所はバベルの頂上、この下には女神フレイヤが座している。その気になれば女神に奇襲を掛ける事も不可能ではない。

 

 空を駆ける事が出来る人間は付与魔法を利用して飛ぶ事が出来るノーグか、空を飛ぶ魔導具(マジックアイテム)を作った【万能者(ペルセウス)】くらいだ。だがこの人間はどちらでもない。

 

 それにこの気配の()()

 もしも逃してしまえば()()()()()()()()()()()()可能性がある。それどころか護衛の実力次第では目の前に居るのに気が付かない可能性すらあった。

 

 

「そうか──お前が何者かは知らんが、拘束する」

 

 

 オッタルは即座に間合いを詰め、大剣を振るう。

 キィン、と甲高い音がバベルの屋上に響き渡る。

 

 

「!」

 

 

 オッタルの黒剣は片手で鞘に収まった状態で僅かに抜いた刀身に止められた。お互い片手とはいえ、完璧に威力を殺し切られたのを見て驚嘆した。オッタルの一振りはLv.5程度なら余裕で粉砕出来る威力を込められている。殺さぬよう手加減したといえ、完璧に防ぎ切るのは自分と同等の力を持つ者だけだ。

 

 赤ローブの剣士の手に()()()()

 ゾクッ、と僅かに抜かれた刀身にオッタルは寒気を覚えた。

 

 

「『牙樂』」

「ッ──!?」

 

 

 独楽のように身体を回転し、抜剣。

 そして振り抜かれた剣にオッタルの大剣が押し負ける。即座に格下ではないと判断し加減を捨て、身体を自ら後退させる事で威力を殺す。

 

 

「オオォォ───!!!」

 

 

 即座に体勢を立て直し、距離を詰めての連撃を繰り広げる。その余波だけで第二級以下の冒険者は吹き飛ばされるであろう剣の応酬。

 

 1秒で十数回の剣戟が両者の中で繰り広げられる中、赤ローブの剣士は抜かれた漆黒の剣で軽やかにかつ精密に剣戟を完璧にいなす。    

 

 

「……強いね」

 

 

 淡々と剣戟を捌きながら赤ローブの剣士は呟く。

 大剣と長剣では当然、重さに違いがある為力押しの土俵に持ち込めばオッタルの方が有利だ。だが、相手の土俵に持ち込ませない読みの鋭さがオッタルの剣戟に生じる僅かな隙間を捉えられる。

 

 自身に直撃する大剣の刀身に左手の甲を添える。まるで扉をノックするような軽い力で剣の軌道を流された。僅かにオッタルの体勢が崩れ、0.1秒の隙を晒す。

 

 

「しまっ──」

「避けてよ」

 

 

 その隙を逃さず左の拳を振り上げる剣士に対し、

 

 

「ッ、オオォォォォォォ!!!」

 

 

 オッタルは即座に『獣化』を解放。回避を捨て、流された体勢からさらに勢いを付け、自身の身体を回すように勢いを殺さずに放つ渾身の迎撃。

 

 ドンッッッ!!と大砲のような音が響き、両者拳が衝突すると、二人は勢いに耐えられず弾き飛ばされた。だが二人して即座に体勢を立て直し、空いた距離の中で警戒を怠らない。

 

 

「くっ……!」

「いてて、凄い力」

 

 

 背筋に冷や汗が流れた。

 今のを直撃したら致命傷を負っていた。オッタルなら死なないと理解した上でこの剣士は()()()()()()。迎撃した手は暫く痺れて技の繊細さが欠けるだろう。だが、赤ローブの剣士は手をぷらぷらとさせて何事も無かったように手を握っては開いていた。

 

 

「(この剣士、技量はノーグより上か──!)」

 

 

 この理不尽な強さを感じ、脳裏を過ぎる記憶に目を細めた。

 

 

「(ヘラの系譜……?)」

 

 

 かつての最強達を連想させる程の苛烈さを秘めた洗練たる攻撃力と技量。オッタル自身、Lv.7になっても最強達を超えたと驕っているつもりはない。自分を幾度と泥に沈めた奴等の強さを想起させる。

 

 ()()()()()()()()()()の刀身をした剣。果てしなき技量の高さ。それにあの魔力だ、魔法(きりふだ)も当然あるのだろう。それに腰に据えていた剣は四振り、()()()()使()()()()()()()()()

 

 この緊張感はノーグと全力で渡り合った時以来だ。『獣化』に意識を集中し、目の前の剣士を見据えて構えた。

 

 だが、剣士はそれを見るや否や剣を鞘に収めた。

 

 

「悪いけど、今は貴方と戦う理由はない」

「っ、待て!」

 

 

 バベル最上階から倒れるように飛び降りる。

 この高さならLv.7のオッタルならダメージは無い。逃げる赤ローブの不審者に続くようにバベルの下へ駆け出す。その時だった。飛び降りる瞬間、戦士の勘が警鐘を鳴らす。

 

 

「ッ───!?」

 

 

 下から上へと放たれた()()()()が落ちる身体を上へと押し上げられた。

 

 咄嗟に黒剣で受け止め、衝撃を強引に剣を振り抜いて散らす。咄嗟とはいえ迎撃は出来たが、追跡を阻まれた。その一瞬の内に落ちていった赤ローブの剣士が見えなくなった。

 

 

「(今のは『残光』……能力値(アビリティ)は俺を上回るか!)」

 

 

 オッタルの『残光』は『獣化』か『魔法』のどちらかを使用出来なければ使えない。『残光』はかつての最強達の距離殺しであり、特殊なスキルでもなければ振り抜いても『残光』に至れない。面を捉えて放ったせいか殺傷能力は殆どない。

 

 即ち、能力値はオッタルさえ上回る埒外の怪物。

 鞘に剣を収めた状態で放ち、その反動を利用してバベルの下へと急降下された。最早追う事も出来ない。

    

 バベルから見下ろせばあの赤いローブは欠片も見えない。その後ろで、高速でバベルの階段を駆ける音が聞こえた。

 

 

「クソがッ、テメェが一番乗りかよ!!」

 

 

 この異変に気づき、即座に駆け上がったアレンがオッタルを睨みながら異変の原因を探した。

 

 

「おい猪、テメェ逃したのか?」

「いや、逃げられた」

「同じだろうが!どこ行きやがった!?」

「落下地点は恐らくあの辺りだが、もう消えているだろう」

 

 

 常時『残光』を放てるなら空中で軌道を変えるなど朝飯前だろう。予測した落下地点から違う場所にいてもおかしくない。それにあの気配の薄さを加味して考えて追跡は不可能だろう。オッタルが指摘した場所を目を細めて地上に降りようとするアレンに目を向けずに忠告する。

 

 

「アレンやめておけ。お前では瞬殺される」

「あ"ぁ!?」

「あれは──俺どころかノーグよりも強いかもしれん」

「!?」

 

 

 瞬殺という言葉に噛み付くが、ノーグより強いと言葉にしたオッタルの眼に嘘は無かった。現在のオッタルの能力値(アビリティ)よりもあの赤ローブの人間が上であり、技量も半端なものでは無かった。

 

 ()()()()()L()v().()7()()()だとオッタルは推測するが、居るとするならゼウスやヘラの眷属しか思い浮かばない。だが、その元二大派閥であってもバベルの最上階にいる理由に説明が付かない。

 

 

「……んなバケモンどっから湧いてきたってんだ」

「(普通ではない事象が絡んでいるな。ただ……)」

 

 

 突如感じた魔力とLv.7以上の赤ローブの剣士。

 明らかに普通ではないが、オッタルは少しだけあの剣士の情報を得られた事がある。

 

 

「(恐らく、アレは()だ)」

 

 

 体格や声色、背丈からして恐らく女。

 無理矢理追う事も不可能ではなかった。だがオッタルは空中を移動する術を持たない。あの剣士はフレイヤを襲うつもりはないだろうが、降りた後に引き返すようにバベルにまで上がられたら対処が出来ない。

 

 ローブを着ているとはいえ体格は【ゼウス・ファミリア】や【ヘラ・ファミリア】の生き残った最強達の誰とも似つかない。7年経ったとはいえ、生き残りの最強格の誰でもない事だけは理解出来た。

 

 アレは何者なのか。いや、それ以前に──

 

 

「この街で何が起きている?」

 

 

 複雑な糸が絡まったような違和感。

 戦場の勘が鋭いオッタルでさえ予想不可能な異常事態(イレギュラー)

 

 英雄が生まれる街を見下ろし問いかけるように呟いた言葉に返ってくるのは、静寂の中に吹く僅かな風の音だけだった。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

「───?」

 

 

 ダンジョン50階層

 突如として出現した氷の城、立ち入る者を一切許さず第二級冒険者には砕く事すら叶わない堅牢の城。一人の冒険者が城の中で悠然と座っていた。深層の中で収集した依頼品を確認し、リストに印を付けていく。

 

 ペルーダの毒髄、オブシディアン・ソルジャーの体石、カドモスの皮膜、カドモスの護る泉水、デフォルメス・スパイダーの粘糸、ブラックライノスの角、ファモールの毛皮。深層モンスターの魔石が100キロ以上。どれも癖のあるモンスターであり群をなす怪物だ。

 

 どれも保存状態がよく、大石などは綺麗な断面を残して採集されている。どの怪物も一太刀で殺し切り、採取出来るのは現オラリオでは二人しかいない。魔法による採取を考えればオッタルでも出来るか怪しい。

 

 

「今の……地上で何かあったか?」

 

 

 戦利品を数えていたら微かに感知した膨大な魔力。此処はダンジョン深層、地上からの縦の長さは十数キロに及ぶ。それでも尚感知できるほどの魔力に顔を顰める。まるでアルフィアの第三魔法を使った時のような強大な魔力。

 

 

「充分あるな」

 

 

 携帯していた食料も残り僅か、剣も手入れはしているが僅かながら刀身の歪みを感じる。これ以上無理させれば不壊と言えど壊しかねない。依頼は達成し、此処に長居する理由も無くなった。

 

 何より、今感じた強大な魔力。

 深層域だというのに感じ取れるほどに膨大な魔力は初めてだ。

 

 

「帰るか」

 

 

 素材を丁寧に纏めてしまっていく。

 纏め終わり、自分の身体の倍はある巨大なバックパックを背負い城の外へと抜けていく。

 

 

「っと、忘れてた」

 

 

 氷の城を一瞥し、一振り。

 拠点である場所に城を放置すれば知能が高いモンスターが利用しかねない上、かなり堅牢で手を焼く。おまけに50階層の周囲の気温を下げかねない。

 

 故に粉砕。

 面を捉えた『残光』が一撃で城を砕き斬った。

 

 

「此処まで粉砕すりゃ5日で溶けるだろ」

 

 

 粉砕した城を確認すると、荷物の重さを感じさせない膂力で駆け出した。荷物を持てばやはり動きが鈍ってしまう。戦闘は最小限で深層を超える為、下界最速の速度でダンジョンを駆け抜けていく。

 

 深層安全地帯から中層の『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』までの到達時間、約5時間半。バックパックの中に詰め込まれたドロップアイテムを見たボールスは白目を剥いた。

 

 

 ★★★★★

 

 

「なあ、本当にいいのか、お前達?」

 

 

 ある男神の声が静寂の中に転がる。

 ステンドグラスから注ぐ儚くも柔らかな日差し。

 茜のを帯びる西日は、鯖割れた石のタイルや壊れかけの長椅子を照らし出す。そこは名も忘れられた、とある教会だった。

 

 そんな場所にいるのは、一柱の神と()()の眷族だった。

 

 

「今更だろ」

「今更だね」

「今更だな」

「今更過ぎないその質問」

「いやまあそうなんだけど」

 

 

 この質問のタイミングが悪かった。

 引き返す瀬戸際と言ったところかもしれないが、皆覚悟は決まっていた。汚名を被る事も、現最強と戦って死ぬかもしれない事も、誰もが覚悟していた。

 

 

「まあ、アタシはノーグと戦いたいってのもあるし」

「私は()()()()()()()()()だから表には顔は出さないし、いざとなったら『学区』に帰るし」

「子供扱いするな」

「子供みたいな意地張ってる内は子供だよ。それで駆り出された私の気持ちを考えて」

 

 

 訂正、好き勝手やる奴等だった。

 特にアマゾネスの女傑レシアと枢機の魔女メナに関してはやる事やったら帰るつもりでいる。肝の太い精神に神は苦笑いしていた。かつての二大派閥の生き方は今も変わらず、豪胆さと強さをもって時代を笑う。

 

 ただ今の時代はそうではない。かつての生き方をもって最強と謳われた二大派閥は『黒竜』に滅ぼされた。

 

 

「特にアルフィア、お前はいいのか?」

「ああ、構わない」

「本当に? メーテリアと双子はいいの?」

「……くどい」

 

 

 四人のうちの一人、【静寂】のアルフィアは帰る場所がない人間ではない。

 

 ザルドは自身が長くない事を悟っているから計画に乗った。レシアは成長した今のオラリオと戦いたいが為に計画に乗った。メナはかつての主神からの依頼を受け計画に乗った。

 

 ザルドはどうせ死ぬなら糧になる覚悟があった。だが三人には帰れる場所があった。無論、レシアとメナは事が終われば帰るつもりだ。だがアルフィアは二人とは違う。

 

 

「それ込みでこの神の計画に加担した。終わったら怒られるくらい覚悟はしている」

「メーテリアの怒りは怖いぞー。ヘラを黙らすくらいだし」

「マジか。お前の妹すげー」

 

 

 思い返せば、メーテリアに本気で怒られた時はいつも勝てなかった。アルフィアが行おうとしている事は大罪だ。妹は怒るだろうし、双子は泣かせてしまう。それは誰よりも側にいたアルフィアには分かっていた。

 

 

「……ノーグはどうするの?」

「メーテリアが居るだろ」

「それ本気で言ってるなら殴るよ」

「……すまん」

 

 

 あまりにも無責任な言葉にメナはアルフィアを睨む。それはノーグの心情を無視した上で妹に後任せにする言葉だ。本来ならばアルフィアがこの計画に乗るのは反対だった。メナが()()()()()を聞かなければ力尽くで止めていた。

 

 

「ただ、私が英雄になってほしいと望んでいる」

「身勝手だね」

「分かってる……それでも、()()()()()()()()()()()()()()()

「……そうだね」

 

 

 ごめんノーグ、と心の中で謝罪する。

 お互いに傷付くであろうこの戦い、勝っても負けてもきっと深い傷痕となって蝕む。けれど必要な事だから、必要であってほしいと望んでしまったから。

 

 才禍が望む結末と、英雄が求める結末はきっと違う。お互い譲れないから、結局戦うしか答えを得られない。

 

 歪んだ物語の歯車が軋む、止められない二人の邂逅は近い。

 

 

 

 





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