星刻学園の落ちこぼれ   作:4kibou

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ドーウシターラー





9/週末なにしてますか?

 

 

 

 

「――おや、やっぱり来ましたね折原くん」

「あはは……はい」

 

 土の味と打撲の痛みを嫌というほど思い知った授業のあと。

 昼休みに入って食事も早めに済ませた篝は、そのまま職員室へと足を運んでいた。

 

「いつも通り、休日のアリーナ使用申請ですよね?」

「そう、ですね。……毎週毎週、すいません」

 

 ぺこりと頭を下げながら、入り口近くで書いたA4用紙半分程度の書類を差し出す。

 

 平日は誰もが自由に、平等に使用が許可されている学内のアリーナであるが、土日祝日を含む休日は勝手が違う。

 なにかのイベントや地域の催しなどに場所として貸し出されることがあるからだ。

 そのため休みの日にアリーナを使う際は、こうして生徒自ら事前に申請用の書類を提出しなくてはいけない決まりになっている。

 

「いえいえ、良いんですよ。土曜日ですよね? ただ、今週はちょっと」

「? なにか、別の予定が……?」

「ええ。午後から一斉点検がありますから。ですので、使えるのは午前中だけになるかと思いますけど……それでも良いですか?」

「あ、はい。全然。それだけでも、使えるなら全然っ」

 

 問題ないです、と曇りのない微笑を浮かべる篝に、紅葉はそっと瞳を緩めた。

 

 当初の予定とは違って半分の時間しか使えない。

 そう告げられた少年の顔に残念そうな色はあれど、すぐさま消えて明るいものになっている。

 

 気落ちするのではなく、限られた時間でなにをしようか、と考えているのだろう。

 

「……そういえば、土曜日はわたしも書類整理ぐらい、でしたっけ」

「? そう、なんですか?」

「はい。なので、まあ、なんていうか。折原くんが良いなら、わたし直々に指導を――」

「いいんですかっ!?」

 

 がばっ、と飛びつかん勢いで距離をつめる篝。

 

 迷いも葛藤も微塵もない。

 その申し出を嬉しい事と素直に受け止めている瞳は、心なしかキラキラと輝いている。

 

「え、ええ……いいですけど……ちょ、ちょっと予想外の反応でした。先ほどの授業で、散々やっちゃいましたから……」

「え? ……ああ。あのぐらいなら、まあ」

 

 あはは、と篝は頭をかいて笑う。

 

 つい三十分も前になる途中からの実戦形式。

 他の生徒と並んで紅葉に挑んだ彼は、見事手も足も出ずに瞬殺されていた。

 

『まだまだですねッ!!』

 

 そう言われて地面に頭からめり込まされた記憶が思い出される。

 格好はもっぱら地中版犬○家の一族だ。

 

「それに、やっぱり――すこしでも近付きたい、ですから」

「……そうですね。そうですもんね、折原くんは。先生、その目標は素敵だと思います」

「……無謀とか、思いません?」

「あら。良いじゃないですか、無謀、蛮勇。そういうのを理解した上で、貫き通してこその男の子じゃありません? 無理無茶無謀は押し通してこそです!」

「そ、そうですか?」

「そうですとも!」

 

 なんとなく、彼女のスパルタ気質の根本である考え方を垣間見た篝だった。

 

「そうと決まれば、明日、楽しみにしておきます。ビシバシいきますから、覚悟しておいてくださいね? もちろん手加減容赦は抜きですよ?」

「――はいっ」

 

 パチリとウインクしていう紅葉に、篝も元気よく笑顔で返した。

 

 期待と喜びに胸を弾ませつつ、職員室を後にする。

 彼女のスパルタ事情を考えれば特訓のあとがすこし心配だが、それでも先達から直々に指導してもらえるというのは非常に心強い。

 

 しかも『星刻』の色や属性がまったく同じ紅葉からだ。

 きっとタメにもなるし、後々に活かしていけることもあるだろう。

 

 これは気を抜いていられないな、と微笑みながら篝は教室への帰途について、

 

「む」

「あ」

 

 ばったりと。曲がり角の先で、見知った顔と出くわした。

 

「――見つけたぞ篝っ!」

「へっ!? え、なに!? 姫奈美ちゃん!?」

「動くな! おまえは完全に包囲されているっ!!」

「僕なんか悪いコトしたっけ!?」

 

 手を拳銃の形にしてずびしっ! と突き付けてくる幼馴染み……もとい姫奈美。

 

 見れば彼女の肩はわずかに上下していた。

 頬も赤みを帯びている。

 おそらく今の今まで学園中を駆け巡って探し回っていたのだろう。

 

 ……尤も肝心な篝は、今の今まで職員室で紅葉と話していたワケで。

 なんとなく申しわけない気持ちになって、彼は大人しく体から力を抜いた。

 

「……どうしたの、なにかあった?」

「あった。よし、動くな。そこを動くなよ」

「あ、うん」

 

 言われるがまま、ピタリと篝はその場に立ち尽くす。

 

「じゃあ、失礼して」

「?」

 

 ぽん、と軽い接触。

 頭の上にのせられた姫奈美の細い手指が、さらさらと髪を撫でる。

 

 ――というか、頭を撫でている。

 

 驚いて彼女の顔を覗きこむと、意外にも表情は真剣一色だった。

 

「え、いや、本当にどうしたの……?」

「いや、なんとなくしなきゃいけない気になって」

「ええ……?」

「まあ、なんだ。大人しくしていろ、うん。それがいい」

 

 ジッと鋭い視線を彼と合わせたまま、ぽんぽん、ぽふぽふ、なでなで、さすさす――と動物もかくやといった風に撫で回してくる。

 

 突然始まった不思議なスキンシップは、それから十分間続けられた。

 

「……ん、よし。もういいぞ!」

「……満足した……?」

「うん! 満足した! 篝成分補給完了だ! これであと一週間生きられるな!」

「あれで一週間なんだ……」

 

 効率が良いのか悪いのか、どうにも判断しがたい篝である。

 

 姫奈美のこういった行動は今に始まったことでもない。

 星刻学園に入った頃から定期的に発生する、所謂発作みたいなもの……らしい。

 

 それに苦笑しつつも苦言を呈さないのは、彼としてもこういったふれあいが満更でもないからなのだろう。

 ……実際、幼馴染みとしてもうめちゃくちゃ嬉しくはあるのだが。

 

「まあその話はともかく。篝。明日の土曜、空いてるか?」

「? えっと、一日は無理だけど、午後からなら」

「む? そうか。いや、それでも良いのか……? うん。良いな、良いぞ、良いんだ」

 

 三段活用でうんうん、と頷きつつ篝のほうを見る姫奈美。

 赤い宝石みたいな視線が、真っ直ぐと眼鏡を通した彼の瞳を捉える。

 

「ではひとつ、私からちょっとした提案を」

「な、なに? 急に、改まって……僕にできることなら出来る限りするけど」

「ああ、いや、そう身構えるな。別に大した事じゃない。ただのお誘いだよ」

 

 くすくすと笑って、姫奈美はそっと、少年の前に手を差し出した。

 

「――篝。私と、デートに行かないか?」

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

「おー! 良い感じだねぇ……!」

「ふふ、そうだな」

 

 ぐつぐつと煮え立つ鍋を囲みながら、姫奈美と伽蓮は本日の夕食と相成った。

 

 今日の献立は以前にふたりで話していたように鍋物。

 伽蓮の提案した水炊きである。

 

 お玉と菜箸を片手に鍋をつつきあう時間は、金曜の夜というのもあって贅沢さも一入。

 この日まで頑張ってよかった、と思わず顔が綻んでしまうぐらいのものだった。

 

「――んー! 美味しい! 成功成功! コレキタって! あぁー……体に沁みる……」

「……む! いや、行き当たりばったりでもなんとかなるもんだな……?」

「ポン酢は偉大。大根おろしも偉大。でもって鍋も偉大! グレートスリーってやつ?」

 

 日本に生まれて良かったわー、とぼやきながら豆腐を口に含む伽蓮。

 はふはふと熱を冷ますのに必死になりつつも笑顔なのが味を物語っている。

 

「やっぱり冬は鍋だよね。ね、ね、今度はおでんとかつくらない?」

「気が早いな……まあ、近いうちに出来たら」

「ぃよっしゃ!」

 

 ぐっとガッツポーズをする伽蓮に、姫奈美が呆れまじりの微笑を浮かべた。

 お互い料理の腕は半人前だが、ふたり合わせればそこそこにできるモノがある。

 

 切磋琢磨、二人三脚、足りない部分は補って。

 

 二年近くになる同居生活が育んでくれたものは意外と大きい。

 

「ふんふふーん♪」

「…………、」

 

 鼻唄を歌いながら鍋をつつく伽蓮を穏やかに眺めつつ、姫奈美も白菜をひとつかじる。

 

 いつも通りの食事風景。

 そこに変わった部分など本来ありはしない。

 

 筈なのだが、

 

「――てか、なんか、姫奈美、機嫌いいね?」

「ん?」

 

 このように、長年の付き合いになるパートナーはその機微をちゃっかり拾っていた。

 

「ああ、うん。ちょっとな?」

「えー、なになに。良い事あったんだ。教えて?」

「……聞きたいか?」

「聞きたい聞きたーい!」

 

 ブンブン箸を振って意見を主張する伽蓮。

 はしたない姿にため息をつきながら、姫奈美はほんのり赤く染まった頬を隠すようお椀を持ち上げて、そっと視線を逸らす。

 

「……実は、篝と明日、デートするんだ」

「へぇー……、へぇーっ!? えぇーっ!? 嘘マジ!?」

「マジもマジ。大マジだ。今日誘って、了解をもらった」

 

 昼からだけどな、と付け足しながらも姫奈美は満面の笑みを浮かべていた。

 おそらく相当嬉しいのだろう。なんともまあ、幼馴染み想いの同居人である。

 

「篝と二人っきりで遊ぶの、久しぶりだからな……この前が一年生のとき、一緒に水族館へ行ったときだから……ちょうど一年と三ヶ月ぶりだな」

「なに、そんな細かいところまで覚えてるワケ?」

「そりゃもちろん。なんなら時間まできっちりソラで言えるぞ!」

「お、おぅ……マジっすか……」

 

 ニコニコと案外洒落にならないコトを言う姫奈美に、伽蓮はおずおずと答えた。

 

 てか若干引いた。

 ちょっと、知り合いの彼にプライベートがあるか、とか心配になる。

 

「……姫奈美と篝っちってさあ」

「? うん」

「なんか、意外っていうか。こう、珍しい組み合わせだよね」

「そうか?」

「そうでしょー」

 

 そうだろうか? なんて一段と首を傾げながら思う姫奈美。

 

「だってふたりとも正反対だし。気が合うとか、趣味が合うとか? そういう部分、あんまりなさそうなのになーって」

「……ああ、なるほど。そういうことか」

 

 くすりと微笑みつつ、姫奈美は静かにお椀を置いた。

 

 たしかに伽蓮の言う通りである。

 一見する自分と彼とでは、重なる姿がどうにも。

 

「一番はたぶん、幼馴染みだからっていうのが大きいな。たしかに私と篝じゃ色々と違うところも多いけど、そうだって分かってたらやりようもあるだろう?」

「……まあ、たしかに」

「それに――あぁ……いや、私自身……昔は仲の良い幼馴染みー……ってぐらいの認識、だったんだけ、ど」

「? うんうん」

 

 くるくると自分の髪の毛をいじる彼女は、誰から見ても分かるぐらい妙に歯切れが悪い。

 

 その視線はしずしずと首元のマフラーに落とされている。

 篝お手製だと伽蓮も聞いた、夏場であろうと春先であろうと、いつも彼女が身に付けている一種のトレードマークだ。

 

「……惚れちゃった、からな……私のほうが」

「あらあら」

 

 そりゃまあなんとも、と伽蓮も苦笑と共に箸を動かす手を止めて、話に耳を傾ける。

 

「……伽蓮はもう知ってるから、いいか」

「?」

「いや……このマフラー、中学二年の誕生日に篝からもらったんだ。手作りだってのは、知ってるだろう?」

「まあねー。アレでしょ。最初は星刻を隠してたんでしょー?」

「ああ。で、この際告白すると……あー……その頃、ちょっと……いじめられてて」

「え?」

 

 唐突なカミングアウトに、伽蓮はまじまじと姫奈美の目を見つめてしまう。

 

「姫奈美が? 中学のときに?」

「……うん。私の星刻、首元で割と目立つし、その時から二十幾つあったからな。気持ち悪いとか、不気味だとか、おかしいとか、な。……色々言われた時があった」

 

 そう言いながら項垂れる彼女の姿は、過去の話と割り切っているにせよ弱々しい。

 学園一位、常勝無敗の最強として頂点に立つ少女からは想像できないとしてもだ。

 

 きっと語っている以上に苦痛はあったし、悲痛もあったのだろう。

 

「本当、あの時期は辛くってなあ……嫌がらせも受けたし、そもそも普通に生活すること自体嫌にもなってた。もうこのまま全部壊れてしまえー……とか、思ってさ。でも、流石にそんなことできないだろ? ……だからずっと耐えてて、でもきつくて、悔しくて」

「……うん」

「そしたらさ、篝がこれ、渡してきて。大丈夫だよって。これで首を隠せば見えないし、僕も一緒にするから変じゃないー……とか、言うんだよ。しかも目元に隈までつくって。ありえないだろ本当。――――あれ、駄目だ。ズルいんだよ。あいつ、もう……っ」

 

 思い出したのか、かぁっと顔をまっ赤にして姫奈美がそっぽを向く。

 

 〝――めっちゃイカしてるムーブしてんじゃん篝っち!〟

 

 それに胸中、落雷でも落ちたかのような衝撃を受けているのが伽蓮だった。

 

 たしかにずるい。

 そんなのは反則だ。

 しかもお揃いで用意しているというのが余計クる。

 

 ちょっと篝の内心評価を二段階ほどあげておいた。

 彼女的にポイント高い。

 

「……ま、気持ち分からないでもないし。そうなると余計なちょっかいはかけられないね。明日、しっかり楽しんできなよ?」

「ああ。時間的にも、そんなに無いからな」

「? 午後からまるまる遊ぶんでしょ?」

「ああ、そうだが……いや。そうだな、こっちの話だ」

「??」

 

 なんでもない、と切り上げて姫奈美は再度お椀と箸を両手に持つ。

 

 それで夕食の席は再開された。

 

 気になる言い方ではあるが、いまはそれよりも優先度の高い話がある。

 主に十代のアオハル的好奇心によって。

 

「ね、ね。もっと他になんかあったりする? 篝っちとのエピソード!」

「他って……大抵、話せば長くなるぞ?」

「いいよ全然! 長くても! 私は聞きたーい!」

「……まったく」

 

 仕方ないという風に息を吐いて、それから少しずつ姫奈美は語り出した。

 

 鍋を囲んだ食卓には賑やかな会話がよく似合う。

 

 結局、ふたりが完食するまで、懐かしい幼馴染みたちの昔話は続けられるのだった。

 

 

 

 

 


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