星刻学園の落ちこぼれ   作:4kibou

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14/彼女のヒミツ

 

 

 

 つまるところ。土曜日の夜、こういうことがあった。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

「私は、もうおまえと一緒に居られないんだ」

 

 見ようによっては、なにかを堪えるような表情で。

 あるいはどこか、なにかを諦めたような表情で。

 

 十藤姫奈美は、目の前の少年にそう告げた。

 

「――――っ」

 

 ひく、と喉が干上がっていく感覚。

 あまりの衝撃、驚愕に、思考より先に体が反応した。

 

 もう一緒に居られない。

 共に過ごすことはできない。

 

 それはある程度予測できていた、けれど、あまりにも予想だにしなかった言葉。

 

 飾らない台詞は、そのまま容赦なく彼の心を抉っていく。

 

「っ……な、んで……」

「……理由、分かるだろ?」

 

 分からない。

 分かりたくもない。

 

 そんな彼の主張は、現実を前に通用しない。

 単なる子供のワガママを容認するほど、この世界は甘くない。

 

「……っ、……だ、って……」

「……だってもなにもない。多分これは、ずっと前から決まってたことなんだ」

 

 運命みたいなものだよ、と語る姫奈美の声に、ある筈の弱々しさはなかった。

 

 表情だけが曖昧に歪んでいて、けれど、声音にはしっかりとした強さがある。

 もう既に、心の奥底ではなにもかもを決めているようなブレのなさ。

 

 ――そんな彼女の姿を、篝は、何度も見たことがあった。

 

「見たんだろう、私の、首元」

「っ…………」

「だったら、言うまでもないじゃないか。おまえも聞いたことぐらいあるだろう。まあ、私もこうして発現するまでは半信半疑だったがな……実際、出てからは理解できた」

 

 ゆっくりと、姫奈美の手が首元のマフラーにかかる。

 

 そこに隠されているのは、彼女にとっても、彼にとっても複雑な思い出を抱える稲妻模様の星刻。

 三十を超えた青色の雷は、幾つにも重なって姫奈美の首に浮かんでいる。

 

 けれど、今は。

 

「――ほら。これ、見えるだろう?」

 

 しゅるりとマフラーを解いた姫奈美が、そのまま首筋――うなじから肩へかけてのあたり――を見せるように肌を出した。

 そこにあるのはもちろん星刻ではない。

 

 一瞬の錯覚、ひとときの空目。

 

 はたまた幻覚、幻視、そういった類いであるという可能性が消失する。

 たしかに存在するソレは、彼女の肌へ浮かぶように現れていた。

 

 見慣れた形と、少女を表す力と同じ色。

 五角形の頂点同士を合わせたような星の形は、変わったモノでもなんでもない。

 

 ――それが、痣のように浮かんでいなければ。

 

「そう。星形の、痣だよ」

「…………っ」

 

 答え合わせは無慈悲にも。

 脳内に響くのは、いつしか聞いた担任教師の言葉。

 

『……発現すると限界を超えて『星刻』の力を使える代わり一月後に『星霊』に連れ去られて肉体ごと消失する星形の痣……とかはまあ、そも実力者しか出ないモノですから皆さんには関係ないですし……』

 

 そうだ、たしかに篝たちには関係がなかった。

 

 事実五組に所属する生徒たちは、学内の成績が振るわない、実力的にも難がある問題児ばかり。

 だから彼らにその可能性は存在しない。

 

 けれど、

 

 ――けれど、この学園でただ一人、誰もが口を揃えて最強と認める彼女となれば、話は違ってくる。

 

「先月の終わり頃かな。その日も三年生と決闘があって、帰ったあと、シャワーを浴びていたらもう浮かんでいた。……驚いたよ。まさかそんな、と疑ったし、眉唾物の話だから偶然かなにかだろうとも思った。……けどな」

 

 何故なら。

 十藤姫奈美は紛れもない、入学してから一度も負けていない〝実力者〟だ。

 

「それから、すこぶる調子が良いんだ。星刻から湧き出るように力が溢れてくる。それをどう扱っていいかも、どうすれば何を出来るかも手に取るように分かる。今まで感じてた無意識の〝壁〟っていうんだろうかな、それが、壊れた気がした。――ああ、これは本当のコトだったんだって、それから後の試合のなかで、確信した」

 

 どこか嬉しそうに微笑む姫奈美。

 

 その顔に嘘偽りは一切ない。

 本心からの言葉、彼女がなによりも追い求めたであろうモノ。

 

 その想いがなんとなく分かってしまうのは、幼馴染みとして長く一緒に居た結果か。

 

「前よりずっと、もっと速く、もっと強烈に、もっと凄絶に。そう思えば星刻は応えてくれた。繋がった先、高い座にある星霊が私を認めてくれている。どうして一月後に消えるのか、その真相を垣間見た。……この痣は、印なんだと思う」

「……し、るし?」

「ああ。星霊が定めた人に宿る印。それが星形の痣。……星の外側、高次元へと導かれる選ばれた証だ。その猶予期間が一か月。なんてことはない。私は消えて、彼らと同じ場所へと導かれる。そうしてまた、夜空に浮かぶ星の一つになるようなものだ」

 

 要するに、つまり、それは。

 

「才ある者、頭角を現した者、人の身では辿り着けない領域に立った者。星刻の力とは、すなわち星霊の力だ。彼らの力を上手く扱える人間が欲しいと思うのは、まあ、彼らの事情故なのだろうな。真実は知らない。だが、私は呼ばれた」

 

 目的も、考えも、どうしてそうなるかも分からない。

 

 知っているのはただ触れるコトもできない別次元の星霊だけ。

 その一端、触覚ですらこの世にとって超常となり得る未知の脅威そのもの。

 

 ならば当然、思考を理解する事なんて人間の目線からは叶わないだろう。

 

「声を聞いたんだ。誰かも分からない、なにかの声。だけど理解はできた。そう語っているのだと、頭ではなく、どこか別の部分で。……十中八九ソレ以外にない。ならば最早、目を逸らしている場合でもないだろう。なにより恩恵だけを受けて、その不利益から目を背けるというコト自体が気にくわなかったのもある。だから、はっきり言うぞ」

 

 彼女らしい、なんとも強かな理由だった。

 こんな状況でもなければ思わず微笑んでしまいそうなほど、姫奈美らしい考え方。

 

 でもそれは、この場に置いて非情な現実を彼に叩きつけるだけのものだった。

 

「――私は一週間もしないうちに、この世界から消えて居なくなる」

「っ…………!」

 

 察していた。

 考えていた。

 予想していた。

 読んでいた。

 

 けれど、ああ、けれども。

 

「その為の今日のデートだったのだ。まあ……なんというか、心残りを減らす目的を兼ねて……な。たったひとつ、おまえとあまり遊べてないのが、一緒に過ごせてないのが後悔だったんだ。うん。……それも、こうやって片付けられた」

 

 ふんわりと、どこまでも穏やかに姫奈美は微笑む。

 

 生への執着も、消失への恐怖も、ここに来て一切持ち得てはいない。

 

 無いということではなく。

 

 きっと、彼女はそれすら容易く、簡単に乗り越えてしまっているのだろう。

 

「悔いはない。未練もなくなった。お陰でな、今日一日、本当に楽しかったんだ。とても、とってもだ。……ありがとう、篝。ずっとずっと、おまえには感謝で一杯だった。おまえと出会えたことも、一緒に過ごせたことも、幼馴染みであれたことも……ぜんぶがぜんぶ、私にとってかけがえのないことなんだ」

 

 心構え、準備、用意、そんなものでどうにかなる問題ではない。

 だってこれは、どうしようもない。

 こんなのはどうにもできるはずだない。

 

 だって、そうだ、こんな――

 

「沢山の〝思い出〟をくれて、沢山の〝優しさ〟をくれて。そして沢山の……〝好き〟をくれた。最高だよ、篝。おまえと過ごせた時間は、なにより幸せだった」

 

 こんなのは、分かっていても、我慢できるものではない。

 

「……そう泣くな、篝。私もまあ……おまえと会えなくなるのは寂しいが」

「――――っ」

 

 どうしても零れてしまう。

 流れてしまう。

 ああ、これではダメだと分かっているのに。

 こんな態度では彼女に合わせる顔もないと分かっているのに。

 

 それでも。

 

 それでも、涙は流れていってしまう。

 情けない、ただ悲しむだけの、脆い涙が。

 

「実際、あんまり落ち込んではいないんだよ。十七年だ。短い人生だったが、その分充実していたように思う。……悪くはなかった、むしろ良かったな。私はおおむね私らしく、ずっとここまで来れた。なら最後までそうあるだけだ。胸を張れる私のまま、終わりまで堂々と前を向いていることに決めた」

 

 一体どの口が並び立ちたいと、幼馴染みだと言うのだろう。

 こんなにも弱々しくて、こんなにも無様を晒して泣きじゃくっている。

 

 涙は止まらない。

 

 泣いてしまう自分をどうにもできない。

 篝として譲れない大事なものは、そこにあるというのに。

 

「落雷のよう強烈に。痺れさせて、轟いて。……そうやって駆け抜けた人生は、きっと鮮やかで素敵だ。その輝きが一瞬だとしても、それが私の納得いく人生なら尚更。覚悟は決めた。準備もこうして済ませた。なら、あとは時を待つだけだ」

 

 もしも彼女が、一ミリでも恐怖していれば。

 もしも彼女が、ほんのわずかでもその終わり方に異を唱えるならば。

 

 きっと篝にだって、なにか言えることがあったのだろう。

 声をかけることができたのだろう。

 

 でも、それはおそらく十藤姫奈美としてありえない。

 彼女という存在が、そんな軟弱な自分を許容できるような器ではない。

 

 彼女は強かだ。

 

 故に。

 

「ああ、でも、ちょっと心配だな。篝のことは」

「っ――――…………」

「私がいないからって、適当なことしたらダメだぞ。ちゃんと制服はネクタイを締めて、髪も梳いて、しっかりご飯食べて」

「……っ、――――っ」

「それから勉強もきちんとして、テストも頑張って、それから、それから――」

 

 故に、誰かに救われて欲しいなどと望む弱さは、微塵も備えていなかった。

 

「――それから、ちゃんと、私の分まで生きるんだぞ」

「――――――っ」

 

 もう何も言えない、もう何も語れない。

 

 ただ涙だけが流れてしまう。

 篝の瞳からとめどなく、大粒の涙だけが流れてしまう。

 

 なぜ、どうして、自分は、彼女は。

 

 こんなにも――

 

「……大丈夫、大丈夫だ。篝。私の最高の幼馴染み。おまえはずっと、ずっと――」

 

 

 

 ――こんなにも、強い(弱い)のだろう――

 

 

 

 

 


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