星刻学園の落ちこぼれ   作:4kibou

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15/星の導くままに

 

 

 

 昼食を手早く片付けた篝は、そのまま学園の図書館へと向かった。

 

 本校舎から南側への渡り廊下を行った先。

 近隣でも随一の蔵書数と、並大抵ではない広さを持つ本の海へと足を踏み入れる。

 

 中は静かで人気も少ない。

 昼休みが始まってから三十分と経たない時間、人影はカウンターに座る図書委員の姿ぐらいなものだ。

 係であろうその女生徒にぺこりと会釈をして、篝はすたすたと室内を歩いていく。

 

 ……天井の高さもさることながら、大きな図書館は縦横にも十二分なスペースが設けられている。

 ずらりと並ぶ大小様々な本棚。

 ぎっしりと詰め込まれた厚みも装丁もバラバラな書物は、一冊抜けば雪崩を巻き起こしそうな錯覚すら覚える。

 

 奇跡的なバランスで保っているようにも、当たり前のように固定されているようにも思える本の山。

 流石にこれだけの数にもなると、全部の中から目当ての一冊を探し出すのも一苦労だ。

 

 一応、本はジャンル毎に分けられているが、それにしたって完璧とはいかない。

 人間のする仕事はどうしても小さなミスや見落としが出来てしまう。

 が、これに関しては責めるばかりではなく、これほどの蔵書数を捌いている図書委員を褒めるべきだ。

 

 彼らの仕事は大変だが、その分、役目を全うしようという心意気に満ちている。

 

 本棚を奥へ進んで、入り口からそこそこ離れたあたりで篝の足は止まった。

 主に手芸関連の書籍が並んでいる一角である。

 

『……僕にいまできることなんて、これぐらいしか思いつかないし……』

 

 そう内心でひとりごちて、近くの梯子へと足をかける。

 広い図書館、高い本棚は一番上まで登らなくては目を通せない。

 

 高所は当然苦手な篝だが、土曜日の経験がすこしだけ足の震えをマシにしていた。

 

 比べるのもどうかという高さだが、お陰で恐怖も薄れている。

 

『新しいマフラーか……手袋、かなあ。……どっちでも、無駄になっちゃうけど』

 

 梯子を上りながら、思わず自嘲してしまう。

 最後には価値がなくなるもの、けれどそれを贈るということ自体に意味が無いとは限らない。

 

 それは分かっている。

 でも、なにより胸につかえているのは、その結末で。

 

『…………、』

 

 きっと、いくらプレゼントを用意したところで、いくら泣き叫んだところで、姫奈美の消失は避けられない。

 どうすれば避けられるのかも篝には分からない。

 いや、そもそもが今現在、確固たる証拠として存在していなかった。

 

 星形の痣。

 

 星刻の限界点を超える象徴は、発生するのもごく稀だ。

 史実でもいまだ三人は居ないほどのレアケース。

 当然、その処置方法、対処方法の解明も進んでいない。

 

 曰く、彼女が言うには星の導き。

 星刻の力をうまく扱える人間を求めて、星霊たちが選定する高次元へと招く印だという。

 

 星刻から流れる力は星霊と同質だ。

 ならば彼女の星刻が〝壁〟を超えたのも、三十以上と多い画数を持っているのも頷ける。

 それだけ星霊に認められ、力を貸し与えられているということなのだろう。

 

『……このまま、お別れ……、……っ、ううん、姫奈美ちゃんはもう覚悟してる。なのに僕が弱気のままじゃ、本当に合わせる顔がどこにもない……!』

 

 最上段まで梯子を上りきって、しっかりしろと篝は頬を叩く。

 

 いつまでもめそめそしてはいられなかった。

 なによりまったく時間がない。

 

 こうなった以上、やれる事ぐらいやらなくては彼女の信頼を裏切ることになる。

 泣くのも悲しむのも最後の最後、全部が終わって無くなってからだ。

 

 それまで涙は、もう流さないと。

 

『こういうとき、ひとつでも特技があって良かったな……ちょっとでも恩返しができる。なにがいいだろう。姫奈美ちゃん、なになら喜んでくれるかな……』

 

 きっとなんでも喜んでくれるだろうことは、なんとなく篝も察している。

 あの幼馴染みは彼の手作りならどんな物でも笑顔で受け取ってくれるのだ。

 

 その優しさは暖かいけれど、どうせなら最期、これ以上ないものを選びたい。

 とりあえず右端から順に本を引き抜いていって、何か良さげなものはないかと探してみる。

 

『…………、』

 

 ペラペラとめくられる本の頁。

 パタンと閉じて戻されて、隣の一冊がまた引き抜かれていく。

 

 しばらくはその繰り返し。

 

 頭に浮かんできたいくつかの案と、その中のどれにするかを悩みかけてきた頃。

 ふと、次に伸ばした指先の感覚が、一際固いところにあたった。

 

『ん?』

 

 ぐいぐいと引っ張ってみるも、指は一向に引き抜ける様子がない。

 

 およそ中央寄り。

 左右から挟まれて詰まった分厚い装丁の本がひとつ、本棚を圧迫して抜け難くしている。

 

 背表紙にはタイトルも著書名も書かれていない。

 薄かったり小さかったりする手芸用の本のなかで、その一冊だけがどことなく異彩を放っている。

 

 だから、だろうか。

 

 妙に気になって、篝は思いっきりその本を引っ張り出そうとし――、

 

「わわっ!?」

 

 ずるん、と。

 勢い余って、梯子にかけていた足が見事に滑った。

 

 ふわりと空中に投げ出される身体。

 永遠にも感じる一瞬の浮遊感。

 

 急激な状態の変化は、知覚よりも先に脳内を混乱が埋め尽くす。

 考えるよりも先に本能が反応する。

 

 ああ、ダメだ、落ちる、間に合わない。

 

 受け身を取ろうにもパニックで体の動かし方さえ曖昧だった。

 四肢を放り出したまま、篝はゆっくりと、重力に従って瞬く間に落ちていく。

 

 衝撃は、一秒後にきっかりと。

 

「っだぁ――――!?」

 

 どったんばったんどささささーっ! と、最上段から流れてきた本に押し潰されながら無惨にも倒れこむのだった。

 

「――ちょっ、なに今の音……って、だ、大丈夫ですか折原さん!?」

「だ、だいじょう、ぶ、です……」

「全然そうは見えませんが!? というかよく無事でしたね!!」

「僕もいちおう、星刻、ありますから……」

 

 いてて、と腰をさすりながら起き上がる篝。

 その体には何冊もの本が土砂のように覆い被さっている。

 

 希によくある天蠍学園大図書館の恒例災害、別名『紙雪崩』だ。

 彼のような二年生はともかく、本来ならこの図書館の大きさに慣れていない入学したばかりの一年生が起こすコトなのだが……、

 

「と、とにかく一旦、落ちちゃった本を元に戻しましょう。私も手伝いますので」

「あ、はい……ごめんなさい、ありがとうございます」

「いいですよ、別に。こういうのも図書委員の仕事ですから」

 

 ニコリと笑う女生徒にぺこぺこと頭を下げつつ、篝もせっせと足元の本を拾っていく。

 

「……あ、これ」

「はい? ……ああ、それ、星霊についての本ですね。たしか、大分昔からあるとかで、誰が書いたかも分かってないんですよ。……振り分けのときに間違えちゃってたみたいですね。あとで戻しておきます」

「……星霊、の……?」

「ええ。私も委員の一人なので、一度全部目は通しましたけど……お恥ずかしい話、あまりよく分かりませんでした。なんだか、難しいことばかり書いていて」

 

 資格とか選定基準がどうとかー、なんておぼろげな記憶を語る女子生徒。

 

 事実、それは意味の分からない言葉の羅列だったのだろう。

 気にした様子もなく片付けを続ける少女の横で、けれど篝は、どうにも無視できない予感を覚えた。

 

 資格と、選定基準。

 

 それが一体なにを意味するものなのかを、彼は一瞬考えて。

 

《秘匿を破る為に、先ず知恵が必要だ。我々は星へ至る為に理解しなくてはならない》

 

 気づけば自然と、その中を覗き込んでいた。

 

《彼らは元来、我々と同位であった。星の外側、首領の座には消失した原初の神秘を持っていなければ至れない。故に生を全うした彼らは、生ある我々にそれを分け与えた》

 

 文字を追う目を止められない。

 

 頭の中にはぐるぐると渦巻く予測の回答。

 良心の呵責が同時にページを捲る手を止めようとする。

 

 今はこんなことをしている場合ではない。

 人に手伝って貰っているのだから、本を片付けるのが先だと。

 

 なのに。

 

《意思は五つ。機構も五つ。だがその役割は既に破綻している。火はまだ強い。だが地は擦れている。選定が疎らだ。それでも秘匿だけは固く閉じている。残滓はそれでも強い》

 

 胸の奥で跳ねる心臓が、頭のなかで囁くなにかが、一向に止まらない。

 

《認めし者には導きを。逆しまならば撤回を。基準は承認されていない。我々には不足している知識がある。隠されているものを解くのは、やはり星に触れた知恵だ》

 

 何を書いているのか、何を示しているのか、さっぱり分からない。

 理解もできない。

 

 けれどもたしかに、するりと入り込むような何かがあった。

 

《望むなら指標とせよ。拒むなら反面とせよ。全て彼ら、座の意思に委ねられている》

 

 確信は、どこまでも体の内側に。

 

《薪を焼べろ。燃料は灯るものだ。熱を抱く者よ、斯くて己の心に実直であり、想え》

 

《常に心は波紋を立てず。大海に於いて微動は許されない。流れる者よ、静寂を好め》

 

《揺らし、揺らされ、其れを抱えろ。唯一を無二と定めよ。吹き荒ぶのは一人のみだ》

 

《震えを超え、崩壊を越え、やがて固まる。二足で立て陸の勇者。不屈の名を示して》

 

 記述は曖昧で回りくどいものだった。

 他者への理解、習得を前提としていない走り書き、メモ書きにも似た自分へ宛てた文章だ。

 

 けれど、間違いなくそこに解答は存在する。

 

《響き鳴り轟かせろ。空を裂き走れ天地を繋ぐ申し子。その身に勝利以外の功は非ず》

 

「――――――」

「……折原さん?」

 

 果たして、前提として実力が高いという括りがあったとして。

 それだけで星霊が決めるのなら、彼女だけではなく他の序列を持つ生徒たちにも痣が出ていなければおかしい。

 

 星刻の違い。

 色と属性。

 それぞれが異なった要素を持つ五と五の組み合わせ。

 

 引っ掛かる部分はどこか。

 通常なら滅多に起きない星刻の増減、それが姫奈美にはよく起こることがあったらしい。

 それも、この学園に入ってからのことだ。

 

 なら、それまでと今で違っているところはどこか。

 

 ……言うまでもない。

 幾度にも行われる星刻使い同士の決闘は、学園でのみだった。

 

『響く唸る、天地を繋ぐ……稲妻、落雷……? なら、勝利以外ってことは――』

 

 思い出せ、と篝は自分の脳内へ訴えかける。

 彼女から星刻がまた増えたと聞いたとき、事前に必ず起きているコトが無かったか。

 

 いいや、あった筈だ。

 

 間違いなく、彼女は毎回のように決闘が終わったあと、三回に一回ほどのペースで星刻が増えていた。

 

「――勝ち続けているから、選ばれた……?」

「? あの、折原さん?」

「……いや、違う。逆だ。負けてないからだ。それ以外は要らないなら、それ以外がない姫奈美ちゃんを決めるのは当然だった。うん。そうだ、じゃあ、それって――」

 

 つまり、その荒野に積み上がった戦果を台無しにするだけでいい。

 

『――――なに、それ』

「!?」

 

 導き出した答えに、思わず頬が引き攣る。

 相反する感情、思想に表情筋が動いた。

 

「どっ、どうしたんです折原さん? やっぱり頭とか打っちゃいました? 保健室行きましょうか? むしろ連れていきましょうか!?」

「……いえ。大丈夫です。ごめんなさい。二度目になりますけど、本当にありがとうございます」

「え、いや、そこまで謝らずとも……」

「それでも、言いたくなっちゃって。――おかげで、すこし、元気が出ました」

 

 にこりと微笑んだ篝は、そのままテキパキと散らばった本を拾っていく。

 とりあえず、今は目の前のコトから。

 それから先は、アレコレと考えるまでもなく。

 

 ただ出来上がった目標以外に、余所見はできないと前を向いていた。

 

 

 

 

 


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