星刻学園の落ちこぼれ   作:4kibou

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第一章/ 序列一位【青電姫】
1/少女たちの朝


 

 

 

 鮮やかに、後悔はなく、振り向きもせず。

 

 人生とは舞台だ。

 一度上がれば観客はその時それぞれ。良いも悪いも自分の手で決められるもの。

 その中で変わらないのはたったひとつ。最初に見る〝私〟という人間だけ。

 

 ならば私は、それこそ落雷のよう強烈に。

 

 すべてを痺れさせて、駆け抜けていく人生でありたい。

 それが一瞬で消えていく儚いものだとしても、そうとしてやり遂げた人生はきっと――

 

 ――きっと、どんな結末より誇れる価値があるだろうから。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 じりじりと、けたたましい音が鳴っている。

 

「…………、」

 

 耳元でうるさいぐらい響くのは、昨夜かけた目覚まし時計だ。

 今日も今日とて定時を確認した彼は、自らの職務を全うしようと「起きろ起きろ」なんて盛大に頭のベルを叩いている。

 

 染み付いた習慣か、はたまたその音の性質によるものだろう。

 重たい眠気を引き摺りながらも、彼女の瞼はゆっくり持ち上げられていく。

 

『ぅぁ……』

 

 くあ、と大きな欠伸をひとつ。

 

 ちらりと音の元凶に目を向ければ、ちょうど針はどちらも真下を回った頃だった。

 

 時刻は午前六時半過ぎ。まだ陽も昇りかけた朝の時間帯。

 

 これが休日ならもう一眠りと洒落こむところなのだが、あいにく本日は平日である。

 学生である彼女はもちろん学校へ行かなくてはならない。

 

 なので、ここはさっさと布団から出てしまうのが賢い選択なのだが、

 

『むぅ…………、』

 

 じぃっと、時計とにらめっこ。

 

 起き抜けの気分はお世辞にもいいとは言えない。

 もともと低血圧気味であった彼女だが、それに加えて先ほどの〝夢〟の件もある。

 

 文句なしで良いモノだった夢の内容は、思い出してもちょっと悶えるほどだった。

 それが空気を読まない器物の絶叫で打ち消されたというのだから、すこしご機嫌ななめになってしまうのも仕方がないだろう。

 

 〝コイツが起こさなければもっと長く味わえたのに……!〟

 

 そんな八つ当たりをするも、時計(かれ)にはまったく罪はない。

 むしろ主人を寝坊させない為、職務に忠実であろうとしたコトは褒められるべきだ。

 

 はあ、とひとつため息をつく。

 

 寝惚け眼をごしごしと擦りながら、布団にくるまっていま一度時計を見る。

 

「…………、」

 

 ホームルームの時間は八時半、その十分前に教室へ着いていればいいので、諸々の準備に要る時間を考えても七時半までは寝ていられる。

 ギリギリにはなるだろうが、それでも身支度はちゃんと整えられるだろうし、なんなら睡魔も解消されて一石二鳥だ。

 

 尤も、その時間ちょうどに起きられるかどうかと言われると、朝に弱い彼女にはちょっと自信がなかった。

 

 取るべき選択は現在(いま)の贅沢か、未来(さき)の余裕か。

 

 ……すこし考えて、彼女は観念したように時計の頭を叩いてベッドから這い出た。

 

 暦の上では十二月。真冬の寒さは容赦がない。寝間着の上からでも容赦なく肌を刺す冷気に凍えながら、部屋を横断して窓際へ。

 

 カーテンを開ける。

 まだ白んでいる空の向こうを視界の端におさめながら、クローゼットまで歩いていく。

 

 二年ほどになる制服に袖を通して、軽く身嗜みを整えつつ、姿見の前でくるりと一回転。

 

「…………ん、よし」

 

 ひととおり満足したところで、とっておきであるクローバーの髪留めと毛糸のマフラーを身につけて、彼女は部屋を後にした。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 自室から繋がる扉をくぐって、居間へと足を踏み入れる。

 

 早朝の気温で本来冷めきっているはずのリビングは意外にも暖かい。

 どうしてかなんて考えるまでもなく、彼女はソファーでくつろぐ先客へと目を向けた。

 

「お、今日は十五分も早い」

「……伽蓮(かれん)

「おはよ、姫奈美(ひなみ)。すごかったよー、アラームの音」

 

 くすくす笑いながらからかってきたのは、かれこれ制服と同じぐらいの付き合いになる同居人である。

 

 彼女たちが暮らしているのは学園の敷地内にある学生寮で、原則としてふたり一部屋というのがルールとなっている。

 部屋割りは入学時に決められ、余程の事情や問題がなければ、その時の相手が卒業まで寝食を共にするパートナーになる。

 

 彼女にとってのそれが目の前にいる少女だった。

 

 子波(こなみ)伽蓮。

 

 緑がかった黒髪を後ろでひとつにまとめた髪型と、エメラルドに光る碧色の瞳。

 全体的に着崩された制服と、ところどころに散りばめられた赤いイヤリングやネックレスといった装飾品(アクセサリー)の数々。

 色々と着飾られた姿は、本人の意向はともかくどこか軽めの雰囲気を醸し出している。

 

 白くて細い手足は伽蓮曰く「日頃の努力の賜物」だ。

 

 彼女は居間に入ってきた相方をちらりと見つつも、早々に視線を手元へ戻す。

 左手のマグカップと、テーブルに置かれたブロック状の簡易食を見るに、どうやら既に朝食を摂りはじめているらしい。

 

 忙しなく動く目は、空いた片手のファッション雑誌へと向けられていた。

 

「そういう伽蓮は……朝は強かったな。前から」

「そりゃあまあ。早寝早起きはお肌の味方ですから」

 

 何事も健康一番、といいながら伽蓮はブロック菓子をマグカップの紅茶と共に流しこむ。

 

「……ちゃんとしたものを食べないと体、壊すぞ」

「へーきへーき! 大丈夫だって! なにより栄養はちゃんと摂ってますし?」

「そういう問題じゃないだろう……」

 

 まったく、とぼやきつつリビングを抜けて台所に向かう。

 

 朝の時間は有限だ、彼女も早々に食事を用意しなくてはいけない。

 寝起きからフライパンを振る気にはなれないので、即席でつくれるモノにする。

 

 冷蔵庫から昨日の残りのご飯とインスタントの焼き魚、それとお湯を注ぐだけの味噌汁の素を用意して、準備できたものからお盆に載せていく。

 

「あーっ! そういう姫奈美だって手抜きしてるじゃん!」

「私はいいんだ。それにほら、内容はちゃんとした朝ご飯だぞ。献立を見れば圧勝だ」

「インスタントで偉そうにしてもダメですー! どうせなら玉子焼きでもつくってよー」

「伽蓮がつくればいいじゃないか」

「いやだって、めんどーだし」

「私もそういうことだよ」

 

 十代の女子としてある意味飾らない本音をこぼしつつ、彼女は出来上がった朝食と共に伽蓮の対面になるよう反対側のソファーに腰掛けた。

 

 テーブルに置かれたのはレンジでチンしたご飯と焼き魚、即席の味噌汁と温かい緑茶。

 見た目だけは古き良き日本の食卓、といった光景を前にいただきますと手を合わせる。

 

 最近のインスタント食品は手軽さだけでなく、味のほどもなかなか侮れない。

 

「朝からそんなに食べると太るよー、ぜったい太る! ……太る筈なんだけどなあ……?」

「そうでもないが」

「姫奈美がおかしいんだって! その栄養はどこへいってるワケ? 筋肉?」

「……私、そこまで筋肉質じゃないぞ」

 

 すくなくとも腹筋は割れていない、たぶん。

 

「じゃあ胸かー」

「おい……」

「てかマジでなんなの姫奈美は。スタイル良いし肌も白いしおまけに頭も良くて腕っ節も強いとか、あれじゃん。完璧超人じゃん」

「そんなに褒めてもお茶以外出てこないぞ」

「いいや。あたし紅茶派だし」

「……む、そうか」

 

 そういえば〝彼〟も紅茶派だったな、なんて思いながら緑茶を啜る。

 

 このほんのりとした渋みと温かさが食事のお供にちょうど良いのだが、手前の同居人はとくに気にした様子もなく簡易食と紅茶を淡々と口へ運んでいた。

 

 味を楽しむというよりは、雑誌を読むのに夢中です、といった様子。

 

「……ん? なに? あたしの顔になんかついてる?」

「いや……よく食べきれるものだな、と」

「ああ、コレ? そりゃあ食べれるでしょー。食べ物として売ってるんだから」

 

 ボリボリとブロック菓子を平らげる伽蓮を、少女は胡乱げな目で見つめている。

 

 彼女も以前に勧められてひとつ食べたことがあったが、味はともかく食感がダメだった。

 土を食べているようなパサパサ感はどうにも好きになれそうにない。

 

「それにほら、紅茶と一緒に流しこんじゃえば全然オッケーだし!」

「結局無理してるじゃないか……」

「いや、水分がとられるから……」

 

 最後の一欠片を放りこんで、伽蓮はぐいとマグカップを大きく傾けた。

 

 それで向こうの朝食はおしまい。

 あとは登校まで自由時間です、とでも言うように雑誌とのにらめっこに専念する。

 

 ……マナーに関してはともかく、その切り替えの早さは美点だ。

 

 すこし呆れるように苦笑を漏らしつつ、彼女も自分の食事をお腹におさめていく。

 

「あ、そういやさ。たまたま気になったんだけど」

「? うん。どうしたんだ?」

「姫奈美ってさ、いっつもマフラーしてるよね。部屋のなかでも」

 

 なんで? と純粋に疑問のこもった視線で見てくる伽蓮。

 その質問にぴたりと一瞬箸を止めつつも、彼女は「ああ」と頷いて焼き魚を頬張った。

 

「星刻」

「? うん、それが?」

「だから、(ココ)にあるんだよ、星刻が。昔それで色々あってな。その時からの習慣で隠してるんだ。今はもう、ないと落ち着かないからだけど」

「へー……てか意外とつくり良いんだね。毛糸? どこで買ったの」

「………………内緒」

「えー」

 

 言うべきかどうか悩みつつ、結局口をつぐんでもぐもぐとご飯を咀嚼する。

 声だけで本気じゃないと分かる「けちー」なんて伽蓮の抗議は聞かないことにした。

 

 おそらくあっちも単に気になっただけで、なにか意図があってのコトではないだろう。

 無言のまま手抜きとは思えない味に舌鼓を打ちつつ、朝食を片付けていく。

 

 暖房の効いたリビング。

 

 ひざ掛けをして手元へ視線を落とす伽蓮と、黙々と箸を動かす少女は、こうして穏やかな朝を過ごすのだった。

 

 

 

 


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