星刻学園の落ちこぼれ   作:4kibou

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3/ステキな招待状

 

 

 

「はぁぁぁああああ…………」

 

 自分の席に辿り着いた瞬間、彼女――十藤(とおどう)姫奈美は、がくんと膝から崩れ落ちた。

 

 校内でも比較的優秀な生徒が集められた二年一組の教室。

 

 思いっきり項垂れて大きなため息をつく姿は、間違っても先ほどまでの少女と同一人物だとは思えない。

 

「かがりぃぃいいい……どうしてぇ……?」

『毎回思うけどコレ、よく篝っちの前で暴発しないな』

 

 その点だけはきちんと制御できているのか、なんて益体もないコトを考えながら、伽蓮も姫奈美の隣の席へと腰掛ける。

 

「昔はあんなに一緒だったのに……!」

「昔って……篝っちだってもう十七でしょ。……あれ、まだ十六だっけ」

「いや十七だ。篝は六月十四日生まれのふたご座のB型だからな」

「お、おお……そっか……」

 

 聞いてもいないのになぜか自信満々な様子でプロフィールを語る姫奈美。

 それにツッコむべきかどうか悩んで、伽蓮は一旦スルーしておくことにした。

 

 触らぬ神に祟りなし、的な考えで。

 

「でも、そっかぁ……そうだよなあ、もう十七かあ、篝。大きくなったなあ……」

「あたしらも同い年ですよ、おばあちゃん」

「いやだって、ついこの前までこんな小さくて、ちょこちょこついて来てたのになぁ」

 

 可愛かったなあ、なんて懐かしい思い出に耽る幼馴染み。

 もちろん今の彼が可愛くないというわけではないし、むしろ男の子らしさが増した姿は良い、と内心で勝手に納得していた。

 

 あのほっそりした立ち姿を見て「男らしい」なんて感想が出るのは彼女ぐらいだろうが。

 

「けど、別に髪ぐらい良いだろう……はねてたのは本当だし」

「あはは……たぶん篝っちが拒否った理由ってソコじゃないと思うなー……」

「はあ…………かがりぃ…………」

 

 ぼそっと核心じみたコトを呟く伽蓮だったが、落ちこむ少女は聞いてすらいない。

 

 実は彼の髪を触るのがわりと好きで、ちょっとした楽しみだった為に落胆も一入。

 うわごとのように「かがりぃ……」なんて漏らしながら窓の外へ視線を向ける。

 

『もうあまり時間もないのに……』

 

 暦の上では十二月も半分を過ぎたほど。一週間もすればクリスマスも目の前になる。

 

 だからといってどうという事ではないが、生きている以上時間は有限だ。

 まばらに歩いて行く生徒の姿をぼんやり眺めながら、いま一度大きなため息をついた。

 

 まったくどうして、人生とはままならない――

 

「十藤さーん。なんか、用事があるって子が」

「! 篝かッ!?」

「え、や、折原くんじゃないけど」

「篝じゃないのか……」

 

 はあ、なんて一瞬でしょげる姫奈美。

 そのあまりの切り替えように呼びかけた女子生徒すらも苦笑していた。

 

「なんか、一年生の子が話があるって。廊下で待ってるよ」

「一年生?」

 

 なんだろう、と首をかしげながら教室を横断していく。

 

 彼女と親しい人物のなかに下級生の名前はないので、知り合いという線はない。

 篝や伽蓮のように委員会にも入っていない事から、何事かの業務連絡とも違うだろう。

 

 疑問に思いながらも廊下に顔を出して、姫奈美はきょろきょろと周囲を見渡してみる。

 

「あ、すいません。こっちです」

「む、これはどうも。……っと、君が?」

「はい、僭越ながら」

 

 突然お呼び立てしてすいません、と少女はぺこりと頭を下げた。

 

 申し訳なさそうな表情で笑う仕草は、どこか立ち振る舞いよりも丁寧な印象を受ける。

 ともすれば彼女の幼馴染みより自分が無さそうな穏やかな雰囲気。

 

 柔らかな態度にほだされかけて、ふと――彼女は見過ごせない僅かな〝影〟に気づいた。

 

 大人しめの所作に隠されているが、よく見てみれば誤魔化しているほどでもない。

 

「それで、話というのは」

「はい。では手短に、十藤先輩。率直に言ってお願いがあります」

「うん、なんだ?」

「――私と決闘をしてもらえませんか」

 

 スッと、線を引いたように細められていた瞳が、ゆるりと開いて彼女を映す。

 

 なんてことはない。

 初めから隠すも何もない欲望と自信に満ちあふれた瞳。

 

 姫奈美はその目を知っている。

 なによりも一番、彼女自身がその意味をよく分かっている。

 

 凶暴で悪質、傲慢で貪欲な、獣の如き愚かな本能――すなわち、同類の匂い。

 

「――――ほう?」

 

 瞬間、吹き荒れる風と共に広範囲へまき散らされたのは微かな痺れだった。

 彼女のなかで起きた感情の発露が、その首元に刻まれた印を通して力を巻き起こす。

 

 ――天蠍学園では特例として、生徒同士による戦闘行為、即ち決闘が認められている。

 

 不思議な力、人智を超えた〝神秘〟を取り扱うが故の特色だ。

 無論、これは生徒間に起きるいざこざの解決から、果てには学園のなかで選ばれた十人……序列を決める際にも用いられている正式な果たし合いの場と言っていい。

 

 学内序列。

 別名、学園内ランキング。

 

 単純な実力によって決定されるそれは、学年、クラスを問わず強いものが選ばれる。

 

 席は全部で十。

 そこへ入るためには三年生が卒業する時期に力を示すか、現在序列に名を連ねている人間に決闘を挑んで勝利する、または最低引き分けなくてはならない。

 

 何を隠そう姫奈美もそんな序列を持つ一人だった。

 

 群青色の髪に、赤い瞳。

 冬の月を思わせる白い肌と、あまりにも整った容姿。

 姫奈美が〝とある条件〟を提示していたのもあり、当初は彼女の見た目に惹かれて闘いを挑んだ者もいたが、今となっては遠い過去の話。

 

 紛うことなき美人、百人中百人が振り向くほどの美少女と自他ともに認められる姫奈美だが、その本質を知った生徒たちは揃って手を引いたからだ。

 

 立てば鬼神、座れば戦神、歩く姿は阿修羅の如し。

 女子相手にきゃっきゃうふふなかわいいごっこ遊びができる、なんて考えていた野郎共は、全身を返り血に染めて高笑う少女に戦慄した。

 

 端的に言うとガチで引いた。

 

 折れた腕は鞭のように振り回し、千切れた足は飛び道具代わりに投げつけ、あまつさえ視覚を遮る相手を前に自ら目を潰す行為。

 これで「さあその綺麗な容姿に惚れろ」といって素直に頷ける傑物は、彼女を見た目で判断した集団の中にいなかったのである。

 

 薙ぎ倒してきた敵の量は数知れず、心に傷を負った生徒だって少なくない。

 

 要するに多くの勝利と屍を積み上げてきた、彼ら天蠍学園の誇る正真正銘の最強。

 その〝神秘〟の特性をもって、この学園の生徒たちは彼女のコトをこう呼ぶ。

 

 ――学内序列第一位、神速を示す孤高の雷、青い稲妻の【青電姫】――と。

 

「……おいおい、今の聞いたかおまえら……!」

「はは、久々にうちのトップに決闘申請だって? しかも相手は一年ときた!」

「まだ誰も相手してないよね、今年の新入生。とんだ腑抜けばっかだと思ってたけど……いるところにはいるもんだねえ、命知らず」

「まあ、二年生以上も十藤さんの怖さは知ってるから基本挑まないんだけどねー……ね、やめた方がいいよー君。私たちみたいに酷いトラウマ抱えちゃうよー?」

「一生まともに戦えなくなってもいいなら好きにしろよ! はは、思い出して震えがッ」

「……あんな風に言われてるが、どうする?」

 

 クラスメートの反応に呆れつつ、ちらりと女子生徒に視線を向ける。

 腰が引けるか顔が青ざめるか、そういう手合いは何人もいたが……、

 

「どうするも何もないでしょう」

 

 見事、微笑で答えた少女に心臓が高鳴った。

 

「悪いですけど、そんな程度では退けない。こっちにも意地がありますから」

「……ほう、意地か。意地、ねえ……」

「ええ。単刀直入に言います。――貴女と斬り合いたいんだ、【青電姫】」

「――――ハ」

 

 ビシリ、と周囲の窓ガラスに亀裂が走る。

 

 不可視の圧力。

 溢れ出た濃すぎる〝神秘〟が現実へと影響を与える。

 

 善悪も好悪の感情もそこには存在しない。

 たかだか彼女の外見に惑わされて挑んだ人間とは明らかに〝芯〟が違う。

 

 久しぶりに巡り逢えた。

 ならば鼓動が早まるのも無理はない。

 

 そう。

 彼女は。

 ただ純粋に、命のやり取りを愉しむような傑物(どうるい)……!

 

「ぎゃーーーっ!? ちょ、コレ、コレやばくね!?」

「ぴしって言ったぞいま! 割れるか!? 割れるな!!」

「おお、我らが【青電姫】がバチバチしていらっしゃる……」

「言ってる場合か! なんとかしねぇと去年みたいに蛍光灯の雨が降るぞ! おい子波! おまえの嫁だろなんとかしろ!」

「嫁じゃないですけど!? いやでもそうだね! 一旦落ち着こうか姫奈美!」

 

 ざわざわと焦ったように騒ぎはじめる二年一組の優等生一同。

 本来は大人しさと真面目さを好む彼らだが、こと決闘沙汰、しかも自分たちの頭を張る姫奈美のことなら余計に無視できない。

 

 主に野次馬根性で。

 

「…………、」

 

 ともあれ、そんな彼らの反応は、今回に限って吉と出ていた。

 熱に浮かされたような感情の高ぶりを、姫奈美は密かに、吐き出すように静めていく。

 

 ……思い出すのはちょうど一年前。

 その時も歯応えのない相手ばかりとの決闘に嫌気がさしていた彼女は、珍しく純粋な力量を比べたいという生徒を前にはっちゃけたのだ。

 

 つまるところ決闘を挑まれた直後、余波だけで蛍光灯を全部ぶち割っていた。

 

 後になって教師からめちゃくちゃ怒られた、弁解の余地もない失態である。

 

「……すまない。ちょっと、逸った」

「いえ、むしろ嬉しいです。それほどまで期待されるなら、こちらとしても本望ですから」

「――――――――」

 

 ビシビシと、二つ目の亀裂が走った。

 

「おいばか! 一年! それ以上言うなー!」

「やめろー! このまま被害をでかくする気か!? そろそろ理事長がキレるぞ!」

「清掃班用意できました! 箒とちりとり、ヨシ!」

「ヨシ、じゃねえんだよなあ……さっさと止めろよ、誰か。俺は嫌だけど」

「姫奈美、姫奈美ー、落ち着いてー……深呼吸しよう。ひっひっふー」

「子波、それ出るやつ」

 

 途端、ぎゃーぎゃーと騒ぎはじめる教室と、それに再度心を落ち着けさせる姫奈美。

 

 彼女のような相手を前に気分があがるのは仕方ないが、今は我慢、と己に言い聞かせる。

 そうでもしないと、下手すればこのままぜんぶ吹き飛ばしてしまいかねなかった。

 

「気持ちは理解した。良いだろう。その決闘、ここに受諾する」

「ありがとうございます。……ええ、本当に良かった。でなきゃここに立った意味がない」

「満足するのは早いぞ、まだ始まってすらいない」

「……そうでした。すいません。では、改めて自己紹介を」

 

 すっと、綺麗な佇まいのまま――瞳だけは鋭く彼女を射貫いて――少女が前を向く。

 

「一年三組、峰鐘逸希(ほうしょういつき)。学年首席を務めています」

「二年一組、十藤姫奈美。……そうか、おまえがな」

「意外ですか?」

「いや納得だ。――日時を決めてくれ、峰鐘一年生。私はそれに合わせる」

「では今日の放課後、五時半。場所は第二アリーナで」

「承知した。いや、今回は随分なようで何よりだ。楽しみにしておくぞ?」

「はい。私も、是非とも心待ちにしております」

 

 穏やかな表情のまま微笑んで、くるりと峰鐘女史は踵を返した。

 

 その背中に微塵も不安の色はない。

 

 ひとつの学園の頂点に挑んでおいて、自分が負けるという考えを抱いていない――のではなく。

 勝ち負け以前に、あの少女は目の前の強者としのぎを削り合うコトを悦んでいる。

 

 握りしめた拳からは血が見えた。

 我慢ならないと食い込んだ爪が肉を裂いたのだろう。

 

 だから、彼女にもその気持ちは痛いほど分かった。

 分かってしまった。

 

「――――あはっ」

「!?」

 

 ばしゃーん! と粉々に砕け散る窓ガラスと蛍光灯。

 堪えきれずに漏れた笑い声と共に、姫奈美の体から青白い電光が迸る。

 

 パラパラと降りしきる破片はさながら光の結晶のように。

 

 幻想的な光景に一時正常な判断を停止させながら、生徒たちは揃って悲鳴をあげた。

 

「ぎゃあああ!? て、敵襲っ! 敵襲ー!!」

「ああもうやっぱりこうなるじゃん!! 十藤さんのバカー!!」

「ちくしょう廊下から窓際まで吹き抜けてやがる! 修繕費誰が払うんだコレ!」

「学園側だろうなあ……あはは、やべ。十藤のアレ見たらまた蕁麻疹出てきた」

「姫奈美! 姫奈美! 落ち着いて! 震えるぞハート……燃え尽きるほどヒート!」

「子波、それ波紋のやつ」

「てかアンタらふざけてないで先生呼びなさいよ! 掃除がクソ大変でしょうがっ!!」

 

 どったんばったんの大騒ぎになる教室をよそに、少女の周囲でバチバチと青雷が舞う。

 

 規格外の〝余波〟をぶちまけた姫奈美が、その惨状に気づくのはおよそ五分後。

 冷静になった頭で被害のほどを確認し、遠からずやってくる担任教師からのお説教を前に「またやってしまった」なんて頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

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