星刻学園の落ちこぼれ   作:4kibou

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6/決闘その敵は――

 

 

 

 

 ――五時半、第二アリーナ。

 

 舞台にはふたりの少女。

 観客席にはそこそこの見物人。

 そのほとんどが二年生……もっといえば二年一組の面々である。

 

 一年生の姿はまったく見えない。

 逸希の勝利を疑っていないのか、それとも彼女に対して並々ならぬ感情を抱いている相手が多いのか。

 

 どちらにせよ正式な手順に則ってはじまった決闘は――良くも悪くも予想通りの流れとなった。

 

「どうしたどうした一年生!?」

 

 青雷が爆ぜる。

 決闘用の舞台が見るも無惨に荒らされていく。

 

 姫奈美の力によるものだ。

 

 駆ける速度は雷を超え、光に迫る勢い。

 

 振り下ろされる刃の威力だって単純な質量だけではない。

 落雷じみた神秘の暴威は容赦なく人体を焦がしていく。

 

『――――これが、序列一位――……』

 

 稲妻を裂きながら挑戦者――峰鐘逸希はくすりと笑った。

 

 天蠍学園に入ってはや八ヶ月。

 並み居る同級生を打ち倒して勝ち取った学年首席の座。

 

 そこに昇るまでの相手は殆どが――まあ、退屈といえばその通りで。

 

 どうにも心に残る何かがなかったと、少なからず不満に思っていた。

 

 勝手なコトと言えばそれはそう。

 けれど本心なのだから仕方ない。

 

 端的に言って――他の一年生など全員なんてことはない雑魚だ。

 

『なんて――――』

 

 ……馬鹿げた神秘の奔流。

 

 星刻にはそれぞれ色と属性がある。

 それらの特性によって扱える異能が変わってくるワケだ。

 

 彼女――――姫奈美の星刻は青色の雷属性。

 

 通常の物差しで測れば特筆して良いわけでも無い相性のふたつ。

 だというのに――

 

「あはははははッ!!」

 

 圧倒的なまでの素質によって成される破壊の連鎖。

 もはや暴力といってもいい身の振り方。

 

 ひとつ刃を交えるだけで意識が飛びそうになる。

 ふたつ剣を弾くだけで痺れた手が震えを起こす。

 みっつ斬撃を防ぐだけで恐怖に腰が引けてくる。

 

 着実に、確実に。

 

 ――彼女の刃は、刻一刻と心臓めがけて進んでいる。

 

「は――――あははっ……!」

 

 つられて思わず逸希も笑う。

 笑ってしまう。

 

 こんなのは笑うしかない。

 

 たった一年、されど一年だ。

 

 なにも知らなかった少女が己の才能を自覚して、磨き上げるのには十分な時間。

 相手にならない有象無象を稲穂のごとく薙ぎ倒して頂点にだって上り詰めた。

 

 正真正銘、天蠍学園一年生に彼女以上の実力者など存在しない。

 

 ――だからそれがどうしたのだと。

 

「あっはっは! なんだ、強いな!? 流石に手応えが違う! 滾るぞ峰鐘一年生!! おまえ、やるじゃないか、えぇ!?」

「――――ッ、は、ははっ、あははは……!!」

 

 笑う、笑う、笑う。

 

 身の危険と共に這い上がってくる恐怖と、

 斬り合いの最中に見出した微かな歓喜。

 

 知らなかった、こんなのは初めてだ。

 

 一撃、一刀、一振り。

 

 ただの一瞬でも気を抜けばそのまま己は雷に打たれて死ぬ。

 そんな予感を常に覚えている中で繰り返される剣戟の嵐。

 

 ――青色の星刻、その性質は事象の『加速』だ。

 

 時間が経てば経つほどに効果は着々と発揮されていく。

 

 一秒前より今、今より先、先のその向こう――

 

 不味いと思った瞬間にはなにもかもがもう〝遅い〟。

 姫奈美の速度はすでに逸希の認識限界を超えている。

 

 ……ああ、けれど仕方ない。

 

 こんなのはしょうがない、詮無きこと。

 なにせ彼女が戦ってきた相手の中でひとりとしても、ここまで頭の悪い跳ね上がり方をするような人間はいなかった。

 

 ここまで信じられないほど――――星刻の力を使いこなせる相手はいなかった。

 

「まだだ、まだだろう!? もっとだ!! 私に付いてこい! 無理とは言わせんぞ!? ほらほらどうした!! これでも私は余力を残しているが!?」

 

 笑いながら戦姫が刃を振るう。

 

 太刀筋は見えない。

 切り裂かれたあとに痛みと熱を帯びる。

 

 出血はいまさら傷を思い出したとでも言わんばかりに後出しだ。

 

『――――随分、無茶を――――……』

 

 返す刃なんて挟めない。

 弾くのだって必死でぎりぎり。

 

 それでも歯を食いしばりながら、逸希は星剣を握りしめた。

 

「言ってくれる……!」

「!!」

 

 直後、轟音と共に舞台は砕けた。

 

 姫奈美の足下、逸希の手前。

 

 直下から突き上げるように()()()土の槍が少女の身体を天へ飛ばす。

 

 それこそがこれまで倒れなかった逸希の絡繰。

 何度致命傷じみた一撃を受けても多少の出血で押しとどめた神秘の組み合わせ。

 

「――成る程。〝黄〟の〝土〟か? 質も高い。硬いだけとは言え厄介だな?」

 

 地上五十メートルの高みで楽しそうに笑う姫奈美。

 ふわりゆらりと遊覧飛行中の姿にこれといったダメージの影はない。

 

 ……とはいえ打ち上げられた身体が浮かんだ後は重力に引かれるだけ。

 

 これから待ち受けるのは凄惨な地面との衝突のみなのだが――加えて彼女は真下で構える相手の姿を視認した。

 

「ほほう?」

 

 舞台一面に広がる針の山じみた鋭利な岩の群れ。

 こちらに先端を向けて少女の周囲に漂う鋭い矢か槍じみた岩塊。

 

 流石の姫奈美と言えどもこれほどまで用意されてはひとたまりもない。

 

 全部余すことなく受ければ間違いなく持っていかれるだろう。

 

「ほうほう! 素晴らしいな! とんでもない! おまえ、私を追い詰めているぞ!? そんなのはここ一年でも片手で数えられるほどだ! あっはっは!!」

 

 口の端がつり上がる。

 唇は三日月のように見事な弧を描いた。

 

 予感に外れはない。

 

 やはり相手にとって不足なしだった、と姫奈美は満足に頷いて。

 

「――――誇れ、()()

「!!」

 

 それは間違いなく、紛うことなき、一筋の閃光だった。

 

 自由落下なんて生易しいものじゃない。

 

 一秒と待たずして落ちた雷は逸希の展開した岩石の悉くを砕く。

 舞台の上に咲いた棘も、周囲へ浮かべた槍も無惨に散っていく。

 

 後に残るのは火花みたいにはじける青い電光だけ。

 

「――――――」

 

 なら次は、当人だ。

 

 刀が返される。

 斜め下から掬い上げるように刃が走る。

 

 ――ま、ずい――

 

 振り抜かれた瞬間に逸希は認識した。

 間延びした刹那の瞬間に思考だけが加速していく。

 

 ――避けろ、避けろ、避けろ――――

 

 身体は動かない。

 その速さにはついていけない。

 

 当然のコト。

 

 すでに姫奈美の動作は彼女にどうにかできるものでもなく――

 

「あははははははははははは!!!!」

 

 哄笑と共に少女の首が宙を舞う。

 

 意識を手放す間際、死に物狂いで動かせたのは星剣を持った手だけだ。

 それだって決定打には及ばない、姫奈美の脇腹を中ほどまで裂いて止まっている。

 

 ならばこそ勝敗は決した。

 

 いくら『星刻』の治癒能力があろうと首をくっつけるまでは通常、一日以上かかるもの。

 

 これ以上の戦闘継続は不可能だ。

 

 

 

 ――――こうして、久方ぶりになる【青電姫】の運動は終了と相成った。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 きゅっと蛇口をひねる。

 

 アリーナに備え付けの女子更衣室。

 そのうちにシャワールームまであるのは、まあ、先ほどの光景を見ていれば然もありなんで。

 

「…………、」

 

 ひとり静かに、姫奈美は頭からシャワーを浴びていく。

 

 腹部の傷はもう塞がっていた。

 逸希ほどでなくとも本来なら真っ先に手当てしなければならない大怪我だったが、彼女の素質からすればなんてことはない。

 

 刀を抜いたその瞬間から、すでに血は止まっていたし肉も繋がりかけていた。

 そのまま三十秒も放っておけば見事跡形もなく完治だ。

 

 あり余る『星刻』というのはなんとも恐ろしい。

 きっと胴体が上下ふたつに泣き別れたとして、一時間もあればくっつくだろう。

 

『……しかしまあ……楽しかったな……』

 

 返り血を落としながらふわりと笑う。

 

 その感情に嘘はない。

 あまりにはしゃいでつい盛大に首を落としてしまったぐらいだ。

 

 見物に来ていた何人かが蹲ったり嘔吐(えず)いたり震えていたりしたが、決闘なんて血生臭いものなので我慢して欲しい、と思う姫奈美である。

 

 そもそも星刻使いである限り死んではいないのだし、と。

 

『大体、去年の勢いはどうした、まったく。たかだか一回手合わせしたぐらいで、なにをそんなに怯えることがあるんだ、みんなして……』

 

 私を除け者にしようとでもしているのか、なんてふてくされながら思ってみる絶対王者。

 その半分冗談交じりな考えを聞けば大半の在校生が「すいません許してください勘弁してください違うんですお願いします」と五体投地するであろうことは想像に難くない。

 

「…………、」

 

 ……そう、本当に久しい、懐かしく感情が高ぶった仕合い。

 

 結果はともかく、その内容に思うコトはあった。

 身に纏う衣服もない今、くるりと背を向ければ鏡に映るものがある。

 

 首元に重なった稲妻模様の刻印とはまた違う、印象的な――――

 

『……認めるしかない、か。そうだな。……また、星刻が増えているのだし……』

 

 ほう、と息を吐きながら蛇口をしめる。

 

 目下の悩み事なんてその程度。

 とりあえず考えるコトはしっかりと、なんて決意しながらシャワールームを出る。

 

 生き方は――在り方はすでに決めたとおり。

 

 そこを曲げることなんて出来ないし、考えられない。

 それが十藤姫奈美という人間だ。

 

 だから、そう。

 

 なにをどうするかなんて、はじめからずっと――決まっていた。

 

「……そうだろう? なあ、篝」

 

 愛しい幼馴染みの名前を呟きながらタオルで身体を拭いていく。

 

 濡れた前髪の隙間から見えたマフラーになにを思ったのか。

 くすくすと笑って、少女は手早く肌の雫を拭き取っていった。

 

 

 


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